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第五章 モルダ島
◇渡りに船というけれど。
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モルダ島には、ドワーフ族を中心に栄える約5万の人口を擁する都市カンカラと、小さな漁村が数ヵ所点在する。その中でも、都市カンカラは火神アグニの名を冠するアグニ湾の奥深くに存在し、背後にはモルダ火山がそびえる。湾内には広大な内海を擁し、湾口は左右から両腕の如く陸地が迫り出し閉ざすかに見えるほど狭い。大型船一隻が辛うじて通れる隙間しかないのである。言わば、天然の要害に守られる都市国家でもあったのだ。だが、国家といっても、ドワーフ族に自治権こそあるものの、グラナダから見れば格下の属国扱い。都市内にはグラナダの総督府までおかれ、完全な自治からは程遠いものでもあった。
「――だからな、島全体がひとつの国なんだよ」
そんな事を言ってるのは、見た目が海賊でガチムキマッチョ親父のカレリン。
「へぇ……島と言うから、もっと小さいものかと思っていたのに、結構大きな島だったんだ」
俺はというと、甲板上で島を眺め感嘆混じりの声を出していた。傍らにいるカレリンから、モルダ島に付いてのレクチャーを受けていたのだ。
想像していた島と違って、船から眺めただけでも、日本の淡路島ほどの大きさに見えることに驚いていた。
そこへ、俺に対して非難するような声が届く。
「て、いうか、これから商人になろうとしてるヒューマンが、交易先の情報も知らないとか、私にはそっちの方が驚きよ!」
と、言ってくるのは、相変わらずの口の悪さで憎まれ口を叩くカイナ。
俺の前に陣取り、甲板から身を乗り出すように島を眺めていたのが、振り返り口を尖らした顔を見せていた。その横では姉のカリナが申し訳なさそうに、頻りに頭を下げている。
旅の間に少しは信頼されたかと思ったのに、すぐにこれだからなカイナは。タンガ曰く、これもカイナなりの親愛の表現だと教えられたが……本当かよと思ってしまう。
まぁ、なんといってもまだお子さまだからなと思い直し、俺は呆れつつも一応の言い訳をしておく。
「いやそれは……ほら、何かと忙しかったから」
「よく言うわね。お屋敷では、毎日ごろごろしてた癖に。私には、リュウイチが商人として落ちぶれていく将来の姿が、はっきりと見えそうよ」
「う……」
さっきまで、噴煙を上げる火山に「煙よ、煙が出てるわよ」と、目を輝かせてはしゃいでいたお子様カイナのくせに。しかし、カイナは意外と正論で指摘してくるので、いつもこっちがやり込められてしまう。
ひとまわり以上年下の、しかも女の子に言い負かされるとか、大人の男としてホントに情けない。
がっくりと肩を落としていると、
「ガハハハ、相変わらずカイナには敵わないようだな」
そう言って、豪快に笑いながら俺の肩をバシバシと叩くのは獣人のタンガ。
だから、痛いって。
こいつは力の加減もできない脳筋馬鹿だ。
周りのメンバーを見渡し、ため息しか出てこない俺だった。
俺たちが乗るミラキュラス号は、モルダ島近海で遭遇したグラナダ海軍の海賊討伐艦隊、その二番艦に先導されて湾内へと進入するところだった。
驚いたことに、グラナダから出撃した艦船は全部で六隻。大型艦が二隻に、中型艦が四隻も出撃していた。グラナダの港で見たのは、最後に出撃した旗艦となる大型艦だったのだ。
俺は前を行く二番艦を眺めながら、先ほど邂逅した時のことを思い出していた。
ドン!
