冠の星

伊阪証

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(お前の視力どうなっとんねん)って書き終わった時に気づいた。普通にネットで調べてる設定にすりゃ良かった。


午後二時の病室は、暴力的なほどに明るい。 カーテンの隙間から射し込む陽光は、ただの光線ではなく、質量を持った白い槍のように感じられた。空調の微かな駆動音が、鼓膜の裏側で休みなくヤスリをかけてくる。彼女はベッドのリクライニングを三十度だけ起こし、シーツの上に投げ出した自分の両手を眺めた。 点滴のラインが繋がれた腕は、陶器のように白く、血管の青さが透けて見えている。痩せてはいるが、病的な陰惨さは不思議と感じられない。むしろ、余計な色素や不純物が濾過され、透明なガラス細工になりかけているような、危うい美しさが漂っていた。 けれど、その内側にある感覚は、美しさとは程遠い。 重い。 重力係数がここだけ三倍になっているのではないかと疑いたくなるほど、身体がシーツに沈み込んでいる。指先ひとつ動かすのに、脳から筋肉へ送る電気信号のコストを計算しなければならない。 彼女はゆっくりと、枕元のサイドテーブルに視線を滑らせた。 そこには、あえて画面を伏せたまま置かれたスマートフォンと、ハードカバーの小説が一冊。 外界と繋がるための細い糸。 彼女は小さく息を吸い込み、覚悟を決めて左手を伸ばした。指先がスマートフォンの冷たい金属質のボディに触れる。ずしりと手首に予想以上の重みがかかった。 持ち上げるだけで、前腕の筋肉が微かに悲鳴を上げる。 画面をタップする。 ロック画面が表示された瞬間、彼女は眉をひそめて目を細めた。 設定で輝度は最低にしてあるはずだった。それなのに、液晶から放たれる光の粒子は、網膜を直接焼くような熱量を持って突き刺さってくる。 SNSのアイコンが並んでいる。 通知バッジの赤い丸。 流れてくるニュースのヘッドライン。 文字情報の奔流。 誰かがどこかで食べたランチの写真。 誰かが何かに怒っている言葉。 それらが一塊の情報の濁流となって、眼球から脳へとなだれ込んでくる。
「……きつい。」
彼女は、三〇秒も経たずにスマートフォンをベッドの上に放り出した。 画面が裏返り、光が遮断されると、ようやく呼吸が少し楽になる。 情報の処理が追いつかないのではない。脳が情報の咀嚼を拒絶している。文字を読む、色を認識する、文脈を理解する。その一つ一つのプロセスが、スプーン一杯ずつの体力を確実に削り取っていく感覚。 まるで、底の抜けたバケツで水を汲んでいるようだ。注いだそばから、エネルギーが漏れていく。 彼女は一度目を閉じ、深く呼吸を整えた。 まだだ。まだ、今日という日は半分も終わっていない。 何かをしなければ、という焦燥感だけが、空回りする歯車のように胸の奥で音を立てている。ただ寝ているだけでは、自分が人間ではなく、ただ呼吸をするだけの肉の塊になってしまうような恐怖があった。 次に彼女が手を伸ばしたのは、ハードカバーの本だった。 紙の媒体なら、発光しない分だけマシかもしれない。 表紙を開く。インクの匂いと、紙の乾いた手触り。 一行目を目で追う。 その時、彼女は自分の身体の異変を、より鮮明に自覚することになった。 視線を、行の頭から終わりまで動かす。 ただそれだけの眼球運動が、ひどく億劫だった。 眼球を動かすための筋肉――外眼筋が収縮するたびに、微かな疲労毒素がこめかみのあたりに蓄積していくのが分かる。 一行、二行、三行。 視線を右から左へ、そして下へ。 その反復運動が、まるで重たい鉄球を左右に転がしているような重労働に感じられる。 五行目を読み終える頃には、文字の輪郭が滲み始め、軽い船酔いのような吐き気が喉元までせり上がってきた。 彼女はパタンと本を閉じた。 指の力が抜け、本が膝の上に滑り落ちる。 ハァ、ハァ、と浅い呼吸が漏れる。 心拍数がわずかに上がっているのが分かった。 ただ数行の文章を目で追っただけで、全力疾走した直後のような倦怠感が全身を襲っていた。 これは、退屈ではない。 もっと生理的で、根源的な枯渇だ。 楽しみを得るための「入力」にかかるコストが、それによって得られる「回復」を遥かに上回ってしまっている。収支が完全に破綻していた。 その時、病室のドアが、ノックの音と共に軽快に開かれた。
「失礼しまーす。検温の時間ですよー!」
入ってきたのは、昼の担当看護師だった。 健康的で、肌にハリがあり、声にはエネルギーが満ちている。白衣の白さが、窓からの光を反射して眩しい。 彼女の存在そのものが、高出力の照明器具のようだった。 看護師は手際よくベッドサイドに歩み寄ると、電子体温計を差し出しながら、彼女の膝の上にある本に気づいて微笑んだ。
「あら、読書? いいですねえ。今日は顔色も少し良さそうだし。」
彼女は、曖昧に口元を緩めてみせた。 反論する気力も、訂正する体力も惜しい。
「……少しだけ、開いてみただけです。」
「退屈ですもんねえ、一日中ベッドじゃ。何か面白いことでもあればいいんですけど。」
看護師の言葉に悪気がないことは、痛いほど分かっている。 彼女は体温計を脇に挟みながら、視線を天井の一点に固定した。 退屈。 確かに、外から見ればそう見えるのだろう。 だが、今の彼女が戦っているのは、退屈という心理的な空白ではない。 外部からのあらゆる刺激が、紙ヤスリのように神経を削っていく感覚だ。 看護師の声のトーン、歩く振動、ワゴンが触れ合う金属音。 それら全てが「情報」として脳を叩き、処理を強制してくる。
「……そうですね。何か、あればいいんですけど。」
彼女の声は、乾いた落ち葉のようにカサついていた。 電子音が鳴り、看護師が手早く数値を記録していく。
「はい、熱も落ち着いてますね。このままゆっくりしててくださいね。あ、カーテン、少し閉めます? 日差し強いし。」
「……ええ、お願いします。少し、眩しいので。」
「分かりましたー。じゃあ、また夕方に来ますね!」
シャーッ、とカーテンが引かれる音が、耳をつんざくように響いた。 光量は半分以下に落ちたが、それでもまだ、昼の明るさは部屋の隅々に充満している。 看護師が去った後の静寂の中で、彼女はゆっくりと息を吐き出した。 その一息と一緒に、身体の中のわずかな余力まで全部吐き出してしまったようだった。 元気な人には、分からない。 「楽しむ」という行為自体にも、膨大なエネルギーが必要だということが。 彼女はリクライニングを一番下まで倒し、完全に仰向けになった。 本も、スマートフォンも、もう触りたくない。 視界に極彩色の情報を入れたくない。 眼球を動かしたくない。 ただ、スイッチを切った機械のように、無機物になりたかった。 彼女は半ば無意識に、視線を天井の隅へと向けた。 そこには、空調の排気口の影が落ちていて、他の場所よりもわずかに薄暗くなっている。 何の変哲もない、ただの白い壁の、影になった部分。 文字もない。 光もない。 意味もない。 けれど、その「何もない薄暗さ」を見ている時だけ、頭の中のノイズが少しだけ静まる気がした。 目を動かさず、焦点をぼんやりと合わせるだけでいい場所。 彼女はその薄暗い一点を見つめたまま、泥のような眠りが、あるいは気絶に近い休息が訪れるのを、じっと待ち続けた。 夜が来れば、この光の暴力も終わるはずだ。 今はただ、太陽が沈むのを待つしかない。 海岸に打ち上げられた深海魚が、満潮を待つように。
昼間の刺すような光がその鋭さを失い、病室の壁紙がくすんだ鼠色に沈んでいく。 時間が、最も密度の濃い澱(おり)となって床に溜まっていくような、夕暮れ時。 日中の検査と処置の慌ただしさが嘘のように遠のき、廊下を往来する足音もまばらになっていた。空調の音だけが、変わらず低い唸りを続けている。 彼女は、昼過ぎからほとんど体勢を変えないまま、仰向けに寝ていた。 天井の薄暗い影を見つめることにも飽き、かといって目を閉じれば、今度は自分の心臓の鼓動や、シーツと肌が触れ合う微かな摩擦といった、内側からの刺激が意識に上ってきてしまう。 どちらも、等しく疲れる。 彼女は、自分がまるで薄い和紙でできた人形のようだと感じていた。少しでも強い情報に触れれば、そこから破れてしまいそうだった。 コン、コン、と控えめなノックの音。 返事をするだけの呼気すら惜しい。
「失礼する。」
低い、落ち着いた声だった。 ドアが静かに開き、白衣の男が入ってくる。 彼女の主治医だった。 医者は、昼間の看護師のようなエネルギーの奔流を撒き散らすことはなかった。むしろ、彼の周りだけ温度が二、三度低いような、乾いた静けさをまとっている。 彼はベッドサイドに無言で立つと、彼女の顔を覗き込むでもなく、手にした電子カルテの端末に視線を落としたまま、淡々と尋ねた。
「気分は。昼と比べて変わりないか。」
「……はい。あまり、変わりません。」
声を発することが、これほどまでに腹筋と喉の筋肉を使う行為だったかと、彼女は今更のように驚いていた。
「そうか。」
医者は端末を操作しながら、続けた。
「今日の採血データ、特に悪化は見られない。炎症反応も横ばいだ。だが、君の疲労感はデータと比例していないように見える。」
「……そうですか。」
「何か、昼間に試したことは? 本とか、スマートフォンとか。」
医者の視線が、サイドテーブルに置かれたままの二つの物体に一瞬だけ向けられる。
「……少しだけ。でも、すぐに疲れました。光が、きつくて。」
「光が。」
医者は興味深そうに、しかし何の感情も込めずにその言葉を反芻した。 彼は端末をポケットに滑り込ませると、代わりに小さなペンライトを取り出した。
「少し、目を見る。眩しいかもしれないが、一瞬だ。」
彼女は反射的に身構えたが、抵抗する体力もなかった。 医者の指がそっと彼女の瞼に触れ、持ち上げられる。 直後、鋭い光の針が網膜を貫いた。
「――っ!」
息が詰まる。 光から逃れようと眼球が必死に動くが、瞼を固定されてはどうしようもない。 数秒。それが永遠のように感じられた。
