五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第133話:若き記録者の眼差しと聖域に吹く新たな風

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 ユメが十五歳の成人を迎えてから、ひと月が過ぎた。アキオから贈られた真新しい革表紙の日記帳とサッチェルバッグは、既に彼女の毎日にとって欠かせないものとなっていた。彼女は、その瑞々しい感性と大きな瞳で、アキオの町の日常に起こる様々な出来事や、人々の言葉、そして自らの内に芽生える想いを、丁寧に、そして真摯に書き留め始めている。

『――今日、アヤネ様のお部屋から、アサヒ様の元気な泣き声が聞こえてきた。アヤネ様は、アサヒ様をあやす時、とても優しくて、聖母様みたいに綺麗だ。アキオ様も、アサヒ様を抱っこする時は、いつもお顔がとろけそうになっている。キナ様のところのルナ様も、もう首がすわりそうだと言っていた。キナ様は、ルナ様を背負って、元気に森へお仕事に出かけていく。すごいなぁ。――』
 ユメの日記には、そんな微笑ましいアキオ家の日常が、彼女自身の素直な言葉で綴られていた。時には、保育園の子供たちの愛らしい仕草や、ドルガン親方の工房から聞こえてくる力強い槌の音、畑で働く人々の額に光る汗と収穫の喜びなども記録される。彼女の眼差しは、この町の生命の輝きそのものを捉えようとしているかのようだった。
 ケンタは、そんなユメの姿を眩しそうに見守っていた。成人した彼女は、以前よりも少し大人びて見え、真剣な表情でペンを走らせる横顔は、彼にとって何よりも愛おしい。二人の間には、以前にも増して穏やかで、そして確かな愛情が育まれており、ケンタは彼女のために、そして二人の未来のために、一層仕事や訓練に励むのだった。

 一方、光妃アウロラの妊娠生活は、他の誰とも異なる、神秘的な雰囲気に包まれていた。彼女のお腹の「暁の御子」は、その存在感を日ごとに増し、アウロラ自身もまた、その聖なる母性を輝かせていた。時には、彼女のお腹から柔らかなオーロラ色の光が漏れ出し、生命樹がそれに呼応するかのように微かに歌うような音を発することもあった。アウロラは、そんな時、アキオの手を取り、自らのお腹に当てさせ、共に御子の力強い胎動と、その魂の輝きを感じ入る。
「アキオ…この子は、あなた様とわらわ、そして生命樹の願いそのもの。きっと、この世界に大きな希望をもたらしてくれます」
 アキオは、その言葉に深く頷き、アウロラと御子の安定のために、そして彼女への尽きせぬ愛情から、生命樹の下での「聖なる営み」を、祈りを込めて続けていた。その度に、アウロラの力はさらに安定し、御子もまた健やかに育まれているのが感じられた。

 ヴァルト子爵領との交流も、着実に進んでいた。
 子爵領からやって来た産婆研修団の女性たちは、マーサの元で熱心に学んでいた。アキオの町で行われている、当時としては画期的な衛生管理(熱湯消毒や清潔な布の使用)、薬草を用いた母子のケア、そして何よりも妊婦の精神的な安定を重視するマーサの指導は、彼女たちにとって驚きと発見の連続だった。
「まさか、お産婆の仕事に、これほどまでの知識と心配りが必要だったとは…」
「この町の赤子たちが皆元気なのも、マーサ様のこの教えがあってこそなのですね」
 彼女たちは、マーサの技術と心構えを一つでも多く持ち帰ろうと、真剣な眼差しで研修に打ち込んでいる。その夫たちも、アキオの町の建設作業や農作業を手伝いながら、水車やアキオ鋼といった進んだ技術に目を見張っていた。

 遠くヴァルト子爵領にいるアルトとミコからも、定期的に手紙が届いていた。そこには、子爵領の都市の様子や、貴族社会の慣習への戸惑い、そして彼らが学ぶ新しい知識や技術への興奮が生き生きと綴られていた。アルトは、大規模な石造建築や都市計画の基礎を学び、ミコは、子爵領独自の薬草や治療法に触れ、それぞれの見聞を広めているようだ。彼らの成長を伝える便りは、アキオや町の皆にとって大きな喜びであり、交換留学制度の成功を確信させるものだった。

 エルドリアへの細き希望の糸を託された商人ヨハンの動向については、まだ具体的な知らせは届いていなかった。セレスティーナは、日々の妊婦としての穏やかな生活を送りながらも、心の奥底では弟クリストフ王子の安否を気遣い、ヨハンからの吉報を待ち続けていた。アキオやレオノーラもまた、彼女のその想いに寄り添い、静かにその時を待っていた。

 アキオの町は、多くの新しい命を育み、若い世代が成長し、そして外部世界との新たな絆を育む中で、ゆっくりと、しかし力強く、その未来を紡いでいた。ユメの真新しい日記帳には、そんな聖域に吹く、希望に満ちた新しい風の音色が、確かに刻まれ始めていた。
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