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現界
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一度人を殺し、倫理の道を外れた時。
人は元には戻れないだろう。
夕方の歩道は、人の流れで詰まっていた。
肩と肩がぶつかるたび、誰も声を出さない。列は進み続けるのに、空気は滞っている。
視線を少しだけ横にずらすと、アスファルトの上に影がひとつ、転がっていた。
酔いつぶれた人間のように見えた。だが胸は上下していない。
それでも群衆の誰も立ち止まらない。
自分の足も止まらなかった。止める理由がどこにも見つからない。
「死んでいる」という感覚は湧かなかった。ただ「もう生きてはいない」とだけ分かる。
視線を逸らして歩き出す。
前の人間の背中に合わせ、ただ進む。
交差点の信号が変わり、流れが横に広がる。
母親が小さな子の手を強く引いた。子どもはベンチを振り返る。そこに置かれた紙コップは湯気を失って久しい。
母親は振り返らない。子どももすぐに前を向いた。
それが、この街のルールだった。
一時間に一度、どこかで誰かが死ぬ。
本当にそうだとしても、誰も驚かない。
誰も声を上げない。
この街では、死は数の一つでしかない。
歩道橋の影で、風が鉄の匂いを運んできた。
その瞬間、背中にぞわりとした冷たさが走る。
周囲の足音は変わらないのに、自分だけが別の場所に立っているような錯覚。
「何かが違う」と思ったが、その「何か」に言葉を与える間はなかった。
角を曲がれば、家に着く。
そう思って、彼は歩みを止めなかった。
妹の体は、腕の届くところにあった。
伸ばした手は、ほんの数十センチ遅かった。
爪が剥がれ、掌が裂けるほど地面を掻いた痕跡が残っている。
それでも抱きとめるには足りなかった。
落下の衝撃で砕けたガラス片が髪に散らばり、肩口からは血が溢れている。
声は出ない。
瞼は閉じたまま。
確かにそこにいるのに、「死んだ」という感覚は湧かない。
ただ、息がない。
熱が抜けていく。
それを何度見直しても、事実は変わらない。
受け止められなかった。
その一言だけが、胸の奥で鈍く繰り返されていた。
視界が裂けた。
音も色も、地面の硬さも剥がれていく。
次に目を開いた時、そこは街ではなかった。
白大理石の床がどこまでも広がり、天井はなく、ただ闇に光が浮かんでいる。
巨大な玉座が一つ。そこに、女がいた。
脚を組み、肘を置き、退屈そうにこちらを見下ろしている。
「やっと来たか。まあ、座れよ」
声は氷水のように澄んでいるのに、どこか艶やかだった。
周囲には椅子などない。床に立ち尽くすしかない。
「……ここはどこだ」
「死と生の間、みたいなもんだな。正確な名なんて不要だろ」
女神は肩をすくめる。
その仕草は軽薄だが、背後の闇が形を変えるたび、息が詰まる。
抗えない、という感覚だけが、確かにある。
「蘇らせてやろう。ただし条件がある」
「条件?」
「そうだ。倫理と道徳を、きれいに脱ぎ捨てること。
この世界で生き延びるには、それらが邪魔でしかない。
人を殺せ。血を浴びろ。疑わずに踏み込め。
それができるなら、もう一度歩かせてやる」
女神は微笑んだ。楽しげに、相手を試すように。
男は、しばらく口を閉ざした。
返す言葉は思いつかない。ただ、既に行動で証明してしまったことが胸を焼く。
妹を受け止められなかった。敵を斬った。血を浴びた。
選ばなかったわけではない。もう選んでしまっていた。
女神の指が玉座の肘掛けを叩いた。
「――そう、その顔だ。もう十分だな。お前はもう条件を満たしている」
軽く笑った。
「なら、蘇生は済んだ。地上に戻れ。続きをやれ」
床が沈む。
視界が再び暗転し、身体がひっくり返るように吸い込まれる。
目を閉じても、閉じきれない光が瞼を焼いた。
次に呼吸をした時、鼻腔には血と埃の匂いが戻っていた。
街の地獄だ。
人が多すぎて、死の感覚が湧かない街。
そこに、彼は再び放り出された。
光が千切れ、視界が反転した。
次の瞬間、足がアスファルトを叩いていた。
息が苦しい。
埃と血の匂いが肺を焼く。
背後で爆音が弾け、空気がねじ切れた。
街は――街ではなかった。
高層ビルは砲撃で崩れ、壁面に人の影が黒く焼き付いている。
歩道には荷物と人間の残骸が散らばり、車は逆さに転がって炎を吐く。
誰かの笑い声と悲鳴が、同じ高さで交差する。
肩をぶつけて走り抜けていく群衆がいる。
一時間に一度、誰かが死ぬと聞かされたが――一時間どころじゃない。
あちこちで喉が潰れる音がして、ガラスが割れる。
目の前で、若い男が刃物を振り回し、逃げる人を追いかけていた。
視線が合った。
刃を握った腕がこちらを向く。
反射で体を低くする。
刃先が空を裂き、火花が散った。
息を吸うと、血の匂いが強くなる。
女神の言葉が耳に残る。
――倫理も、道徳も、脱ぎ捨てろ。
歯を噛みしめ、足を踏み出す。
ポケットの中で、冷たい感触が指先に触れた。
銀色の線。女神が渡したただのナイフ。
「必要だから」
呟きと同時に、刃を抜いた。
初めての“蘇生後の一撃”が、街に刻まれた。
息を吸った。
肺が痛くない。
身体は驚くほど軽い。
昨日までの疲労が消えている。
だが軽さの理由は分かっていた。
人を殺すことに、ためらいが消えている。
それが、力になっている。
触れてはいけない領域。
現代では役立たずと笑われ、忘れていた資質。
その才能が、今この街で目を覚ました。
目の前で刃物を振るう男の腕が、やけに遅く見える。
ナイフを構えた自分の体が、勝手に答えを選んでいく。
「必要だから」
一歩。
蘇生後、最初の刃が、血と音を伴って夜に刻まれた。
光が裂けた。
次の瞬間、アスファルトを踏みしめていた。