鈍い音を響かせ、ミラキュラス号の倍はあるかと思える大型艦が接舷した。すぐに船の間に渡し板が設けられ、武装した獣士たちが乗り込んでくる。
ミラキュラス号は、二隻の船舶を拠点としたガーゴイルに襲われた。魔獣が船を利用している事には驚かされたが、海神の像の助けもあって二度に渡る襲撃は辛うじて凌いだ。しかし、またしても襲撃が行われようとしていたのだ。さすがに三度目にもなると、海神の像の力で体力は戻っていたとしても、皆の精神的な疲れは頂点に達していた。
そこへ現れたのがグラナダの大型戦闘艦だった。現れたのは一隻だけだったが、グラナダが誇ると言うだけあって、凄まじい火力でたちまち一隻を海の底へと沈め、残りの一隻をも追い払ってくれたのだ。
その後は、慌てて上げた信号弾――投石機が壊れていたので、俺が【烈風】を発動させて打ち上げたのだが。それと、グラナダ船籍を示す旗を掲げたお陰で、俺たちの船は敵と勘違いされることもなく助かった。
不思議な事に、グラナダの戦闘艦に遭遇すると、自らの意志で動いていたかに思えたミラキュラス号の操舵も、俺たちの手へと戻ってきていたのだ。
それはまるで、取りあえずの役割は終わったと言わんばかりだった。
皆が戦闘艦の登場に歓声をあげる中、俺は複雑な思いを抱えて海神の像を見つめていた。
揃いの黒の革鎧を着込み見るからに軍人ぽい獣士。その獣士が十数人ほどが乗り込んで来ると、槍の穂先を此方に向けて構えた。その動きは素早く鋭い。グラナダに所属する獣士の練度の高さが窺えた。
「この船の所有者は誰だ!」
その中のひとりが声を荒げてがなり立てたのだ。
その横柄な態度に、歓声を上げてた水夫たちも、たちまち静まり返り不安そうに顔を見合わせている。
「さっさと答えろ! 現在この海域は航行が禁止されているのを知らんのか!」
さらに声を荒げる獣士は、明らかに蔑む視線を、俺や水夫たちに向けていた。
いつもタンガを相手にしてるから勘違いしがちだが、グラナダを警邏していた連中が俺をいたぶろうとしたように、こいつらもまた露骨に俺たちを見下していた。それだけ、俺や水夫たちヒューマンの地位は低いのだ。他の国ではいざ知らず、日本にいた時はここまであからさまな差別を受けたことはない。だから苛立ちと同時に、少なからずの怒りも湧き上がるが――ちらりと戦闘艦をみると、俺たちが使っていた投石機と違い砲らしきものがずらりと並び、その全てがこちらを向いていた。
うへぇ、あんな大砲みたいなのも有るのかよ。あれが全て火を吹いたら、このミラキュラス号なんて木っ端微塵だな。
さっき轟沈した船を思いだし、おもわず背中にゾクリと寒気が走る。
さすがに、ここで揉めるのはまずいと判断し、それとなくタンガに合図を送る。察したタンガが、軽く頷き前に出た。
「この船の持ち主は、ここにいるヒューマンだが――」
俺を指差し話し始めるタンガ。
自分たちと同じ獣人だと知れると、途端に少し態度を改める獣士たち。
それがあからさま過ぎて、やはり人種の壁を感じてしまうのだ。
「――俺はサンタール家から派遣されている獣士のタンガ。この船はサンタール家が後見をしている」
サンタール家との言葉に、今度は乗り込んできた獣士たちが、お互いの顔を見合わせていた。
と、その時、爽やかな声が響く。
「サンタール家だと!」
声のした方に目を向けると、男がひとり、ちょうど渡し板の上を歩いて来るのが見えた。
端正な顔立ちに先端が尖った耳。緑を基調とした鎧に身を包む姿は、どこから見てもエルフ族そのものだった。しかし、サンタール家の人々が銀色に近い髪だったのに、この男の髪は薄い緑がかった色合いをしていた。
