Lovely Baddy~皆性別不明の学園ライフ~

伊阪証

文字の大きさ
16 / 17
知って、自覚して、かえりみる

しおりを挟む
朝の光が教室のガラスに反射し、きらめきが白い壁を滑っていく。
澪の部屋に戻る前、僕は職員から渡された通信端末をポケットに入れ、学園の中を歩いていた。
「現場調査担当」という役割が、正式に決まったらしい。
もっとも、ただ歩いて見てこいと言われただけだ。
(花能真知、楠野三智……)
昨日、澪とモニターで見た二人の顔が脳裏に浮かぶ。
どちらも人に好かれるタイプだと思った。
真知は誰にでも笑顔を向け、三智は目立たずとも確実に信頼を得ている。
だが――そのどちらも、「何かを隠しているように見えた」。
昇降口を抜け、廊下を進む。
噂はすでに広まっていた。
「昨日、華月いろはと一緒にどこかの部屋に入っていた男がいる」
「どうやら澪の区画に入ったらしい」
僕の名前がそれに混ざっていることは、間違いなかった。
――そんな視線を気にしながらも、探す。
モニター越しでしか見なかった二人を。
最初に見つけたのは、花能真-の方だった。
朝の教室、彼女はすでに数人の友人に囲まれていた。
鮮やかな髪に、流行のピン。
周囲の空気を読むように、言葉のタイミングを合わせて笑っている。
完璧だった。まるで、場そのものをデザインしているみたいに。
「ねぇ、昨日の動画見た?」「見た見た!あれ最高じゃない?」
彼女はその輪の中心で笑いながらも、目線を一瞬だけ外に逸らした。
空っぽな一点を、わずかに見つめた。
(……疲れてるのかな)
誰かのために笑うことが当たり前になった人間の、無意識の顔だった。
僕が教室の前を通り過ぎようとした瞬間、
真知の視線が一瞬だけ僕に止まる。
そして、まるで何事もなかったかのように笑みを戻す。
やっぱり完璧だ。
僕が立ち止まる理由さえ、彼女は作らせない。
端末が震えた。澪からだ。
≪映像、確認できてるわ≫
≪彼女、目線を逸らすタイミングが規則的。社交疲労の反応ね≫
≪問題は、もう一人≫
僕は返信を打つ。
≪了解。次、楠野三智≫
放課後の体育棟裏、三智はひとりでボルダリング壁を登っていた。
運動部でもないのに、手際が良すぎる。
高い位置で体を止め、まるで景色を確かめるみたいに校庭を見下ろす。
下から見上げる僕に気づいても、何も言わない。
「楠野さん、すごいね。……上手い」
「別に、趣味。」
短い返事。
その声は冷たいというより、淡々としていた。
「あなた、昨日の転入生でしょ」
「うん。雨野照。今日から正式に、バディ活動に参加することになって。」
「……そう」
彼女はまた黙る。
掴んだホールドから、指先に白い粉が落ちる。
その手の美しさに、完璧さの裏に潜む「緊張」を感じた。
(この人も、息を抜く場所がない)
「手、白くなってるよ。……はい、タオル」
差し出すと、三智は一瞬だけ戸惑ったように目を見開いた。
それでも、受け取る。
「……ありがとう」
その一言に、僅かな体温が戻った気がした。
その夜。
澪の部屋に戻ると、壁一面のモニターに僕の昼の映像が並んでいた。
真知の笑顔、三智の沈黙。
澪は椅子に座り、データをスクロールしながら言う。
「どちらも、典型的な“抑制型”ね。真知は外に合わせすぎて自分を失ってる。三智は逆に内に閉じすぎて世界を拒んでる。……見事に正反対」
「そうかもね。でも、どっちも似てる気がしたよ」
澪が指を止める。
「似てる?」
「うん。どっちも、誰かを大切にしてるのに、それを上手く出せてない。真知さんは“嫌われたくない”し、三智さんは“傷つけたくない”。どっちも、優しいんだよ」
澪の指が、マウスの上で止まる。
その横顔がモニターに反射して、淡い光を帯びた。
「……あなた、現場で見ると感想が違うのね」
「映像じゃ分からないこと、いっぱいあるから」
「ふぅん」
短い返事。でも、どこか棘がある。
(あ、怒ってる)
気づいた瞬間、モニターに映る澪の視線がこちらを刺した。
「……何か言いたい?」
「い、いや、別に」
沈黙。
澪は立ち上がり、背を向けたまま言う。
「……あなた、そうやってすぐ人の中に入るのね」
「悪いこと?」
「……いいえ」
声のトーンが落ちた。
その背中に、何か言いかけてやめた言葉がある気がした。
モニターの明かりだけが、静かに二人の間を照らす。
澪が椅子に戻り、無機質な声で告げる。
「花能真知――接触成功。楠野三-――接触成功。次は、感情波形を引き出す段階に移るわ」
「……つまり、話をもっと聞けってことだね」
「そう。もっと踏み込まないと、何も変わらない」
その言葉を、澪は自分自身にも言い聞かせるように呟いた。
画面の向こう、照の横顔が、光に包まれている。
胸の奥が小さく熱を帯びる。
――また、彼は“誰かのために”動いている。
そして、その姿を見ている自分が、
それを羨ましいと思ってしまったことに気づく。
モニター越しの静寂が、少しだけ重くなった。

