タコのグルメ日記

百合之花

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Ⅱ章 ミドガルズの街

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「いきなり静かになったわね?」
「マリー?」
「気をつけて、これはきっと予兆。」

うん。マリーさん正解。
これは予兆である。
先ほどまで鳥の鳴き声やたまに虫の鳴き声、そして少ないとはいえど何かしらの魔獣が飛び出ていたのにもかかわらず、森の奥に近づくにつれて徐々にシーンと静まっていく。
それはまさに嵐の前兆のようで、不気味さと不自然さのみを醸し出している。
そしてあたりは薄暗く、これからキャンプを張ろうと言う時だったので、少しうんざりしているようだ。
僕もうんざり、と言うか冷や汗を掻いている。

この森、最強の生物。
僕ですら一度も仕留めた事の無い魔獣が現れる。
その予兆だ。
どんな手段を用いても、人間張りの頭脳戦を仕掛けても結局あいつだけは食べることが出来なかった魔獣がやってくる。
やつばかりはあのダイグンタイアリとてしとめることが出来ない。
あのダイグンタイアリが、だ。
どんな強大な存在も、おそらく竜だって地上でまともに立ち向かえばひとたまりも無いあのアリ達すら跳ね除ける生物。

『グガアアアアアアアアアアアッ!!』
「なっ!?がぁああああっ!?」
「げふっ!?」
「ぎゃああっ!?」

突如、調査隊の横っ腹から体当たりを仕掛けてきた魔獣。
その姿は生き物とは思えないほど不自然だ。

銀色に鈍く輝く全身を覆う甲殻。いや、もはや鎧と言っても良いそれは木々の隙間から漏れる夕日に照らされて煌々と輝いている。
一片の隙間も無いその金属の塊にどつかれた冒険者の3名はその時点で内臓破裂や粉砕骨折で戦闘不能。
最悪、死んでいる。

気づくのが遅れた。
縄張りの更新はまだまだ先だと思っていたのだが、どうやらどっぷり彼の者の縄張りにつかっていた。
これはまずい。

「全員即時撤退っ!!」

この調査隊のリーダーが即座に号令をあげる。
正しい判断だ。
逃げれば彼は追ってこない。
のにもかかわらず。

「こ、これはなんとすばらしい!!
なんとかして生け捕りを・・・いや、現状では無理か・・・せめて死体を・・・」

研究者達がそんなことをのたまう。
今なら逃げられると言うのに、こいつらは目の前のこいつがどれほど厄介なものかを知らないのだ。

フルアーマースネーク。

そのままの安直なネーミングだが、分かりやすいからいいだろう。
この生物。
弱肉強食の頂点に立つこの蛇は見た目に反して昆虫食である。
昆虫を主に食べ、あのダイグンタイアリの天敵ともいえる存在だ。
大きさは一般的な大きさの二階建て一軒家を悠々と巻き潰せるくらい。
ダイグンタイアリの群れを襲って適度に食べてしばらく眠る。
そしてまたしばらくたってからダイグンタイアリを食べると言うダイグンタイアリが増えすぎないように食物連鎖のバランスを保つかのような立ち居地にいる巨大魔獣。
その巨体でぶつかれるだけでトンクラスの衝撃を受け、巻き付かれれば一巻の終わり。
即座につぶされる。


何よりの武器はその鱗の材質。
あのダイグンタイアリの牙を寄せ付けないほどの強靭な鱗はどんな攻撃もなんら意に介さずに弾いてしまうだろう。
何で出来てるのか良く分からない。

「やつを殺してくれっ!!
もしも出来ればこの場にいる人間すべてに一人頭、一等金貨を支払っても良いっ!!」

誰か研究者の言葉。
それに触発されたのか皆々、意気を増す。
馬鹿なことをっ!!

