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おとうちゃんのもんもん
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梅雨の初めの雨はとても寒くて、せっかくの夏服をもう一度しまい、改めて大布団の重さと温かさを知るようなそういう日でした。
二階に上がると、毛布の端切れから禿げ頭が見えたので、
「とうちゃん、おきい」
って、自分の小さい柔い足で、足蹴りにして禿げ頭のじょりじょりを確かめようと思ったら、うつむいて寝ていた体がばっと、起きたのでくるくるとその場でバレリーナ踊りをしてみせてしまいました。
珍しく、とうちゃんがまっぱだかだったので、うすぼんやりとした目つきでおとうちゃんをみつめていました。へその周り意外腕から足まで青緑の全くよくわからない墨が入っています。美術は得意でしたが、いまだにその模様が全く思い出せません。ほんとうに、腹回りのへそまわりがよく見える柄だと思っているだけでしたが、ささっと下着を取って着られてしまったので、他にすることもないので部屋の毛布の上でぼんやりと中二階の桟敷席模様の映写器入れが開いているのを観ていました。
流行りものが大好きなのに、御大層な映写機が使われることのない部屋で昨日は楽しかったのだろうなと感じました。
「どした」
「水漏れ、うちはとうちゃんが土間から勝手口までビニール貼ってくれたからプールになっているけど、隣のスナックのお店も同じように水浸しになっているのが聞こえてきたからたぶん、そこら中。でも水は、透き通ったような感じだからどぶ臭くはない。排水ができん」
「そおか」
その時、奥座敷から全く知らない若造がヘラヘラとわたしを見つめていたので、気味が悪くてむっとなったのを父ちゃんに見られたため、「わし、帰る」って出ていきました。
「ありゃ、わしん子よ。一番末」
って言っているのを言ってくれていたらいいなとか、思いつつも、もう、この座敷家から切り立つような崖を降りて水道橋の向こうの家まで行くのが大儀ぃだとどこかで近道を探しては崖を獣のように降りることをしていました。
「ありゃあ、わしんこで、わしに似てなくてな。まあ、足は速いし、身は軽いんじゃが、それだけのことよ」と、いつもとうちゃんはいうのでした。それだけのことよ。
すぐにいごいごとして、落ち着きがない。へくさかに歩くことも多いので、捕まえにくい。
わたしは、人の家の犬走り道を通り、細道を抜け、崩れかけてはトタンを張り替えたいびつな通りを抜け、金持ち寺の裏まで来て、少しばかり息を整えました。
『十字路を曲がったら相手はくるりと身を返す。それがコソ泥だ。獣もうすのろも同じようなことをする、だから見失うというのは大間違い、見えていて見えていない』とうちゃんは怖い怖いと人が変わり身をする様子を指示してくれます。それは映画のことでしょうか、それとも、この無縁仏と墓と崖に見え隠れする歩く魑魅魍魎のことでしょうか。十字路をきゅっと曲がるたびに人が般若になったり、獣になったり埴輪になったりする変な道を誰にもすれ違わず、歩き通り抜けるのです。
よかった、今日はフードのある服を着ている。と、わたしはモモンガのように飛んだりできるのも、体がとても小さいことと、体がとても軽いことでできたのです。
やがて、最後の緩くてキツイ舗装された下り坂に降りたときに「盗人」という声とわたしを前を走っている見た目に行商っぽい古風な背負い筒を肩に下げている男が、がに股なのに急ぎ足で走っているのです。
「ありゃあ、正義感がつぇえが、自分がどんだけ大したことじゃないか、世の中を知らんのよ」と、よくとうちゃんが言うのです。
わたしも、世界を回ってみたいと思いました。
盗人に飛びついたときに、体で一回転したので、両足の膝に擦り傷が出来てしまいました。『やっぱりな』と、わたしは落胆したのです。
「わたしは、探偵志望です。向かいのビルディングで下働きをしています」
盗人は、すぐに捕らえられて警察に連行されましたが、警察もわいろで繋がっていたので、うやむやになってしまったらしいのです。
とうちゃんは、上に住めば済むほど貧乏な国もあるんだと教えてくれたり本で屋根裏の間借りを読んだりしていました。そして、子どものころ一度だけ、とうちゃんに抱っこされたときに大汗をかいた玉のような汗は、墨の色がしていないのがすごく不思議で「なんで色が出んの」と聞いたことがあります。
とうちゃんにはその意味は通じませんでしたが、
「汗が出る仕事の人間はどんなに貧しくて嘘つきでも信用してあげなさい。あれらは、いつか、恩を返してくれるかもしれないからの。恩を売っちゃいけない、懸けてあげるだけでええ。そう言う人らじゃ。汗をかかない人間は死んだ後も墓暴きをされても一族は文句も言えない腹黒さを持つから、相手にするもんじゃない」
「そうか」
「そうよ」
「とうちゃんは汗っかきで良かったの」
