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第400話:五十一歳から始まった物語(最終話)
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時は流れ、季節は巡る。
アキオがこの世界に降り立ってから、十数年の歳月が流れたある晴れた日。
聖域の広大な庭園には、かつてないほどの数のテーブルが並べられ、視界を埋め尽くすほどのご馳走が用意されていた。
今日は、アキオの還暦をとうに過ぎた誕生日祝いであり、一族全員が集まる記念すべき日だ。
「おいおい、作りすぎじゃないか? いくらなんでも、こんなに食えないぞ」
厨房を覗いたアキオが、苦笑しながら声をかける。
そこには、すっかり貫禄のついた「聖域のお母さん」こと、アヤネの姿があった。彼女は巨大な鍋をかき混ぜながら、変わらぬ温かい笑顔で振り返った。
「あら、あなた。何をおっしゃいますの。子供たちに孫たち、それに親戚一同が集まるんですもの。これでも足りないくらいですわ」
アキオは厨房に入り、アヤネの隣に立った。漂ってくるのは、十数年前、疲弊したアキオを救ったあの味噌汁の香りだ。
「……アヤネ。お前の飯があったから、俺はここまでやってこれたんだ。お前の料理が、この家の『命』を作ってくれたんだよ」
「まあ……。ふふ、急に改まって。……でも、嬉しいです。私が作ったご飯を、あなたが美味しそうに食べてくれる。それだけで、私は世界一幸せな女になれましたから」
二人は見つめ合い、静かに微笑み合った。言葉はなくとも、長年連れ添った夫婦の絆がそこにはあった。
◇
庭に出ると、そこは愛すべき家族たちの喧騒に包まれていた。
「だんな! 見ろよこの肉! 今日一番の獲物だぜ!」
相変わらず元気なキナが、骨付き肉を片手に走ってくる。
「キナ、お前は幾つになってもワンパクだなあ。……その元気のおかげで、家の中がいつも明るかったよ」
「へへっ、任せときな! あたしがだんなの背中を守り続けてやるからよ!」
庭の隅では、凛とクラウディアが何やら設計図を広げて議論し、レオノーラとセレスティーナが子供たちの世話を焼いている。
「凛、クラウディア。お前たちの頭脳があったから、この国はここまで立派になった。……ありがとうな」
「礼には及びませんわ。貴方様の夢を形にするのが、私の生き甲斐ですから」(凛)
「貴方の歩む道を整えるのが、私の役目よ。これからも頼りにしているわ、アキオ」(クラウディア)
「セレスティーナ、レオノーラ。家の守りも、財布の紐も、お前たちに任せきりで悪かったな」
「いいえ。貴方が安心して眠れる場所を守ることこそ、騎士の本懐です」(セレスティーナ)
「ふふ、安心して。老後の資金もバッチリ貯めてありますから、百年生きても大丈夫よ?」(レオノーラ)
アキオが歩く先々で、妻たちが笑顔で迎えてくれる。
精霊たちと遊ぶアウロラ。
「アキオ様。精霊たちも祝福しています。……貴方が種を撒き、私たちが育んだ命が、こんなに大きくなりました」
そして、並んで座るイザベラとセフィア。かつて守られる存在だった二人は、今や立派な母親の顔をしている。
「アキオ様。わたくしの太陽は、今も変わらず貴方様だけですわ」(イザベラ)
「アキオ様。私の止まっていた時間を動かしてくれて、ありがとう。……毎日が、宝物のような日々です」(セフィア)
全員とと言葉を交わし、アキオは庭の中央にある「生命樹」の下に立った。
そこには、最初の妻であり、最愛のパートナーであるシルヴィアが待っていた。
「……良い景色ですね、あなた」
シルヴィアの視線の先には、十人の妻、成長した子供たち、そして駆け回る孫たちの姿がある。
かつて、たった一人で迷い込んだこの森が、今はこんなにも賑やかだ。
「ああ。……本当に、最高だ」
アキオは深く息を吸い込んだ。森の匂い、土の匂い、そして料理の匂い。
五十一歳で全てを失い、絶望していたあの日。
もし、この異世界に来ていなければ。もし、彼女たちに出会えていなければ。
こんなに温かい「老後」はなかっただろう。
「さあ、だんな! 写真撮るぞー! 全員集合だ!」
キナの号令で、全員がアキオの周りに集まってくる。
ぎゅうぎゅう詰めだが、それが心地よい。
右腕にシルヴィア、左腕にアヤネ。背中には子供たちが乗りかかり、足元には孫たちがしがみつく。
「みんなー! 笑ってー! いくよー!」
カメラのレンズに向けられた数え切れないほどの笑顔。
アキオもまた、くしゃくしゃになった顔で、満面の笑みを浮かべた。
(……ああ。いい人生だったな)
心からの感謝と共に、シャッターが切られる。
五十一歳、森の中で家族を作る。
異世界で始まった職人の物語は、愛する家族に囲まれた最高のハッピーエンドで、ここに完結する。