「……ふむ。対光反射は正常。だが、過敏になっているのは間違いないようだ。」
医者はあっさりとペンライトをしまい、今度は彼女の脈を取るために、その冷たい指先を彼女の手首の内側に当てた。
「会話も、負担か。」
「……少し。頭が、うまく働かない、感じで。」
「分かった。」
医者はそれ以上、質問を重ねなかった。 ただ、彼の指先から伝わってくる、生きている人間のものとは思えないほどの規則正しく、そして低い体温が、奇妙なほど彼女の意識をクリアにした。 この医者は、彼女に「元気を出せ」とも「退屈だろう」とも言わない。 ただ、そこにある物理現象として、「光に過敏である」「会話が負担である」という事実を観測し、記録しているだけだ。 その距離感が、今の彼女にとっては、わずかな救いになっていた。
「治療は、このまま継続する。夜は、昼間よりマシか?」
「……はい。静かだから、マシです。暗いし。」
「そうか。なら、ゆっくり休むといい。」
医者はそれだけ言うと、入ってきた時と同じ静けさで、病室から出ていった。 嵐が過ぎ去った後のように、彼女は消耗していた。 医者との会話は、看護師とのそれよりも内容は濃いが、エネルギーの消費量もまた、段違いだった。 (もう、だめだ……) 思考が、途切れる。 (何もしたくない。でも、何かを見ていたい) この矛盾した欲求だけが、疲労の泥沼の底で、小さく明滅していた。 ただ横になっているだけでは、自分がベッドのシーツに溶けて、染みになって消えてしまうような気がする。 かといって、能動的な娯楽はすべて、今の彼女にとっては拷問に等しい。 本は、文字を「追う」という眼球運動が負担だった。 スマートフォンは、光と情報の「処理」が負担だった。 会話は、言葉を「構築」することが負担だった。 すべて、「何かをする」という行為が、彼女のスタミナをごっそり持っていく。 (動きたくない) (頭も、目も、指も、動かしたくない) (寝転んだまま、何もしないで、ただ、そこにあるもの……) 彼女の視線が、リクライニングを起こす気力もなく、仰向けのまま、ゆっくりと動いた。 天井、壁、点滴スタンドの金属の輝き。 どれも、もう見飽きた。 そして、彼女の視線は、医者との会話でわずかに意識の外側に追いやられていた、病室の窓へとたどり着いた。 夕方、看護師が閉め忘れたのか、あるいは意図的にか、カーテンは五センチほど、隙間が開いたままになっていた。 その隙間から、もうすっかり暗くなった外の空が見える。 病院は、市街地から少し離れた高台にあるため、街のネオンが直接届かない。 そこにあるのは、深い、深い、夜の色だった。 その濃紺のベルベットに、いくつかの小さな穴が空いている。 星だった。 彼女は、その光の点に、無意識に焦点を合わせた。 明るい星もあれば、瞬きを我慢していると消えてしまいそうな、淡い星もある。 彼女は、その星々を、ただ、見た。 本のように、文字を追う必要はなかった。 スマートフォンのように、眩しい光を放ってもいない。 医者のように、問いかけてくることもない。 星々は、ただそこに在る。 寝転んだまま、眼球を動かす必要すら、ほとんどない。 ただ、視界のその一点に、焦点を合わせていればいい。 それは、彼女が一日中探し求めていた、限りなく「何もしない」に近い、「何かを見る」という行為だった。 胸の奥で、張り詰めていた糸が、ほんの少しだけ緩むのを感じた。 (これなら……) これなら、続けられるかもしれない。 星を見ることは、寝転びながら出来る。 だから、気楽だ。 彼女は、その夜、初めて「娯楽」と呼べるかもしれない行為に、静かにたどり着いた。
夜が深まり、消灯時間を過ぎると、病棟は管理された静寂に包まれた。 日中の光の暴力と、夕方の重い澱が嘘のように洗い流されていく。 彼女は、あのカーテンの五センチの隙間が、自分専用に用意された劇場の緞帳(どんちょう)のように感じ始めていた。 医者も看護師も、もう来ない。 世界は、この薄暗い病室と、あの窓の向こうの小さな四角い夜空だけになった。 彼女は「寝転んだままできる娯楽」に、静かな期待を寄せていた。 ゆっくりと息を吸い込み、視線を窓の隙間へと向ける。 目が暗闇に慣れてくるにつれて、さっきまで見えなかった、さらに淡い光の粒子が、濃紺のビロードの上に浮かび上がってきた。 美しい。 その純粋な感想が、乾いた心に染み入るようだった。 まずは、その中でひときわ強く輝いている、一番星らしい星に焦点を合わせてみる。 それは、鋭く、青白い光を放っていた。 チカチカと、冷たい炎のように瞬いている。 最初は、その孤高の美しさに見入っていた。 だが、十秒、二十秒と見つめ続けるうちに、彼女の網膜の上で、その光の点がゆっくりと形を変え始めた。 (まぶしい) 驚いたことに、そう感じた。 スマートフォンやペンライトの光とは比べ物にならないほど、か細く、遠い光のはずだ。 それなのに、その星の光は、もはや「点」ではなかった。 それは、ガラスの破片のように鋭利な「針」だった。 その針が、彼女の瞳の奥、視神経の束を、チリチリと執拗に刺してくる。 昼間、本を読んだ時に感じた眼球の疲労とは、また質の違う痛みだ。 光そのものが、毒なのだとでも言うように。 彼女は、慌ててその一番星から視線をそらした。 眼球をわずかに動かすと、網膜に残った光の残像が、黒いシミとなって視界を泳ぐ。
(だめだ。明るすぎる)
自分でも馬鹿げた感想だと思った。 星明かりを「明るすぎる」と感じる人間がいるだろうか。 だが、今の彼女の身体は、その微弱な刺激すらも「過剰だ」と拒絶反応を起こしている。 彼女は、もっと光の弱い、ぼんやりとした星を探すことにした。 さっきの青白い星から少し離れた場所に、いくつか淡い光が密集している領域がある。
(あれなら、大丈夫かもしれない)
彼女は、その星々を一つずつ目で追ってみようと試みた。 一つ目、二つ目、三つ目。 (……四つ。あっちに、五つ目) それらを線で結んで、何かの形にならないかと試みる。 学校で習った、ありふれた星座の形を思い出そうとする。 北斗七星、あるいはカシオペア。 だが、その思考が始まった瞬間、彼女の頭に鈍い痛みが走った。 昼間、スマートフォンで情報の濁流に酔った時と、全く同じ感覚。 「星を見る」という行為が、「情報を処理する」という行為に切り替わった瞬間だった。 星を「数える」。 星と星を「繋ぐ」。 (形として、認識する) そのプロセスが、読書で文字を追うのと同じ重労働であることを、彼女はここで初めて理解した。 視線を星から星へ動かす、その眼球運動。 それが、こめかみの奥に蓄積されていた疲労の澱をかき混ぜ、ずしりと重い倦怠感を呼び覚ます。 二つ、三つと星を繋いだだけで、もう息が切れそうだった。
(……ああ、だめだ。これも、疲れる)
期待が、音を立てて崩れていく。 光が強すぎても駄目。 形を認識しようとしても駄目。 「星を見る」という行為そのものが、彼女が思っていたほど「気楽」なものではなかった。 彼女は、星座を形作ることを、諦めた。 数えることも、追うことも、やめた。 では、どうすればいい? ただ、光の針から逃れたい。 ただ、情報処理の重圧から解放されたい。 (動きたくない。目も、頭も) 彼女の視線は、もはや特定の星を探すことをやめ、夜空という名のキャンバスの上を、目的もなく彷徨った。 明るい星の領域を避け、淡い星の密集地からも離れ、ただ、楽な場所を求めて。 そして、ふと、視線が落ちた場所があった。 そこは、カーテンの隙間から見える四角い夜空の中で、ひときわ暗い一角だった。 目を凝らしても、瞬きを我慢しても、星らしい光はほとんど見えない。 まるで、夜空に空いた、穴。 あるいは、黒いインクをこぼしたシミ。 そこには、光の針もなければ、認識を強制してくる形もなかった。 あるのはただ、深い、深い、空虚な暗黒。 彼女は、その何もない暗闇に、視線を固定した。 眼球を動かす必要がない。 光の刺激に耐える必要もない。 何も、処理しなくていい。 驚くべきことに、それが、今この瞬、彼女にとって最も楽な状態だった。 昼間、天井の影を見つめていた時よりも、さらに深い安堵感。 なぜなら、天井の影は「すぐそこにある白」の中の「黒」だったが、この夜空の暗黒は、「無限の黒」そのものだったからだ。 彼女は、その暗黒に、まるで吸い込まれるように意識を預けた。 星を見ようとしていたはずなのに。 星の美しさに期待していたはずなのに。 皮肉なことに、今の彼女に唯一の安らぎを与えてくれたのは、星々が放つ光ではなく、星が「無い」場所の、完全な暗闇だった。
その夜の発見は、偶然ではなかった。 翌日の夜。 昼間の消耗戦は、昨日と何一つ変わらずに彼女の体力を奪っていった。 検査のたびに動かされる身体。 差し替えられる点滴の冷たさ。 食事という名の、味のしない固形物を胃に収める作業。 そのすべてが終わり、消灯時間の静寂が訪れると、彼女はもう、迷うことすらなかった。 星の美しさに期待する、という段階は、とうに過ぎ去っていた。 昨夜、あの青白い星の光に刺された網膜の痛み。 星座を結ぼうとして頭痛がした、あの情報処理の重さ。 その記憶が、彼女の行動を決定づけていた。 彼女は仰向けのまま、枕の上でわずかに頭の角度を調整する。 カーテンの隙間。 その四角い切り取られた夜空の中で、彼女の視線は、明るい星を意図的に避け、淡い星の集団をフィルタリングし、一直線に「あの場所」へと向かった。 星のない、空白地帯。 黒いインクのシミ。 視線をそこに固定した瞬間、昨日と同じ感覚が、彼女の全身を包み込んだ。 それは、「快感」や「喜び」といった、エネルギーを消費する感情ではない。 もっと地味で、しかし切実な感覚。
(……増えない)