ぎゅるぎゅるととぐろを巻いたフルアーマースネークは一瞬の貯めの後、

「いきなりその技かっ!?」

否、フルアーマースネークにとっては技と言うわけでもない、ただとぐろをまいて一気にそのとぐろを伸ばすと言うだけの『作業』。だがその作業で外敵は木々もろとも吹き飛ぶ。

とぐろを戻そうとする運動。
すなわち回転した奴の尻尾が周りをぶち飛ばす。

「伏せてっ!!」

近くにいたリシュテル達三人を押し倒して、無理やり伏せさせる。
そして吹き飛ぶ木々。
それを目の端に入れながら、逃げる算段を行う。

生き残った冒険者は約15人。
研究者も3人ほどが死んでいた。
意外と研究者も反射神経が良いのかも?
単純に距離があったからとも考えられる。
これだけの惨状ならばソレを見て全員が逃げる。と思いきやまだ突っ込む。
研究者達もおびえては言えど、まだ諦めてはいない。
こいつらは怖いもの知らずか!?
まだ攻撃を受けただけだと思っているのだ。
しかし、彼が厄介なのはその巨体から繰り出される剛撃ではない。

シャーと警戒を見せるフルアーマースネークに剣士の剣が当たる。弓が飛来する。短剣が舞い、斧が唸りをあげる。
魔法士の魔法が火を上げ、雷で穿ち、風が裂いて、土で崩す。

が、それらがすべて奴には通じない。
その堅牢な鱗は生半可な攻撃に対しビクともしなかった。

そしてまたとぐろを巻こうとする。今度はこちらをしっかり見つめて狙いを定めるように。
だが、そうはさせない。

「エアスラッシュっ!!」

魔法自体で傷は与えられなくても衝撃自体は与えられる。
顎下から上にエアスラッシュを当て、やつの頭を跳ね上げてそして押し出すようにエアスラッシュを全力で打ち据えると奴の頭は飛ばされる。
それを見て勝てるんじゃないか、と緩んだ顔を見せる馬鹿がチョコチョコいるが、

「逃げますっ!!」

その声についてくるならよし。ついてこないならそのまま奴に殺されれば良い。
不幸中の幸いで、あの蛇はグルメで虫しか食べない。生きたまま飲み込まれて胃の中で死亡とはならないはず。多分。

僕を先頭に皆が急いで逃げていく。
何人かが残って、起き上がった彼(スネーク)に殺されていたが知ったことではない。
ちょうど良い時間稼ぎである。

「はぁはぁ、はぁはぁ。なんなんだあの化け物はっ!あんなのがはじまりの森にいるなんて聞いてないぞ!?」
「だからこその調査だろ。マイケル、少し落ち着けよ。」
「くそっ!!良い奴だったのに・・・」
「ジョセフが死んだか。まぁあいつはいつか死ぬと思ったよ。止せって言ったのにな。」
「くそ、あいつを捕獲するにはS認定を受けた冒険者か、王国騎士団が必要だぞ・・・でもあの鱗の研究が進めば今以上に出世できる・・・」
「一体どんな生態をしてるのだろう?
子育ての形態は?日々の食性は?排泄物だけでも採取できれば・・・」

皆が皆、落ち着きを失っていた。
無理もあるまい。
僕だって始めてみたときは取り乱したものさ。
死んだと思ったね。
やつがタコを食べる生き物だったらと思うとぞっとしない。

おそらく今日、ちょうど縄張り移動をしたのだろう。
あっちに気を取られた魔獣達は警戒心が向こうに割かれているらしく、行きと違ってそこそこ捉えることが出来た。

剣を抜いて叩きつけて殺す。
木刀に漆を塗って固めただけの物なので、切れ味皆無だけれど、力と速さでカバーすれば叩き斬れる程度ではある。
初めて使ったけど、なかなかの強度と威力だ。

魔獣の死骸を渡してこれで合計金額64500ルピー。結構な稼ぎとなった今、もうそろそろ帰って釣り針とついでにルアーを作りたいなぁと思うわけだが・・・いや、いっそのこと釣竿自体をすべて職人に頼んで作ってもらうのもいいかもしれない。
釣り糸を巻く部分には森のツタを張り変えられるようにして、おおう。いろいろと思いついてきたぁっ!
さっそく作らなくては。
あ、そうだ。話の通じない人を相手にする時用の筆談のための紙も買おうか。
この世界の文明レベルがいまいち分からないけど、剣を使っているところを見るにまぁ、高いだろうな。紙。
羊皮紙か?
和紙か?
さすがに薄っぺらい紙は手に入らないだろうし、期待できそうに無い。
インクは自分の墨を使えばいいし。

それからしばらく、死人も出たということでそろそろ帰還作業に入るということに。
6日ほどかかって、ようやく任務達成。

なかなか有意義な仕事だったといえよう。
合計金額約87000ルピー。
基本報酬の12000ルピーと合わせて約100000ルピーが集まることになる。
一等金貨分だ。
これはそれなりの稼ぎなのでは?
葉っぱで作った財布を見てたまに僕のほうを同情した眼差しで見てくる奴がいるが、お前らよりよっぽど稼いでますからねっ!?