本当に、長い間ありがとう。
そしてこれからも、この聖域には笑い声が絶えることはないだろう。
【完】
アキオがこの世界に降り立ってから、十数年の歳月が流れたある晴れた日。
聖域の広大な庭園には、かつてないほどの数のテーブルが並べられ、視界を埋め尽くすほどのご馳走が用意されていた。
今日は、アキオの還暦をとうに過ぎた誕生日祝いであり、一族全員が集まる記念すべき日だ。
「おいおい、作りすぎじゃないか? いくらなんでも、こんなに食えないぞ」
厨房を覗いたアキオが、苦笑しながら声をかける。
そこには、すっかり貫禄のついた「聖域のお母さん」こと、アヤネの姿があった。彼女は巨大な鍋をかき混ぜながら、変わらぬ温かい笑顔で振り返った。
「あら、あなた。何をおっしゃいますの。子供たちに孫たち、それに親戚一同が集まるんですもの。これでも足りないくらいですわ」
アキオは厨房に入り、アヤネの隣に立った。漂ってくるのは、十数年前、疲弊したアキオを救ったあの味噌汁の香りだ。
「……アヤネ。お前の飯があったから、俺はここまでやってこれたんだ。お前の料理が、この家の『命』を作ってくれたんだよ」
「まあ……。ふふ、急に改まって。……でも、嬉しいです。私が作ったご飯を、あなたが美味しそうに食べてくれる。それだけで、私は世界一幸せな女になれましたから」
二人は見つめ合い、静かに微笑み合った。言葉はなくとも、長年連れ添った夫婦の絆がそこにはあった。
◇
庭に出ると、そこは愛すべき家族たちの喧騒に包まれていた。
「だんな! 見ろよこの肉! 今日一番の獲物だぜ!」
相変わらず元気なキナが、骨付き肉を片手に走ってくる。
「キナ、お前は幾つになってもワンパクだなあ。……その元気のおかげで、家の中がいつも明るかったよ」
「へへっ、任せときな! あたしがだんなの背中を守り続けてやるからよ!」
庭の隅では、凛とクラウディアが何やら設計図を広げて議論し、レオノーラとセレスティーナが子供たちの世話を焼いている。
「凛、クラウディア。お前たちの頭脳があったから、この国はここまで立派になった。……ありがとうな」
「礼には及びませんわ。貴方様の夢を形にするのが、私の生き甲斐ですから」(凛)
「貴方の歩む道を整えるのが、私の役目よ。これからも頼りにしているわ、アキオ」(クラウディア)
「セレスティーナ、レオノーラ。家の守りも、財布の紐も、お前たちに任せきりで悪かったな」
「いいえ。貴方が安心して眠れる場所を守ることこそ、騎士の本懐です」(セレスティーナ)
「ふふ、安心して。老後の資金もバッチリ貯めてありますから、百年生きても大丈夫よ?」(レオノーラ)
アキオが歩く先々で、妻たちが笑顔で迎えてくれる。
精霊たちと遊ぶアウロラ。
「アキオ様。精霊たちも祝福しています。……貴方が種を撒き、私たちが育んだ命が、こんなに大きくなりました」
そして、並んで座るイザベラとセフィア。かつて守られる存在だった二人は、今や立派な母親の顔をしている。
「アキオ様。わたくしの太陽は、今も変わらず貴方様だけですわ」(イザベラ)
「アキオ様。私の止まっていた時間を動かしてくれて、ありがとう。……毎日が、宝物のような日々です」(セフィア)
全員とと言葉を交わし、アキオは庭の中央にある「生命樹」の下に立った。
そこには、最初の妻であり、最愛のパートナーであるシルヴィアが待っていた。
「……良い景色ですね、あなた」
シルヴィアの視線の先には、十人の妻、成長した子供たち、そして駆け回る孫たちの姿がある。
かつて、たった一人で迷い込んだこの森が、今はこんなにも賑やかだ。
「ああ。……本当に、最高だ」
アキオは深く息を吸い込んだ。森の匂い、土の匂い、そして料理の匂い。
五十一歳で全てを失い、絶望していたあの日。
もし、この異世界に来ていなければ。もし、彼女たちに出会えていなければ。
こんなに温かい「老後」はなかっただろう。
「さあ、だんな! 写真撮るぞー! 全員集合だ!」
キナの号令で、全員がアキオの周りに集まってくる。
ぎゅうぎゅう詰めだが、それが心地よい。
右腕にシルヴィア、左腕にアヤネ。背中には子供たちが乗りかかり、足元には孫たちがしがみつく。
「みんなー! 笑ってー! いくよー!」
カメラのレンズに向けられた数え切れないほどの笑顔。
アキオもまた、くしゃくしゃになった顔で、満面の笑みを浮かべた。
(……ああ。いい人生だったな)
心からの感謝と共に、シャッターが切られる。
五十一歳、森の中で家族を作る。
異世界で始まった職人の物語は、愛する家族に囲まれた最高のハッピーエンドで、ここに完結する。
本当に、長い間ありがとう。
そしてこれからも、この聖域には笑い声が絶えることはないだろう。
【完】
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