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「エレイン、辛くなったら言ってね。すぐに帰るから」
夫の言葉に、エレインは頷いた。帰りたいのは本当あなたでしょう、と言ってやろうかと思ったけど、可哀想なのでやめた。
それにしても、本当にいつ見ても豪華だ。
感心半ば、呆れ半ばでエレインは舞踏会場の中を見渡した。
今日は年に一度の生誕祭。
いつも領地に引きこもっている自分たちのような貴族も、この日ばかりはお祝いに駆けつける決まりになっている。
エレインはきらびやかな世界から、視線を夫へとうつした。
冴えない男と人は笑うけれどエレインにとっては大切な旦那様だ。
彼とは、三年前に結婚した。
ルイスとの婚約を取りやめた後、エレインはマリアンヌの兄であるフォウルから求婚された。
しかしエレインは断った。公爵家の女主人なんて、エレインには荷が重すぎる。今の夫は辺境伯で、人柄もおおらかだ。賑わいも苦手らしく、王都にも滅多に来ようとしない。そういうところも好感が持てた。
「どうかしたの?エレイン」
「ううん。それにしてもすごい人ね」
「そうだね。生誕祭だからっていうのもあると思うけど、彼を見に来てる人もおおいんじゃない?」
「彼?」
「ほら、彼だよ」
夫が指さす方に、人だかりができていた。そのほとんどが歳若い女性だった。夫の指す人物が、その中心にいるらしかった。
「なあに?あれ」
「あれ?エレインは知らない?ほら、皇太子殿下の側近は、彼がずっと幼い頃から仕えている人ばかりだろう?それなのに、珍しく古参じゃない側仕えを殿下が選んだんだ。しかも未婚で男前だというので、ほらあの通りというわけさ」
「ふぅん。そうなの」
エレインは少し背伸びして、輪の中心を覗こうとした。しかし、残念なことに頭の先しか見えない。
「エレイン、そんなに気になるなら後で一緒にご挨拶に行こう」
夫は妻の好奇心の強いことを知っているので、笑って鷹揚にそう提案してくれた。
その言葉に甘えて待つことにする。しばらくするとようやく少し人が捌けてきた。
「行こうか」
夫に促され、あくまでしずしずとくだんの側近の前に立ち、一層頭を深く下げる。夫の挨拶口上が終わって揃って頭を上げたエレインは、口を開けたまま固まってしまった。
そこにいたのは、幼馴染で元婚約者のルイスだった。
※
「本当に驚いたわ」
テラスの手すりにもたれ、エレインは嘆息した。
少し離れたところには夫の背中が見える。エレインとルイスが旧知の仲だと知って、こうして時間を作ってくれた。本当にできた夫だと思う。
「本当に、僕も驚いたよ」
言いながらも、ルイスはさして驚いているようには見えなかった。少し悔しい。エレインは二の句が継げないほどだったというのに。
しかも、最後に会った時より随分背も伸びて、すっかり大人の男になっていた。どちらかといえば頼りないほどだったというのに、鍛え抜かれた体にはつい見惚れてしまいそうになる。
それを誤魔化すために、エレインは夜の庭に視線をやった。
「あなた、皇太子殿下の側近になったんですってね」
「うん。新しく部署を作ることになって、そこの責任者を任されることになった」
「そう・・・。あなた、生きてたのね」
率直すぎる物言いだった。怒るかと思ったがルイスは笑った。
「もちろん。そのおかげでこの役につけたわけだし」
「どういうこと?」
ルイスは首に締めたコックタイを少し指で緩める。あまり褒められた仕草ではなかったけれど、様になっていた。
「エリオール・グランデュールに家を乗っ取られそうになったが、見事打ち負かし彼を退けた男。歌劇が作られて公演までされてたんだけど。知らない?」
「私、辺境伯様に嫁いでずっとそっちにいたから」
「そうか」
ルイスは柔らかく笑う。しかしエレインはその笑みが胡散臭く見えて仕方がなかった。
「それ、本当のことなの?」
「もちろん」
「あんなに彼に夢中だったのに?」
ルイスは頷くが、エレインにはとても信じられなかった。
