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056-061 モンスターハウスでモテている

058 俺の唇は奪わせない

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「へえー。ケンシさんって言うんですかあー。なんか剣とか使ってそおー」

 中庭で俺はケンシの立派な大剣を見せてもらった。聞くところによると、手品師ポルシェキッドの宝物庫から頂戴したらしい。

「やだあー。それって盗人じゃないですかあー。ケンシさん最低えー」

 女というのは面白いな。こうして直接的にさげすんでやっているのに、ケンシは笑みをとろけさせていくばかりじゃないか。女は何を言っても許される。すごい生き物だ。

 そんなことで楽しんでしまっている俺を、フィーカが横から突っついてきた。俺からは「分かっている」と答える。

「すみません、私たち人を探しているので。もう行かなくちゃ。早くしないと彼も困っているだろうし」

 もじもじと告げた。するとケンシは「そうか」と剣を仕舞った。それから「また会いに行くよ」と格好良く告げて去ってしまった。

 俺はぼんやりとした。その背中を見守るしか出来なかった……。

「何やっているの? 早く行くわよ! 転生者!」

 この愚痴は再び廊下を走りながらだ。

「あのクズ盗人野郎め! 何が『会いに行くよ』だ! 人を探していると言っている女がいたら『僕も一緒に探しますよ』だろうが!」

 俺は荒れている。女としても、男としても、ケンシには幻滅したぞ。フィーカにこの苛立ちは伝わらないらしい。それもそれで、何でだよって俺は地団駄を踏み続けた。

 さすればまた、俺は人にぶつかった。この要塞は出会いが約束されたダンジョンなのだ。モンスターハウスなのだ。

「す、すみま……!?」

 きゅっと閉じていた目を開けたら、男の顔がすぐ目の前にあって息を飲んだ。俺はイライラし過ぎたせいで、どんなぶつかり方をしたのか記憶に無い。

「お怪我はありませんか」

「な、ない……です……」

 何て言うんだっけ。王子さまに抱えられるやつ。そういえば生前の俺が彼女にねだられて一回だけやったことがあったっけ。腕で持つから体重がダイレクトに負担になるが、絶対口からは「重い」って言えないやつ……。

「カンスト隊長。ここにいらっしゃいましたか」

 そう言ってこの場に登場したのは副隊長である。

「どうした、レベチ」

「レギンス様が隊長をお呼びです」

「分かった。これから行く」

 会話が終わってから俺は床に下ろしてもらえた。こっちに向けられる王子様的な爽やかな笑顔は、心に剛毛が生えた俺でも射止めようとしてきた。

「あまり走っては危ないですよ。何を急いでいたのですか?」

 不意に顔を近付けられるとフローラルな花の匂いがする。何の作用のある香水なんだ。それだけでもクラっと来るんだが。

「人を……探していました」

「でしたら私も一緒に探しましょう」

「いえ、もう大丈夫です」それに対して「ん?」と、眉を上げるだけでキマッた男が仕上がっていく。

「もう……見つかりましたので」

 俺と隊長との顔の距離は危うく……。

 危うく何かが奪われるところであった。怖い!!
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