疲労が、これ以上、増えない。 昼間、本やスマートフォンに触れた時、あるいは看護師と会話した時。 彼女の体力ゲージは、リアルタイムで、確実に、目に見えて減っていく。 だが、この暗黒を見つめている間だけは、そのゲージの減少がピタリと止まる。 回復はしない。 しかし、これ以上悪化もしない。 今の彼女にとって、それは「回復」とほぼ同義だった。 ただでさえ少ない水が、これ以上漏れ出すのを防いでくれる、唯一の止水栓。 彼女は、その暗黒に視線を固定したまま、ゆっくりと呼吸を繰り返した。 それは、夜の儀式となった。 三日目の夜も、四日目の夜も。 彼女は、同じ体勢で、同じ角度で、同じ暗黒を見つめた。 まるで、それが処方された薬であるかのように、正確なルーティンで。 その変化は、彼女の内面だけのものではなかった。
深夜。 彼女がその「儀式」を行っている最中、病室のドアが、音もなくわずかに開いた。 彼女は暗闇に集中しており、その気配には気づかない。 廊下の保安灯の、床を舐めるような低い光を背負って、医者が立っていた。 彼は夜間の回診の途中だった。 彼は、暗闇に慣れた目で、病室の中を観察する。 ベッドの上に、彼女は確かに横になっていた。 寝息は聞こえない。 目が開いているのが、廊下の光のわずかな反射で分かった。
(起きているのか)
医者は、彼女が昼間、光や音に極度に疲弊していたことを思い出していた。 不眠か、あるいは、せん妄の類か。 彼は、彼女の視線がどこに向けられているのかを探った。 体勢は仰向け。 視線は、窓の方を向いている。
(……星でも見ているのか)
以前、自分が「外を見るのもいい」と提案したことを、医者は覚えていた。 気分転換としては、悪くない。 彼は、そのまま数秒、彼女の様子を観察した。 そして、わずかな違和感に気づく。 彼女の眼球が、動いていない。 星空を眺めるのであれば、普通は、あちこちの星を追ったり、星座を探したりして、視線は細かく動くはずだ。 だが、彼女の視線は、まるで鋲(びょう)で打ち付けられたかのように、一点に固定されている。 医者は、この病室の窓から見える星の配置を、おおよそ把握していた。 彼女の視線の先。 その角度。 そこは、この季節の夜空で、もっとも星が少なく、暗い領域だった。 彼は、音を立てずにドアを閉めた。
翌日の夜。 医者は、昨日とほぼ同じ時刻に、再び彼女の病室を訪れた。 状況は、昨日とまったく同じだった。 彼女は起きていて、窓の外を、あの一点を見つめている。 昨日と寸分違わぬ角度で、暗黒に視線を固定していた。 これは、気まぐれではない。 パターン化された、意図的な行動だ。 医者は、廊下の暗がりで、自身の電子カルテ端末を静かに操作した。
(患者、夜間覚醒時、窓外の特定領域を継続的に注視する傾向あり)
彼は、そこに「精神症状の疑い」とは書き込まなかった。
(昼間の光過敏、情報処理の著しい疲労。それらとの関連性が高い)
医者の冷たい指先が、端末の画面に、彼の思考を記録していく。 (彼女は、星を観測しているのではない) (彼女は、「何もない場所」を観測している) それは、極度の疲労状態にある生体が、自衛のために選択した、最も合理的な行動のように、医者の目には映った。 光という刺激を避ける。 形を認識するという脳の処理を避ける。 彼女は、自分を疲弊させるあらゆる要素から逃れ、感覚の「ゼロ・ポイント」を探し当てたのだ。 医者は、その興味深い観察ログを心に留め、この時点では、特に彼女に声をかけることはしなかった。 彼女の「治療」の邪魔をすべきではない、と判断したからだ。
一日の終わりは、投薬のカートが立てる車輪の音で告げられる。 乾いたプラスチックの回転音が、リノリウムの床を叩いて遠ざかっていく。 それが、この病棟における「本日の業務終了」の合図だった。 最後の検温、最後の血圧測定、そして、眠りを誘うための(と表向きは言われている)錠剤。 彼女は、そのすべてを、磨耗しきった機械の部品のように受け入れた。 消耗、という言葉では、もう生ぬるい。(すり減って、ほとんど、残っていない) 日中のリハビリで、理学療法士に腕を数回曲げ伸ばしされただけ。 昼食のトレイに乗った、魚の煮付けの匂いを嗅いだだけ。 回診の医者に、「昨日と比べてどうか」と問われただけ。 その、一つ一つの取るに足らない刺激が、彼女に残された最後の余白を、確実に削り取っていく。 昼間、彼女はもはや、天井の影を見つめることすらしなくなっていた。 影ですら、「形」を持っている。 排気口の四角い形、カーテンレールの細い線。 その「形」を認識すること自体が、脳に微細な負荷をかけていることを、彼女はここ数日で学んでいた。
(何も、見たくない)
だから、昼間の彼女は、ほとんどの時間を目を閉じて過ごした。 だが、目を閉じれば、今度は聴覚が研ぎ澄まされてしまう。 ナースステーションから漏れる微かな笑い声。 遠くの部屋の、テレビの音。 自分の呼吸が、空気を出し入れする、その摩擦音。 聴覚を塞げば、今度はシーツに触れる皮膚感覚が、耐え難いほどに主張してくる。 逃げ場がない。 日中という時間は、彼女にとって、あらゆる感覚器の開口部から、やすりや棘をねじ込まれているのと同じだった。
だから、消灯の合図と共に、病室の主照明が落ちる瞬間。 それが、彼女にとっての唯一の「始まり」だった。 彼女は、リクライニングの角度を、この数日間で完璧に把握した「定位置」へと、ミリ単位で調整する。 枕に後頭部を預ける角度も、寸分違わせない。 すべては、あの窓の隙間に、最短距離で、最低のコストで視線を届かせるためだ。 準備が整う。 身体のすべての力を抜き、ただ、呼吸だけを、浅く、静かに続ける。 視線を、上げる。 彼女の視界には、まず、窓枠の冷たいシルエットが入る。 その内側。 夜空の広大で暗い空間が、様々な明るさの星々を散りばめて現れる。彼女が求める静謐で奥深い空虚さが、その光景に完璧に捉えられていた。 夜空が、黒い布地として広がっている。 市街地から離れているとはいえ、地平線のあたりは、遠くの街の光害を受けて、わずかに黄色く色づいている。
(あそこは、見ない)
その光は、遠くても、弱くても、今の彼女には強すぎる。 それは「人間の活動」の色であり、「エネルギー」の色だ。 それを見るだけで、自分のエネルギーが吸い取られていくような感覚がした。 彼女の視線は、その汚れた地平線から這い上がり、空の、より高い場所へと移動する。 そこには、昨夜も一昨日も見た、あの青白い、鋭い星が瞬いている。
(あれも、見ない)
まるで、外科医が持つメスの先端だ。 直視すれば、網膜が切り裂かれる。 彼女は、まるでそれが存在しないかのように、巧みに、その星の光を中心窩(ちゅうしんか)から外す。 他の、淡く集まった星々も、同じだった。 それらは、星座という「意味」を持って、彼女の脳に処理を強制してくる。 だから、それも避ける。 彼女の視線は、まるで夜空という名の地雷原を、安全なルートだけを選んで進む兵士のように、慎重に、そして手慣れた様子で、目的地へとたどり着く。 そこ。 彼女が「いつもの場所」と、心の中で呼んでいる領域。 星が、ない。 目を凝らしても、凝らしても、そこには光の点が存在しない。 他の領域と比べて、明らかに、黒の純度が高い。 そこは、夜空に開いた穴だった。 彼女は、その「穴」に、視線をそっと置く。 固定する。 瞬間。 彼女の全身を縛り付けていた、あの重力のような疲労感が、ふっと軽くなる。 いや、軽くなるのではない。
(増えなくなった)
日中、滝のように流れ落ちていた体力の目減りが、この暗黒を見つめている間だけ、ぴたりと止まる。
(ああ……これだ)
彼女は、安堵の息を、誰にも聞こえないほど静かに吐き出した。 全身の筋肉が、弛緩する。 張り詰めていた神経が、ようやくニュートラルな状態に戻る。 光も、音も、形も、意味もない、ただの暗黒。 それだけが、今の彼女が、自分をすり減らさずに「見つめる」ことを許された、唯一の世界だった。 彼女は、貪るように、その暗黒を見つめた。 それは、空腹の赤ん坊が乳を求めるように、本能的な渇望だった。 自分という存在が、これ以上、この世界からの刺激によって希釈され、消えてしまわないように。 この暗黒だけが、彼女を守ってくれる防護壁であり、停泊地だった。 毎晩、毎晩、彼女は同じ場所を見続けた。 それは、もはや「娯楽」ではなかった。 それは、彼女が明日、再びあの消耗戦である「昼間」を迎えるために、絶対に欠かすことのできない、不可欠な「治療」そのものだった。
その習慣が、何日続いた頃だったか。 五日か、あるいは一週間か。 彼女の病室での時間感覚は、とうに曖昧な霧の中に溶けていた。 ただ、昼の「消耗」と、夜の「停泊」という二つのサイクルだけが、彼女の意識を支配していた。 その夜も、彼女は定められた手順に従い、リクライニングの角度を完璧に合わせ、呼吸を整え、あの「いつもの場所」に視線を固定していた。 そこは、刺激から逃れ続けた彼女が、ようやく見つけた最後の聖域のはずだった。
変化は、何の予兆もなく訪れた。 彼女の視界の中心、あの星のない空白地帯の、そのど真ん中で。 ふ、と。 何かが、揺れた。 それは光ではなかった。 星が生まれたのでも、飛行機が横切ったのでもない。 暗黒が、その濃さを増した。 いや、違う。 暗黒が、まるで水面のように、ごくわずかに「波打った」のだ。 彼女は、ゆっくりと瞬きをした。 この動作一つですら、今の彼女には惜しいエネルギー消費だ。
(目のかすみ……?)
疲労が極限まで蓄積した網膜が、存在しない信号を脳に送っているのかもしれない。 眼球の表面を覆う涙の膜が、重力でよれただけかもしれない。 彼女は、再び、じっと、その暗闇を見つめた。 止まれ。 動くな。 何事も、起こるな。 そう念じながら、彼女は、自分を疲弊させない唯一の世界が、変質してしまうことを本能的に恐れた。
だが、それは、彼女の意思とは無関係に起こった。 再び、揺れた。 今度は、さっきよりもはっきりと。 暗黒の、その一部が。 まるで、黒いビロードの布の「裏側」から、何者かが指で、ぐ、と布を押し上げているような。 明確な「隆起」だった。 そして、その隆起が、消える。 すると今度は、すぐ隣の、さっきまで何もなかったはずの暗黒が、みみず腫れのように、もぞり、と「身をよじった」。
(……なに?)