失礼な人たちである。
見てくれはしょうがないじゃないか。
この葉っぱ、腐りにくい上に頑丈な良い布代わりになるのを知らないのだ。
ちなみに荷物を持つためのリュックなどを作っていなかったので、この森の調査道中で同じ葉っぱを20枚ほど取っておいた。
街に付いて落ち着いてから、それに気づいた植物学者に10枚ほど譲ってくれと言われたので、10枚5000ルピーで売りつつ、僕は大金持ちになったのである。


「タコちゃん。今回はありがとう。
貴方のお陰で助かったわ。」
「いえ、リシュテルさんたちならきっと反応できたと思います。」
「でも、出来なかったかもしれないじゃない?」
「そうだよ!私って後衛タイプだからきっと出来なかったねっ!!」
「威張って言うことじゃないよ、シンシア。」
「それもそうだね、マリー。」

三人娘パーティは別れ際も元気いっぱいである。
良い人とも知り合えたし、今回の仕事はなかなか良い幸先ではないだろうか?

「はい。」
「えと・・・」
「連絡先の交換しましょ?困ったらいつでも頼ってね。」

そういってカードを差し出してくるリシュテルさん。他二人も同じだ。

連絡先の交換。
カードにはカードを使った携帯電話のような機能があり、カードを重ね合わせることで登録が可能なのである。
断る理由も無いので、三人と連絡先を交換した。

「じゃ、また会いましょう。」
「はい、お三方、お元気で。」
「次に会ったときは笑わせて見せるからね!」
「・・・あ~でぃおす。」

シンシアさんとマリーさんもお別れの挨拶をする。
次に会った時用に笑えるように練習をしておこうか。不毛な努力をさせるのもかわいそうである。
マリーさんは最後まで良く分からないキャラだった。ツッコミかと思ったら今のようにボケたり。
ボケ・・・なのか?

「俺とも連絡さ――」

さて、では行こう。
早速釣り針の作成依頼をするのだ。

「まてまてっ!
待ってっ!!
お願いっ!!
お願いしますっ!待ってくださいよっ!!」
「・・・なんだよ。」
「ツンツンもいいけどそろそろデレてくれるのもいいと思うんだ、俺。」

なるほど。確かに最後に笑顔だけはサービスしてやろう。
ニコッとすると少しほほを染めた軽薄男だが、次の僕の言葉で顔が引きつった。

「死ねよ。」
「いや、だから最後だしデレ成分を――」
「死ねよ。」
「いや、あのね?」
「死ねよ。」
「最後のほう優しくエスコートとかしたじゃな――」
「死ねよ。」
「分かった、もう言うまい。
だからタコちゃんも言うな。そして連絡先を交換――」
「いや。絶対に断る。そして死ねよ。」
「・・・。」

これだけ言えばいくらなんでも嫌うだろう。
そもそも僕はオスである。少なくとも中身はまごうことなきメンだ。野郎にせまられてもうれしくない。せめて女性プリーズ。
・・・タコの性別、いつになったら分かるのだろうか?
タコの専門家―なんてこの世界にいるのかな?

それから結局軽薄男とは連絡先を交換した。
マジ泣きして頼み込んでくるので、むしろ怖くてついという感じである。
どうしてそこまで?と聞くとミステリアスなのはもちろん見た目も性格もすべて好みのドストライクらしい。
今までチャラく生きていた自分が一人の女のために生きようと思ったのは初めてだとかなんとかキメ顔で言ってた。男だけどな。
(この場におけるキメ顔というのは『きめぇ顔』の略である。)


さぁ、まずはあれだ。
外食と行こう。
この世界の食文化を嗜もうではないか。と思って気づいた。
僕の体だとお店で食べられないじゃない!と。


森に帰ろうか、と思う程度には絶望しました。

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