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第八章_一日前

一色_8-5

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「彼方、油断するなよ」
「此方、油断するなよ」
 彼方と此方は同時に立ち上がり、同時に互いに言葉をかける。そして、自身のダメージを確認し、問題のないことをアイコンタクトで交わすと、合図もなく同時に一色に向かって駆けて来た。
 彼方と此方が得意な攻撃はスピードを活かした、双子ならではの複雑なコンビネーションだった。それは阿吽の呼吸で繰り広げられ、互いに次に何をするのか言葉なく理解し、攻撃を繰り出していく。

 ――さすが天使の部下やな

 一色は次々に襲い来るナイフの刃と二人の体術を捌きながらも後退させられていく。器用に対応していくが、それでも全ての攻撃を回避することは不可能だと悟ると、一部の攻撃を受け入れる。ナイフは掠める程度、打撃はフェイントなら無視、実際に当たったとしても急所でなければフィジカルの強さで耐える。その取捨選択ができれば、彼には余裕が出来た。

 ――そろそろやな

 攻撃を捌きながらも、一色は冷静だった。生まれた余裕から、充分に状況を把握することもできている―― 一方で彼方と此方は仕留められない焦り、そして、連撃による疲労が積み重なっている。
 そうなると、彼等には数回だが決まった攻撃パターンがあり、二人は無意識でそれを選んでいることが一色には解った。次にそのパターンになったときに……

 ――ここや!

 それは彼方が中段への打ち下ろすような跳び蹴り、此方がナイフを下から低い態勢から振り上げる攻撃だった。上下の同時攻撃は、人は対応しにくい。さきほどまではバックステップで避けていたが既にタイミングを掴んだ一色は対応を変えた。
 上段の打撃は掠める程度のギリギリでスウェーで避けて、下からのナイフにはその手首に自身の足先を添えて、強制的に軌道を変えてみせた。すると、ナイフは彼方のふくらはぎに刺さった。
「いぎっ!」
「なっ!」
 二人は動揺したが、一色からすれば想定通りの結果だ。なので、次の行動も彼の方が速い。彼は右手に持っていた警棒をフルスイングし、此方の側頭部を殴り、その勢いで吹き飛ばす。そして、今度は苦痛の表情を浮かべる彼方へと接近し、タックルで弾き飛ばした。
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