翌日の昼、空はやけに眩しかった。
教室の窓際で、僕は澪の端末から届いたメッセージを開く。
≪分担作戦を提案します≫
≪あなたは花能真知、いろはを同行。蓮花たちは楠野三智を担当≫
短い文面。
澪らしい合理性だ。
しかしその結論に至るまでの数値データがびっしり並んでいるのを見て、少しだけ笑ってしまった。
(ほんと、何でも数字で出すんだな……)
そのとき、背後から声が飛んできた。
「ねぇ、あんたが噂の“整えボーイ”?」
振り向くと、花能真知が立っていた。
制服のスカートを指で摘まみ、いたずらっぽく笑う。
いろはがその隣に立ち、軽く頭を下げた。
「紹介するね。昨日の彼――雨野照くん」
「ふぅん……思ったより素朴。」
真知は僕の頭の先から足元まで、観察するように視線を滑らせる。
「“整え”って言葉、知ってる?」
「なんとなくは」
「ふーん。なら、私たちの“整え”を理解したいなら、まずはこっち側に来てもらわなきゃね」
いろはが「え?」と顔を上げる間もなく、真知は僕の腕を掴んだ。
「教室、貸して。少し手伝ってもらうから」
――その「少し」が、予想の何倍も長いことを、僕はこのときまだ知らなかった。

放課後。
校内のメイクルーム。
鏡の前に座らされ、背後で真知が髪をいじる音がする。
「いーい? これは“改造”じゃなくて“整え”。外に見せる自分を、自分で選ぶってこと」
「……つまり?」
「自分を“どう見せたいか”を決める。それができない子は、いつまでも“他人の顔”のままよ」
鏡越しに、彼女の顔が映る。
近い。
香水の匂いと、シャンプーの香り。
笑っているけど、目の奥が少しだけ冷たい。
「君はどうして、そこまで“整え”にこだわるの?」
「簡単よ。……嫌われたくないから。」
あまりにも素直な言葉だった。
だけど、言い終えた後の笑顔は、少しだけ苦しかった。
その時、いろはが口を挟む。
「でも真知、整えることに疲れる時もあるでしょ?」
「疲れてる暇なんてないでしょ。誰かの前で“完璧”でいなきゃ、自分の居場所なんてなくなるんだから。」
僕は、その台詞を聞いた瞬間に理解した。
彼女が言っている“完璧”は、自分のためじゃない。
誰かに捨てられないための“防衛”なんだ。
「……なるほど」
「なによ、その顔」
「いや、すごいなって。完璧でいられるの、尊敬する」
「なにそれ。馬鹿にしてる?」
「違う。僕、たぶんそういうの、できないから。」
沈黙。
真知が少しだけ口を開きかけて、やめた。
鏡越しに目が合う。
それが、妙に長く続いた。

その夜。
澪の部屋。
モニター越しに、昼間の映像を確認していた彼女は、眉をひそめて言った。
「……なんであなた、真知の“整え”に付き合ってるの?」
「必要だから」
「必要……?」
「彼女の中に、閉じ込められてる気持ちがある。それを見つけないと、次に進めない」
「あなた、ほんとに……自分の感情、無自覚ね」
「え?」
「何でも“誰かのため”に変換して話すの。……見てて、腹が立つわ。」
澪の声が、少し震えていた。
僕は返す言葉を探したが、モニターの中の彼女は背を向けてしまった。
≪続けなさい。ただし、深入りはしないで≫
文字だけのメッセージが画面に残る。

翌日、昼休み。
校庭のベンチ。
真知がジュースの缶を二本持ってきて、ひとつ僕に投げた。
「頑張ったご褒美」
「ご褒美?」
「そう。……それと、提案」
彼女は缶を開けながら、口角を上げた。
「調査に協力する代わりに、私と付き合って」
「は?」
「簡単でしょ? “彼氏”のポジションにいれば、私の本音も見えるでしょ。ついでに、あの楠野三智がどう動くかも見える。」
「……それって、作戦?」
「もちろん。」
真知は笑って、缶を傾けた。
「恋なんて、最初は“見せかけ”で十分。本物は、あとで拾えばいいの。」
その瞬間、端末が震える。
澪からの通話。
≪断って≫
≪……でも、それで彼女が話してくれるなら≫
≪あなた、それは偽物よ≫
≪ううん。偽物でも、繋がりの形にはなる≫
画面の向こうで、澪が息を飲む気配がした。
(ごめん、澪)
僕は真知の目を見て、静かに頷いた。
「分かった。じゃあ――協力するよ。」
「ふふ、素直で助かる」
彼女の笑みは柔らかいのに、どこか鋭かった。
その夜、澪の部屋。
モニター越しに、僕と真知が並んで歩く映像が流れていた。
澪は拳を握りしめたまま、画面を閉じる。
「偽物で、何が変わるのよ……」
声が、かすれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

哲子67歳★恋して焦げて乱れ咲き♪

obbligato
恋愛
67歳、二次元大好き独身女子のぶっとんだ恋愛劇。 ※哲子は至って真面目に恋愛しています。

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。 ゲームにはほとんど出ないモブ。 でもモブだから、純粋に楽しめる。 リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。 ———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?! 全三話。 「小説家になろう」にも投稿しています。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

そんな彼女の望みは一つ

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢がそのまま攻略対象である許嫁と結婚させられたら?ってお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...