グラナダにいた時はエルフ自体の数が少ないのもあって、サンタール家の人以外では数人の司祭と呼ばれるエルフをちらりと見かけたぐらいだった。だから、新たなエルフの登場に呆気にとられて眺めていた。
そんな状況の中、今度は後ろからカリナの吃驚した声が聞こえてきた。
「マイク様!」
この騒ぎに気付いたのだろう。船内で怪我人の介抱をしていたカリナとカイナの姉妹が、いつのまにか甲板に姿を現していたのだ。
もしかして、カリナの知り合いなのか。
エルフの男性を見知った様子のカリナに、疑問を抱きながら傍にいるタンガに視線を向けると、こちらも驚いた表情を浮かべ大きく目を見開いていた。
「カリナにタンガも、こんなところで出会うとは驚いたなぁ」
エルフの男性がにこやかに笑みを浮かべ、ゆっくりと此方へ近づいて来る。
途端に、獣士たちが整列して道を開けた。その表情は、緊張して微かに強張っているかに見えた。いや、もしかすると、僅かに恐怖の感情が混じっていたのかも知れない。俺にはそう思えたのだ。
傍らにいたタンガに、もの問いたげな視線を向けると、こっそり耳打ちして教えてくれた。
「あのエルフ様はマイク様といってな、去年まで十年以上サンタール家に仮寓しておられたお方だ」
「へぇ、だからカリナやタンガも顔見知りなのか」
「まぁな、あのお方もケインさまと同じように、気さくなお方だから心配するな」
サンタール家の父親エルフ、ケインのしかめた顔を思い出し「気さくねぇ」と首を傾げる俺に、タンガがにやりと笑ってみせる。
「でも、サンタール家の人じゃないんだろう」
俺は、薄緑色の髪を見つめさらに尋ねる。
「あぁ、同じ七賢人の家柄でもあるベルナント家のお方。といっても、傍流らしいがな。俺も詳しくは知らないが、なんでもベルナント家の家風が合わず、家を飛び出してサンタール家に転がり込んでたらしい」
「ふぅぅん……」
確かに爽やかそうに見えるが……。
俺とタンガがこそこそと話している間に、カリナはエルフの元に駆け寄り「お久しぶりでございます」と、嬉しそうに頭をさげていた。それに何やら答えるマイクも、朗らかに笑っている。
まさに、絵に描いたような爽やかな色男。
嬉しそうなカイナと爽やかなマイクを眺め、喉仏に刺が刺さったような釈然としない気持ちに包まれる。
はぁ……これが嫉妬てやつかねぇ。俺もまだまだ小さい男だなぁ。
そんなことを考えつつ苦笑いを浮かべている間に、タンガもまたカリナを追いかけマイクの前へと向かっていた。珍しく深々と頭を下げ、礼儀正しく挨拶をするタンガ。マイクも、「さすがはタンガが乗り込む船、よくぞ魔獣の襲撃をしのいだものだ」と褒め称え、三人は久々の再会を喜び合っているようだった。
切れ切れに届く三人の会話を要約すると、どうやらグラナダから出撃したのは全部で六隻の艦隊。しかも驚く事に、このマイクが目の前の大型戦闘艦の艦長だとの話だった。
それなら、サンタール家とも親しいエルフの登場に、この先はもう安心だとホッと安堵した。
だがそこで、ふと気付いた。いつもは煩いはずのカイナの姿が、そこにいないことに。
見回すと、カイナはなぜか、俺の背中に隠れるようにして三人を窺っていたのだ。
「どうしたカイナ。どこか具合でも悪いのか?」
「そんなことないけど、でも……」
そこにいたのは、いつもの勝気なカイナは影を潜め、あの商業ギルドで一度だけ見せた儚げで弱々しいカイナが顔を覗かせていた。
「おいおい、本当にどうしたカイナ」
「……私、あのマイクさまが苦手なの」
「え、あいつと何かあったのか?」
「いえ、そうじゃないけど……」
いつもと違い歯切れの悪いカイナに尚も尋ねようとしていると、当のマイクがカリナとタンガの二人を従え近寄ってくる。