彼女の思考が、久しぶりに疑問符の形をとった。 それは、複数だった。 一つが消えては、別の場所が、うごめく。 まるで、黒い水槽の底で、光を嫌う何種類もの生き物が、一斉に、苦しげに、もがいているようだ。 それは、一つのまとまった動きではない。 あくまで、「断片」だった。 ある場所では、何かが「ねじれ」。 ある場所では、何かが「ひきつり」。 ある場所では、何かが「膨張」して、すぐに「収縮」する。 星が、ないのに。 光が、一切ないはずの、あの暗黒の中で。 何かが、もがいているように、断片が、見える。 彼女は、恐怖を感じなかった。 驚きも、しなかった。 「驚く」という感情の起伏すら、今の彼女の身体は、自分自身に許可していなかった。 ただ、目の前で起きている現象を、そのまま受け入れるしかなかった。 昼間、医者が彼女の腕から採血し、その赤い液体を「データ」として眺めるのと同じ目で。 彼女は、自分に起きているこの視覚的な異常を、ただ、眺めた。 これは、おかしいことなのだろうか。 それとも、疲れた目には、当然、こう見えるものなのだろうか。 判断が、つかない。 正常と異常を分けるための、基準線が、今の彼女の中にはもう、なかった。 ただ、事実として、「そう見える」。 彼女の聖域だったはずの、あの「何もない空白地帯」は、今や、もっとも不可解で、静かに騒がしい場所へと変貌していた。 彼女は、その「もがいている断片」から、視線を逸らすことができなかった。 それは、まるで、鏡を見ているようだったからだ。 ベッドの上で、動くこともできず、ただ、シーツの中で、意味もなく身をよじっている、自分自身の、思考や肉体の断片。
(ああ、わたしも、あんなふうに、もがいてるのかな)
暗黒と自分を重ねる、心理的な接続。 その、せん妄じみた共感が、彼女の意識を、その奇妙な暗黒の光景に、強く縛り付けていた。
日中の光は、相変わらず容赦がなかった。 目を閉じていても、瞼(まぶた)を透過してくる光が、網膜を薄赤い色で焼き続ける。 彼女は、その不快な光の中で、自分の身体がベッドという名の解剖台に固定されているような無力感を覚えていた。 指先一本動かすためのエネルギーが、昨日よりもさらに高コストになっている気がする。 何もかもが、すり減っていく。 思考の輪郭も、肉体の境界線も、すべてが曖昧になり、まるで自分が水で薄めたインクのように、シーツの上で拡散していくようだった。 スカスカだ。 骨と皮の間に、かつて詰まっていたはずの何かが、ごっそりと抜け落ちている。 その「何か」が、体力なのか、気力なのか、あるいは魂と呼ばれるものなのか、彼女にはもう判別がつかなかった。 その日、午後の回診に現れた医者は、いつも通りの低い体温をまとっていた。 彼はベッドサイドに立つと、まず点滴の残量を確認し、それから手元の端末に視線を落とした。
「調子はどうだ。昨日と比べて。」
いつもと同じ、事実確認だけを求める声。
「……あまり、変わりません。疲れて、います。」
彼女がそう答えるのに、数秒の間(ま)が必要だった。 言葉を紡ぎ出すためだけに、胸郭を動かし、声帯を震わせるという一連の作業が、ひどく億劫だった。
「そうか。」
医者は端末を操作しながら、ふと、顔を上げずに尋ねた。
「夜は。まだ、窓の外を見ているか。」
その質問には、わずかながら、これまでの問いとは違う響きが含まれていた。 単なる体調確認ではなく、特定の行動パターンに対する、観察者の視点。
「……はい。」
彼女は、肯定した。
「あの、暗い場所を。見ています。」
「そうか。」
医者の指が、端末の上を滑る。
「何か、変化は?」
その問いに、彼女はわずかに息を詰めた。 変化。 あの、暗黒の中の、うごめき。 あれは、医者に報告すべき「変化」なのだろうか。 彼女はためらった。 あれは、自分の外側で起きていることなのか、それとも、自分の内側、つまり脳や目が見せている幻なのか。 その区別がつかないものを、どう説明すればいい? 彼女の沈黙を、医者は別の意味に受け取ったようだった。
「見えにくくなった、とか、そういうことか。」
「……いえ。そうじゃ、なくて。」
彼女は、乾いた唇を舌で湿らせた。
「あの……何も、ないはずの場所が。」
「ああ。」
「最近、……動く、んです。」
医者の指が、ピタリと止まった。 彼は、初めて、その視線を端末から引き剥がし、彼女の顔に向けた。 彼の目は、何の感情も映していなかった。ただ、研磨されたレンズのように、彼女の言葉が持つ情報を正確に読み取ろうとしているだけだった。
「動く、とは?」
「光、ではありません。星が、見えるわけじゃなくて。」
「具体的に。」
「暗黒、そのものが……なんて言うか、うねる、というか。もぞもぞ、と。」
彼女は、必死に、あの感覚を言語化しようと試みた。 だが、言葉が、見つからない。
「何かが、もがいてる、みたいに。断片が、たくさん……」
その表現が出た瞬間、医者の目が、ほんのわずかに細められた。 それは、興味でも、驚きでもない。 診断を下す直前の、最後の確認作業に入る医師の目だった。
「色は? 形は? 人や動物に見えるか。」
「いえ……色も、形も。ただ、黒いものが、もっと黒く、隆起したり、ねじれたり……それが、消えては、別の場所で……」
「なるほど。」
医者は、あっさりと彼女から視線を外し、再び端末へと戻った。 カチカチ、と、乾いたタップ音が、静かな病室に響く。 彼は、彼女の症状を、即座に特定のカテゴリーに分類していた。
(長期入院患者。極度の身体的疲労。強いストレス環境下。感覚遮断に近い状態での、暗所注視)
彼が頭の中で組み立てたロジックは、明快だった。
(結果、発生する幻視。せん妄の一種、あるいは、シャルル・ボネ症候群に類似した、脳の補完エラー)
見えないはずのものが見えている。 それは、彼女の精神が、あるいは脳が、この過酷な状況に対して、悲鳴を上げている証拠だと、医者は判断した。 彼は、説明の義務を果たすために、口を開いた。
「それは、おそらく、君の目がおかしくなったわけではない。」
「……。」
「脳だ。」
医者の声は、教科書を読み上げるように淡々としていた。
「人間は、極度に疲労したり、あるいは、逆に、何も刺激がない状態が長く続くと、脳が、存在しない情報を無理やり作り出すことがある。」
「……作り出す。」
「ああ。ノイズだ。暗闇の中に、意味のあるパターンを見出そうとする、脳の癖のようなものだ。特に、君のように、治療のストレスにさらされ続けていると、そういった知覚のエラーは、起こりやすい。」
せんもう状態。 医者はその言葉を直接使わなかったが、彼が言わんとしていることは、明確にそれだった。 見えちゃいけないものが見えてる状況。 それは、君の脳が疲労でバグを起こしているだけだ、と。
彼女は、その説明を、どこか遠くの世界の出来事のように聞いていた。 医者の言うことは、論理的で、おそらく正しいのだろう。 「脳の、エラー」。 「ノイズ」。 だが、その言葉は、彼女が毎晩体験している、あの「もがき」の、表面をかすめているだけのように感じられた。 彼女にとって、あれは「エラー」や「ノイズ」といった、無機質なものではなかった。 あれは、もっと、生々しいものだ。 あの、暗黒の中で、身をよじり、うねり、苦しげに形を変え続ける、無数の断片。 それは、まさに、今の自分自身ではなかったか。 医者の説明を聞きながら、彼女の内面では、別の回路が、強く、確かに、接続されようとしていた。 病状として、スカスカになっている、この身体。 治療によって、すり減らされ、摩耗しきった、この思考。 もはや、一つのまとまった「人間」としての形を保てず、ただ、ベッドの上で、意味もなく、小さくもがくことしかできない、自分の、断片。 あの暗黒は、自分を映す鏡なのだ。 自分が、あまりにもスカスカで、空っぽになってしまったから。 だから、あの、世界の「空っぽ」の部分と、同調してしまったのではないか。 医者の言う「せんもう」という可能性は、彼女の中で、より切実な「暗喩」としての可能性に、静かに上書きされていった。
「あまり、その現象に、意識を集中させすぎないように」
医者は、診断を終えた機械のように、最後の指示を与えた。
「疲労が抜ければ、おそらく、見えなくなる。」
彼はそう言って、静かに病室を出ていった。 だが、彼女は分かっていた。 あれは、もう、無視できるものではない。 なぜなら、あれは、自分自身の一部なのだから。 彼女は夜が来るのを、昨日までとは違う、奇妙な緊張感と共に待ち始めた。
それから、さらに数日が経過した。 彼女の夜の「観測」は、もはや医者から止められることもなく、半ば黙認された日課となっていた。 医者は、彼女が報告した「もがく断片」を、やはり脳の疲労による「せん妄」の一種としてカルテに記録し、投薬の調整をわずかに行った。 だが、その現象は消えなかった。 彼女の側も、それを期待してはいなかった。 あれは、病状(エラー)であると同時に、自分自身(暗喩)なのだから。 彼女は、毎晩、あの暗黒のスクリーンに映し出される、静かで、しかし、おぞましいほど生々しい「自分自身の断片」のうごめきを、ただ見つめ続けていた。
その日の回診は、いつもより少し早い時間だった。 医者は、一通りの問診を終えると、珍しく、端末をポケットにしまった。 彼は、無言で窓の方へ歩いていく。 そして、彼女が毎晩見ているはずの、あの隙間に、自らの視線を合わせた。
「……ここか。」
医者は、独り言のように呟いた。 彼は、彼女の方を振り返らないまま、尋ねた。
「君が毎晩見ている、その『動く』という暗黒は。あの角度で間違いないか。」
「……はい。たぶん、そのあたり、です。」
「そうか。」
医者は、納得したように頷くと、再び彼女のベッドサイドに戻ってきた。 彼は、白衣のポケットから、今度は私物のものらしいスマートフォンを取り出した。 医者は、その画面を数回タップし、何かのアプリケーションを起動させた。
「少し、面白いことが分かった。」
彼の声には、相変わらず感情の起伏がない。 研究者が、実験結果を報告する時の声だった。
「君が、なぜ、あの場所を『空白地帯』として認識したか。それは、物理的に正しい。」
医者は、スマートフォンの画面を彼女に向けた。 (星図アプリ……) それは、夜空の地図だった。 画面に映し出された星図は、医者が指し示した方向――彼女が毎晩見ているあの角度――を、正確にトレースしていた。
「ここだ。」
医者の指が、画面上の一点をタップする。 そこは、星図の上でも、見事に空白だった。 明るい恒星は一つもなく、星雲や星団を示すマークも存在しない。
「君の目は、非常に正確だ。ここは、北半球の夜空において、視覚的に最も暗い領域の一つだ。だから、君が本能的に、光の刺激を避けるための『安全地帯』として、この場所を選んだ。これは、極めて合理的な生体防御反応だ。」
「……。」
「そして、君が報告した『せん妄』。脳が、その『何もない暗黒』に対して、意味のある『動き』を補完しようとした。それも、生理学的には、ありふれた現象だ。」
医者は、淡々と、これまでの診断を再確認した。 彼女の体験は、すべて「合理的」「ありふれた現象」として、彼の論理の中に組み込まれていく。 だが、と医者は続けた。
「その上で、だ。この話には、もう一つのレイヤーがある。」