肺が焼けるはずなのに、痛くない。
身体は驚くほど軽い。
昨日までの疲労が剥がれ落ち、筋肉は勝手に動く。
触れてはいけない領域。
現代では役立たずだと笑われた、忘れていた資質。
その才能が、ここで目を覚ましていた。
轟音。
ビルの屋上が爆ぜ、炎と瓦礫の中から黒い影が吹き飛んでくる。
視線を向けた瞬間、心臓が掴まれた。
妹だった。
髪は血と埃に濡れ、白い肌に割れたガラス片が突き刺さっている。
両手を伸ばして、必死に何かを掴もうとしている。
届かない。
このままでは地面に叩きつけられる。
足が勝手に動いた。
地を蹴り、腕を広げる。
衝撃が胸に食い込み、背中の骨が軋む。
だが、その体は確かに腕の中に収まった。
「……お兄ちゃん?」
震えた声が耳に届く。
呼吸はある。温度もある。
彼女はまだ生きている。
抱きかかえた瞬間、背後で刃物を持った男が飛び出した。
狂った笑い声。血走った目。
殺す気しかない動き。
腕の中の妹が息を呑む。
彼はナイフを握り直し、視線を上げた。
「――必要だから」
身体は迷わない。
触れてはいけない才能が、いま確かに血を求めて動き出していた。
刃が走った。
襲いかかる男の腕を、迷いなく斬り上げる。
骨を割る感触が手首に響き、血が飛び散る。
叫び声が夜気を裂く。
だが、それも一瞬だった。
胸を狙って突き出された二撃目をかわし、喉の奥へ刃を突き立てる。
短い悲鳴。
そして、崩れ落ちる重み。
彼の呼吸は乱れなかった。
身体は驚くほど軽いまま。「人を殺した」という実感だけが、奇妙に抜け落ちていた。
ただ「邪魔が消えた」という結果だけが残った。
腕の中の妹が、小さく震えていた。
その顔に血が降りかかり、頬を赤く染める。
瞳は潤んで、こちらを見上げていた。
「……やっぱり」
声が震え、唇も震えていた。
「私を守るために、こんなふうに殺してくれる……優しいお兄ちゃんだ」
抱き締める力が強くなる。
次の瞬間、彼女は顔を押し付け、勢いのまま唇を重ねてきた。
熱い。
血の味と涙の味が混ざる。
肺が焼けるように熱く、頭が真っ白になる。
夜の街のざわめきが遠のいた。
殺人も悲鳴も、全てが消えていく。
残ったのは、腕の中で震える命と、その熱だけだった。
――現界した世界で最初に与えられたのは、死でもなく罰でもなく、妹の熱烈な口づけだった。
妹はまだ唇を離さなかった。
血と涙が混ざった味に、うっとりと目を細めている。
その陶酔は、兄の刃がまだ敵を求めて震えている事実を無視していた。
「……お兄ちゃんの味……」
囁きは熱に溶けて甘く響く。
だが彼は、呼吸を荒げることもなく、戦闘を解除するつもりはなかった。
腕は緩まず、刃先は獲物を探し続ける。
その冷徹さに、妹の胸はきゅっと締め付けられる。
彼女は驚きと同時に、笑ってしまった。
ゆっくりと彼の体を抱き締め、さらに深く求めた。
だが次の瞬間、逆に彼に剥がされ、背中側へ追いやられる。
「……いじわる」
小さく呟く声が耳をくすぐった。
それでも、彼は振り返らない。
前方に群がる新手が、ぞろぞろと歩道を埋め尽くしていた。
刃物、鉄パイプ、火炎瓶――数が多すぎる。
踏み込む。
一体目の肩口を裂く。
二体目の膝を蹴り砕く。
しかし、数が減らない。
次から次へと押し寄せる。
押される。
ナイフだけではさすがに限界が見え始めていた。
背後から妹の息がかかる。
次の瞬間、敵の刃が兄の胸を狙って突き出された――
だが、通らなかった。
刃は確かに刺さったはずなのに、まるで透明な壁に阻まれるように弾かれた。
鉄の響きだけが残り、兄の身体は無傷のまま。
敵は驚愕に目を見開いた。
兄は知らない。
妹の両の拳が胸の前で合わせられていることを。
そしてその瞬間、彼女が小さく呟いていたことを。
「……土塊に、生命と文明を」
妹の持つ拒絶の力が、静かに発動していた。
刃が次々と迫る。
だが、どの一撃も兄の体を裂かなかった。
鋭い突きは空気に逸れ、振り下ろされた鉄棒は弾かれ、火炎瓶は地面に砕けて無駄に燃え上がる。
「……どういうことだ」
兄の眉間に皺が寄る。
自分の動きが速いだけでは説明できない。
明らかに、攻撃そのものが届いていない。
背後から小さな笑い声が聞こえた。
「ねえ、お兄ちゃん。気づいた?」
妹が拳を胸の前で重ねたまま、楽しげに見上げている。
炎と血の照り返しを浴びた頬が、うっとりと紅潮していた。
「私ね、ずっと無傷だったんだよ。こっちに来てから一度も」
兄は息を荒げたまま、横目で彼女を見た。
妹は微笑む。
言葉は戦場に似つかわしくないほど優しい響きだった。
「私の魔法。『土塊に生命と文明を』――拒絶する力。
お兄ちゃんにだけは絶対に届かないけど、他のみんなには効くの」
ナイフで敵の喉を裂きながら、兄は無言で耳を傾ける。
妹は、さらに言葉を重ねた。
「だから、私はここでずっと待ってた。
お兄ちゃんが来て、私を抱き締めてくれるのを」
血の飛沫の中で、彼女の瞳だけが澄んでいた。
その瞳に射抜かれ、兄は言葉を失う。
だが足は止まらない。
刃が再び敵の体を貫く。
妹は背後で静かに笑い、囁いた。
「――ほら、やっぱり。優しいお兄ちゃん」
敵を斬り伏せながら、彼の脳裏に過去がちらつく。
――本当なら、普段のふたりは喧嘩ばかりだった。
些細なことで言い合いになり、口を開けば皮肉や文句ばかり。
互いに譲らず、無駄に意地を張り合い、夕食の席はしょっちゅう険悪な空気で終わった。
それでも翌朝には顔を合わせ、またくだらないことで口喧訛。
そんな距離感が当たり前だった。
なのに。
腕の中の妹は、うっとりと笑っている。
血に濡れた頬を寄せ、背中に腕を回し、戦闘の最中に囁いてくる。
「待ってたんだよ。ずっと」
普段の彼女なら絶対に言わないはずの言葉。
軽口や悪態に隠してきた想いを、今は一切隠そうとしない。