ルイスと過ごしたあの日々。まだ自分たちは子どもだったけれど、最後の日にルイスが吐露したエリオールへの気持ちは、どこまでも真摯なものだった。
そんな彼らが、打ち負かし、打ち負かされるような関係になったというのか。
エレインは俯き、唇を噛んだ。
腹が立ってしょうがなかった。
そんなふうに断ち切れるなら、エレインとの婚約を破棄した意味はどこにあるというのだ。
エレインは一つ深呼吸し、キッとルイスを睨めつけた。
「そうなの。随分な大出世じゃない。そんなふうにして地位を勝ち取って、楽しい?次はなにを目指すの?公女様の夫にでも収まるつもり?」
こちらは真剣なのに、ルイスは楽しそうに笑っている。
「エレインは相変わらずだな!想像力が豊かというか」
「それって、褒めてるの?」
「もちろん」
ルイスは笑みをたたえたまま、胸元に下がったペンダントトップを指で弄る。ペンダントトップには紫色の宝石があしらわれていて、それがルイスの指の先でキラリと光った。
「エレイン、君には言っておくよ。これから我が国は揺らぐ」
「え?どういう意味?」
エレインの困惑には答えず、ルイスは視線を指先に落としたまま言う。
「清廉潔白に生きられる人なんて、ほんの僅かしかいない。そうじゃないか?」
「それは、そうかもしれないけど、それと、あなたが皇太子殿下の側近になることと、何の関係があるの?」
「火種は内部にもないと、火事はすぐに消し止められてしまう」
目を見開き絶句するエレインを見て、ルイスは小さく笑みを浮かべた。
「少し喋りすぎたみたいだ」
ルイスの視線が舞踏会場へ向く。今にも去って行きそうな雰囲気に、しかしエレインは止める言葉を持たなかった。
何をしようとしているの、と聞いたところで彼は答えはしないだろう。
再度の別れが訪れようとしている。幼馴染の背を追うエレインの目に、ふと、紫の光が過った。ルイスが下げていた、ペンダントトップの光だった。
「ルイス」
ルイスの姿は、すでに半分会場内の光と同化していた。それでも、振り返ったのは分かった。エレインは精一杯の笑みを浮かべた。
「彼はきっと、更にお綺麗になられたんでしょうね」
ルイスは何も言わず、ただ口の端に笑みを浮かべた。それが答えだった。
夫の言葉に、エレインは頷いた。帰りたいのは本当あなたでしょう、と言ってやろうかと思ったけど、可哀想なのでやめた。
それにしても、本当にいつ見ても豪華だ。
感心半ば、呆れ半ばでエレインは舞踏会場の中を見渡した。
今日は年に一度の生誕祭。
いつも領地に引きこもっている自分たちのような貴族も、この日ばかりはお祝いに駆けつける決まりになっている。
エレインはきらびやかな世界から、視線を夫へとうつした。
冴えない男と人は笑うけれどエレインにとっては大切な旦那様だ。
彼とは、三年前に結婚した。
ルイスとの婚約を取りやめた後、エレインはマリアンヌの兄であるフォウルから求婚された。
しかしエレインは断った。公爵家の女主人なんて、エレインには荷が重すぎる。今の夫は辺境伯で、人柄もおおらかだ。賑わいも苦手らしく、王都にも滅多に来ようとしない。そういうところも好感が持てた。
「どうかしたの?エレイン」
「ううん。それにしてもすごい人ね」
「そうだね。生誕祭だからっていうのもあると思うけど、彼を見に来てる人もおおいんじゃない?」
「彼?」
「ほら、彼だよ」
夫が指さす方に、人だかりができていた。そのほとんどが歳若い女性だった。夫の指す人物が、その中心にいるらしかった。
「なあに?あれ」
「あれ?エレインは知らない?ほら、皇太子殿下の側近は、彼がずっと幼い頃から仕えている人ばかりだろう?それなのに、珍しく古参じゃない側仕えを殿下が選んだんだ。しかも未婚で男前だというので、ほらあの通りというわけさ」
「ふぅん。そうなの」
エレインは少し背伸びして、輪の中心を覗こうとした。しかし、残念なことに頭の先しか見えない。
「エレイン、そんなに気になるなら後で一緒にご挨拶に行こう」
夫は妻の好奇心の強いことを知っているので、笑って鷹揚にそう提案してくれた。
その言葉に甘えて待つことにする。しばらくするとようやく少し人が捌けてきた。
「行こうか」
