五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第12話:薬草園の約束と夏の足音

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 ユメがシルヴィアに手当てをしてもらった一件以来、森の奥に住む孤高のエルフの姿は、以前よりも頻繁にアキオたちの生活圏の近くで見られるようになった。といっても、彼女が積極的に話しかけてくるわけではない。畑仕事にいそしむアキオや、無邪気に遊ぶ子供たちの様子を、木陰から遠巻きに、しかしどこか興味深げに眺めている、という程度だ。それでも子供たちは「あ、森のお姉ちゃんだ!」と見つけるたびに嬉しそうに手を振り、シルヴィアは相変わらず困ったような顔をしつつも、すぐに姿を消すことは少なくなっていた。

 ある晴れた日、アキオが畑の雑草取りをしていると、すぐ近くの木の幹に寄りかかって畑の作物を観察しているシルヴィアに気づいた。以前なら、声をかける前に気配を察して消えていただろう距離だ。
「シルヴィアさん、こんにちは」
 アキオが声をかけると、シルヴィアはゆっくりとこちらを向いた。
「……人間は、土をいじくるのが本当に好きらしいな。森を切り開くだけでは飽き足らず、地面まで掘り返すとは」
 その口調は相変わらず皮肉めいているが、どこか揶揄うような響きも含まれているようにアキオには感じられた。
「ははは、まあ、生きるためには仕方ないさ。それに、自分たちで育てた作物を食べるのは、格別の喜びがあるもんだよ」アキオは笑顔で返す。「ところでシルヴィアさん、相談があるんだが」
「何だ」
「この小屋の近くに、小さな薬草園を作ろうと思っているんだ。ユメのようなことがまたあった時のために、よく使う薬草を少しずつでも育てておきたくて。もしよろしければ、どんな薬草を植えたらいいか、あるいは土のことなど、少し助言をいただけないだろうか? もちろん、シルヴィアさんの森を荒らすようなことはしない。ほんの僅かな区画でいいんだ」
 シルヴィアはしばらく黙ってアキオの顔を見つめていたが、やがてふいと視線を逸らした。
「……私は、人間が汚した里の土など好かぬ。薬草は、清浄な森の気を受けてこそ力を宿すものだ」
 やはり難しいか、とアキオが諦めかけた時、畑の脇で遊んでいたミコとユメが「シルヴィアお姉ちゃんも一緒にお花植えるのー?」「ユメも手伝うー!」と無邪気に声をかけてきた。
 その言葉に、シルヴィアの肩が微かに揺れた。彼女は子供たちを一瞥すると、小さなため息をつき、アキオに向き直った。
「……まあ、土の状態くらいは、見てやらんでもない。お前たちが下手に毒草でも育てられては、森の獣たちにも迷惑がかかるからな」
 それは、彼女なりの大きな譲歩だった。

 数日後、アキオと子供たちは、シルヴィアが「日当たりと水はけのバランスが良い」と選んでくれた小屋の裏手の小さな土地を、薬草園にするために整地し始めた。シルヴィアは、少し離れた場所から腕を組んでその様子を眺めていたが、アキオが土の質について尋ねると、的確なアドバイスをくれたり、持参した薬草の苗を植え付ける際には、自ら手本を見せてくれたりもした。その手つきは滑らかで、植物に対する深い愛情が感じられる。
「この根は傷つきやすい。こうやって、優しく土を被せるのだ」「これは乾燥を好むから、あまり水をやりすぎるな」
 彼女の言葉は簡潔だが、その知識の深さにアキオも子供たちもただただ感心するばかりだった。
 作業の途中、ケンタが「ねえ、シルヴィアさんって、エルフだから何百年も生きるんでしょ? 恐竜とか見たことある?」などと突拍子もない質問をすると、シルヴィアは一瞬言葉に詰まり、困惑した表情で「……エルフの寿命は人間より長いが、万能ではない。それに、恐竜などというものは知らぬ」と、真面目に答えていた。そのやり取りを見て、アキオは思わず笑みを漏らした。

 日差しは日増しに強くなり、夏の気配が濃厚になってきた。アキオたちは、近くを流れる小川で水浴びをしたり(もちろん子供たちは大はしゃぎだ)、夏場の食料保存のために、燻製だけでなく、塩漬けや乾燥といった方法も試し始めていた。
 シルヴィアも、時折薬草園の様子を見に来るついでに、アキオたちが作る木の器や、アヤネがより上手に焼けるようになった木の実のパンに、以前よりも素直な興味を示すようになった。
「その器、なかなか理に適った形をしているな。軽くて持ちやすそうだ」「その黒っぽいパンだが……香りは悪くない」
 以前のようにすぐに立ち去ることもなく、アキオたちの作業や生活の様子を、言葉少なながらも見守っている時間が増えた。

 そんなある日の昼下がり、薬草園の手入れを終えたシルヴィアが、ふとアヤネが昼食の準備をしているのに気づいた。今日のメニューは、採れたての野菜と干し肉の煮込み、そして香ばしい焼きパンだ。
 アヤネは、意を決したようにシルヴィアに顔を向けた。
「あの、シルヴィアさん。もし……もしよかったら、お昼ご飯、私たちと一緒にいかがですか? 簡単なものですけど……」
 その言葉に、シルヴィアは目を見開き、明らかに動揺したように固まった。彼女の白い頬が、ほんのりと赤く染まっている。森の奥で孤高を守ってきたエルフにとって、人間からの食事の誘いは、予想もしない出来事だったのだろう。
 小屋の周りには、美味しそうな匂いと、子供たちの賑やかな声、そして招く者と招かれる者の間の、緊張と期待が入り混じった空気が流れていた。
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