兄は息を荒げ、刃を振り抜きながら僅かに目を細めた。
「……そんなはずじゃなかった」
だが妹は首を振る。
「ううん。そういう“はず”なんて、もう要らないでしょ?」
炎と悲鳴に包まれた夜の街で、兄妹の関係は既に常識を踏み越えていた。
「あたしが、守ってあげるから。傷つけたくない人は私が守る。お兄ちゃんも……」
妹の声は小さく、それでいて確信に満ちていた。胸に回した腕の隙間から、血と埃にまみれた瞳がじっとこちらを見上げる。
「でも、この人たちは──死んでも悲しくないよ。大人になるまで殺し続けた、悪い人だから……ね?」
言葉の終わりに、軽い問いかけのような音が混じる。戦場の喧噪の中で、奇妙に無邪気な響きだ。彼女の笑みは子供めいているが、その目には何か冷たい計算も宿っている。いや、計算というよりは確信。世界を秤にかけたときに、彼女の中で「守るべきもの」と「切り捨てていいもの」が、すでに振り分けられているのが見える。
彼は一瞬、刃を止めた。筋肉の緊張が抜けるわけではない。手はまだ硬く柄を握りしめ、脈は早い。だが胸の奥に、冷たいものが落ちるのが分かった。妹の言葉は刃の先に届き、彼の中で何かを揺らした。
「……お前は、ずっとそうだったか?」
声にならない問いが漏れる。問い自体が答えを求めていないのを、彼は知っていた。妹の手が、彼の首筋に触れて、乾いた汗を拭うように優しく滑った。
「うん。待ってた。ずっと。だから、今は、これでいいの」
彼女の指先に力がこもる。背後の敵がまた一歩寄せるが、刃は再び舞う。彼は戦いを止めるつもりはない。止めるどころか、腕に込める力は少しだけ増した。守るための刃は、いつの間にか「守るべき者を守るために、切り捨てる」ことをためらわない道具になっている。
だが、その刃先が向かう先を見つめるたび、彼の胸のひだに小さな傷が増えていくのも確かだった。妹の確信は、救いにも毒にもなり得る。二人の間に流れる空気は甘く、同時に、艶やかな刃物のように冷たい。
兄は一瞬ためらい、口元を結んだ。
戦いの最中にそんな余裕を見せるのは異常だが、どうしても言葉にせずにはいられなかった。
「術法病理にあるべき姿を──」
低く吐き出す。しゃがみ、膝を伸ばし立ち上がる。
だが、それだけだった。
周囲の空気は揺れない。
火花も閃光もなく、ただ彼が立ち上がっただけ。
一瞬の沈黙。
次いで、敵の群れが爆笑した。
「なんだ今の?」「立ち上がっただけだぞ!」
「魔法も使えねえのか、ただの気取り屋だ!」
背後で妹が肩を震わせる。
耐えていたが、堪えきれずに吹き出した。
「ふふ……あははは! やっぱりお兄ちゃん、最高!」
敵の嘲りと妹の爆笑が重なる。
だが、その笑いの質はまるで違っていた。
彼女は愛おしそうに、誇らしげに笑っている。
群れの一人が縄を取り出し、嘲るように言った。
「縛っちまえ! 見世物にしてやろうぜ!」
数人がかりで両腕を後ろに回され、荒々しく縄が締まる。
屈辱。拘束。失笑。
本来なら力を削ぐはずのそれが、彼にとっては逆だった。
妹の声が甘やかに囁く。
「ほら、お兄ちゃん。縛られたよ。……ねえ、殺して?」
縄の摩擦が、嘲りが、彼の力を押し上げる。
呼吸が研ぎ澄まされ、筋肉が膨れ上がる。
デバフが燃料に変わっていく。
刃が閃いた。
一番近くで笑っていた男の喉が裂け、血が噴き出す。
爆笑は悲鳴に変わり、群れは一気に怯んだ。
妹は背後でうっとりと笑い続ける。
「ね、やっぱり。お兄ちゃんはこうでなくちゃ」
暗闇だった。
死んだ瞬間、意識は底へ落ちていった。
けれど完全な無ではなかった。
そこからずっと、「見せられて」いた。
兄の姿。
あの夜、自分を殺した男を追い続けていた兄。
警察も諦め、周囲が呆れ、すべてがもう忘れろと告げても――彼だけは止まらなかった。
痩せ細っていく体で、眠らずに足を動かし、爪が割れても手を伸ばし、ただ一人を追った。
何度も傷を負い、倒れ、立ち上がり。
やっと目の前でその背中を捕らえたときの、あの目。
まるで獣のように赤く、獲物を見失わない執念に燃えていた。
殺人鬼が振り返った瞬間、刃が閃いた。
血が飛び、男は絶叫し、倒れた。
その姿を、私は死んだ後も見続けていた。
――私を殺した人を嗅ぎ付けて、執念で殺した。
それは恐怖ではなく、誇りになった。
あのときから、私はもう完全に惚れ込んでいたのだ。
闇の中で、声が降りた。
「強い執念だな。あの男を愛しているのか」
女の声。
冷たく、艶やかで、どこか愉快そうに響いていた。
「……うん」
答えるしかなかった。否定はできなかった。
「ならば取引をしよう。お前を蘇らせてやる。その代わり、この世界で倫理も道徳も捨てて生き延びろ。
血に濡れた愛を選んだなら、最後まで抱えていけ」
女神は笑った。
その笑い声に、私は頷いていた。
だって、もう決まっていたから。
――お兄ちゃんを支える。
それだけが、死んだ後も変わらなかった願いだった。
血に濡れた刃を見つめる。
息が整っていくうちに、手の震えが戻ってきた。
罪悪感が胸を掻きむしる。
確かに殺した。
さっきまで生きていた人間を。
正気が一瞬だけ戻る。
どうしてこんな状態になったのか。
何が、ここをこんな地獄にしているのか。
考えれば考えるほど、浮かんでくるのはあの女神の顔だった。
あの玉座に座っていた女。
引きずり下ろす。必ず。
その決意に沈みかけたところで、背後から妹の声がした。
「……お兄ちゃん、ちょっと特別な事情があるんだよ」
振り返ると、彼女は血に濡れた頬のまま、けろりとした顔で言葉を続けた。
「私達みたいな人間は狙われるの。まあ、外国人観光客みたいなものだと思って」
兄は眉をひそめる。
妹は楽しげに比喩を並べ立てる。
「諸葛孔明だってベトナム方面から来て、未知の戦術を持ち込んだでしょ?