医者の指が、星図アプリをスワイプし、別の、論文か何かを引用したテキスト画面に切り替わった。
「君が見ている、その『何もない』方向。」
彼は、そのテキストの中の一行を、指でなぞった。
「そこは、現在の天文学において、『かんむり座グレートウォール』と呼ばれている領域と、完全に一致する。」
「……かんむり、ざ?」
聞き慣れない単語に、彼女はかろうじて問いを返した。
「ああ。冠座。ヘルクレス座の隣にある、小さな星座だ。」
医者の声に、初めて、教師が教え子に知識を披露する時のような、わずかな熱がこもった。
「グレートウォール。『長大な壁』だ。銀河が、数億光年にわたって、まるで壁のように連なっている、巨大な構造体。……いや、宇宙の尺度で言えば、もはや『構造体』ですらない。銀河のフィラメント。宇宙そのものの、骨格だ。」
彼女は、医者の言っていることの半分も理解できなかった。 銀河。壁。骨格。
「どういう、ことですか……?」
「つまりだ。」
医者は、彼女の混乱を、非科学的なものとして一刀両断した。
「君が『何もない、スカスカだ』と認識している、あの暗黒。その、遥か向こう側。肉眼では決して見えない、その奥には、この宇宙で最も巨大な『モノ』が、ぎっしりと詰まっている、ということだ。」
「……!」
息が、止まった。
「面白いとは思わないか。」
医者は、どこまでも、物理現象として、その一致を楽しんでいた。
「君の脳は、『何もない』から、そこに『もがく断片』を幻視した。だが、皮肉なことに、君が選んだその『何もない』場所こそが、物理的には、最も『何かがもがいている』場所だったわけだ。」
彼は、それが「奇跡」だとか「運命」だとかいった、彼が最も嫌う神秘主義的な解釈を、一切差し挟まなかった。 あくまで、生理学的なエラーと、物理学的な事実。 二つの現象が、たまたま、同じ場所で重なった。 ただ、それだけのことだ、と。
医者は、「これで、この件についての私の興味は尽きた」とでも言うように、スマートフォンを白衣のポケットにしまった。
「では、私は行く。あまり、脳を疲れさせるな。」
医者が去った後。 病室の静寂の中で、彼女は、たった一人、その「二重性」と向き合っていた。
見た目は、暗黒。 星のない、空白地帯。 自分が、自分のスカスカな内面を投影した、空っぽの鏡。
だが、実際は。 銀河が連なる、巨大な壁。 宇宙で最も「モノが詰まった」場所。
(じゃあ、わたしが見ていた、あの「もがく断片」は……)
あれは、本当に、ただの「せん妄」だったのだろうか。 それとも。 あまりにもスカスカになって、薄く、透明になってしまった自分の意識が。 あの、肉眼では見えないはずの、向こう側にある「本物の巨大なもがき」の断片を、図らずも、拾ってしまったのだろうか。
彼女は、まだ明るい窓の外を見た。 夜が来るのが、待ち遠しかった。 今夜、あの暗黒を見つめる時。 それは、もはや「空っぽ」の鏡ではない。 「向こう側」と繋がる、窓になる。 彼女の中で、暗黒の意味が、決定的に反転した瞬間だった。
病室の窓から見える木々の葉が、気づけば、わずかにその色合いを変え始めていた。 時間の経過とは、それほどまでに残酷で、無関心なものだった。 彼女の病状は、劇的な悪化こそしないものの、快方に向かっているという確かな実感もなかった。 まるで、凪(な)いだ海の上で、ただ潮の流れに漂っているだけの小舟だ。 治療は続いている。 朝になれば採血があり、決まった時間に点滴の針が差し替えられ、週に数回は、彼女の身体能力を維持するためだというリハビリが行われる。
「今日は、少し腕を上げてみましょうか」 「ゆっくりでいいですよ。はい、下ろして」
理学療法士の明るい声が、遠い国の言葉のように響く。 彼女は、言われた通りに腕を動かす。 その、シーツから腕を三十センチ持ち上げるだけの運動が、彼女にとっては、健康な人間がフルマラソンを走るのに匹敵するエネルギーを要求した。 日によって、波があった。 昨日は、スプーンを口に運ぶことすら億劫だったのに、今日は、ベッドのリクライニングを少し起こして、窓の外の雲の流れを眺めるくらいの余力がある、という日。 そういう日、彼女は決まって、小さな過ちを犯した。
(今日は、少し、マシかもしれない)
そう思って、サイドテーブルの本を、ほんの二ページだけ読んでみる。 あるいは、看護師が持ってきた食事のトレイを、いつもより一口多く、咀嚼してみる。 その、ほんのわずかな「上乗せ」が、命取りだった。 数時間後、彼女の身体には、まるで高利貸しからの取り立てのように、激烈な疲労が跳ね返ってくる。 動悸が激しくなり、呼吸が浅くなる。 全身の筋肉が鉛を吸い込んだかのように重くなり、思考は再び、濃い霧の中に閉ざされる。 動けば、疲れる。 考えすぎても、疲れる。 この、絶対的なルールの前では、彼女のささやかな希望など、何の役にも立たなかった。 結局、彼女が学んだのは、自分の身体を、まるで猛獣使いが猛獣を扱うように、あるいは、極度に不安定な爆発物を運ぶように、慎重に、慎重に、扱うことだけだった。 エネルギーの総量を、常に把握する。 その日の「予算」を、絶対に超えない。 会話、食事、排泄、そして、思考。 そのすべてにコストを割り振り、残高がゼロになる前に、すべての活動を停止する。 彼女は、生きているというより、ただ、自分の「枯渇」を管理しているだけだった。
だからこそ、夜の時間は、彼女にとって、唯一の「予算外」の時間だった。 消灯時間が過ぎ、最後の巡回が終わる。 彼女は、もはや習慣というより、信仰に近い厳格さで、いつもの体勢を整えた。 枕の角度、リクライニングの傾き。 そして、視線を、窓の隙間へと向ける。 あの「いつもの場所」。 医者が教えてくれた、名前。 かんむり座グレートウォール。 その知識は、彼女の観測行為の意味を、根本から変えていた。 以前は、ただ「何もない」から、逃避先として見ていた。 今は、違う。 「何もない」その奥に、「何かがある」ことを知ってしまったから。 彼女は、その暗黒に、まるで、井戸の底を覗き込むように、意識を集中させた。
その夜は、何も起こらなかった。 彼女の視界に広がっていたのは、ただ、純粋な、底なしの暗黒だけだった。 あの、うごめく断片。 黒いビロードの裏側から、何かが身をよじり、もがいているような、あの不可解な現象。 それが、今夜は、まったく見えなかった。 彼女は、じっと、見つめ続けた。
(……見えない)
その事実に、彼女は、まず、安堵した。 ああ、やはり、あれは、医者の言った通りだったのだ、と。 「脳のエラー」。 「せんもう」。 ここ数日、体調がほんの少しだけマシだったから、脳の疲労が軽減され、バグが収まったのかもしれない。 そう思うと、自分が「正気」の側に戻ってきたような気がして、少しだけ、救われた気持ちになった。 だが。 その安堵と同時に、彼女の胸の奥深く、スカスカになった空洞の、その中心で。 奇妙なほどの、「物足りなさ」が、生まれていた。 あれは、エラーではなかったのか。 あれは、自分自身の「もがき」の暗喩ではなかったのか。 そして、あの「銀河の壁(グレートウォール)」の、本物の胎動では、なかったのか。
それが、すべて、ただの「疲労による幻」だったのだとしたら。
今、彼女が見ているこの完全な暗黒は、本当に、ただの「何もない、空っぽ」だということになってしまう。 向こう側との接続が、切れた。 そう感じた途端、彼女は、自分が、この宇宙で、本当に、たった一人きりになってしまったような、静かな絶望に襲われた。
だが、その二日後の夜。 昼間のリハビリで、いつもより少しだけ負荷をかけすぎた、その夜。
それは、再び、現れた。
彼女が、いつものように暗黒に視線を固定して、数分が経過した頃。 暗黒が、ゆっくりと、粘性を持ち始めた。
(……来た)
彼女は、息を詰めた。 暗黒の、その中心部が、みみず腫れのように、もぞり、と隆起した。 それは、すぐに消え、今度は、すぐ隣の領域が、まるで痙攣(けいれん)するように、ひきつる。 あの「もがく断片」が、帰ってきた。 無数の、意味を持たない、しかし、強烈な「何か」の存在を示す、黒い動き。 彼女は、医者の言葉を思い出していた。
(脳が、疲れているからだ) (これは、エラーだ。ノイズだ)
そう、頭では理解しようとした。 だが、彼女の目は、その「ノイズ」から、離れることができない。
これは、本当に、せんもう、なのだろうか。
それとも、今日、自分が疲れ果てて、身体が再び「スカスカ」の状態になったから。 薄く、透明になった自分の意識が、再び、あの「向こう側」――銀河が壁となって、もがき、うごめいている、あの「グレートウォール」の実体と、同調(シンクロ)してしまったのでは、ないのか。
「せんもう」としての可能性。 「暗喩」あるいは「実体」としての可能性。
二つの解釈が、彼女の中で、激しく明滅した。 答えは、出ない。 疲労した彼女の脳には、その二重性を、ただ、両方開いたまま、受け入れることしかできなかった。 真実か幻か、答えが出ないまま、彼女は、その空虚が繰り広げる、静かで、もがき苦しむような踊りを、ただ見つめ続けるしかなかった。 確かなのは、この暗黒だけが、彼女の「疲労(せんもう)」と「実体(グレートウォール)」の両方を、否定も肯定もせず、ただ、そこにあるものとして、映し出してくれている、ということだけだった。
その日の回診は、窓の外がまだ中途半端な明るさを残している、夕暮れ時に行われた。 空は、昼の攻撃的な青でもなく、夜の庇護的な黒でもない、不安をかき立てるような、くすんだ群青色に染まっていた。 彼女は、その中途半端な光が一番苦手だった。 すべてが、曖昧で、エネルギーの消耗だけが、はっきりと感じられる。 医者は、いつも通りの静けさで入室すると、彼女のバイタルサインを手早く確認し、電子カルテに何かを打ち込んでいた。 彼女は、医者が早く立ち去ることだけを願っていた。 会話は、疲れる。 だが、その日の医者は、いつもと少しだけ、様子が違った。 彼は、端末を操作する手を止めると、まるで、そこに書かれたテキストを読み上げるように、唐突に口を開いた。
「……この間、興味深い論文を読んだ。」
彼女は、返事をしなかった。 医者も、返事を期待しているようには見えなかった。 彼は、白衣のポケットに手を入れ、病室の壁――窓とは反対側の、何もない白い壁――を見つめながら、続けた。
「神経細胞だ。脳の。ニューロンのネットワークが、どうやって情報を伝達し、パターンを形成するか、という内容のシミュレーションだ。」
神経細胞。脳。 それは、数日前に、彼女の「せんもう」を説明するために彼が使った単語だった。
「そのシミュレーション結果の画像が、非常に、面白かった。」
医者の声には、やはり熱がない。 だが、その言葉の端々に、乾いた知的好奇心が、静電気のようにわずかに帯電しているのが感じられた。
「何に似ていたと思う?」
問いかけ。 彼女は、この会話がどれだけの体力を奪うかを瞬時に計算し、最小限のコストで答えた。
「……分かり、ません。」
「宇宙だ。」
医者は、彼女の答えを待たずに言った。
「宇宙の大規模構造。銀河が、フィラメント状に連なって作る、あの『宇宙の網』のシミュレーション画像と、酷似していた。」
彼は、そこで初めて、彼女の方へと視線を向けた。
