Lovely Baddy~皆性別不明の学園ライフ~

伊阪証

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知って、自覚して、かえりみる

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朝の光が教室のガラスに反射し、きらめきが白い壁を滑っていく。
澪の部屋に戻る前、僕は職員から渡された通信端末をポケットに入れ、学園の中を歩いていた。
「現場調査担当」という役割が、正式に決まったらしい。
もっとも、ただ歩いて見てこいと言われただけだ。
(花能真知、楠野三智……)
昨日、澪とモニターで見た二人の顔が脳裏に浮かぶ。
どちらも人に好かれるタイプだと思った。
真知は誰にでも笑顔を向け、三智は目立たずとも確実に信頼を得ている。
だが――そのどちらも、「何かを隠しているように見えた」。
昇降口を抜け、廊下を進む。
噂はすでに広まっていた。
「昨日、華月いろはと一緒にどこかの部屋に入っていた男がいる」
「どうやら澪の区画に入ったらしい」
僕の名前がそれに混ざっていることは、間違いなかった。
――そんな視線を気にしながらも、探す。
モニター越しでしか見なかった二人を。
最初に見つけたのは、花能真-の方だった。
朝の教室、彼女はすでに数人の友人に囲まれていた。
鮮やかな髪に、流行のピン。
周囲の空気を読むように、言葉のタイミングを合わせて笑っている。
完璧だった。まるで、場そのものをデザインしているみたいに。
「ねぇ、昨日の動画見た?」「見た見た!あれ最高じゃない?」
彼女はその輪の中心で笑いながらも、目線を一瞬だけ外に逸らした。
空っぽな一点を、わずかに見つめた。
(……疲れてるのかな)
誰かのために笑うことが当たり前になった人間の、無意識の顔だった。
僕が教室の前を通り過ぎようとした瞬間、
真知の視線が一瞬だけ僕に止まる。
そして、まるで何事もなかったかのように笑みを戻す。
やっぱり完璧だ。
僕が立ち止まる理由さえ、彼女は作らせない。
端末が震えた。澪からだ。
≪映像、確認できてるわ≫
≪彼女、目線を逸らすタイミングが規則的。社交疲労の反応ね≫
≪問題は、もう一人≫
僕は返信を打つ。
≪了解。次、楠野三智≫
放課後の体育棟裏、三智はひとりでボルダリング壁を登っていた。
運動部でもないのに、手際が良すぎる。
高い位置で体を止め、まるで景色を確かめるみたいに校庭を見下ろす。
下から見上げる僕に気づいても、何も言わない。
「楠野さん、すごいね。……上手い」
「別に、趣味。」
短い返事。
その声は冷たいというより、淡々としていた。
「あなた、昨日の転入生でしょ」
「うん。雨野照。今日から正式に、バディ活動に参加することになって。」
「……そう」
彼女はまた黙る。
掴んだホールドから、指先に白い粉が落ちる。
その手の美しさに、完璧さの裏に潜む「緊張」を感じた。
(この人も、息を抜く場所がない)
「手、白くなってるよ。……はい、タオル」
差し出すと、三智は一瞬だけ戸惑ったように目を見開いた。
それでも、受け取る。
「……ありがとう」
その一言に、僅かな体温が戻った気がした。
その夜。
澪の部屋に戻ると、壁一面のモニターに僕の昼の映像が並んでいた。
真知の笑顔、三智の沈黙。
澪は椅子に座り、データをスクロールしながら言う。
「どちらも、典型的な“抑制型”ね。真知は外に合わせすぎて自分を失ってる。三智は逆に内に閉じすぎて世界を拒んでる。……見事に正反対」
「そうかもね。でも、どっちも似てる気がしたよ」
澪が指を止める。
「似てる?」
「うん。どっちも、誰かを大切にしてるのに、それを上手く出せてない。真知さんは“嫌われたくない”し、三智さんは“傷つけたくない”。どっちも、優しいんだよ」
澪の指が、マウスの上で止まる。
その横顔がモニターに反射して、淡い光を帯びた。
「……あなた、現場で見ると感想が違うのね」
「映像じゃ分からないこと、いっぱいあるから」
「ふぅん」
短い返事。でも、どこか棘がある。
(あ、怒ってる)
気づいた瞬間、モニターに映る澪の視線がこちらを刺した。
「……何か言いたい?」
「い、いや、別に」
沈黙。
澪は立ち上がり、背を向けたまま言う。
「……あなた、そうやってすぐ人の中に入るのね」
「悪いこと?」
「……いいえ」
声のトーンが落ちた。
その背中に、何か言いかけてやめた言葉がある気がした。
モニターの明かりだけが、静かに二人の間を照らす。
澪が椅子に戻り、無機質な声で告げる。
「花能真知――接触成功。楠野三-――接触成功。次は、感情波形を引き出す段階に移るわ」
「……つまり、話をもっと聞けってことだね」
「そう。もっと踏み込まないと、何も変わらない」
その言葉を、澪は自分自身にも言い聞かせるように呟いた。
画面の向こう、照の横顔が、光に包まれている。
胸の奥が小さく熱を帯びる。
――また、彼は“誰かのために”動いている。
そして、その姿を見ている自分が、
それを羨ましいと思ってしまったことに気づく。
モニター越しの静寂が、少しだけ重くなった。

