タコのグルメ日記

百合之花

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I章 始まりの森

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さて、目の前の人間達と敵対するかどうか。

どうも集落ごと叩き潰そうとしてるのか、周辺のゴブリンを殺しながら森奥へ向かう人間達を尻目に思考する。
めがねはムキになってこちらばかり狙ってくるがそこそこ距離が離れていて、軌道は直線。
当たる方が難しいだろう。
他の魔法は無いのかと思うほど炎の玉ばかり撃ってくる。

とにかくだ。
元平和な国出身、日本人としての倫理観はひとまず脇に置き。
僕が楽しく安全に暮らすための選択を取るべきだろう。

すなわち。

「・・・逃げるか。」
「・・・っ!?あ、おいっ!!」

何も喋る生き物がゴブリンだけ、ということもあるまいし、さらに言えば集落だってこの辺のひとつだけということもないだろう。
別にここは諦めてしまえばいいだけの話である。
そもそも僕は所詮タコ。
人間から見ればおいしい食材のひとつに過ぎない。
逆に食べられるかも。

ここで彼らを退けたとしても、彼らの中にあと二回くらい変身を残してる人がいるかもしれないし、追い詰めると秘められた力が開放する主人公体質の人がいるかもしれない。第二第三のめがねがやってくるかもしれない。
下手に敵対することもないだろう。

この世界でも人間という生物が絶滅せずに、わざわざ自身から他種族の住処に特攻をしかけてくるという現状はそれだけで人間がどれだけ幅を利かせているか分かるというものである。

この世界には特別人間を狙ったり、人間じゃまず勝てない生物、すなわち天敵・・・竜とかいないのだろうか?

居たとしてもここまで動けるということはさほど強くないのか、それとも人間達の勢いが強いのか。はたまた人間に興味が無いのか、個体数が少ないのか。

この世界のことをまったく分かっていないんだなぁということを今更ながら実感する。

などと考えてる間に・・・

「・・・情けない。」

背後を振り返るとしつこく追ってきためがね君はいなかった。
ちょっと人間が歩くにはきついだろう獣道をあるいただけでこれである。
もっと鍛えろといいたいね。
いや、鍛えていてずっと追ってこられても困るけれど。
ただ、こっちはゴブリンの体を形作ること自体(・・)がすでに全筋肉5割以上の使用用途である。
すなわちこの体の特徴である馬鹿力も5割以下まで落ち込んでいるというのに。
ちょっと貧弱すぎる気がする。
それともさすがに一匹のゴブリンにかまっていられる状況じゃないことを理解したのか。

「・・・ふぅ。
とりあえず。」

僕が力をこめると腰に巻いてあった擬態に必要が無かった使わない触腕四本を目の前をたまたま走っていた鱗を持ったイノシシ、スケイルボアに叩き込む。
おなじみタコ脚キャノンである。
次の集落へはお土産を持って行ってみる。

そして、わざわざ腰に巻いていた触腕を使ったのには理由がある。

今のゴブリンの姿の腕や足は触腕が擬態したものなので、戦闘に使えると思いきやそうでもない。
ゴブリンの腕と足を再現するということに筋肉の大部分を使っている。ゆえにこれら四本は狩りをする上で欠かせない技術のタコ脚キャノンが使えないどころか、必要最低限、ゴブリンとしての動きを再現する力しか無いのである。使えたとしても極端に威力が低い。

何が言いたいかと言うと、結局あの場で人間を倒すのは不可能だったということだ。
擬人化ではなくあくまでも全身の筋肉を使った擬態化だからこそ、タコ形態‐‐名づけてオクトパスフォームに戻らないと本気が出せないし、ゴブリン形態のまま戦うとしたら、少なくとも毛皮で隠してある腰に巻かれた触腕。
これを使わなければ勝てなかっただろう。

当然そんな存在がゴブリンであるはずなど無く。
ゴブリン達とは溶け込めず、人間達に絡まれる原因を作る要因に。
結局僕の一番の目的であるコミュニケーションは取れなかったと思われる。

