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第二章 あいまいみー

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 まぁ、実際、俺の考えは少々甘かった。
 というのも、もう少し簡単に、上手くいくものだと思っていたんだ。
 何が、上手くいかないかって?
 それは、数秒先が見える俺は異常だろうけど、身体の反応は常人だったってこと。言葉にすれば考えなくても解るような単純なこと。いや、解ってはいたけど、俺自身としてはもう少しだけ簡単に、少しでも練習すれば対応できるものだと思っていたんだ。

 それを知ったのは入会してから一ヶ月ぐらいたったときだった。
 基礎を学んで、ある程度動けるようになったとき、ジムの先輩とスパーリングをする機会があったんだ。その結果が散々。
 数秒先のパンチやキックの軌道が見えても避けれない。遊ばれるように、怪我をしない程度に殴られ、蹴られて――確信した。

 俺の考えは間違っていない。

 だって、見えてはいるんだ。あとは対処の仕方を学び、体得するだけだ。
 俺は知ることに特価するだけで良いんだ。
 攻撃の仕方を、防御の仕方を、知る。まずはそこを平均並にすれば十分に戦える。
 だって、相手の攻撃を読んだり、経験による勘だったり、そういうのは培う必要がない。だって、見えているんだから。
 俺はただ対処の仕方だけを知っていき、そこそこ動ければ、十分。

「お前、センスあるよ」

 基礎的な動きをある程度習得して、度々行われるスパーリングやミット打ちで、相手の攻撃を能力で読み、対応できるようになったとき、そんな言葉をかけられた。
 吉見さん、というトレーナーだった。俺が知る限りで、このジムで一番教え方が上手くて、一番輝かしい経歴をもっている人。確か、日本チャンピオンだったかな? 階級とか細かい部分までは知らないけど。
 上背があって、手足が長くて、プロだったのに顔にその歴戦の跡なんかは感じられない三十代後半ぐらいの吉見さんにそんな言葉をかけられたとき、

「そんなことないっすよ」

 と、俺は苦笑いと一緒に素っ気なく返した。
 内心は俺の能力に気づかれたのかと思って少し焦ったけど。まぁ、きっと俺以外には理解もできないだろうし、違和感を持ったとしても、それはやはりセンス、という曖昧な言葉で片づけられるんだろう、この世界では。
 俺も、持って生まれたものではないし、後発的に突然気づいたことだけど、やっぱり、これは能力って言葉よりセンスっての方がしっくりくる気がするし、この世界では。

「本格的にプロを目指すなら絶対、俺が指導したい」

 素っ気なく返したのに、吉見さんの俺への興味は抑えられなかったらしい。
 二、三日間を空けてから来たジムでは、吉見さんがそんなことを、よく言っていたそうだ。吉見さんが現役を退き、指導者となってからそんなことを言うのは初めてらしくちょっとしたニュースだったらしい。このジム内だけど。
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