Lovely Baddy~皆性別不明の学園ライフ~

伊阪証

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知って、自覚して、かえりみる

黒薔薇

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週末の遊園地。
晴れすぎた空がやけに目に痛い。
僕は改札を抜けてすぐの場所で、真知と並んで立っていた。
「じゃーん、ペアチケット♪」
彼女が取り出したのは、昨日の夜に渡された二枚のチケット。
ピンクのリボンで留められていて、どう見ても恋人同士向け。
「“調査”って言ってなかった?」
「調査よ。でも形から入るの。……そうでしょ?」
にこりと笑って、真知は腕を組む。
反射的に体が固まった。
「な、何して――」
「カップルごっこ。見られてる方がデータ取れるの。それに、“本気”って、結局周りの目が決めるものよ?」
言葉の意味がすぐには理解できなかった。
けれど、真知の笑顔は真剣そのものだった。
――こうして僕らの“偽りのデート”が始まった。

最初のアトラクションは、観覧車。
晴れ渡る空の下、ゆっくりと上昇していく箱の中。
窓の外に広がる街が、まるで模型みたいに小さくなる。
真知は足を組み、肘を窓枠にかけたまま呟いた。
「ねぇ、照くん。“嫌われる”って怖くない?」
「うん、怖いよ。けど、避けても変わらない」
「……変わらない?」
「うん。僕だって、誰かに嫌われたら落ち込むけど、何も言わないままよりはマシだと思う。言わないと、相手のことも、知らないままだし」
真知は頬杖をついたまま、窓の外を見つめた。
「私、ずっと“正しい人”でいようとしてた。誰も傷つけず、誰からも嫌われないように。」
「……うん。」
「でもさ、最近思うの。それって、誰からも“本気で好きになってもらえない”ことなんじゃないかって。」
小さく笑う。
風で髪が揺れて、その横顔が一瞬だけ素に戻った。
僕は迷わず言葉を重ねる。
「間違ってることと、嫌われることは違うよ。誰かのために間違えるなら、それって悪くないと思う。」
真知の瞳が揺れた。
ゆっくりとこちらを向き、微かに息を飲む。
「……ほんと、ずるい言い方するんだから」
その笑みは、これまでの“完璧な笑顔”とは違っていた。

澪の部屋。
モニター越しにその光景を見つめていた澪は、
拳を膝の上で強く握りしめていた。
(どうして……そんな言葉がすぐ出てくるのよ)
画面の中の照は、自然に人の心に触れていく。
意図もなく、計算もなく。
それが、彼女には何よりも恐ろしかった。
「……偽物の恋なのに」
呟いた声は、自分でも驚くほど弱かった。

午後。
僕たちはジェットコースターを降りたばかりで、
風に乱れた髪を整えながら笑っていた。
「ねぇ照くん。私さ――怖がりなのかも」
「真知さんが?」
「うん。嫌われるのも、間違うのも。でも一番怖いのは、“何も残らないこと”。」
僕は頷く。
そして、前を歩く人混みを見ながら言った。
「僕もそうだよ。だから、何か残したいと思ってる。形でも、記憶でもいいから。」
真知が立ち止まる。
「……それ、誰のために?」
「誰の、っていうより……全部のために、かな。みんながちゃんと誰かと繋がれるようにしたい。」
その答えに、真知は少し目を伏せた。
「ほんと、あなたってずるい。」
そして小さく笑い、
「でも、好きかも。そういうの。」

夕暮れ。
観覧車の影が長く伸びる頃、真知が足を止めた。
「照くん、次は“本当の舞台”を作りましょ。」
「舞台?」
「うん。私と三智の。あなたが“整えたい”って言ったんでしょ? だったら、ここでやるのが一番ドラマチックじゃない?」
風に髪が揺れる。
その表情はもう迷いがなかった。
僕は思わず笑ってしまう。
「分かった。……この遊園地を、二人の告白の舞台にする。」
「約束よ?」
「うん、約束。」
握手を交わす。
その瞬間、背中に澪の声が蘇る。
『偽物で、何が変わるのよ』
――でも、僕は思う。
偽物でも、誰かの心を動かせるなら、それは本物の一歩だ。
夜の帳が降り始め、観覧車の光が点き始める。
その光の中で、真知の瞳がきらりと光った。