価値があるけど、同時に“殺すべき対象”にもなっちゃう。
だから罪状とか関係ないの。普通に殺されるし、ここが一番被害を受けてる場所なんだよ」
さらりと言う。
笑いすら混じる。
この異常を、彼女は既に受け入れている。
兄は唇を噛み、思考を巡らせる。
女神が仕組んだ理不尽。
妹が生き延びるために背負わされた理屈。
――だが、それでも。
握ったナイフの感触が、答えを催促してくる。
「俺は――殺しのためにだけは、頑張れないんだ」
刃先を地面に向けたまま、低く吐いた。息が荒く、手のひらには血の温もりが残っている。周囲の喧騒は遠く、鼓膜の奥で鈍く震えるだけだ。
「でも、妹のためなら――頑張れる」
言葉に力を込めると、胸の奥の何かがきしむように疼いた。正気が一瞬戻ったときに見た景色、あの玉座の冷たい笑いが、目の前で現実味を帯びて襲ってくる。復讐だとか正義だとか、その言葉の多くは嘘だ。だが、妹の小さな温もりは本当だった。それだけは偽れない。
妹は、その告白を聞いて、ほんの一瞬だけ眉を上げた。血に濡れた頬に、嬉しそうな光が宿る。笑い声は甘く、残酷に響いた。
「いいよ」
小さく、しかし確信に満ちた声。指先で、兄の顎をふわりとつまむ仕草をした。まるで子供のじゃれ合いのように、しかしその手つきは確信に満ちている。
「全員、やっちゃっても」
言葉は柔らかい。だがその中には揺るぎない命令と祝福が混ざっている。彼女の瞳は真っ直ぐで、まるで世界の秤を自分たちで決めてしまっているようだった。
兄は一瞬、言葉を失った。刃を握る手に、わずかな震えが走る。正気と狂気の境目が薄く溶けていくような感覚。しかし、隣で微笑む彼女の体温が、その震えを確かに鎮める。
「……分かった」
喉を鳴らすようにして、彼は短く返した。答えは冷たくも暖かかった。ナイフをしっかり握り直す。血の味が、鉄の匂いが、戦場の鼓動が全て合わさって、動くべき方向を示していた。
ふたりは、互いの手を確かめ合うようにして固く手を握った。背後で、怯えた群衆がうめき、遠くで新たな影が蠢く。だが彼らだけは、世界と約束を交わしたばかりだった。
「行こう」
妹が小さく囁き、兄は無言で頷く。
刃を抜き、ふたりはまた歩を進めた。秘密を抱えた影が、夜の街へと溶け込んでいく。
妹は無傷だ、と言った。
確かに傷は一つもなかった。
だが彼女が過ごしていた場所は、目を覆いたくなるほど極貧の環境だった。
瓦礫の隙間に身を潜め、雨水をすすり、誰も近寄らない廃屋に眠っていた。
拒絶の力があったから生き延びただけで、人間としての生活とは程遠い。
兄は彼女の肩を抱えながら歩き、ふと体重の変化に気づいた。
「……前より重いな」
かつて抱き上げたのは、失血で息も絶え絶えの妹の体だった。
その時の冷たく軽い重みと比べれば、今の彼女は確かにずっしりと腕に感じる。
それは成長の証。
生き延びた年月が刻まれ、子供ではなくなっている。
成長しているのなら、尚更に栄養が要る。
骨も筋肉も、前より大きくなっているのだから。
「まず必要なのは、水と食料だな」
兄は独り言のように呟いた。
剣戟や血の臭いよりも先に、今はその現実の方が重要だった。
妹はくすりと笑った。
「ねえ、やっぱりそう言うと思った」
「何がだ」
「お兄ちゃんは、殺すのも上手いけど……私を生かすのも上手いんだよ」
彼は答えず、ただ妹の体を支え直した。
周囲を警戒しつつ、食料を探す算段を立てる。
生きるには殺しも要るが、生き延びるには食べることが要る。
両方が揃って、初めて“生存”になる。
彼女の体温が重みと一緒に伝わってくる。
その重みは、これから守るべき年月の象徴でもあった。
「ねえお兄ちゃん、歩きながらでいいけど……」
妹は少し照れたように笑った。
「実はね、私には拠点があるの」
兄は眉をひそめた。
「拠点?」
「うん。お兄ちゃんが来るって話は、前から聞いてたから。準備しといたんだよ」
彼女はさらりと言ったが、その言葉には重みがあった。
ただ野ざらしで生き延びてきたわけではない。
生き延びるために場所を押さえ、人を利用し、権利を積み重ねたのだ。
「……どうやってそんな真似を」
「簡単だよ。荒れてるからこそ、金は偏るし、権利も動くの。
弱い人が押し潰されて、強い人がまとめて持っていく。
だから、国全体が変質していった」
兄は無言で周囲を見回す。
夜の街に響くのは、怒鳴り声と銃声と泣き声。
秩序が壊れたまま均衡を保っている奇妙な世界。
妹の言う通り、荒廃が逆に新しい秩序を生んでいる。
「でもね」
妹は小さく笑い、瞳を輝かせた。
「ここで育った人たちは、戦闘においてはすごく優秀なの。他の国からわざわざ確保されるくらいに」
その声は誇らしげで、同時に少しだけ寂しげだった。
この国は人材を育てるために犠牲を食わせている。
妹はその犠牲の一部であり、同時に収穫でもある。
兄はナイフを握り直した。
この拠点を確かめる必要がある。
彼女がどうやって生き延び、何を積み上げたのか――そこに、この地獄を生き延びる答えがあるかもしれない。
背中で妹がもぞもぞと動いた。
歩幅に合わせて呼吸は乱れないが、何かを言いたげに喉が震えている。
「ね……ねえ、お兄ちゃん……あの、ひとつ……」
言葉が途切れる。
すぐに続くかと思えば、また少し黙る。
けれど声は途切れても、足音と街のざわめきに重なって、会話は不思議と円滑に流れていく。
「ここでは……ううん、あの……大事なこと……」
妹は言葉を探すように、背中で小さく息をついた。
「……近親婚は……死刑……なの」
その言葉はやっとのことで吐き出された。
兄は少しだけ肩を揺らしたが、歩みは崩れない。
「……ふーん」
冷めた一言で済ませる。
妹は小さく笑った。
「でも……でもね、外部の人は……えっと、希少で……価値があるの。そういう認識なの……」
喉の奥で詰まりながらも、素早く言葉を重ねる。
「諸葛孔明だって……その……違う土地から来て、新しい戦術を持ち込んだでしょ?
