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042-043 感謝されてしまう

042 俺は家庭事情を探らない

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 アットホームなリビングにて。俺は木製の椅子に縄でぐるぐる巻きにされている。

 縄を巻くのは女騎士である。そしてここは女騎士の実家。彼女は懸命に手を動かしながら、至って真面目な声で俺だけに話した。

「私が魔法薬を持ち歩いていることはお父さんには言わないで。私は騎士として立派に剣を振ったって、お父さんにはそう言ってちょうだいね」

 理由は知らないが彼女にとって大事な事らしい。実家に連れていかれる間にも、隙を盗んで何度か言われていた。

「あと、あなたが転生者であることも言っちゃダメよ。わかった?」

「はいはい」

 リビングの扉が開くと女騎士の親父さんが見える。筋肉質で大きな体だ。役所勤めだとか金融関係には見えない。猟師かプロレスラーが良いとこだろう。

 親父さんは俺と対面して座った。一輪挿しが飾ってあるテーブルに、俺と親父さんのお茶が置かれる。奥さんは優しそうで微笑んでいるが、俺はこの通り自由が無いので飲めるはずもない。それを分かった上でわざとやっているのであれば、これは相当恐ろしい家族だぞ……。

「妻の入れた茶だ。飲めるものなら飲め」

「あ、はい……。あとで頂きます……」

 やっぱり恐ろしい家族だ!!

 女騎士は邪魔にならないようにと部屋を出て行った。この場には俺と親父さんと奥さんだけ。レイゼドールの処刑を済ませた俺であるが、今度は俺の処刑が始まるのだと思えてならない。

 リビングに茶をすする音だけ響いている。それからの沈黙を破ったのは、やはり親父さん。「で?」から始まる威圧的な詰問になる。

「君は転生者か?」

「……は、はい」

 女騎士には散々念押しされたが、ここで嘘を付いたら殺されると思った。しかし親父さんは豹変した。

 一瞬のことで何が起こったか分からない。俺が息を吸えた時には、このテーブルが真っ二つに割れて、その先の壁と、隣の、隣の、隣の民家まで真っ二つになったらしい。

 親父さんの手にはいつの間に出したのか、ライトソードが握られていた。それは全然ライトな代物じゃなく、怨念の炎を まとった剣。たぶん魔界から持ち出したものだと思われる。

「もう。あなたったら。やり過ぎよ~」

 ニコニコ笑顔を絶やさない奥さんとは温度差が凄い。

 時に、長年連れ添ったパートナーは、こんな場面でどんな行動をするのかと見物だ。

 奥さんは真っ二つになった壁から顔を覗かせて、お隣さんと喋った。お隣さんは当然家を壊されたのだから激怒していた。しかし奥さんが何か丸い光を投げることで、わめき散らす人はみんなただちに静かになる。

 壊れたものには修復魔法だ。奥さんの魔法は凄くて、全てが夢だったみたいに元通り。一件落着かと思えば、怒ったままの人間がこの家を訪ねてくる。でもそれも、奥さんの不思議な丸い光で落ち着いた。

 玄関先から声だけ聞こえる。

「ケーキの匂いがしたんじゃない? ちょうどお裾分けに行こうと思っていたから」

「そうだったっけ? もう、嫌ぁね~私ったらド忘れなんて。恥ずかしい恥ずかしい」

 そうして奥さんはキッチンに戻ってケーキを箱に詰めている。来客にそれを渡したら平和的解決だ。

 黙って見守った俺には「忘却魔法よ」と、お茶目な笑顔で教えてくれた。そしてその調子で自分の夫にもかけている。

「……で。君は、転生者か?」

 まるで時間が巻き戻ったみたいだ。

「いいえ、違います」

 奥さんは良い人だ。そんなことも分からずに、奥さんが人を始末しているのではないかと疑った俺は、なんて酷い男なんだろう。
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