遊園地の朝は、昨日よりも少しだけ雲が多かった。
観覧車のライトがまだ薄く光っている。
今日は、真知と三智、二人の関係を“整える”日だ。
僕と真知は、早めに現地に入った。
入口で渡されたプラン表には、アトラクションの名前と時間がびっしりと書かれている。
真知の仕込みだ。
「スケジュール通りに動くのが、成功の秘訣よ」
と、彼女は涼しい顔で言っていた。
その手際の良さに、思わず苦笑が漏れる。
(本当に準備が抜け目ない)
澪の部屋。
モニターには、遊園地全体のカメラ映像が映し出されていた。
彼女は無言で画面を見つめながら、端末のデータをスクロールする。
≪気象条件、群衆密度、対象の行動パターン……完璧ね≫
≪でも……これ、あなたが舞台を整えてるのよね≫
澪は指先でモニターを撫でながら、小さく息を吐いた。
「本当に……あなたは、誰かのためなら迷わないのね」

三智が現れたのは、午前十時。
白いパーカーのフードを深く被り、スマホを片手に無表情で歩いてくる。
真知がその姿を見て、にやりと笑った。
「お待ちかね、楠野三智登場。……ねぇ、照くん」
「うん?」
「今日で、あの子との関係を変える。“勝負”って形でね」
「勝負?」
「うん。好きとか嫌いとか、曖昧な言葉じゃなくて、“勝つか負けるか”で決めるの。」
そう言って真知は歩き出した。
僕は黙ってその背中を追う。
広場の中央、体感型アトラクションのボルダリングタワー。
高さは十メートルほど。
まるで昨日、三智が一人で登っていた壁をそのまま再現したようだった。
真知はタワーの下で三智を見上げ、声を張る。
「ミチ。私と勝負して!」
人々のざわめきが広がる。
三智が振り返る。
「……は?」
「ルールは簡単。どっちが先に頂上にタッチできるか。負けた方は、勝った方のお願いをひとつ聞く。」
「……くだらない」
「そう言うと思った。でも、逃げないで。」
真知の笑顔は、どこか挑発的だった。
その視線の奥に、隠しきれない焦りがある。
「勝ったら……何を望むの?」
「簡単よ。私が勝ったら、もう二度と私から逃げないで。……それだけ。」
三智が息を呑む。
それは宣戦布告というより、懇願に近かった。

澪の部屋。
その映像を見つめる澪の指先が震えている。
(これが……あの人の、やり方……?)
画面の中で、照が二人を見守っている。
助けるでも、止めるでもなく。
ただ、信じて見ている。
「……怖くないの?失敗するかもしれないのに」
澪は問いかけた。
返事はない。
ただ、モニターの中の彼が静かに笑っていた。
『大丈夫。ちゃんと届くよ。この二人なら、言葉よりも速く伝わるから。』
澪は、喉の奥で息を飲んだ。
(なんで、そんなこと……言えるの)

スタートの笛が鳴る。
真知と三智、同時に駆け上がった。
観客の歓声が湧き上がる。
ボルダリング壁の上、指先と指先が何度も交差する。
「……追いつけない」
真知が小さく呟く。
だがその表情は笑っていた。
「やっぱり……あなた、すごいね」
その声に、三智がちらりと目を向ける。
「今さら、何を」
「ずっと言いたかったの。あなたに勝ちたかった。でも、本当は――あなたに、認めてほしかっただけ。」
その瞬間、三智の手が滑った。
ほんの一瞬の迷い。
真知が追い抜き、頂上のボタンにタッチする。
ブザーが鳴った。
歓声が響く中、真知が両手を広げて笑う。
「私の勝ち!」
下に降りてきた三智が、額の汗を拭きながら呟いた。
「……負けた。で、願いは?」
真知は一歩近づき、三智の肩に手を置いた。
「もう逃げないで。私と、ちゃんと向き合って。」
三智は黙って見つめ返し、
やがて小さく笑った。
「……バカみたい」
「でしょ?」
二人の笑い声が、夕暮れの空気の中に溶けていった。
その光景を見届けて、僕は小さく息を吐いた。
「……やっと、繋がったね」

澪の部屋。
モニターに映る二人を見ながら、澪は呟いた。
「本当に……全部、やってのけたのね」
画面の中、照が真知と三智の肩を叩きながら笑っている。
その笑顔が、眩しくて仕方がなかった。
(全部の人を、幸せにして……最後に残るのが、私とあの人だけになったら……)
澪は両手で顔を覆った。
頬が熱い。
心臓の鼓動が、いつもよりずっと早い。
「……バカ。そんなの、断れるわけないじゃない。」
誰に聞かせるでもなく、
モニターの光だけが、彼女の顔を照らしていた。
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