「君が毎晩見ている、あのかんむり座グレートウォール。あれも、その『網』の一部だ。銀河が壁のように連なっている、巨大な構造。」
「……。」
「ミクロの極致である、脳細胞の繋がり方。そして、マクロの極致である、銀河の連なり方。その二つのパターンが、見た目上、ほとんど区別がつかない。これは、現象として、非常に面白い。」
医者は、自分が発見した珍しい昆虫について語る少年のように、淡々と、しかし、どこか楽しそうに続けた。
「血管の分岐パターンもそうだ。肺の中の、気管支の分かれ方も。木の枝が伸びていく様も。川が大地を削って作る、その流路も。すべて、同じような、フラクタルと呼ばれる構造パターンに従っているように見える。」
彼は、まるで、この病室の壁に、その「パターン」が見えているかのように、虚空を眺めていた。 人体と、宇宙が、似ている。 その話は、彼女も、どこかで聞いたことがあるような、ありふれた比喩のように思えた。 だが、医者は、次の瞬間、そのありふれた比喩に、冷水を浴びせかけた。
「……だがな。」
彼の声のトーンが、いつもの「医師」のものに戻っていた。
「だから、何だというんだ。」
「え……」
「だから何だ? 似ている。構造が、酷似している。それは、物理法則や、自己組織化の原理が、スケールを超えて普遍的に作用しているという、ただの『事実』だ。それ以上でも、それ以下でもない。」
医者は、急に、自分が口にした「面白い」という感想そのものを、否定するかのように、強い口調で続けた。
「必ず、いるんだ。こういう話をすると、すぐに、そこに『意味』をこじつける連中が。」
彼は、心底、軽蔑している、という響きを、隠そうともしなかった。
「人体は、小宇宙(ミクロコスモス)だ、とか。星の配置が、人間の運命や、内臓の調子を左右する、とか。……あれは、知性の怠慢だ。あるいは、弱った人間から金を巻き上げるための、悪質な欺瞞(ぎまん)だ。」
「……。」
「物理学的に意味はある。パターンが似ている理由を、数学的に、物理学的に解明することには、価値がある。だが、それを、安易な『神秘』や『霊』、『魂』だのといった、検証不可能な領域に結びつけるのは、私が最も嫌うところだ。」
彼は、はっきりと、線を引いた。 彼は、人体と宇宙の類似に、誰よりも興奮している。 だが、その興奮を、決して、非科学的な領域に踏み込ませない。 その、徹底したスタンス。 その、ある種の「潔癖さ」が、彼女には、不思議と、不快ではなかった。 むしろ、安心していた。
(この人は……)
この医者は、自分が毎晩見ている、あの「もがく断片」を、決して、「霊的な何か」や「呪い」として扱わないだろう、という確信。 彼は、あれを、あくまで「脳のバグ(せんもう)」か、あるいは「物理現象(グレートウォール)」の、どちらかでしか、解釈しない。 その、ドライで、冷徹なまでの「線引き」こそが、今の、あらゆる刺激に怯え、すり減っている彼女にとって、最も信頼できる「壁」のように感じられた。
「まあ、君の脳が見せている、あの『もがく断片』も、同じことだ。」
医者は、まるで、彼女の思考を読んだかのように言った。
「あれが、君の脳が生み出した『ニューロンの網』のノイズなのか、それとも、君が言うように『宇宙の網』の断片なのかは、私には、まだ、検証のしようがない。」
「……。」
「だが、どちらだとしても、だ。そこに、君の『運命』だの『魂』だのを、重ね合わせるな。それは、非合理的だ。」
医者は、それだけ言うと、端末を再び手にした。
「今日の雑談は、終わりだ。薬は、昨日と同じものを出しておく。」
彼は、入ってきた時と同じ静けさで、病室を出ていった。 一人残された彼女は、医者が立っていた、何もない白い壁を、ぼんやりと見つめていた。 似ている。 だから、何だ? その、突き放したような言葉が、今の彼女には、どんな優しい励ましの言葉よりも、強く、心に残っていた。
医者が去った後の病室は、まるで、嵐の後のように静まり返っていた。 だが、彼女の内面は、凪(な)いではいなかった。 医者が放っていった、あの乾いた言葉たち――「酷似している」「だから何だ?」「非合理的だ」――が、水面に投じられた石のように、ゆっくりと、しかし、確実に、波紋を広げ続けていた。
(非合理的、か)
彼女は、その言葉を、口の中で転がしてみた。 その通りだ。 医者の言うことは、どこまでも正しく、論理的だ。 自分が毎晩見ている、あの「もがく断片」。 あれは、医者の診断によれば、第一に「せんもう」だ。 長期の入院、身体的な枯渇、そして、治療という名の終わりのないストレス。 それらが、脳という精密機械の、情報処理プロセスにエラーを発生させている。 「何もない」暗黒を見続けるという、感覚の遮断。 それが、脳に、存在しない「動き」を補完させている。 説明として、完璧だった。 事実、体調がマシな日は、あれは見えない。 そして、リハビリで無理をして、疲労が限界を超えた夜には、あれは、決まって、嵐のように激しくうごめくのだ。
(やっぱり、これは、わたしの脳が、疲れて見せているだけの、幻なんだ)
そう結論づけることは、簡単だった。 そうであれば、話は早い。 これは、病状の一環だ。 主治医の言う通り、体力が回復すれば、いつか、見えなくなる、ただの「ノイズ」だ。 その内面の葛藤と、疲労の薄いベールの向こうに接続の可能性を感じさせる光の煌めきが、抑圧的な暗闇を突き破る。 だが。 本当に、それだけなのだろうか。 彼女の脳裏に、医者が語った、もう一つの「事実」が蘇る。 ミクロの極致である、ニューロンの網。 マクロの極致である、宇宙の網(グレートウォール)。 その二つが、「酷似している」という、あの乾いた興奮。 そして、医者は、その二つを「似ている」と認めた上で、「だから何だ?」と、その間に、分厚い壁を立てた。 「それらを『神秘』に結びつけるな」と。
(でも……)
彼女は、シーツの上に投げ出された、自分の腕を見た。 陶器のように白く、痩せて、血管が青く透けている。 その皮膚の下を、絶え間なく流れる血液の網。 この身体の隅々まで張り巡らされた、神経の網。 そして、今、この瞬間も、疲労の中で、かろうじて思考を紡いでいる、脳の中の、ニューロンの網。 彼女の身体は、まさに、医者が語った「網」そのものだった。 そして、その「網」は、今、ひどく、すり減っていた。 網の目が、あちこちで切れ、ほつれ、スカスカになっている。 かつて、自分という存在を、確かに、ここに繋ぎ止めていたはずの、確かな手触り。 その、密度と、質量。 それが、日々の消耗の中で、ごっそりと、抜け落ちてしまっている。 今の彼女は、もはや、確固たる「個体」ではない。 ただ、ぼんやりとした輪郭だけを残した、希薄な、半透明の「網」のような存在。
その、スカスカになった「自分」が。 あの、夜空に開いた「穴」――星のない空白地帯――を、見つめている。 その時、彼女の中で、医者が立てた、あの分厚い壁が、音もなく、崩れ落ちた。
医者は、「似ている」と言った。 彼女は、思った。
(似ている、んじゃない) (同じ、なんじゃないの?)
ミクロの網(わたし)と、マクロの網(宇宙)。 その二つが、同じ法則で、同じように、できているのだとしたら。
この、スカスカになった、わたしの思考や肉体。 その、疲労しきった「網」が。 あの、暗黒の向こう側にある、「冠座グレートウォール」という、本物の「宇宙の網」と。 ただ、シンプルに、共鳴している。
そう、考えてしまうことは。 それは、医者が忌み嫌う、「非合理的な神秘」なのだろうか。
彼女の頭の中で、三つの可能性が、メリーゴーラウンドのように、回り始めた。
一つ目。 これは、医者の言う通り、ただの「せんもう」だ。 疲れた脳が、バグを起こして、ありもしない「もがき」を幻視している。
二つ目。 これは、心理的な「暗喩」だ。 スカスカになった自分の心身を、あの「何もない」暗黒に、無意識に、投影している。 あの「もがき」は、ベッドの上で動けない、自分自身の、心の「もがき」の、比喩(メタファー)だ。
三つ目。 これは、「宇宙の事実」だ。 自分自身が、病によって、あまりにも希薄で、透明な「網」になってしまったせいで。 普段は、決して、感じることのできない、あの「グレートウォール」という、本物の、巨大な構造が、もがき、うごめいている、その「実体」の断片を。 フィルターが壊れたラジオのように、拾ってしまっている。
どれだ? どれが、本当だ?
彼女は、その問いに、答えを出せなかった。 疲労した彼女の脳には、その三つが、どれも、等しく、あり得ることに思えた。
「せんもう」であり、 「暗喩」でもあり、 「宇宙の事実」でもある。
三つが、すべて、同時に、重なり合って、起きている。 そう思うことが、今の彼女にとって、一番、しっくりとくる「答え」だった。 医者は、それを「非合理的だ」と、一蹴するだろう。 だが、今の彼女には、もう、どうでもよかった。 合理的か、非合理的か、などという区別は、体力が有り余っている、健康な人間たちの、贅沢な遊びだ。
彼女は、ただ、事実として、あの暗黒と向き合っている。 そして、あの暗黒は、自分自身と、繋がっている。 その、切実な「感覚」だけが、今の彼女にとっての、唯一の「真実」だった。 その広大な空間には、神経の網にも似た微かな銀河の星雲が浮かんでいる。それは、彼女の疲弊しきった脳と宇宙が繋がっているという、彼女の感覚を象徴していた。 彼女は、群青色に染まり始めた窓を見た。 早く、夜が来てほしい。 早く、あの、三層に重なった「自分」に、会いたかった。
医者が立てた「合理」と「神秘」の間の壁。 そして、彼女が自分の中で見出した「せんもう」「暗喩」「宇宙の事実」という三層の重なり。 それらの解釈が、明確な答えを得ないまま、彼女の日常――ただ、ひたすらに疲労し、それを夜の暗黒でかろうじて食い止めるという日常――に、溶け込んでいった。 その日の診察は、ベッドサイドではなく、週に一度の経過確認のための診察室で行われた。 車椅子で移動する、そのわずかな振動ですら、彼女のスタミナを確実に奪っていく。 診察室の白い壁と、無機質なデスク、そして、そこに座る医者。 すべてが、彼女の消耗を加速させる要素で満ちていた。
「――以上が、ここ一週間のデータだ。全体として、良くもならず、悪くもならず、といったところだな。」
医者は、目の前のディスプレイに映し出された数値の羅列から、一度も目を上げずに言った。
「何か、自覚症状として、変わったことは?」
彼女は、車椅子の上で、浅い呼吸を繰り返しながら、かろうじて言葉を紡いだ。
「……いえ。あまり。相変わらず、です。すぐに、疲れます。」
「そうか。」
医者の指が、キーボードを数回叩く。
「夜の、あれは。まだ、続いているのか。かんむり座グレートウォールの方向を見るのは。」
「……はい。毎晩。」
「『もがく断片』は、まだ見えるか。」
「日によります。……すごく、疲れた日は、見えます。昨日みたいに、少し、マシな日は……あまり、見えません。」
「ふむ。」
医者は、その答えに、深く頷いた。
(やはり、脳の疲労度と、せんもうの発生頻度は、強く相関している)
彼の内面では、その現象が「せんもう」であるという診断が、より強固なものになっていた。
「だが、見えるにせよ、見えないにせよ」
医者は、そこで初めて、ディスプレイから彼女へと視線を移した。