「そうか」
「汗っかきだから、とうちゃんはええよ、言うんね」
「そうじゃ、汗は死ぬまでかかないけん」
そういう、夢を見ました。
二階に上がると、毛布の端切れから禿げ頭が見えたので、
「とうちゃん、おきい」
って、自分の小さい柔い足で、足蹴りにして禿げ頭のじょりじょりを確かめようと思ったら、うつむいて寝ていた体がばっと、起きたのでくるくるとその場でバレリーナ踊りをしてみせてしまいました。
珍しく、とうちゃんがまっぱだかだったので、うすぼんやりとした目つきでおとうちゃんをみつめていました。へその周り意外腕から足まで青緑の全くよくわからない墨が入っています。美術は得意でしたが、いまだにその模様が全く思い出せません。ほんとうに、腹回りのへそまわりがよく見える柄だと思っているだけでしたが、ささっと下着を取って着られてしまったので、他にすることもないので部屋の毛布の上でぼんやりと中二階の桟敷席模様の映写器入れが開いているのを観ていました。
流行りものが大好きなのに、御大層な映写機が使われることのない部屋で昨日は楽しかったのだろうなと感じました。
「どした」
「水漏れ、うちはとうちゃんが土間から勝手口までビニール貼ってくれたからプールになっているけど、隣のスナックのお店も同じように水浸しになっているのが聞こえてきたからたぶん、そこら中。でも水は、透き通ったような感じだからどぶ臭くはない。排水ができん」
「そおか」
その時、奥座敷から全く知らない若造がヘラヘラとわたしを見つめていたので、気味が悪くてむっとなったのを父ちゃんに見られたため、「わし、帰る」って出ていきました。
「ありゃ、わしん子よ。一番末」
って言っているのを言ってくれていたらいいなとか、思いつつも、もう、この座敷家から切り立つような崖を降りて水道橋の向こうの家まで行くのが大儀ぃだとどこかで近道を探しては崖を獣のように降りることをしていました。
「ありゃあ、わしんこで、わしに似てなくてな。まあ、足は速いし、身は軽いんじゃが、それだけのことよ」と、いつもとうちゃんはいうのでした。それだけのことよ。
すぐにいごいごとして、落ち着きがない。へくさかに歩くことも多いので、捕まえにくい。
わたしは、人の家の犬走り道を通り、細道を抜け、崩れかけてはトタンを張り替えたいびつな通りを抜け、金持ち寺の裏まで来て、少しばかり息を整えました。
『十字路を曲がったら相手はくるりと身を返す。それがコソ泥だ。獣もうすのろも同じようなことをする、だから見失うというのは大間違い、見えていて見えていない』とうちゃんは怖い怖いと人が変わり身をする様子を指示してくれます。それは映画のことでしょうか、それとも、この無縁仏と墓と崖に見え隠れする歩く魑魅魍魎のことでしょうか。十字路をきゅっと曲がるたびに人が般若になったり、獣になったり埴輪になったりする変な道を誰にもすれ違わず、歩き通り抜けるのです。
よかった、今日はフードのある服を着ている。と、わたしはモモンガのように飛んだりできるのも、体がとても小さいことと、体がとても軽いことでできたのです。
やがて、最後の緩くてキツイ舗装された下り坂に降りたときに「盗人」という声とわたしを前を走っている見た目に行商っぽい古風な背負い筒を肩に下げている男が、がに股なのに急ぎ足で走っているのです。
「ありゃあ、正義感がつぇえが、自分がどんだけ大したことじゃないか、世の中を知らんのよ」と、よくとうちゃんが言うのです。
わたしも、世界を回ってみたいと思いました。
盗人に飛びついたときに、体で一回転したので、両足の膝に擦り傷が出来てしまいました。『やっぱりな』と、わたしは落胆したのです。
「わたしは、探偵志望です。向かいのビルディングで下働きをしています」
盗人は、すぐに捕らえられて警察に連行されましたが、警察もわいろで繋がっていたので、うやむやになってしまったらしいのです。
とうちゃんは、上に住めば済むほど貧乏な国もあるんだと教えてくれたり本で屋根裏の間借りを読んだりしていました。そして、子どものころ一度だけ、とうちゃんに抱っこされたときに大汗をかいた玉のような汗は、墨の色がしていないのがすごく不思議で「なんで色が出んの」と聞いたことがあります。
とうちゃんにはその意味は通じませんでしたが、
「汗が出る仕事の人間はどんなに貧しくて嘘つきでも信用してあげなさい。あれらは、いつか、恩を返してくれるかもしれないからの。恩を売っちゃいけない、懸けてあげるだけでええ。そう言う人らじゃ。汗をかかない人間は死んだ後も墓暴きをされても一族は文句も言えない腹黒さを持つから、相手にするもんじゃない」
「そうか」
「そうよ」
「とうちゃんは汗っかきで良かったの」
「そうか」
「汗っかきだから、とうちゃんはええよ、言うんね」
「そうじゃ、汗は死ぬまでかかないけん」
そういう、夢を見ました。
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