だから……だから私たちみたいなのも、そう……」
たどたどしく、けれど一息で。
会話は流れるようで、肝心な言葉だけがまだ伏せられている。
「つまり……つまりね……」
妹は背中で強く抱きついた。声が震え、次の一言がやっと漏れた。
「……お兄ちゃんと……結婚したい」
その告白を言い切った瞬間、沈黙が街の喧噪を押しのけた。
背中に感じる体温は熱いのに、その瞳には四年分の虚無と失意が、深く沈んでいた。
人は元には戻れないだろう。
夕方の歩道は、人の流れで詰まっていた。
肩と肩がぶつかるたび、誰も声を出さない。列は進み続けるのに、空気は滞っている。
視線を少しだけ横にずらすと、アスファルトの上に影がひとつ、転がっていた。
酔いつぶれた人間のように見えた。だが胸は上下していない。
それでも群衆の誰も立ち止まらない。
自分の足も止まらなかった。止める理由がどこにも見つからない。
「死んでいる」という感覚は湧かなかった。ただ「もう生きてはいない」とだけ分かる。
視線を逸らして歩き出す。
前の人間の背中に合わせ、ただ進む。
交差点の信号が変わり、流れが横に広がる。
母親が小さな子の手を強く引いた。子どもはベンチを振り返る。そこに置かれた紙コップは湯気を失って久しい。
母親は振り返らない。子どももすぐに前を向いた。
それが、この街のルールだった。
一時間に一度、どこかで誰かが死ぬ。
本当にそうだとしても、誰も驚かない。
誰も声を上げない。
この街では、死は数の一つでしかない。
歩道橋の影で、風が鉄の匂いを運んできた。
その瞬間、背中にぞわりとした冷たさが走る。
周囲の足音は変わらないのに、自分だけが別の場所に立っているような錯覚。
「何かが違う」と思ったが、その「何か」に言葉を与える間はなかった。
角を曲がれば、家に着く。
そう思って、彼は歩みを止めなかった。
妹の体は、腕の届くところにあった。
伸ばした手は、ほんの数十センチ遅かった。
爪が剥がれ、掌が裂けるほど地面を掻いた痕跡が残っている。
それでも抱きとめるには足りなかった。
落下の衝撃で砕けたガラス片が髪に散らばり、肩口からは血が溢れている。
声は出ない。
瞼は閉じたまま。
確かにそこにいるのに、「死んだ」という感覚は湧かない。
ただ、息がない。
熱が抜けていく。
それを何度見直しても、事実は変わらない。
受け止められなかった。
その一言だけが、胸の奥で鈍く繰り返されていた。
視界が裂けた。
音も色も、地面の硬さも剥がれていく。
次に目を開いた時、そこは街ではなかった。
白大理石の床がどこまでも広がり、天井はなく、ただ闇に光が浮かんでいる。
巨大な玉座が一つ。そこに、女がいた。
脚を組み、肘を置き、退屈そうにこちらを見下ろしている。
「やっと来たか。まあ、座れよ」
声は氷水のように澄んでいるのに、どこか艶やかだった。
周囲には椅子などない。床に立ち尽くすしかない。
「……ここはどこだ」
「死と生の間、みたいなもんだな。正確な名なんて不要だろ」
女神は肩をすくめる。
その仕草は軽薄だが、背後の闇が形を変えるたび、息が詰まる。
抗えない、という感覚だけが、確かにある。
「蘇らせてやろう。ただし条件がある」
「条件?」
「そうだ。倫理と道徳を、きれいに脱ぎ捨てること。
この世界で生き延びるには、それらが邪魔でしかない。
人を殺せ。血を浴びろ。疑わずに踏み込め。
それができるなら、もう一度歩かせてやる」
女神は微笑んだ。楽しげに、相手を試すように。
男は、しばらく口を閉ざした。
返す言葉は思いつかない。ただ、既に行動で証明してしまったことが胸を焼く。
妹を受け止められなかった。敵を斬った。血を浴びた。
選ばなかったわけではない。もう選んでしまっていた。
女神の指が玉座の肘掛けを叩いた。
「――そう、その顔だ。もう十分だな。お前はもう条件を満たしている」
軽く笑った。
「なら、蘇生は済んだ。地上に戻れ。続きをやれ」
床が沈む。
視界が再び暗転し、身体がひっくり返るように吸い込まれる。
目を閉じても、閉じきれない光が瞼を焼いた。
次に呼吸をした時、鼻腔には血と埃の匂いが戻っていた。
街の地獄だ。
人が多すぎて、死の感覚が湧かない街。
そこに、彼は再び放り出された。
光が千切れ、視界が反転した。
次の瞬間、足がアスファルトを叩いていた。
息が苦しい。
埃と血の匂いが肺を焼く。
背後で爆音が弾け、空気がねじ切れた。
街は――街ではなかった。
高層ビルは砲撃で崩れ、壁面に人の影が黒く焼き付いている。
歩道には荷物と人間の残骸が散らばり、車は逆さに転がって炎を吐く。
誰かの笑い声と悲鳴が、同じ高さで交差する。
肩をぶつけて走り抜けていく群衆がいる。
一時間に一度、誰かが死ぬと聞かされたが――一時間どころじゃない。
あちこちで喉が潰れる音がして、ガラスが割れる。
目の前で、若い男が刃物を振り回し、逃げる人を追いかけていた。
視線が合った。
刃を握った腕がこちらを向く。
反射で体を低くする。
刃先が空を裂き、火花が散った。
息を吸うと、血の匂いが強くなる。
女神の言葉が耳に残る。
――倫理も、道徳も、脱ぎ捨てろ。
歯を噛みしめ、足を踏み出す。
ポケットの中で、冷たい感触が指先に触れた。
銀色の線。女神が渡したただのナイフ。
「必要だから」
呟きと同時に、刃を抜いた。
