Lovely Baddy~皆性別不明の学園ライフ~

伊阪証

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月下、陽光の昇りようを知る

向日葵

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新しい企画を始めるかもしれない | 伊阪証 #pixiv https://www.pixiv.net/artworks/131761833

真夏の太陽が、天乃宮学園のガラス窓をキラキラと照らしていた。しかし、僕の視界は、どこかフィルターがかかったようにぼんやりと霞んで見えていた。ここは、AIによる「整え」のサポートが日常に浸透し、服に性別という概念がなくなった時代。誰もが自分に似合う姿を追い求めるこの社会で、僕は一人、校舎の入り口に立ちすくんでいた。
この学園を訪れるのは二度目だ。一度目は、入学試験の日。面接という緊張感で、校舎の隅々まで見学する余裕なんてなかった。ただひたすらに、自分がここに入るに値する人間なのかと、自問自答を繰り返していただけだった。
「来る必要、あったのかな……」
僕は心の中で、小さな声で呟いた。ここに来たのは、許嫁に会うため。こんなに早く再会するとは思っていなかったから、僕の心は驚きと緊張でいっぱいで、足がすくんで前に進めなかった。
田舎で育った僕にとって、この都会の学園は何もかもが眩しく見えた。周りの生徒たちは、皆、自信に満ちた表情で歩いている。制服の着こなし方一つとっても、僕とは全く違う。彼らは自分の見た目に「整え」を施し、それを堂々と見せている。でも、僕にはその自信がなかった。鏡に映る自分の可愛らしい姿に、僕の心はいつまで経っても追い付かないのだ。
「……職員室、職員室はどこだろう」
僕は手に持った案内図を広げ、視線を落とす。今日の目的は、許嫁に会うことだけじゃない。学園見学という名目で、職員室へ向かうことになっている。そうすれば、少しでもこの場所に慣れることができるかもしれない。
僕は決心して一歩踏み出した。職員室は、この廊下をまっすぐ進んだ先にあるらしい。
だけど、どうしてだろう。足を踏み出すたびに、胸の鼓動がうるさく鳴り響く。まるで僕の心臓が、この眩しい世界に怯えているみたいだった。
「……よし、大丈夫。深呼吸、深呼吸……」
僕は自分に言い聞かせるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。
この社会では、性別に特別な意味があるのは事実だ。同じ性別であれば、子孫を残すパートナーを増やせるし、違う性別であれば、それは運命的な出会いとして祝福される。機能としては存在するが、だから何?というほどに気にされることはない。だけど、僕にとってはその「だから何?」が、どうしても乗り越えられない壁だった。大人になって初めて向き合う性別というコンテンツ。それは僕をひどく混乱させた。田舎で生きてきたせいで、厳しく、酷く扱われた過去がある。男であることを教えられたが、僕にはその意味が全く理解できなかった。いや、正確には、田舎には教えられる人がいなかったし、何より、僕の家が少しおかしかっただけなのかもしれない。
僕は、自分に甘い。そして、周りにも甘い。だから、自分の心を置き去りにして、ただこの空間に馴染むことを選んでいた。職員室はもうすぐそこだ。僕は、足早に廊下を進もうとした。
その時、職員室の近くの窓際に、長身で凛々しい女性がいるのが見えた。
彼女は、何かを練習しているようだった。スマホを窓枠に置き、スカートが翻るほど素早く、そして綺麗に回転する。その動作は、まるで舞を舞っているかのようだった。
それだけじゃない。渡り廊下でその様子を見ていた少女が、彼女が少し休憩した隙を見て話しかけている。
「いろはさん、今日も最高に綺麗です!」
少女の言葉に、彼女、華月いろははにこりと微笑んだ。
「ありがとう。でも、今日はもう一つ、最高に綺麗なものを見つけてしまったから、それには勝てないかもね」
そう言って、いろはは僕の方に目を向けた。僕は反射的に壁の影に隠れようとしたが、もう遅い。彼女は既に、僕という存在を捉えていた。
「あの・・・髪、結び直してくれませんか?やっぱり、いろはさんにはいつまでも完璧でいてほしいので!」
少女がそう言って、髪飾りを差し出した。いろははそれを受け取り、少女の髪を結び直して・・・。
「はい・・・これで完璧だよ」
すると、少女は満足そうに微笑み、彼女の腕に抱き着いた。
「よしよし、いい子だね。君も自分の可愛さに自信を持つんだよ。自信こそ、可愛さを引き立てる最大の武器なんだから!」
そう言って、いろはは少女の背中を優しく叩き、応援しているようだった。
僕の目に映るその姿は、あまりにも眩しかった。彼女は、自分を完璧に「整えている」。そして、他人を「整える」ことにも長けている。僕がずっと探していた「自分に似合う姿」を、誰よりも理解しているように見えた。