「おやぁ、そこにいるのはカイナではないのか」
「あ、はい……お久しぶりです」
マイクが話しかけるのに、カイナが力なく答えていた。
微かに緊張していることが背中越しにも伝わってくる。
「カイナは相変わらず覇気がないな。そんなことでは駄目だぞ。カイナも家人とはいえ、サンタール家の一員なのだから」
爽やかに笑うマイクだが、後ろにいるカイナからは更に緊張した様子が伝わってくる。
カイナに対してのマイクと俺の認識の違いもそうだが、後ろにいるカイナにも妙な違和感を覚えずにはいられない。
そこでマイクが、ふと動きを止め何かに気付いた様子を見せた。僅かに眉を寄せ見詰める視線の先にあるのは、この甲板に固定される海神の像。
さすがはエルフ。像から漏れる僅かな力の波動に反応したようだ。
「あぁ、あれはサンタール家に秘蔵されていた魔道具ですよ」
とっさに声をかけ像の由来を隠した積もりだったのだが、ようやく俺の存在に気付いたのか初めて目を向けてきた。
「誰だお前は?」
マイクの表情自体は穏和に緩んでいるままだが、その視線は刺すようなものに変わっていた。
慌てたカリナが間に入って「最近サンタール家に雇われた家人です」と、執り成してくれる。
「ほぅ、珍しいな。サンタール家が、新しい家人を雇うとは」
探るような目で俺を見るマイク。しかしすぐに、
「まぁ良いだろう。しかし、エルフの中には突然声をかけるようなヒューマンを、不快に思う者も多い。これからは気を付けることだな」
また朗らかに笑うマイク。だが、俺は見てしまった。瞳の奥が笑っていない事を。その瞬間、俺は理解した。なぜ、カイナがこの男を嫌っていたのかを。
俺にも覚えがある。昔まだ十代の頃、調子に乗って悪友たちとつるんでよくバイクを転がしていた。その
頃、たまにこういう瞳をした男を見かけた。普段は、仲間のために体を張ることも厭わないとか調子の良いことを言っているが、いざとなったら真っ先に逃げ出し、あっさりと仲間を裏切って密告ったりする。瞳の奥は決して笑わず、常に冷徹に計算して自分に不利がないようにと動いているのだ。
俺がもっとも嫌うタイプの男。だから、思わずにはいられなかった。勘の鋭いカイナは、このエルフの本質を的確に捉えていたのだと。
「――だからな、島全体がひとつの国なんだよ」
そんな事を言ってるのは、見た目が海賊でガチムキマッチョ親父のカレリン。
「へぇ……島と言うから、もっと小さいものかと思っていたのに、結構大きな島だったんだ」
俺はというと、甲板上で島を眺め感嘆混じりの声を出していた。傍らにいるカレリンから、モルダ島に付いてのレクチャーを受けていたのだ。
想像していた島と違って、船から眺めただけでも、日本の淡路島ほどの大きさに見えることに驚いていた。
そこへ、俺に対して非難するような声が届く。
「て、いうか、これから商人になろうとしてるヒューマンが、交易先の情報も知らないとか、私にはそっちの方が驚きよ!」
と、言ってくるのは、相変わらずの口の悪さで憎まれ口を叩くカイナ。
俺の前に陣取り、甲板から身を乗り出すように島を眺めていたのが、振り返り口を尖らした顔を見せていた。その横では姉のカリナが申し訳なさそうに、頻りに頭を下げている。
旅の間に少しは信頼されたかと思ったのに、すぐにこれだからなカイナは。タンガ曰く、これもカイナなりの親愛の表現だと教えられたが……本当かよと思ってしまう。
まぁ、なんといってもまだお子さまだからなと思い直し、俺は呆れつつも一応の言い訳をしておく。
「いやそれは……ほら、何かと忙しかったから」
「よく言うわね。お屋敷では、毎日ごろごろしてた癖に。私には、リュウイチが商人として落ちぶれていく将来の姿が、はっきりと見えそうよ」