「君は、あの暗黒を見続けることを、やめないわけだ。」
「……はい。」
「なぜだ? せんもうが見えるのなら、不快だろう。別の方向――例えば、もっと星が綺麗な場所でも、見たらどうだ。」
それは、純粋な、観察者としての疑問だった。 なぜ、この個体は、エラーが発生する可能性のある、その一点だけを、固執して見続けるのか、と。 彼女は、その問いに答えるために、自分の、あの夜の感覚を、必死に、言葉に変換しようと試みた。
「……星が、綺麗な場所は……だめなんです。」
「だめ?」
「はい。あの……明るい星は……」
彼女は、第一章の夜、あの青白い星の光に網膜を刺された、あの痛みを思い出していた。
「まぶしい、んです。ただ、そこにあるだけなのに、すごく、強くて。見てると、こっちが、すり減っていくみたいで……疲れるんです。」
「疲れる。」
医者は、その言葉を、興味深く反芻した。
「でも」と彼女は続けた。
「あの、暗い場所は……。何も、してこない。光も、形も、押し付けてこないから」
「だから?」
「……だから、楽なんです。あそこだけが、わたしを、疲れさせない場所なんです。」
明るい星は、疲れる。 暗い場所は、楽だ。 彼女が、自らの体験から導き出した、その単純な「感覚」。 その言葉を聞いた瞬間、医者の脳裏で、いくつかの物理学的な事実が、カチリ、と音を立てて組み合わさった。
(明るい星。つまり、自ら核融合で燃え盛り、莫大なエネルギーを周囲に放出している、恒星) (暗い場所。つまり、彼女が本能的に避けた、それらの恒星が、視界にほとんど入らない領域)
医者の口元が、ほんのわずかに、緩んだ。 それは、美しい数式を見た時のような、知的な満足感から来る、笑みだった。
「……なるほどな。」
医者は、彼女のその感覚を、診断として、そのまま受け入れた。
「君の身体は、非常に、正直だ。」
彼は、ディスプレイに向き直ると、カルテに最後の所見を打ち込み始めた。
「君が『疲れる』と言った、あの、夜空でぎらぎらと光っているもの。あれは、ほとんどが、自ら燃えている『恒星』だ。太陽と同じ、ガスの塊だ。」
「……恒星。」
「そうだ。それに対して、君が『楽だ』と言って選んだ、あの暗黒。そこは、『恒星』がほとんど見えない場所だ。」
彼は、そこで、わざと、言葉を切った。
「そして、その『見えない』場所の奥に、かんむり座グレートウォール――銀河の壁――という、『見えないけれど、確かに存在している』構造が、潜んでいる。」
医者は、彼女に、一つの「対比」を、静かに提示した。
一つは、自ら光り輝き、エネルギーをまき散らし、肉眼で「見えている」が、彼女を「疲れさせる」星々。
もう一つは、肉眼では「見えない」が、そこには、宇宙最大の構造が「存在している」、彼女を「疲れさせない」暗黒。
その対比が、何を意味するのか。 医者は、まだ、それ以上は語らなかった。 彼の頭の中には、次の雑談のテーマが、すでに決まっていた。 (恒星は、自ら燃えるからこそ、寿命が短い) (そして、最期は、周囲を派手に巻き込んで、死んでいく) (だが、あの暗黒の側にいる、見えない星々は――)
「いいだろう。」
医者は、診察の終了を告げた。
「君の身体が、その暗黒を『治療』として選んでいるのなら、私がそれを止める理由はない。続けなさい。」
その言葉は、医者から彼女への、初めての、明確な「肯定」だった。 彼女は、車椅子の上で、小さく頷いた。 「見えている、明るい星」と、「見えないけれど、存在している、暗い場所」。 その、医者が置いていった対比が、次の夜、彼女が暗黒を見つめる時の、新しい「問い」として、彼女の中に、深く、静かに、横たわった。
治療は、終わらなかった。 季節が、病室の窓の外で、その薄い皮膚を一枚、また一枚と剥がしていく。 彼女の疲労は、もはや「波がある」という生やさしい段階を過ぎ、常に、干潮のまま、底に張り付いていた。 蓄積。 その言葉が、最も、しっくりときた。 日々の、わずかな、しかし、確実な消耗。 それが、借金のように積み重なり、彼女の存在そのものを、利子と共に食いつぶしていく。
日中は、拷問だった。 以前は、まだ「耐える」ことができた。 だが、今は、違う。 刺激が、彼女の神経を「すり抜けて」いく。 看護師が、体温計を差し出すために、彼女の脇に、そっと、触れる。 手袋をした手が、患者の弱々しい腕にある医療センサーをそっと調整する。それは、昼間の刺激が持つ、臨床的でありながら侵襲的な性質を象徴していた。 その、人肌の、わずかな温度と、衣擦れの音。 それが、まるで、高圧電流のように、彼女の全身を駆け巡り、脳天で、火花を散らす。
「……っ!」
声にならない、痙攣(けいれん)にも似た、呼気が漏れる。
「大丈夫ですか? 寒かった?」
看護師の、気遣う声。 その「声」という、空気の振動が、耳の奥で、割れたガラスの破片となって、鼓膜を突き破る。
「だ、いじょ……ぶ、です……」
その一言を返すために、彼女は、自分の、なけなしの生命力を、スプーンで、ごしごしと、削り取らなければならなかった。 もう、エネルギーの「予算」を組む、などという、高度な管理は、不可能だった。 触れられるだけで、音がするだけで、光が目に入るだけで、彼女は、破綻した。
だから、夜。
消灯時間が、訪れる。 主照明が、落ちる。 廊下の足音が、消える。
その瞬間、彼女は、溺れていた人間が、ようやく、水面に顔を出した時のように、必死に、息を吸い込んだ。 (……は、……は、……) 浅く、速い呼吸が、止まらない。 日中に、身体の芯まで染み込んだ、あの「刺激の毒」が、汗と一緒に、じわりと、シーツに染み出していく。 彼女は、震える指で、リクライニングのスイッチを押した。 いつもの、角度へ。 枕に、頭を、沈める。
そして、視線を、窓の、あの隙間へと、向ける。
そこには、彼女の、唯一の、場所があった。 星のない、空白地帯。 かんむり座グレートウォールが、潜む、方向。
視線を、そこに、固定する。
(……ああ…………)
何も、要求されない。
この暗黒は、彼女に、触れてこない。 音を、立てない。 光で、刺さない。 「大丈夫か」とも、「頑張れ」とも、言わない。
ただ、そこにある。
彼女の、すり減り、破綻し、痙攣(けいれん)する神経が、この、完全な「無」と、触れ合った瞬間。 まるで、熱湯に、氷を、入れた時のように。 ジュウ、と、音を立てて、彼女の中の、痛みが、わずかに、鎮まっていく。
これは、もはや、依存だった。 治療でも、娯楽でも、ない。 これなしでは、彼女は、明日、いや、あと一時間、正気を、保つことが、できない。
彼女は、その暗黒に、すがるように、見入った。
そして、それは、現れた。
疲労が、頂点に、近いからだろう。 あの「もがいている断片」は、今夜は、これまでになく、はっきりと、そして、頻繁に、現れた。
暗黒が、みみず腫れのように、もぞ、と、隆起する。 黒が、さらに、濃い黒となって、ねじれる。 ひきつる。 うごめく。
以前は、まだ、その動きに、間(ま)があった。 だが、今夜は、違う。 まるで、沸騰している、黒い、粘度の高い、液体だ。 あちこちで、断片が、生まれ、もがき、そして、消えていく。
もし、これを、数週間前の彼女が、あるいは、健康な人間が、見たとしたら。 きっと、恐怖で、叫び声を、上げていたかもしれない。
だが、今の彼女は。 疲労の、その、一番、底に、いる彼女は。
それを、怖いとは、感じなかった。
(……ああ、……また、やってる)
ただ、そう、思った。
それは、自分の、腕の、震えを、眺めるのと、同じだった。 あるいは、自分の、浅い、呼吸音を、聞くのと、同じだった。
これは、「そう見える」だけのことだ。
これが、医者の言う、脳の「せんもう」なのだろう。 これが、自分の、スカスカになった「暗喩」なのだろう。 これが、あの「グレートウォール」の、「宇宙の事実」なのだろう。
どれでも、いい。
怖くはない。 なぜなら、この「もがき」すらも、彼女に、何も、要求してこないからだ。
それは、ただ、もがき、うごめいているだけ。
彼女は、その、自分の一部なのか、宇宙の一部なのか、あるいは、ただのバグなのかも、分からない、その「黒い沸騰」を。 自分を、疲れさせない、唯一の「風景」として。 ただ、ぼんやりと、夜が、明けるまで、見つめ続けていた。
その日の診察は、彼女の疲労が特に色濃く、頂点に近い日の夕刻に行われた。 医者は、ベッドサイドで彼女の瞳孔にペンライトを当て、その反応が昨日よりもわずかに鈍くなっていることを確認した。 彼女は、その光の刺激だけで、意識が数秒間、白く飛び散るのを感じていた。
「……っ……」
医者がペンライトを消すと、彼女は、まるで拷問から解放されたかのように、荒い息を吐き出した。
「……まぶし……」
かろうじて、それだけが、声になった。
「光が、だめです……。もう、何も、かも……」
医者は、その反応を冷静に観察しながら、カルテ端末に指を滑らせた。
「光過敏が、昨日より亢進(こうしん)しているな。」
「……わたしは……もう、暗いところしか、見られない……」
彼女の視線は、まだ明るさが残る窓を拒絶するように、固く閉じられていた。
「夜、に、なって……あの、暗い場所だけ……。あそこだけが、いい……。明るいものは、もう、こわい……」
彼女は、自分でも、何をこぼしているのか、分からなかった。 ただ、極度の疲労が、彼女の訴えを、幼児のそれのように、単純な「快・不快」のレベルまで、退行させていた。
医者の指が、端末を操作するのを、ぴたりと、止めた。
彼は、目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返す彼女を、数秒間、無言で見つめていた。 そして、彼が、口を開いた。 その声は、いつも通りの、体温の低い、臨床医の声だった。 だが、その内容だけが、違っていた。
「……君のその感覚は、正しい。」
「……え……?」
「君が『こわい』『まぶしい』と言った、あの、夜空で光っているもの。あれは、恒星だ。自ら燃えている、ガスの塊だ。」
医者は、まるで、講義の続きを始めるように、淡々と、事実を述べ始めた。
「君たち人間は、星、という言葉を、ロマンチックな意味で使いすぎる。だが、物理現象としての恒星は、ただ、ひたすらに、暴力的だ。」
「……ぼうりょく……」
「そうだ。核融合という、凄まじい爆発を、何十億年も続け、そのエネルギーを、光と熱として、無差別に、周囲に、まき散らしている。君が『まぶしい』『疲れる』と感じたのは、君の身体が、その『暴力性』を、本能的に、正しく、感知したからだ。」
医者は、そこで、言葉を切った。
「そして、何よりも。」
彼の声のトーンが、わずかに、低くなった。
「あれは、寿命が短い。」
その言葉に、彼女は、思わず、薄く、目を開けた。
「我々が、夜空で『明るい』『美しい』と認識できる星ほど、そうだ。大きく、明るく、派手に燃えている恒星ほど、その燃料の消費は、激しい。あっという間に、使い果たす。」
「……。」
「それに、比べて、だ。」
医者の視線が、彼女の視線を追うように、窓の外、あの「かんむり座」の方向へと、向けられた。
「君が、唯一『楽だ』と、選んだ、あの暗黒。星のない、空白地帯。」
医者は、彼女に、言い聞かせるように、続けた。
