落花

ハルカ

文字の大きさ
13 / 13

12

しおりを挟む
「エレイン、辛くなったら言ってね。すぐに帰るから」

夫の言葉に、エレインは頷いた。帰りたいのは本当あなたでしょう、と言ってやろうかと思ったけど、可哀想なのでやめた。

それにしても、本当にいつ見ても豪華だ。
感心半ば、呆れ半ばでエレインは舞踏会場の中を見渡した。
今日は年に一度の生誕祭。
いつも領地に引きこもっている自分たちのような貴族も、この日ばかりはお祝いに駆けつける決まりになっている。
エレインはきらびやかな世界から、視線を夫へとうつした。
冴えない男と人は笑うけれどエレインにとっては大切な旦那様だ。

彼とは、三年前に結婚した。
ルイスとの婚約を取りやめた後、エレインはマリアンヌの兄であるフォウルから求婚された。
しかしエレインは断った。公爵家の女主人なんて、エレインには荷が重すぎる。今の夫は辺境伯で、人柄もおおらかだ。賑わいも苦手らしく、王都にも滅多に来ようとしない。そういうところも好感が持てた。

「どうかしたの?エレイン」
「ううん。それにしてもすごい人ね」
「そうだね。生誕祭だからっていうのもあると思うけど、彼を見に来てる人もおおいんじゃない?」
「彼?」
「ほら、彼だよ」

夫が指さす方に、人だかりができていた。そのほとんどが歳若い女性だった。夫の指す人物が、その中心にいるらしかった。

「なあに?あれ」
「あれ?エレインは知らない?ほら、皇太子殿下の側近は、彼がずっと幼い頃から仕えている人ばかりだろう?それなのに、珍しく古参じゃない側仕えを殿下が選んだんだ。しかも未婚で男前だというので、ほらあの通りというわけさ」
「ふぅん。そうなの」

エレインは少し背伸びして、輪の中心を覗こうとした。しかし、残念なことに頭の先しか見えない。

「エレイン、そんなに気になるなら後で一緒にご挨拶に行こう」

夫は妻の好奇心の強いことを知っているので、笑って鷹揚にそう提案してくれた。
その言葉に甘えて待つことにする。しばらくするとようやく少し人が捌けてきた。

「行こうか」

夫に促され、あくまでしずしずとくだんの側近の前に立ち、一層頭を深く下げる。夫の挨拶口上が終わって揃って頭を上げたエレインは、口を開けたまま固まってしまった。
そこにいたのは、幼馴染で元婚約者のルイスだった。





「本当に驚いたわ」

テラスの手すりにもたれ、エレインは嘆息した。
少し離れたところには夫の背中が見える。エレインとルイスが旧知の仲だと知って、こうして時間を作ってくれた。本当にできた夫だと思う。

「本当に、僕も驚いたよ」

言いながらも、ルイスはさして驚いているようには見えなかった。少し悔しい。エレインは二の句が継げないほどだったというのに。
しかも、最後に会った時より随分背も伸びて、すっかり大人の男になっていた。どちらかといえば頼りないほどだったというのに、鍛え抜かれた体にはつい見惚れてしまいそうになる。
それを誤魔化すために、エレインは夜の庭に視線をやった。

「あなた、皇太子殿下の側近になったんですってね」
「うん。新しく部署を作ることになって、そこの責任者を任されることになった」
「そう・・・。あなた、生きてたのね」

率直すぎる物言いだった。怒るかと思ったがルイスは笑った。

「もちろん。そのおかげでこの役につけたわけだし」
「どういうこと?」

ルイスは首に締めたコックタイを少し指で緩める。あまり褒められた仕草ではなかったけれど、様になっていた。

「エリオール・グランデュールに家を乗っ取られそうになったが、見事打ち負かし彼を退けた男。歌劇が作られて公演までされてたんだけど。知らない?」
「私、辺境伯様に嫁いでずっとそっちにいたから」
「そうか」

ルイスは柔らかく笑う。しかしエレインはその笑みが胡散臭く見えて仕方がなかった。

「それ、本当のことなの?」
「もちろん」
「あんなに彼に夢中だったのに?」

ルイスは頷くが、エレインにはとても信じられなかった。
ルイスと過ごしたあの日々。まだ自分たちは子どもだったけれど、最後の日にルイスが吐露したエリオールへの気持ちは、どこまでも真摯なものだった。
そんな彼らが、打ち負かし、打ち負かされるような関係になったというのか。
エレインは俯き、唇を噛んだ。
腹が立ってしょうがなかった。
そんなふうに断ち切れるなら、エレインとの婚約を破棄した意味はどこにあるというのだ。
エレインは一つ深呼吸し、キッとルイスを睨めつけた。

「そうなの。随分な大出世じゃない。そんなふうにして地位を勝ち取って、楽しい?次はなにを目指すの?公女様の夫にでも収まるつもり?」

こちらは真剣なのに、ルイスは楽しそうに笑っている。

「エレインは相変わらずだな!想像力が豊かというか」
「それって、褒めてるの?」
「もちろん」

ルイスは笑みをたたえたまま、胸元に下がったペンダントトップを指で弄る。ペンダントトップには紫色の宝石があしらわれていて、それがルイスの指の先でキラリと光った。

「エレイン、君には言っておくよ。これから我が国は揺らぐ」
「え?どういう意味?」

エレインの困惑には答えず、ルイスは視線を指先に落としたまま言う。

「清廉潔白に生きられる人なんて、ほんの僅かしかいない。そうじゃないか?」
「それは、そうかもしれないけど、それと、あなたが皇太子殿下の側近になることと、何の関係があるの?」
「火種は内部にもないと、火事はすぐに消し止められてしまう」

目を見開き絶句するエレインを見て、ルイスは小さく笑みを浮かべた。

「少し喋りすぎたみたいだ」

ルイスの視線が舞踏会場へ向く。今にも去って行きそうな雰囲気に、しかしエレインは止める言葉を持たなかった。
何をしようとしているの、と聞いたところで彼は答えはしないだろう。
再度の別れが訪れようとしている。幼馴染の背を追うエレインの目に、ふと、紫の光が過った。ルイスが下げていた、ペンダントトップの光だった。

「ルイス」

ルイスの姿は、すでに半分会場内の光と同化していた。それでも、振り返ったのは分かった。エレインは精一杯の笑みを浮かべた。

「彼はきっと、更にお綺麗になられたんでしょうね」

ルイスは何も言わず、ただ口の端に笑みを浮かべた。それが答えだった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...