「う……」
さっきまで、噴煙を上げる火山に「煙よ、煙が出てるわよ」と、目を輝かせてはしゃいでいたお子様カイナのくせに。しかし、カイナは意外と正論で指摘してくるので、いつもこっちがやり込められてしまう。
ひとまわり以上年下の、しかも女の子に言い負かされるとか、大人の男としてホントに情けない。
がっくりと肩を落としていると、
「ガハハハ、相変わらずカイナには敵わないようだな」
そう言って、豪快に笑いながら俺の肩をバシバシと叩くのは獣人のタンガ。
だから、痛いって。
こいつは力の加減もできない脳筋馬鹿だ。
周りのメンバーを見渡し、ため息しか出てこない俺だった。
俺たちが乗るミラキュラス号は、モルダ島近海で遭遇したグラナダ海軍の海賊討伐艦隊、その二番艦に先導されて湾内へと進入するところだった。
驚いたことに、グラナダから出撃した艦船は全部で六隻。大型艦が二隻に、中型艦が四隻も出撃していた。グラナダの港で見たのは、最後に出撃した旗艦となる大型艦だったのだ。
俺は前を行く二番艦を眺めながら、先ほど邂逅した時のことを思い出していた。
ドン!
鈍い音を響かせ、ミラキュラス号の倍はあるかと思える大型艦が接舷した。すぐに船の間に渡し板が設けられ、武装した獣士たちが乗り込んでくる。
ミラキュラス号は、二隻の船舶を拠点としたガーゴイルに襲われた。魔獣が船を利用している事には驚かされたが、海神の像の助けもあって二度に渡る襲撃は辛うじて凌いだ。しかし、またしても襲撃が行われようとしていたのだ。さすがに三度目にもなると、海神の像の力で体力は戻っていたとしても、皆の精神的な疲れは頂点に達していた。
そこへ現れたのがグラナダの大型戦闘艦だった。現れたのは一隻だけだったが、グラナダが誇ると言うだけあって、凄まじい火力でたちまち一隻を海の底へと沈め、残りの一隻をも追い払ってくれたのだ。
その後は、慌てて上げた信号弾――投石機が壊れていたので、俺が【烈風】を発動させて打ち上げたのだが。それと、グラナダ船籍を示す旗を掲げたお陰で、俺たちの船は敵と勘違いされることもなく助かった。
不思議な事に、グラナダの戦闘艦に遭遇すると、自らの意志で動いていたかに思えたミラキュラス号の操舵も、俺たちの手へと戻ってきていたのだ。
それはまるで、取りあえずの役割は終わったと言わんばかりだった。
皆が戦闘艦の登場に歓声をあげる中、俺は複雑な思いを抱えて海神の像を見つめていた。
揃いの黒の革鎧を着込み見るからに軍人ぽい獣士。その獣士が十数人ほどが乗り込んで来ると、槍の穂先を此方に向けて構えた。その動きは素早く鋭い。グラナダに所属する獣士の練度の高さが窺えた。
「この船の所有者は誰だ!」
その中のひとりが声を荒げてがなり立てたのだ。
その横柄な態度に、歓声を上げてた水夫たちも、たちまち静まり返り不安そうに顔を見合わせている。
「さっさと答えろ! 現在この海域は航行が禁止されているのを知らんのか!」
さらに声を荒げる獣士は、明らかに蔑む視線を、俺や水夫たちに向けていた。
いつもタンガを相手にしてるから勘違いしがちだが、グラナダを警邏していた連中が俺をいたぶろうとしたように、こいつらもまた露骨に俺たちを見下していた。それだけ、俺や水夫たちヒューマンの地位は低いのだ。他の国ではいざ知らず、日本にいた時はここまであからさまな差別を受けたことはない。だから苛立ちと同時に、少なからずの怒りも湧き上がるが――ちらりと戦闘艦をみると、俺たちが使っていた投石機と違い砲らしきものがずらりと並び、その全てがこちらを向いていた。
うへぇ、あんな大砲みたいなのも有るのかよ。あれが全て火を吹いたら、このミラキュラス号なんて木っ端微塵だな。