「あそこには、確かに、恒星は、少ない。だがな。あそこは、恒星以外のものが、集まる場所だ。」
「恒星、以外……?」
「そうだ。例えば、惑星だ。」
医者は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、続けた。
「惑星は、自ら、燃えない。光らない。ただ、恒星の光を、反射するだけだ。エネルギーの消費が、ない。だから、恒星が、その派手な一生を終えて、爆発し、死んでいった、その、ずっと、ずっと、後まで。惑星は、冷たいまま、そこに、残り続ける。」
医者の言葉が、彼女の、疲労した脳に、ゆっくりと、染み込んでいく。
「あるいは、もっと、別のものだ。」
医者の声が、核心に、触れた。
「君が見えないだけで、あの暗黒の中にも、恒星は、無数に、存在する。ただ、君が『まぶしい』と感じた、あの、派手な星とは、種類が、違うだけだ。」
「……違う……?」
「赤色矮星(せきしょくわいせい)。聞いたことは?」
彼女は、かぶりを振った。
「太陽よりも、ずっと、ずっと、小さく、暗い星だ。暗すぎて、我々の肉眼では、まず、見えない。だが、宇宙で、一番、ありふれた星だ。」
医者は、彼女の、その、開かれた、瞳を、まっすぐに、見つめ返した。
「そいつらは、派手に、燃えない。エネルギーを、ちびり、ちびりと、信じられないほど、効率よく、使う。だから、寿命が、桁違いに、長い。」
「……桁違い……」
「ああ。我々が知る、あの『明るい星』の寿命が、せいぜい、数億年、数十億年だ。だが、あの、見えない、暗い星は。……一兆年、あるいは、それ以上だ。宇宙が終わるまで、そこに、残り続ける。」
医者は、そこで、一呼吸、置いた。 彼は、彼女を「説得」していた。 彼が、唯一、使える、武器で。
「君が、選んだ、あの場所。」 「かんむり座グレートウォールの方向。あの、星のない、暗黒。」 「あそこは、『派手に燃えて、すぐに死ぬもの』が、いない、場所だ。」 「そして、『見えないけれど、とてつもなく、長く残れる星が、静かに、潜んでいる』場所だ。」
彼女は、息を、飲んだ。
「……勘違いするなよ。」
医者は、彼女の表情が、変わったのを、敏感に、察知し、即座に、釘を刺した。
「これは、物理学と、宇宙論の話だ。君の『運命』だの『魂』だのといった、非科学的な、神秘主義の話では、断じて、ない。」
彼は、自分が、最も、嫌う、あの「線引き」を、再び、彼女の、目の前に、引いてみせた。
「だが」と、彼は、続けた。
「君の、消耗しきった、身体が。」 「自ら、あの『派手で、短命なもの』を、拒絶し。」 「あの、『地味で、長命なもの』が、潜む、暗黒を、『楽だ』と、選んだ。」 「……その、生体反応としての、選択は。」 「私が、医者として、見ても。……非常に、合理的で、そして、美しい、と、思う。」
医者は、それだけを、言うと、彼女の、肩まで、滑り落ちていた、シーツを、そっと、首元まで、引き上げた。
「今日は、もう、休め。」
その、指先は、相変わらず、冷たかった。
医者が去った後、病室には、彼が置いていった言葉の「事実」だけが、ずしりと重く残っていた。 「短命なもの」と、「長く残れるもの」。 「合理的で、美しい、選択」。
その夜。 彼女は、いつものように、あの暗黒へと視線を向けた。 だが、その時の、彼女の心持ちは、昨日までとは、まったく異なっていた。
今までは、そうではなかったか。 自分は、光から「逃げている」のだと。 日中の、あの、暴力的なまでの刺激。 看護師の声、窓からの光、治療の痛み。 健康な人間たちが、当たり前に、享受し、まき散らしている、あの、派手な「エネルギー」。 それに、耐えられない、自分は「弱者」だと。
だから、この、暗黒。 この、何もない、星のない、空白地帯。 ここは、自分のような、弱者が、かろうじて、息を潜めることを、許された、唯一の「逃避先」なのだと。
(……違ったんだ)
彼女は、暗黒を見つめながら、医者の、あの、冷たい、講義を、反芻(はんすう)していた。
(わたしは、逃げていたんじゃ、ない) (わたしは、「選んで」いたんだ)
彼女の身体が、本能が。 あの、ぎらぎらと、派手に燃え盛り、自らのエネルギーを、無差別に、まき散らし、そして、あっという間に、燃え尽きて、死んでいく、「短命なもの」たちを。 「こわい」「疲れる」と、正しく、拒絶していた。
そして。
自ら、この、暗黒に。 光らず、燃えず、誰にも、気づかれないまま、しかし、一兆年という、途方もない、時間を、静かに、生き続ける、「長く残れるもの」たちが、潜む、場所に。 自ら、目を、向けていた。
彼女の、この、視線は。 敗北や、逃避では、なかった。 それは、彼女の、すり減り、枯渇しきった、身体が、選び取った、最も、合理的で、そして、美しい、「生存戦略」だった。
その、新しい、解釈の、光を、当てて、見た、時。
彼女を、今まで、曖昧に、包んでいた、あの、三つの、霧が、一つの、形を、結び始めた。
あの「もがいている断片」は、何だったのか。
あれは、医者の言う、疲れた脳の「せんもう」だったのか。
あるいは、スカスカになった、自分自身の、苦しい、呼吸。その「暗喩」だったのか。
それとも、あの、肉眼では、見えない、グレートウォールという、「宇宙の事実」そのもの、だったのか。
(……どれでも、いい) 彼女は、そう、思った。
「せんもう」だとしても。 「暗喩」だとしても。 「宇宙の事実」だとしても。
今や、それらは、すべて、同じ、意味を、持っていた。
あの「もがき」は、病気の、苦しみでは、ない。 あれこそが、「長く残れるもの」たちが、放つ、静かな、生命の、活動、そのもの、なのだ。 派手に、燃え上がる、輝きでは、ない。 ただ、ひたすらに、地味に、暗く、うごめき、ねじれ、しかし、確かに、「存在し続ける」ための、エネルギー。
そして、自分。
この、スカスカになった、思考と、肉体。 これは、「空っぽ」なのでは、ない。
(わたしも、あっち側、なんだ)
派手に、燃え上がり、数週間で、劇的に、回復し、退院していく、あの「明るい」人たちとは、違う。
自分は、暗い。 光らない。 誰にも、気づかれない。 ただ、この、ベッドの上で、かすかな、呼吸と、せんもうの、断片を、もがかせている、だけ。
だが、それでも。
(わたしは、まだ、ここに、いる)
この、長く、長く、続く、治療。 この、終わりの、見えない、疲労。 この、耐えて、耐えて、耐え抜く、しかない、時間。
星のない、空白地帯。
彼女の中で、その、暗黒の、意味が、完全に、反転した。
あそこは、もう、逃避先では、ない。 あそこは、自分が、これから、耐えていく、この、膨大な、時間の、象徴だ。
自分が、今、見つめている、この、暗黒。 それは、自分自身が、これから、生きるべき、時間の、姿、そのもの、なのだ。
彼女は、その、暗黒を、初めて、美しい、と、思った。
それは、星々の、あの、刺すような、美しさでは、ない。
ただ、ひたすらに、長く、続き、すべてを、内包し、そして、決して、終わらない、暗黒そのものの、美しさだった。
医者が去った後、病室には彼が置いていった言葉の「事実」だけがずしりと重く残っていた。 「短命なもの」と、「長く残れるもの」。 「合理的で、美しい、選択」。
その夜。 彼女はいつものようにあの暗黒へと視線を向けた。 だが、その時の彼女の心持ちは昨日までとはまったく異なっていた。
今まではそうではなかったか。 自分は光から「逃げている」のだと。 日中のあの暴力的なまでの刺激。 看護師の声、窓からの光、治療の痛み。 健康な人間たちが当たり前に享受し、まき散らしているあの派手な「エネルギー」。 それに耐えられない自分は「弱者」だと。
だからこの暗黒。 この何もない星のない空白地帯。 ここは自分のような弱者がかろうじて息を潜めることを許された唯一の「逃避先」なのだと。
(……違ったんだ)
彼女は暗黒を見つめながら医者のあの冷たい講義を反芻(はんすう)していた。
(わたしは逃げていたんじゃ、ない) (わたしは「選んで」いたんだ)
彼女の身体が本能が。 あのぎらぎらと派手に燃え盛り、自らのエネルギーを無差別にまき散らし、そしてあっという間に燃え尽きて死んでいく「短命なもの」たちを。 「こわい」「疲れる」と正しく拒絶していた。
そして。
自らこの暗黒に。 光らず燃えず誰にも気づかれないまま、しかし一兆年という途方もない時間を静かに生き続ける「長く残れるもの」たちが潜む場所に。 自ら目を向けていた。
彼女のこの視線は。 敗北や逃避ではなかった。 それは彼女のすり減り枯渇しきった身体が選び取った最も合理的でそして美しい「生存戦略」だった。
その新しい解釈の光を当てて見た時。
彼女を今まで曖昧に包んでいたあの三つの霧が一つの形を結び始めた。
あの「もがいている断片」は、何だったのか。
あれは医者の言う疲れた脳の「せんもう」だったのか。
あるいはスカスカになった自分自身の苦しい呼吸。その「暗喩」だったのか。
それともあの肉眼では見えないグレートウォールという「宇宙の事実」そのものだったのか。
(……どれでも、いい) 彼女はそう思った。
「せんもう」だとしても。 「暗喩」だとしても。 「宇宙の事実」だとしても。
今やそれらはすべて同じ意味を持っていた。
あの「もがき」は病気の苦しみではない。 あれこそが「長く残れるもの」たちが放つ静かな生命の活動そのものなのだ。 派手に燃え上がる輝きではない。 ただひたすらに地味に暗くうごめきねじれしかし確かに「存在し続ける」ためのエネルギー。
そして自分。
このスカスカになった思考と肉体。 これは「空っぽ」なのではない。
(わたしもあっち側、なんだ)
派手に燃え上がり数週間で劇的に回復し退院していくあの「明るい」人たちとは違う。
自分は暗い。 光らない。 誰にも気づかれない。 ただこのベッドの上でかすかな呼吸とせんもうの断片を もがかせているだけ。
だがそれでも。
(わたしはまだここにいる)
この長く長く続く治療。 この終わりの見えない疲労。 この耐えて耐えて耐え抜くしかない時間。
星のない空白地帯。
彼女の中でその暗黒の意味が完全に反転した。
あそこはもう逃避先ではない。 あそこは自分がこれから耐えていくこの膨大な時間の象徴だ。
自分が今見つめているこの暗黒。 それは自分自身がこれから生きるべき時間の姿そのものなのだ。
彼女は、その暗黒を初めて美しいと思った。
それは星々のあの刺すような美しさではない。
ただひたすらに長く続きすべてを内包しそして決して終わらない暗黒そのものの美しさだった。
…薬の痺れが治まってきた、昼間に屋上に出てみたところ、天体観測が出来ないことに気付いてやっぱり薬が残ってるかもしれないと、自分を笑った。
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完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
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タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

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