さっさと他のゴブリンの集落を探すとしよう。


☆ ☆ ☆

「ん?」
「はい、それが最近ゴブリンに殺されたと思われる冒険者が増えておりまして・・・」
「予想以上だな。」

ここはタコが住む森からちょっと離れたところに作られた街。
そこの冒険者組合、『はじまり』支店である。
冒険者組合は本部が王都に存在し、そこから各地に点々と存在する組織で、主な活動は冒険者のサポートである。
この世界における冒険者の定義とはあちこちを開拓したり、貴重な自然資源の発見と回収、危険と思われる魔獣を駆除して地域の安全化を図る人たちのことを言っていたのだが、最近では商人の護衛や街の雑用仕事、そういったことを厳しい開拓依頼の骨休みとして、小遣い稼ぎとしてやる人間が増えてきたため、そういったことを専門にする人のことも冒険者と呼ばれるようになってきた。
ちなみにこうした仕事を専門にする人は命をかける職種であるにも関わらず、気概が無いということで冒険者の中では肩身の狭い思いをすることになる。
そんな冒険者をサポートする組織、冒険者組合の支店は大体が迷宮(ダンジョン)の近くに作られることが多い。

迷宮とは洞窟だったり、森だったり、遺跡だったり、砂漠だったり。
人の手が入っておらず、地図が無ければ迷うような場所のことを指す。
その中でもここ『はじまり』支店は付近に『はじまりの森』と呼ばれるレベルの低い魔獣しか出ない迷宮であることから、人がなかなかに行きかっていた。
だが、そんな迷宮経営もここ最近陰りを見せている。

「だから言ったのだ。安易に魔獣を駆逐するのはむしろ危険だと。」

ここ最近のはじまりの森で起きはじめた変化について冒険者組合の会長と、王都から支店に一人は派遣されている魔獣専門の研究者。
それが向かい合って話していた。
片や歴戦の戦士とも言うべき傷だらけの顔を持つ大柄の大男。
片や研究者然としているが、その体格から日々の運動は欠かさず行っているのだろう。貧弱な印象は受けない。
二人はそろって初老もいいところという歳であり、髪の毛には白髪が多く見て取れた。

傍らには報告に来た部下が険悪なムードにおろおろとしている。

「ふん。」
「貴様は言ったな。
冒険者組合を発展させるためにどうすればいいか?
この街を発展させるのにどうすればいいか?
そして考えた結果がこれだ。『人の手で危険すぎる魔物を駆逐した後、弱い魔獣のみを残せば自然と人は集まる。』。
どう責任を取るつもりだ?
私は言ったはずだろう?
自然界はバランスが取れている。
そこに下手に手を加えれば予想外の事体を招くと。いや、予想は出来たわけだが・・・」

冒険者組合会長 ユルガは強欲だった。
そのユルガが考えたのが、迷宮(ダンジョン)の難易度を下げて新人冒険者を呼び込むことで街に活気を与え、お金を落としてもらうということだった。
人が集まれば資源も集まり、資源が集まれば商人がやってきて、お金が動く。
だが、それを考えた当初、付近の森はとてもじゃないが新人冒険者が挑める難易度に無かった。
森の女王と呼べる、エンプレススパイダー。
あの森の本来のヒエラルキーの頂点に居た魔獣である。
スパイダーの名のとおり、見た目は大きなクモ。体長は約2~3メートル。
彼らが張る巣はかなり広く、地面に張り巡らせるように張る。一体に付き半径1~3キロほど範囲に巣をつくり、そこを縄張りとしていた。
巣というよりはセンサーとしての巣だが。
と言うのも獲物が巣にそれに触れた瞬間、位置や獲物の大体の大きさを糸に伝わる振動で感知し、即座にかなりの速度で(王都のとある学者の研究によると木々という障害物があるにもかかわらず時速100キロ以上という。ちなみにチーターの最高速度は110キロほど。)現場にやってきて獲物をかっさらう。
糸は細く、抵抗も弱いため、糸に触れたことに気づかず、気付いたのは攫われ、消化液を体に送り込まれた後だったり、近くにエンプレススパイダーが!なんてことが良くあったそうな。
他にも数種の大型肉食魔獣がいたため、とてもではないがそれらの生息するこの森で初心者を育てるなんてことは出来ないはずだった。

そこでユルガは難易度を下げるため、彼ら大型肉食魔獣の一斉駆除に取り掛かる。
そこそこの年月と大量のお金、冒険者達の命が消費された。
時には冒険者をだまし、脅し、そそのかし。
5年ほどの歳月をかけてようやく『クモの森』が『はじまりの森』と呼ばれるようになったのである。

