もんもんと汗

ふしきの

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あうんてぃんぐ

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「白飯の日」
 が、いつ決まったのかは覚えていない。
 梅干はありかなしかを黒板で論議するほどの議題でもなかったし、それでわたしが、その可哀そうな貧乏の子のために設けられたココだけの話を便所前で流し聞きして頭に入ってしまったのもよくない行動だと思う。だから、鼻にこすったこぶしと初めて鼻の中が切れて、気持ちの悪い逆流した血の味にむせて、よろけたところに「そこでキックだ」のヤジにむかついたとか、その行動通りにされたけれど、ずっと亀の形になって親指を握りしめるしかなかったこと。「ちびのくせに、むかつく、俺を見て笑ったろ」と言いがかりも甚だしいけれど、その子にとっての唯一のはけ口が噴き出したのを今急に止めても誰もが得をしないのです。
 頭の中で誰かが悲鳴でも上げて、通りかかりの先生を呼ぶなり、奇声や威勢で止めに入るという安易な楽を望んでいたけれど、頭の中で、「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ」と、命の取る急所に親指が入る隙間のカウントをじっと数えながら涙を流していた。
「泣いてやんの」
 の、声が本当に嫌だった。
 足に食いついたらこけて頭打って打ちどころが悪くて死ぬなぁ。とか、転がっている椅子をぶん投げて当てるだけにしたら、教室の誰かに当たってまた、厄介になる。厄介ばかり増える。と、涙が流れて血のよだれが出た。何より悲しかったのは、そのおかげで昼食が全くできなかったことでした。噛めないのと飲み込むので、コーラーの一気飲みした時のようなむせがまた出て、鼻から米粒が落ちたとき、本当に心から泣いたのを見られたくなかったので、夕方の校舎で、ずっと雲梯をしていました。
 上り棒も、登り紐もすきでしたが、鉄棒よりも馬鹿みたいに、雲梯を笑いながらしていたころを思い出しては、一つ飛ばし、二つ飛ばしはできても手が短くて三つ飛ばしだと一瞬だけ両手が離れる恐怖心が出てきて脂汗が乾いては何度も何度も恐怖心と落ちることへの恥に恐れが出てしまい、一つ飛ばし二つ飛ばしばかりしては、笑っていました。「なんでかな、なんで、大きくなれないのかなぁ。なんで、止まるのかなぁ、なんで想像ばかり大きくなるのかなぁ」と、泣くのです。
 夕暮れに帰っても殴られる、夕食がラップに残されているのを見つかっても怒られる、臭い体の匂いもけれど、顔や体の傷は見えていない顔で、叱られる。そしてまた学校で同じことの二度三度蒸し返されて泣かされる、思うだけで涙が出る。「今はまだすることがある。三つ飛ばしを飛び越えてから、そしたら、次に、そしたら次に」

 その日、狸小路の裏で、蝶子という人が無くなっていました。
 センセは、ちょっと現場から離れて、また戻ってきたと思ったら、一輪の花を供えて、深々と黙とうしたと、伝え聞きました。
「夜の蝶さんがなくなられたの。今日までよく生きちゃったね。頑張って生きちゃったんだね」
 と、センセの代わりに泣いてあげるだけでした。
 
 センセの小さいコラムには「小町の俗習の是非について、遺憾に思う。」と、最初にキツイ言葉で分かりやすく丁寧に今の子に読める文章で書いてありました。
 『男は空を翔る一文字、女は大地を駆ける一文字を名に刻む風習がある。それが、木もまた動くという学者論文様の世間一般が伝わりだしてから、色花の可も女名前にはできた』と。よく、年寄りは言い出すモノです。それが、他所では、女児に子をつけるとよいというふんわりとした流行りが定着したように、明らかに慣れとワタシが嫌いな「一般には」から始まる風趣に今是非を問いたい。
 からかいは、軽いものだと主張する者にとって、軽いか重いかの判断は受ける本人の秤でしか量れない、そこに法の下の平等と言えども、自分の判断こそが公明正大と判決を下すのは時期尚早であります。このような議論には時間を要すべきです。

「センセ、昔の人の平均寿命って短いんだね」
「そうだね」
「センセは長生きしてね」
「どうだろう」
「センセ、わたしは長生きしたいな、うんといきて知事から100歳の紅白饅頭を貰って喰いたいの」
「ん、それは、この前の恨み節? 」
「そだよ、センセ、おなかが空いたからって引き出物の紅白饅頭二つとも食べちゃったもん」
「ごめんね」
「そだよ、わたし、法事ケーキが一番嫌いなの。だから紅白饅頭を貰ったら、センセに、赤色あげるからね。だからセンセは、わたしよりも長生きをしないといけないの」
「ものすごく辛い注文だね、それは」


 同じ狸小路の袋地で産まれたじゃない。
 同じ時代を生きているのに、先に先にセンセは歩くから。


 そうだ、これは違うのだ。私の知っている世界に似ているけれど違うのだ。あの橋、あの鉄筋でできた時計台の店はない。事務所も見習いも。だってセンセだけが年を取って、なんでわたしが子どものままなの。

 それでも次の日「あちゃ、今日白飯の日だと思ったわ!」って好きな女子が「水ご飯にして食うのじゃい」って水道のところに行っていたのを見て、ああ、この人って好きやなぁ、って笑っているわたしがいたのです。

 おわり




  
 
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