初めての“蘇生後の一撃”が、街に刻まれた。
息を吸った。
肺が痛くない。
身体は驚くほど軽い。
昨日までの疲労が消えている。
だが軽さの理由は分かっていた。
人を殺すことに、ためらいが消えている。
それが、力になっている。
触れてはいけない領域。
現代では役立たずと笑われ、忘れていた資質。
その才能が、今この街で目を覚ました。
目の前で刃物を振るう男の腕が、やけに遅く見える。
ナイフを構えた自分の体が、勝手に答えを選んでいく。
「必要だから」
一歩。
蘇生後、最初の刃が、血と音を伴って夜に刻まれた。
光が裂けた。
次の瞬間、アスファルトを踏みしめていた。
肺が焼けるはずなのに、痛くない。
身体は驚くほど軽い。
昨日までの疲労が剥がれ落ち、筋肉は勝手に動く。
触れてはいけない領域。
現代では役立たずだと笑われた、忘れていた資質。
その才能が、ここで目を覚ましていた。
轟音。
ビルの屋上が爆ぜ、炎と瓦礫の中から黒い影が吹き飛んでくる。
視線を向けた瞬間、心臓が掴まれた。
妹だった。
髪は血と埃に濡れ、白い肌に割れたガラス片が突き刺さっている。
両手を伸ばして、必死に何かを掴もうとしている。
届かない。
このままでは地面に叩きつけられる。
足が勝手に動いた。
地を蹴り、腕を広げる。
衝撃が胸に食い込み、背中の骨が軋む。
だが、その体は確かに腕の中に収まった。
「……お兄ちゃん?」
震えた声が耳に届く。
呼吸はある。温度もある。
彼女はまだ生きている。
抱きかかえた瞬間、背後で刃物を持った男が飛び出した。
狂った笑い声。血走った目。
殺す気しかない動き。
腕の中の妹が息を呑む。
彼はナイフを握り直し、視線を上げた。
「――必要だから」
身体は迷わない。
触れてはいけない才能が、いま確かに血を求めて動き出していた。
刃が走った。
襲いかかる男の腕を、迷いなく斬り上げる。
骨を割る感触が手首に響き、血が飛び散る。
叫び声が夜気を裂く。
だが、それも一瞬だった。
胸を狙って突き出された二撃目をかわし、喉の奥へ刃を突き立てる。
短い悲鳴。
そして、崩れ落ちる重み。
彼の呼吸は乱れなかった。
身体は驚くほど軽いまま。「人を殺した」という実感だけが、奇妙に抜け落ちていた。
ただ「邪魔が消えた」という結果だけが残った。
腕の中の妹が、小さく震えていた。
その顔に血が降りかかり、頬を赤く染める。
瞳は潤んで、こちらを見上げていた。
「……やっぱり」
声が震え、唇も震えていた。
「私を守るために、こんなふうに殺してくれる……優しいお兄ちゃんだ」
抱き締める力が強くなる。
次の瞬間、彼女は顔を押し付け、勢いのまま唇を重ねてきた。
熱い。
血の味と涙の味が混ざる。
肺が焼けるように熱く、頭が真っ白になる。
夜の街のざわめきが遠のいた。
殺人も悲鳴も、全てが消えていく。
残ったのは、腕の中で震える命と、その熱だけだった。
――現界した世界で最初に与えられたのは、死でもなく罰でもなく、妹の熱烈な口づけだった。
妹はまだ唇を離さなかった。
血と涙が混ざった味に、うっとりと目を細めている。
その陶酔は、兄の刃がまだ敵を求めて震えている事実を無視していた。
「……お兄ちゃんの味……」
囁きは熱に溶けて甘く響く。
だが彼は、呼吸を荒げることもなく、戦闘を解除するつもりはなかった。
腕は緩まず、刃先は獲物を探し続ける。
その冷徹さに、妹の胸はきゅっと締め付けられる。
彼女は驚きと同時に、笑ってしまった。
ゆっくりと彼の体を抱き締め、さらに深く求めた。
だが次の瞬間、逆に彼に剥がされ、背中側へ追いやられる。
「……いじわる」
小さく呟く声が耳をくすぐった。
それでも、彼は振り返らない。
前方に群がる新手が、ぞろぞろと歩道を埋め尽くしていた。
刃物、鉄パイプ、火炎瓶――数が多すぎる。
踏み込む。
一体目の肩口を裂く。
二体目の膝を蹴り砕く。
しかし、数が減らない。
次から次へと押し寄せる。
押される。
ナイフだけではさすがに限界が見え始めていた。
背後から妹の息がかかる。
次の瞬間、敵の刃が兄の胸を狙って突き出された――
だが、通らなかった。
刃は確かに刺さったはずなのに、まるで透明な壁に阻まれるように弾かれた。
鉄の響きだけが残り、兄の身体は無傷のまま。
敵は驚愕に目を見開いた。
兄は知らない。
妹の両の拳が胸の前で合わせられていることを。
そしてその瞬間、彼女が小さく呟いていたことを。
「……土塊に、生命と文明を」
妹の持つ拒絶の力が、静かに発動していた。
刃が次々と迫る。
だが、どの一撃も兄の体を裂かなかった。
鋭い突きは空気に逸れ、振り下ろされた鉄棒は弾かれ、火炎瓶は地面に砕けて無駄に燃え上がる。
「……どういうことだ」
兄の眉間に皺が寄る。
自分の動きが速いだけでは説明できない。
明らかに、攻撃そのものが届いていない。
背後から小さな笑い声が聞こえた。
「ねえ、お兄ちゃん。気づいた?」
妹が拳を胸の前で重ねたまま、楽しげに見上げている。
炎と血の照り返しを浴びた頬が、うっとりと紅潮していた。
「私ね、ずっと無傷だったんだよ。こっちに来てから一度も」
兄は息を荒げたまま、横目で彼女を見た。
妹は微笑む。
言葉は戦場に似つかわしくないほど優しい響きだった。
「私の魔法。『土塊に生命と文明を』――拒絶する力。
