ファットマンズアフタースクール

ぴえ

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第一章 正常性バイアス

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「お疲れ様でしたー」
「おーう、ゆっくり休めよー」

 事務所でタイムカードを切って、まだ残っている社員さんに声をかけると労いの声が返ってきた。何気ない言葉だけど、少しだけ嬉しい。良い職場だと素直に思う。バイト目線だけど。ヒメコさんと社員さんの言っていたとおり、明日と明後日は休み。ゆっくり休もう。

 外に出ると真っ暗で夏の主役の太陽は見る影もない。その代わり、その存在を残すように日中の熱が夜に吸収されているようで蒸し暑い。シャワシャワとうるさかったセミの声も全く聞こえない。たぶん鳴き疲れたんだろう。頑張りすぎると疲れるよね、解る、解る。

 夜の帰り道を重い身体を引きずって歩く。とりあえず、十連勤クリア。その前にもそこそこ長時間のシフトを頑張ったから、そこそこのバイト代を得たわけだ。帰り道には同級生や大学生ぐらいの男女が楽しそうに一緒にいるのが見える。もちろん、男同士や女同士でうるさい場合も。まぁ、それでも男女のグループに視線がいくのは僕も年相応に恋愛とかに興味があるからだ。

 同級生で好きになるとしたら誰だろう? 疲れた頭で考えてみる。真っ先に浮かんだのは――棗真白だ。けど、浮かんだ瞬間に頭を振ってしまう。違う、違う。恐れ多い。あれは好き、というか憧れみたいなもんだと思う。真っ直ぐで正しい彼女。そんな彼女にあのとき――カウンセリングのとき、優しくされて、真っ直ぐに自分のことを見てくれたから、自分のことを本当に考えてくれたから、言って欲しい言葉をくれたから、それが嬉しかったから……好き、とか勘違いしたんだろうな。

 というかさ、こんな将来に有望さのカケラもない男を彼女が好きになるはずがない。彼女以外の同級生だって、その他の女子だって同じだ。こんな男を――

 あれ? 僕は何でこんなに頑張っているんだろ?
 金の為? そうそう、金の為だ。というかさ、金の為だったらさ、僕に生命保険でもかけてくれないかな?

 上手に死んでみせるから。

 そしたら大金ゲット。弟も妹も大学に通える。母さんも働く必要がなくなるかも。家族も安定した生活ができる。万々歳だ。僕が望む幸せまでのショートカットだ。

 駄目かな? 高校生に生命保険ってかけれないのかな?
 駄目かな? 死んだら悲しむかな? 
 もし、生命保険がかけられたとしても上手く死ねなくて保険金がおりなかったら家族は悲しむかな?
 あれ? 悲しむよね?
 金が手に入らないから。大学に行けなくなるから。
 あれ? 僕の人生ってこんなんだっけ? いつからだっけ?
 
 そこまで考えて、両頬を叩く。

「駄目だ、疲れてるとネガティブになりすぎる。帰って寝よ。昼まで寝る、決定」

 溜め息交じりにそう呟いて、僕は家に向かって歩いて行く。その間も夏休みを満喫している若者達とすれ違う。特に今通っているところは学校の近くの繁華街だから知り合いの一人や二人はいるかもしれない。普段は知り合いと会いたくないから少し遠回りして帰るんだけど、今日は疲れているから最短距離で帰りたい。もし知り合いに会ったとしても体調が悪い、と言ってさっさと去ればいい。
 というのは安易な考えで、そんなことを考えているときに予想外というのはやってくる。

「放して!」

 聞き覚えのある声に、少しざわつく繁華街。僕はその声に反応して、見た先に――

 素行の悪そうな男達に腕を捕まれている棗真白がいた。
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