夫に促され、あくまでしずしずとくだんの側近の前に立ち、一層頭を深く下げる。夫の挨拶口上が終わって揃って頭を上げたエレインは、口を開けたまま固まってしまった。
そこにいたのは、幼馴染で元婚約者のルイスだった。
※
「本当に驚いたわ」
テラスの手すりにもたれ、エレインは嘆息した。
少し離れたところには夫の背中が見える。エレインとルイスが旧知の仲だと知って、こうして時間を作ってくれた。本当にできた夫だと思う。
「本当に、僕も驚いたよ」
言いながらも、ルイスはさして驚いているようには見えなかった。少し悔しい。エレインは二の句が継げないほどだったというのに。
しかも、最後に会った時より随分背も伸びて、すっかり大人の男になっていた。どちらかといえば頼りないほどだったというのに、鍛え抜かれた体にはつい見惚れてしまいそうになる。
それを誤魔化すために、エレインは夜の庭に視線をやった。
「あなた、皇太子殿下の側近になったんですってね」
「うん。新しく部署を作ることになって、そこの責任者を任されることになった」
「そう・・・。あなた、生きてたのね」
率直すぎる物言いだった。怒るかと思ったがルイスは笑った。
「もちろん。そのおかげでこの役につけたわけだし」
「どういうこと?」
ルイスは首に締めたコックタイを少し指で緩める。あまり褒められた仕草ではなかったけれど、様になっていた。
「エリオール・グランデュールに家を乗っ取られそうになったが、見事打ち負かし彼を退けた男。歌劇が作られて公演までされてたんだけど。知らない?」
「私、辺境伯様に嫁いでずっとそっちにいたから」
「そうか」
ルイスは柔らかく笑う。しかしエレインはその笑みが胡散臭く見えて仕方がなかった。
「それ、本当のことなの?」
「もちろん」
「あんなに彼に夢中だったのに?」
ルイスは頷くが、エレインにはとても信じられなかった。
ルイスと過ごしたあの日々。まだ自分たちは子どもだったけれど、最後の日にルイスが吐露したエリオールへの気持ちは、どこまでも真摯なものだった。
そんな彼らが、打ち負かし、打ち負かされるような関係になったというのか。
エレインは俯き、唇を噛んだ。
腹が立ってしょうがなかった。
そんなふうに断ち切れるなら、エレインとの婚約を破棄した意味はどこにあるというのだ。
エレインは一つ深呼吸し、キッとルイスを睨めつけた。
「そうなの。随分な大出世じゃない。そんなふうにして地位を勝ち取って、楽しい?次はなにを目指すの?公女様の夫にでも収まるつもり?」
こちらは真剣なのに、ルイスは楽しそうに笑っている。
「エレインは相変わらずだな!想像力が豊かというか」
「それって、褒めてるの?」
「もちろん」
ルイスは笑みをたたえたまま、胸元に下がったペンダントトップを指で弄る。ペンダントトップには紫色の宝石があしらわれていて、それがルイスの指の先でキラリと光った。
「エレイン、君には言っておくよ。これから我が国は揺らぐ」
「え?どういう意味?」
エレインの困惑には答えず、ルイスは視線を指先に落としたまま言う。
「清廉潔白に生きられる人なんて、ほんの僅かしかいない。そうじゃないか?」
「それは、そうかもしれないけど、それと、あなたが皇太子殿下の側近になることと、何の関係があるの?」
「火種は内部にもないと、火事はすぐに消し止められてしまう」
目を見開き絶句するエレインを見て、ルイスは小さく笑みを浮かべた。
「少し喋りすぎたみたいだ」
ルイスの視線が舞踏会場へ向く。今にも去って行きそうな雰囲気に、しかしエレインは止める言葉を持たなかった。
何をしようとしているの、と聞いたところで彼は答えはしないだろう。
再度の別れが訪れようとしている。幼馴染の背を追うエレインの目に、ふと、紫の光が過った。ルイスが下げていた、ペンダントトップの光だった。
「ルイス」
ルイスの姿は、すでに半分会場内の光と同化していた。それでも、振り返ったのは分かった。エレインは精一杯の笑みを浮かべた。
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