お兄ちゃんにだけは絶対に届かないけど、他のみんなには効くの」
ナイフで敵の喉を裂きながら、兄は無言で耳を傾ける。
妹は、さらに言葉を重ねた。
「だから、私はここでずっと待ってた。
お兄ちゃんが来て、私を抱き締めてくれるのを」
血の飛沫の中で、彼女の瞳だけが澄んでいた。
その瞳に射抜かれ、兄は言葉を失う。
だが足は止まらない。
刃が再び敵の体を貫く。
妹は背後で静かに笑い、囁いた。
「――ほら、やっぱり。優しいお兄ちゃん」
敵を斬り伏せながら、彼の脳裏に過去がちらつく。
――本当なら、普段のふたりは喧嘩ばかりだった。
些細なことで言い合いになり、口を開けば皮肉や文句ばかり。
互いに譲らず、無駄に意地を張り合い、夕食の席はしょっちゅう険悪な空気で終わった。
それでも翌朝には顔を合わせ、またくだらないことで口喧訛。
そんな距離感が当たり前だった。
なのに。
腕の中の妹は、うっとりと笑っている。
血に濡れた頬を寄せ、背中に腕を回し、戦闘の最中に囁いてくる。
「待ってたんだよ。ずっと」
普段の彼女なら絶対に言わないはずの言葉。
軽口や悪態に隠してきた想いを、今は一切隠そうとしない。
兄は息を荒げ、刃を振り抜きながら僅かに目を細めた。
「……そんなはずじゃなかった」
だが妹は首を振る。
「ううん。そういう“はず”なんて、もう要らないでしょ?」
炎と悲鳴に包まれた夜の街で、兄妹の関係は既に常識を踏み越えていた。
「あたしが、守ってあげるから。傷つけたくない人は私が守る。お兄ちゃんも……」
妹の声は小さく、それでいて確信に満ちていた。胸に回した腕の隙間から、血と埃にまみれた瞳がじっとこちらを見上げる。
「でも、この人たちは──死んでも悲しくないよ。大人になるまで殺し続けた、悪い人だから……ね?」
言葉の終わりに、軽い問いかけのような音が混じる。戦場の喧噪の中で、奇妙に無邪気な響きだ。彼女の笑みは子供めいているが、その目には何か冷たい計算も宿っている。いや、計算というよりは確信。世界を秤にかけたときに、彼女の中で「守るべきもの」と「切り捨てていいもの」が、すでに振り分けられているのが見える。
彼は一瞬、刃を止めた。筋肉の緊張が抜けるわけではない。手はまだ硬く柄を握りしめ、脈は早い。だが胸の奥に、冷たいものが落ちるのが分かった。妹の言葉は刃の先に届き、彼の中で何かを揺らした。
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彼女の指先に力がこもる。背後の敵がまた一歩寄せるが、刃は再び舞う。彼は戦いを止めるつもりはない。止めるどころか、腕に込める力は少しだけ増した。守るための刃は、いつの間にか「守るべき者を守るために、切り捨てる」ことをためらわない道具になっている。
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呼吸が研ぎ澄まされ、筋肉が膨れ上がる。
デバフが燃料に変わっていく。
刃が閃いた。
一番近くで笑っていた男の喉が裂け、血が噴き出す。
爆笑は悲鳴に変わり、群れは一気に怯んだ。
妹は背後でうっとりと笑い続ける。
「ね、やっぱり。お兄ちゃんはこうでなくちゃ」
暗闇だった。
死んだ瞬間、意識は底へ落ちていった。
けれど完全な無ではなかった。
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兄の姿。
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殺人鬼が振り返った瞬間、刃が閃いた。
血が飛び、男は絶叫し、倒れた。
その姿を、私は死んだ後も見続けていた。
――私を殺した人を嗅ぎ付けて、執念で殺した。
それは恐怖ではなく、誇りになった。
あのときから、私はもう完全に惚れ込んでいたのだ。
闇の中で、声が降りた。
「強い執念だな。あの男を愛しているのか」
女の声。
冷たく、艶やかで、どこか愉快そうに響いていた。
「……うん」
答えるしかなかった。否定はできなかった。
「ならば取引をしよう。お前を蘇らせてやる。その代わり、この世界で倫理も道徳も捨てて生き延びろ。
血に濡れた愛を選んだなら、最後まで抱えていけ」
女神は笑った。
その笑い声に、私は頷いていた。
だって、もう決まっていたから。
――お兄ちゃんを支える。
それだけが、死んだ後も変わらなかった願いだった。
血に濡れた刃を見つめる。
息が整っていくうちに、手の震えが戻ってきた。
罪悪感が胸を掻きむしる。
確かに殺した。
さっきまで生きていた人間を。
正気が一瞬だけ戻る。
どうしてこんな状態になったのか。
何が、ここをこんな地獄にしているのか。
考えれば考えるほど、浮かんでくるのはあの女神の顔だった。
あの玉座に座っていた女。
引きずり下ろす。必ず。
その決意に沈みかけたところで、背後から妹の声がした。
「……お兄ちゃん、ちょっと特別な事情があるんだよ」
振り返ると、彼女は血に濡れた頬のまま、けろりとした顔で言葉を続けた。
「私達みたいな人間は狙われるの。まあ、外国人観光客みたいなものだと思って」
兄は眉をひそめる。
妹は楽しげに比喩を並べ立てる。
「諸葛孔明だってベトナム方面から来て、未知の戦術を持ち込んだでしょ?
