五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
167 / 400

第167話:聖域への道、そして明かされる名前

しおりを挟む
 アキオたち救出隊は、数百人に及ぶ衰弱しきった人々と合流し、すぐさま行動を開始した。ミコが率いる医療チームが、持てる限りの薬草やポーションで負傷者や病人の応急手当を行い、「希望の会」から同行した未亡人たちが、子供や高齢者に温かいスープと水を配って回る。その手際の良さと献身的な姿は、絶望の淵にいた人々の心に、微かな安堵の光を灯した。

「ここから我々の町までは、お前たちの足では半日以上はかかるだろう。だが、そこには温かい食事と、安全な寝床が用意してある。もう何も心配はいらない。俺たちについてきてくれ」 アキオは、元奴隷たちのリーダーであるカイの隣に立ち、力強く、しかし穏やかな声で全員に語りかけた。カイは、妹アヤネとの再会という奇跡にまだ心を揺さぶられながらも、リーダーとして仲間たちに声をかけ、アキオたちの指示に従うよう促した。

 聖域への帰路は、想像を絶する困難を極めた。衰弱した人々、特に子供や病人の歩みは遅く、何度も休憩を挟まなければならなかった。キナと斥候隊が周囲を警戒し、アルトが屈強な若者たちを率いて道中の障害物を取り除き、ドルガン親方が作った頑丈な担架で動けない者たちを運ぶ。町の総力を挙げた、まさに命を繋ぐための行軍だった。

 その日の夜、森の中で最初の野営を張った時。アルトは、焚き火のそばで静かに空を見上げていた姉、サラの隣にそっと腰を下ろした。数年ぶりの、姉弟だけの時間だった。 「姉ちゃん…」 「……」 サラは、やつれてはいるものの、その芯の強さを感じさせる瞳で、弟を見つめ返した。 「ねえ、ハルト」彼女は、懐かしい、そして他の誰も知らない名前で、弟を呼んだ。「やっぱりここでは、アルトって言われてるの?」 その言葉に、アルトは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに寂しそうに、しかし穏やかに微笑んだ。 「うん、もう慣れたよ。アキオさんの村に来る前、避難の途中でいつの間にかそう呼ばれるようになって、定着しちゃったんだ。ハルトって、僕の本当の名前だって、今じゃもう誰も知らないしね」 「そう…私だけでも、ハルトって言ってあげよっか?」 サラのその言葉には、弟への深い愛情と、失われた過去への郷愁が滲んでいた。 「ううん、いいんだよ、姉ちゃん。アキオさんや、シルヴィアさん、皆が呼んでくれる『アルト』っていう名前も、俺は好きだから。それに…姉ちゃんだけでも、こうして本当の名前を覚えていてくれたら、それでいいんだよ」 弟の気丈な言葉に、サラは「ハルト…」と小さく彼の本当の名を呟き、その瞳を潤ませた。なぜ自分たちの一族にだけ、この地域では珍しい響きの名前が受け継がれているのか、その理由を彼らは知らない。だが、それは紛れもなく、かつて失われた家族と故郷を繋ぐ、二人だけの大切な証だった。それは、この過酷な世界で再び巡り会えた二人の、誰にも邪魔されない、聖なる絆の再確認だった。

 アヤネもまた、兄のカイと、これまでの空白の時間を埋めるように言葉を交わしていた。 「…そうか。アキオ殿の、妻に…。そして、母親になったのか、お前が…」 カイは、アキオが多くの妻を持つという事実に戸惑いながらも、妹がこの奇跡のような町で幸せに暮らしていることを知り、複雑な安堵の表情を浮かべていた。

 一方、アキオの町では、シルヴィアとアウロラ、そして凛が中心となり、大規模な受け入れ準備が急ピッチで進められていた。凛の立てた計画に基づき、食料、医療品、そして仮設住居の準備が整然と進んでいく。町の全員が、新しい仲間を迎えるために、一丸となっていた。

 そして、翌日の夕刻。疲労困憊の一行は、ついに森を抜け、アキオの町へとたどり着いた。 元奴隷たちが目にしたのは、夜の闇が迫る中、谷間に広がる、生命樹の柔らかな光と、家々の窓から漏れる温かい無数の灯りだった。それは、彼らが奴隷として過ごした地獄の日々とはあまりにもかけ離れた、幻想的で、そして圧倒的に平和な光景だった。 「ああ…なんだ…ここは…」 「光が…生きているみたいだ…」 彼らは、そのあまりに美しく、温かい町の姿に、ただ呆然と立ち尽くす。何人かは、その場で膝から崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。それは、絶望の涙ではなかった。数年ぶりに、あるいは生まれて初めて感じる「安全」と「希望」を前にして、張り詰めていた魂の糸が切れた、安堵の涙だった。

 町の入り口では、シルヴィアたちが、温かいスープの湯気を立てながら、彼らの到着を待っていた。 「皆さん、お帰りなさい。そして…ようこそ、私たちの町へ」 シルヴィアのその優しい声が、森の静寂に響き渡った。地獄から生還した数百の魂を、アキオの町の聖なる光が、今、優しく、そして力強く包み込もうとしていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

家ごと異世界ライフ

もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...