だが。
そこには当然弊害があった。
自然界というのはそれぞれの生き物が密接なかかわりを持っている。
一見無関係でも、生き物である以上「食う、食われるの関係」は必ずあるのだ。
すなわち。
大きさや味、繁殖速度から、駆逐された肉食大型魔獣の主な餌であったゴブリンが急激に数を増やしたのである。
それも当然。
ゴブリンを捕食していた大部分の魔獣が駆逐されて、天敵が居なくなったためである。
結果はゴブリンがその持ち前の繁殖力で集落をつくるまでに。
そうなるとゴブリンは外へ餌を求め始める。
森の中の餌が足らなくなったためである。
その見た目から肉食と思われがちだが、彼らはどちらかというと野菜好きである。
肉ももちろん食べるが、狩りが下手なこともあって積極的に集落から出るということは無かった。
だが、植物は育つのに時間がかかるし、一箇所にとどまっていれば当然、足らなくなる。殖えすぎたということもあってゴブリンが積極的に狩りに出ることになるのは遅くなかった。
さらに悪条件は重なる。

単純に彼らが森の中で狩りをしてくれれば良かったのだが、彼らはどちらかといえば動きが遅く、狩りが下手なほうだ。
罠を使う知恵があっても、当然多くの群れを養うほどの狩りが出来るわけではない。
腹を空かせたゴブリンはいよいよ森の外へと目を向ける。
自分達よりも弱い人間の集落へと。

ゴブリンは小柄だが、冒険者でもない限りまず人間に勝てる。
野生生物の筋肉は伊達ではない。

後は言わずもがな。
当然『クモの森』を『はじまりの森』へと変えたユルガの名声は王都にも届いていた。が、それらの弊害が起こると手のひらを返したように風当たりが強くなる。
それらを緩和するため、定期的にゴブリンを駆除しているのだが、彼らはゴキブリのようにしつこく、駆逐したと思ったら次から次へと出てくるのだ。
その駆除にかかる人件費はすごいことになっていた。
ちらほらゴブリンに逆に殺された冒険者も出てきている。
手堅くいけば初心者でもまず死なない、程度には弱いはずのゴブリンに殺される。
ゴブリンの数が増え、餌が不足気味ゆえに好戦的になっていたからだ。

筋違いなのは分かっているが、いい加減ユルガもいらだっていた。
勘弁してほしい。

「非難するばかりならガキにも出来る。
頭でっかち。
どうすればいいかを簡潔に教えろ。」
「・・・無駄に偉そうだな。
分かっているのか?
このままでは貴様は王都に招致。
下手をすれば逆賊として首を刎ねられるぞ。」
「だから教えろといっている。
解決すればいいのだろ?早い話。」
「・・・。」
「まぁ簡単なことだよな。
ゴブリンが問題になっているというなら、今度はゴブリンを皆殺しにすればいい。
これまで以上の規模で。」
「そんな金・・・」

どこにある?と聞こうとしたところで

「ここにあるさ。」

どさりと目の前に金貨の袋を置く。
おかれている金貨はこの国で一番価値の高い一等金貨である。
一枚でそこそこ大きな屋敷を変える価値だ。
それが袋にいっぱい。

「・・・貴様、どうやってこれほどの金を・・・」
「簡単だよ。ゴブリンの爪はポーションの材料に使える。それを売りまくったらこうなった・・・というだけだ。」

それを聞いて研究者の男は目の前が真っ赤になった。

「き、貴様っ!!まさか・・・」
「おいおい、何を勘違いしてるかは分からんが、多分誇大妄想だぞ。」

ニヤニヤとしているユルガは分かっていたのである。
こういう結果になるのを分かっていながら彼は森の一斉駆除に乗り出した。
ゴブリンの異常繁殖によるゴブリンの爪の大量入手。
それらを売ればそれだけでお金持ちになれると。
もちろん売るスピードを考えたり、国外に輸出したりして、国内のゴブリン印のポーションが過剰供給による値崩れが起きないように調整した。
本来ならゴブリンのポーションで恒久的に儲けようとしたのだが、さすがの彼でもゴブリンのあまりの増殖っぷりに手を売ったという形だ。
ちなみに王都の許可が無い状態での資源の輸出は重罪である。


「村人の安全を守るための冒険者が・・・聞いてあきれるっ!!これは王都に報告を・・・」
「おい。させると思うのか?」

ギラリと輝く剣が研究者の男の首筋に突きつけられる。

「お前さんは俺とこれからゴブリンの一斉駆除だ。ちなみにあんたの家族と息子はすでに抑えてある。断ればどうなるか分かってるな?」
「・・・おのれ。」
「何、言うこと聞けば悪いようにはしねぇよ。・・・多分な。」




こうして『はじまりの森』でのゴブリン大規模駆除が行われることとなった。
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