価値があるけど、同時に“殺すべき対象”にもなっちゃう。
だから罪状とか関係ないの。普通に殺されるし、ここが一番被害を受けてる場所なんだよ」
さらりと言う。
笑いすら混じる。
この異常を、彼女は既に受け入れている。
兄は唇を噛み、思考を巡らせる。
女神が仕組んだ理不尽。
妹が生き延びるために背負わされた理屈。
――だが、それでも。
握ったナイフの感触が、答えを催促してくる。
「俺は――殺しのためにだけは、頑張れないんだ」
刃先を地面に向けたまま、低く吐いた。息が荒く、手のひらには血の温もりが残っている。周囲の喧騒は遠く、鼓膜の奥で鈍く震えるだけだ。
「でも、妹のためなら――頑張れる」
言葉に力を込めると、胸の奥の何かがきしむように疼いた。正気が一瞬戻ったときに見た景色、あの玉座の冷たい笑いが、目の前で現実味を帯びて襲ってくる。復讐だとか正義だとか、その言葉の多くは嘘だ。だが、妹の小さな温もりは本当だった。それだけは偽れない。
妹は、その告白を聞いて、ほんの一瞬だけ眉を上げた。血に濡れた頬に、嬉しそうな光が宿る。笑い声は甘く、残酷に響いた。
「いいよ」
小さく、しかし確信に満ちた声。指先で、兄の顎をふわりとつまむ仕草をした。まるで子供のじゃれ合いのように、しかしその手つきは確信に満ちている。
「全員、やっちゃっても」
言葉は柔らかい。だがその中には揺るぎない命令と祝福が混ざっている。彼女の瞳は真っ直ぐで、まるで世界の秤を自分たちで決めてしまっているようだった。
兄は一瞬、言葉を失った。刃を握る手に、わずかな震えが走る。正気と狂気の境目が薄く溶けていくような感覚。しかし、隣で微笑む彼女の体温が、その震えを確かに鎮める。
「……分かった」
喉を鳴らすようにして、彼は短く返した。答えは冷たくも暖かかった。ナイフをしっかり握り直す。血の味が、鉄の匂いが、戦場の鼓動が全て合わさって、動くべき方向を示していた。
ふたりは、互いの手を確かめ合うようにして固く手を握った。背後で、怯えた群衆がうめき、遠くで新たな影が蠢く。だが彼らだけは、世界と約束を交わしたばかりだった。
「行こう」
妹が小さく囁き、兄は無言で頷く。
刃を抜き、ふたりはまた歩を進めた。秘密を抱えた影が、夜の街へと溶け込んでいく。
妹は無傷だ、と言った。
確かに傷は一つもなかった。
だが彼女が過ごしていた場所は、目を覆いたくなるほど極貧の環境だった。
瓦礫の隙間に身を潜め、雨水をすすり、誰も近寄らない廃屋に眠っていた。
拒絶の力があったから生き延びただけで、人間としての生活とは程遠い。
兄は彼女の肩を抱えながら歩き、ふと体重の変化に気づいた。
「……前より重いな」
かつて抱き上げたのは、失血で息も絶え絶えの妹の体だった。
その時の冷たく軽い重みと比べれば、今の彼女は確かにずっしりと腕に感じる。
それは成長の証。
生き延びた年月が刻まれ、子供ではなくなっている。
成長しているのなら、尚更に栄養が要る。
骨も筋肉も、前より大きくなっているのだから。
「まず必要なのは、水と食料だな」
兄は独り言のように呟いた。
剣戟や血の臭いよりも先に、今はその現実の方が重要だった。
妹はくすりと笑った。
「ねえ、やっぱりそう言うと思った」
「何がだ」
「お兄ちゃんは、殺すのも上手いけど……私を生かすのも上手いんだよ」
彼は答えず、ただ妹の体を支え直した。
周囲を警戒しつつ、食料を探す算段を立てる。
生きるには殺しも要るが、生き延びるには食べることが要る。
両方が揃って、初めて“生存”になる。
彼女の体温が重みと一緒に伝わってくる。
その重みは、これから守るべき年月の象徴でもあった。
「ねえお兄ちゃん、歩きながらでいいけど……」
妹は少し照れたように笑った。
「実はね、私には拠点があるの」
兄は眉をひそめた。
「拠点?」
「うん。お兄ちゃんが来るって話は、前から聞いてたから。準備しといたんだよ」
彼女はさらりと言ったが、その言葉には重みがあった。
ただ野ざらしで生き延びてきたわけではない。
生き延びるために場所を押さえ、人を利用し、権利を積み重ねたのだ。
「……どうやってそんな真似を」
「簡単だよ。荒れてるからこそ、金は偏るし、権利も動くの。
弱い人が押し潰されて、強い人がまとめて持っていく。
だから、国全体が変質していった」
兄は無言で周囲を見回す。
夜の街に響くのは、怒鳴り声と銃声と泣き声。
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妹の言う通り、荒廃が逆に新しい秩序を生んでいる。
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妹は小さく笑い、瞳を輝かせた。
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兄はナイフを握り直した。
この拠点を確かめる必要がある。
彼女がどうやって生き延び、何を積み上げたのか――そこに、この地獄を生き延びる答えがあるかもしれない。
背中で妹がもぞもぞと動いた。
歩幅に合わせて呼吸は乱れないが、何かを言いたげに喉が震えている。
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妹は言葉を探すように、背中で小さく息をついた。
「……近親婚は……死刑……なの」
その言葉はやっとのことで吐き出された。
兄は少しだけ肩を揺らしたが、歩みは崩れない。
「……ふーん」
冷めた一言で済ませる。
妹は小さく笑った。
「でも……でもね、外部の人は……えっと、希少で……価値があるの。そういう認識なの……」
喉の奥で詰まりながらも、素早く言葉を重ねる。
「諸葛孔明だって……その……違う土地から来て、新しい戦術を持ち込んだでしょ?
だから……だから私たちみたいなのも、そう……」
たどたどしく、けれど一息で。
会話は流れるようで、肝心な言葉だけがまだ伏せられている。
「つまり……つまりね……」
妹は背中で強く抱きついた。声が震え、次の一言がやっと漏れた。
「……お兄ちゃんと……結婚したい」
その告白を言い切った瞬間、沈黙が街の喧噪を押しのけた。
背中に感じる体温は熱いのに、その瞳には四年分の虚無と失意が、深く沈んでいた。
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