さっき轟沈した船を思いだし、おもわず背中にゾクリと寒気が走る。
さすがに、ここで揉めるのはまずいと判断し、それとなくタンガに合図を送る。察したタンガが、軽く頷き前に出た。
「この船の持ち主は、ここにいるヒューマンだが――」
俺を指差し話し始めるタンガ。
自分たちと同じ獣人だと知れると、途端に少し態度を改める獣士たち。
それがあからさま過ぎて、やはり人種の壁を感じてしまうのだ。
「――俺はサンタール家から派遣されている獣士のタンガ。この船はサンタール家が後見をしている」
サンタール家との言葉に、今度は乗り込んできた獣士たちが、お互いの顔を見合わせていた。
と、その時、爽やかな声が響く。
「サンタール家だと!」
声のした方に目を向けると、男がひとり、ちょうど渡し板の上を歩いて来るのが見えた。
端正な顔立ちに先端が尖った耳。緑を基調とした鎧に身を包む姿は、どこから見てもエルフ族そのものだった。しかし、サンタール家の人々が銀色に近い髪だったのに、この男の髪は薄い緑がかった色合いをしていた。
グラナダにいた時はエルフ自体の数が少ないのもあって、サンタール家の人以外では数人の司祭と呼ばれるエルフをちらりと見かけたぐらいだった。だから、新たなエルフの登場に呆気にとられて眺めていた。
そんな状況の中、今度は後ろからカリナの吃驚した声が聞こえてきた。
「マイク様!」
この騒ぎに気付いたのだろう。船内で怪我人の介抱をしていたカリナとカイナの姉妹が、いつのまにか甲板に姿を現していたのだ。
もしかして、カリナの知り合いなのか。
エルフの男性を見知った様子のカリナに、疑問を抱きながら傍にいるタンガに視線を向けると、こちらも驚いた表情を浮かべ大きく目を見開いていた。
「カリナにタンガも、こんなところで出会うとは驚いたなぁ」
エルフの男性がにこやかに笑みを浮かべ、ゆっくりと此方へ近づいて来る。
途端に、獣士たちが整列して道を開けた。その表情は、緊張して微かに強張っているかに見えた。いや、もしかすると、僅かに恐怖の感情が混じっていたのかも知れない。俺にはそう思えたのだ。
傍らにいたタンガに、もの問いたげな視線を向けると、こっそり耳打ちして教えてくれた。
「あのエルフ様はマイク様といってな、去年まで十年以上サンタール家に仮寓しておられたお方だ」
「へぇ、だからカリナやタンガも顔見知りなのか」
「まぁな、あのお方もケインさまと同じように、気さくなお方だから心配するな」
サンタール家の父親エルフ、ケインのしかめた顔を思い出し「気さくねぇ」と首を傾げる俺に、タンガがにやりと笑ってみせる。
「でも、サンタール家の人じゃないんだろう」
俺は、薄緑色の髪を見つめさらに尋ねる。
「あぁ、同じ七賢人の家柄でもあるベルナント家のお方。といっても、傍流らしいがな。俺も詳しくは知らないが、なんでもベルナント家の家風が合わず、家を飛び出してサンタール家に転がり込んでたらしい」
「ふぅぅん……」
確かに爽やかそうに見えるが……。
俺とタンガがこそこそと話している間に、カリナはエルフの元に駆け寄り「お久しぶりでございます」と、嬉しそうに頭をさげていた。それに何やら答えるマイクも、朗らかに笑っている。
まさに、絵に描いたような爽やかな色男。
嬉しそうなカイナと爽やかなマイクを眺め、喉仏に刺が刺さったような釈然としない気持ちに包まれる。
はぁ……これが嫉妬てやつかねぇ。俺もまだまだ小さい男だなぁ。
そんなことを考えつつ苦笑いを浮かべている間に、タンガもまたカリナを追いかけマイクの前へと向かっていた。珍しく深々と頭を下げ、礼儀正しく挨拶をするタンガ。マイクも、「さすがはタンガが乗り込む船、よくぞ魔獣の襲撃をしのいだものだ」と褒め称え、三人は久々の再会を喜び合っているようだった。