彼女は、僕の知らない誰か。僕の知らない世界を生きる人。
・・・彼女は、自分の名前よりも眩しかった。
​僕がその場に立ち尽くしていると、背後から優しい声が聞こえた。
​「君、迷子かい?」
​振り返ると、一人の教師が立っていた。年齢は少し上に見えるが、それでも身だしなみが整っており、清潔感が漂っている。だが、彼は僕の顔を見た途端、驚いたように口を開け、次の瞬間には慌てて口元を抑えていた。
​「か、可愛い・・・」
​その声は、僕にだけ聞こえるほど小さな囁きだった。教師は自らのにやけを抑えようと、一度咳払いをする。
​「いや、なんでもない!君、雨野照くんだね?聞いた話と全く同じだ。いや、それ以上か・・・」
​教師は僕の動揺を察したのか、わざと明るい声で話し始めた。
​「私はこの学園の教員だ。事前に連絡は受けているから、君を案内しよう。さあ、遠慮なくこちらへ」
​僕は、教師の言葉に少しだけ緊張が和らいだのを感じた。しかし、僕の視線は未だに、先ほどいろはがいた窓の外に向けられていた。
​「大丈夫だ、雨野くん」
​教師は僕の様子に気づき、静かに声をかける。
​「君がこの都会の学園に来るにあたって、何かしらあったのだろうと推測している。だが、ここには誰も君を否定する者はいない。これからもっと君に憧れる人は増えていくぞ?」
​教師の言葉は、まるで僕の心を直接見透かしているようだった。
​「この学園はね、あらゆる方面から徹底的に調べ上げられた、善人で優秀な人間しかいない。そして、君もその一人だ。私たちは君の才能を高く評価している。外見だけでなく、君の内面をね」
​教師は、僕の肩に優しく手を置いた。
​「だから、明日からは今日みたいな服装でコソコソすることはない。誇りを持って制服を着てもらえ。君の可愛さは、性別や服装で隠すようなものではないのだから」
​その言葉は、まるで僕がずっと欲しかった答えだった。教師は、ただの案内役ではない。僕の心を解き放ち、この新しい世界へと導いてくれる存在なのかもしれない。僕は彼の言葉を胸に、少しだけ顔を上げて、まっすぐに前を向くことができた。
​僕は彼の言葉を胸に、少しだけ顔を上げて、まっすぐに前を向くことができた。僕が制服を受け取ろうと手を伸ばすと、教師は制服を引っ込めた。
​「君は、可愛い。だが、まだ足りない」
​教師は、そう言って僕をまっすぐに見つめた。その眼差しは、僕がこれまで出会ったことのない、厳しさと優しさを併せ持ったものだった。
​「君にはこれから、その可愛さを引き出してくれる、たくさんの友人が必要になるだろう。だから、君の友となる人間がどんなものなのか、この目で確かめてみるといい」
​教師は僕の動揺を抑えようと、わざと軽快な口調で続ける。
​「この制服は、そのまま持っていきなさい。君の本当の物語は、ここから始まるんだからね」
​僕は言われるがまま、ハンガーにかかった制服を受け取った。まだ肌に馴染んでいない感触に、少しだけ戸惑いを感じた。
​そのまま、教師の指示通りに教室へと向かう。窓ガラス越しに映る自分の姿は、まだオーバーオールを着たままだった。周囲の生徒たちは、そんな僕の姿を気にも留めない。皆、それぞれが自分らしい「整え」を楽しみ、笑い合っている。
​窓ガラスの向こう側、彼らの姿は・・・とても綺麗だった。
​活き活きとした表情で、自分を表現することを楽しんでいる。性別や過去に縛られることなく、ただ純粋に「整える」という行為を愛しているようだった。
​僕の心臓が、再びうるさく鳴り始める。それは、怯えからくるものではなかった。彼らの中に、自分も加わりたいという、小さな希望の鼓動だった。
​僕は意を決して、教室の扉を開けた。中に入ると、先ほど窓越しに見ていた生徒たちが、一斉に僕に視線を向けた。その視線の多さに、再び緊張が押し寄せてくる。怖い、やっぱり僕には無理だ。一瞬、逃げ出したい衝動に駆られたが、ハンガーにかけられた制服と、教師の言葉を思い出した。
​「大丈夫。僕は、ここにいてもいいんだ」
​僕は自分に言い聞かせるように、ゆっくりと教壇へ向かった。
​「……今日から、このクラスに転入することになりました、雨野 照です」
​僕の声は、自分で思っていたよりも小さかった。それでも、生徒たちは静かに聞いてくれている。
​「僕の……僕は男の子です、これからもよろしくお願いします…。」
​そう伝えた途端、教室の空気が一瞬だけ止まったように感じた。この社会では、性別は機能として存在するが、普段は気にされることはない。しかし、その一方で、性別を見抜く行為が告白と取られるフィクションもあるほど、特別な意味を持つものだ。
​つまり、僕が今、自分から性別を明かしたということは……。
​僕の頭の中で、一つの結論が導き出される。
​実質、僕は今、このクラス全員に告白をしたようなものだ。
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