翌日の昼、空はやけに眩しかった。
教室の窓際で、僕は澪の端末から届いたメッセージを開く。
≪分担作戦を提案します≫
≪あなたは花能真知、いろはを同行。蓮花たちは楠野三智を担当≫
短い文面。
澪らしい合理性だ。
しかしその結論に至るまでの数値データがびっしり並んでいるのを見て、少しだけ笑ってしまった。
(ほんと、何でも数字で出すんだな……)
そのとき、背後から声が飛んできた。
「ねぇ、あんたが噂の“整えボーイ”?」
振り向くと、花能真知が立っていた。
制服のスカートを指で摘まみ、いたずらっぽく笑う。
いろはがその隣に立ち、軽く頭を下げた。
「紹介するね。昨日の彼――雨野照くん」
「ふぅん……思ったより素朴。」
真知は僕の頭の先から足元まで、観察するように視線を滑らせる。
「“整え”って言葉、知ってる?」
「なんとなくは」
「ふーん。なら、私たちの“整え”を理解したいなら、まずはこっち側に来てもらわなきゃね」
いろはが「え?」と顔を上げる間もなく、真知は僕の腕を掴んだ。
「教室、貸して。少し手伝ってもらうから」
――その「少し」が、予想の何倍も長いことを、僕はこのときまだ知らなかった。

放課後。
校内のメイクルーム。
鏡の前に座らされ、背後で真知が髪をいじる音がする。
「いーい? これは“改造”じゃなくて“整え”。外に見せる自分を、自分で選ぶってこと」
「……つまり?」
「自分を“どう見せたいか”を決める。それができない子は、いつまでも“他人の顔”のままよ」
鏡越しに、彼女の顔が映る。
近い。
香水の匂いと、シャンプーの香り。
笑っているけど、目の奥が少しだけ冷たい。
「君はどうして、そこまで“整え”にこだわるの?」
「簡単よ。……嫌われたくないから。」
あまりにも素直な言葉だった。
だけど、言い終えた後の笑顔は、少しだけ苦しかった。
その時、いろはが口を挟む。
「でも真知、整えることに疲れる時もあるでしょ?」
「疲れてる暇なんてないでしょ。誰かの前で“完璧”でいなきゃ、自分の居場所なんてなくなるんだから。」
僕は、その台詞を聞いた瞬間に理解した。
彼女が言っている“完璧”は、自分のためじゃない。
誰かに捨てられないための“防衛”なんだ。
「……なるほど」
「なによ、その顔」
「いや、すごいなって。完璧でいられるの、尊敬する」
「なにそれ。馬鹿にしてる?」
「違う。僕、たぶんそういうの、できないから。」
沈黙。
真知が少しだけ口を開きかけて、やめた。
鏡越しに目が合う。
それが、妙に長く続いた。

その夜。
澪の部屋。
モニター越しに、昼間の映像を確認していた彼女は、眉をひそめて言った。
「……なんであなた、真知の“整え”に付き合ってるの?」
「必要だから」
「必要……?」
「彼女の中に、閉じ込められてる気持ちがある。それを見つけないと、次に進めない」
「あなた、ほんとに……自分の感情、無自覚ね」
「え?」
「何でも“誰かのため”に変換して話すの。……見てて、腹が立つわ。」
澪の声が、少し震えていた。
僕は返す言葉を探したが、モニターの中の彼女は背を向けてしまった。
≪続けなさい。ただし、深入りはしないで≫
文字だけのメッセージが画面に残る。

翌日、昼休み。
校庭のベンチ。
真知がジュースの缶を二本持ってきて、ひとつ僕に投げた。
「頑張ったご褒美」
「ご褒美?」
「そう。……それと、提案」
彼女は缶を開けながら、口角を上げた。
「調査に協力する代わりに、私と付き合って」
「は?」
「簡単でしょ? “彼氏”のポジションにいれば、私の本音も見えるでしょ。ついでに、あの楠野三智がどう動くかも見える。」
「……それって、作戦?」
「もちろん。」
真知は笑って、缶を傾けた。
「恋なんて、最初は“見せかけ”で十分。本物は、あとで拾えばいいの。」
その瞬間、端末が震える。
澪からの通話。
≪断って≫
≪……でも、それで彼女が話してくれるなら≫
≪あなた、それは偽物よ≫
≪ううん。偽物でも、繋がりの形にはなる≫
画面の向こうで、澪が息を飲む気配がした。
(ごめん、澪)
僕は真知の目を見て、静かに頷いた。
「分かった。じゃあ――協力するよ。」
「ふふ、素直で助かる」
彼女の笑みは柔らかいのに、どこか鋭かった。
その夜、澪の部屋。
モニター越しに、僕と真知が並んで歩く映像が流れていた。
澪は拳を握りしめたまま、画面を閉じる。
「偽物で、何が変わるのよ……」
声が、かすれていた。
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