切れ切れに届く三人の会話を要約すると、どうやらグラナダから出撃したのは全部で六隻の艦隊。しかも驚く事に、このマイクが目の前の大型戦闘艦の艦長だとの話だった。
それなら、サンタール家とも親しいエルフの登場に、この先はもう安心だとホッと安堵した。
だがそこで、ふと気付いた。いつもは煩いはずのカイナの姿が、そこにいないことに。
見回すと、カイナはなぜか、俺の背中に隠れるようにして三人を窺っていたのだ。
「どうしたカイナ。どこか具合でも悪いのか?」
「そんなことないけど、でも……」
そこにいたのは、いつもの勝気なカイナは影を潜め、あの商業ギルドで一度だけ見せた儚げで弱々しいカイナが顔を覗かせていた。
「おいおい、本当にどうしたカイナ」
「……私、あのマイクさまが苦手なの」
「え、あいつと何かあったのか?」
「いえ、そうじゃないけど……」
いつもと違い歯切れの悪いカイナに尚も尋ねようとしていると、当のマイクがカリナとタンガの二人を従え近寄ってくる。
「おやぁ、そこにいるのはカイナではないのか」
「あ、はい……お久しぶりです」
マイクが話しかけるのに、カイナが力なく答えていた。
微かに緊張していることが背中越しにも伝わってくる。
「カイナは相変わらず覇気がないな。そんなことでは駄目だぞ。カイナも家人とはいえ、サンタール家の一員なのだから」
爽やかに笑うマイクだが、後ろにいるカイナからは更に緊張した様子が伝わってくる。
カイナに対してのマイクと俺の認識の違いもそうだが、後ろにいるカイナにも妙な違和感を覚えずにはいられない。
そこでマイクが、ふと動きを止め何かに気付いた様子を見せた。僅かに眉を寄せ見詰める視線の先にあるのは、この甲板に固定される海神の像。
さすがはエルフ。像から漏れる僅かな力の波動に反応したようだ。
「あぁ、あれはサンタール家に秘蔵されていた魔道具ですよ」
とっさに声をかけ像の由来を隠した積もりだったのだが、ようやく俺の存在に気付いたのか初めて目を向けてきた。
「誰だお前は?」
マイクの表情自体は穏和に緩んでいるままだが、その視線は刺すようなものに変わっていた。
慌てたカリナが間に入って「最近サンタール家に雇われた家人です」と、執り成してくれる。
「ほぅ、珍しいな。サンタール家が、新しい家人を雇うとは」
探るような目で俺を見るマイク。しかしすぐに、
「まぁ良いだろう。しかし、エルフの中には突然声をかけるようなヒューマンを、不快に思う者も多い。これからは気を付けることだな」
また朗らかに笑うマイク。だが、俺は見てしまった。瞳の奥が笑っていない事を。その瞬間、俺は理解した。なぜ、カイナがこの男を嫌っていたのかを。
俺にも覚えがある。昔まだ十代の頃、調子に乗って悪友たちとつるんでよくバイクを転がしていた。その
頃、たまにこういう瞳をした男を見かけた。普段は、仲間のために体を張ることも厭わないとか調子の良いことを言っているが、いざとなったら真っ先に逃げ出し、あっさりと仲間を裏切って密告ったりする。瞳の奥は決して笑わず、常に冷徹に計算して自分に不利がないようにと動いているのだ。
俺がもっとも嫌うタイプの男。だから、思わずにはいられなかった。勘の鋭いカイナは、このエルフの本質を的確に捉えていたのだと。
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三谷朱花
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