タコのグルメ日記

百合之花

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Ⅱ章 ミドガルズの街

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「あの、これっていります?」
「ん?なんだね、君は・・・これは・・・葉に包まれた・・・何かの食べ物か?」
「あ、いえ、これはさっきのアリのサンプルと言いますか?
それです。」
「なんだとっ!?」

僕は逃げるときに一番粘って、さらには冒険者達にあのアリ達を何匹か生け捕りにと叫んでいた研究者に、アリの入ったビンを渡していた。
おそらく昆虫型の魔獣専門なのだろう。

僕の持っていたビンをひったくって、中身を確認していた。

「その葉は神経毒があって、傷口から入り込んだ毒が中のアリを・・・」
「おおう見事に原型を・・・なぜ腹が無いのだ?」
「それは彼らが腹から出すフェロモンで仲間を引き寄せるので・・・」
「なるほど。あとは蟻酸でも、いや、このタイプは針を持つタイプか。
そして、ほう?
ほほうほう・・・なるほど、それぞれの食性によって顎の形が違う・・・ということはそれぞれの食べ物に対して専門の部隊を作ってると見ていいか・・・?それにやつらは・・・」
「あの~それで、それをあげるのでお金をいただけないかなぁ・・・と。」
「ん?
君はまだ居たのか?
お金?・・・ああ、そういえばそうだったな。ふむ。あれらの危険度からしてまた捕らえにいくのは危険がともなうし、捕りにいく手間隙を考えると・・・ただ、腹がない。解剖による食性の確証が得られないな。いや、肉の組成を分離魔法で・・・いや、それよりも食道を確認すれば食べ物の細胞が多少は付着してると考えると・・・こんなものかね。」
「あ、あ、ありがとうございます。」

手元には三等金貨が3つと一等銀貨が6つ。
え?
これで36000ルピーなんだけど・・・?
え、高すぎない?
それとも安いのか?
相変わらず価値のほどがいまいち分からない。
が、とりあえず釣針は作れる。
この調子で行けばルアーもイケルんじゃなかろうか?
ちなみに一等金貨が100000ルピー。二等金貨が50000ルピー。三等金貨が10000ルピー。一等銀貨が1000、二等銀貨が100、一等銅貨が10.二等銅貨が1ルピーとなっている。
それぞれの金属の含有率と模様で一等から三等を決め、銀貨と銅貨は二等までを決めている形になる。

「次は腹を残した完全な素体を頼むよ。ああ、だがフェロモンが問題か。
ううむ・・・どうしたものか。フェロモンを漏らさない容器の開発が先か・・・だが、フェロモンと言うのは空気よりも密度が・・・そういえば、フェロモンと言う言葉を知ってるとは、見た目によらず博識だね。装備を見る限りかなりの田舎の出かと思っていたのだが・・・いや、田舎ゆえの知識か?
なんにせよ次もがんばってくれたまえ。欠損なしなら二等金貨を出しても良い。」

なんだこの太っ腹な人たちは。
虫一匹にここまで出すならさっきつまみ食いしたアリも売っておけばよかった。
くそ、もったいない。

ビンから出して、さっそくいじりまくってる研究者。
さっきも言ったけどそいつら葉に含まれる毒で動けないだけで、まだ生きてるから気をつけないと指を噛み千切られたりしかねないよ―――と思ったが、さすがに専門の人だしそれくらいは分かってるだろう。多分。
急に動き出すわけでもなし、放っておくか。

「君、いい具合に儲けてるね。」
「・・・またか。
何か用?」

またもや軽薄男である。

「俺の誘いを断ったのもこの当てがあったからか?
可愛い顔してる割には、ちゃっかりしてるね。」
「で、何?」

とっとと用件を言ってくれないだろうか?
昔の僕ならばこんなのが相手でも嬉々として会話しただろうが、今はグリューネと話していたので寂しさはさほどでもない。

「いんや。特に。ただちょっとばかし気になることがね。」
「だから何。さっさと言ってくれるかしら?」

一応女言葉でそう聞く。
女言葉って意外と癖になりそう。新たな扉を開けてしまうくらいに!
・・・なんてね。
それはさておき、この男が何を言いたいのか良く分からない。
敵意は無いように見えるけれど。

「君は何者だい?」
「・・・どういう意味か分からない。」
「探知のスキルがあったとしてもあれだけまともな対応を出来る人はなかなかいない。誰よりも真っ先に反応したのは君だ。
そして的確な指示をしたのも君で、得たいの知れない生き物を目の前にして唯一、あの魔獣を採取できたのも君だ。」
「・・・別にたまたまでしょう?」
「いや。初めて見る生物を目の前にして捕まえようなんていう『発想』がすでにおかしいんだよ。」
「この職種になる前にそれなりに経験を積んできたので。」

タコとしてな。
こいつは何か知らないけど僕を疑っているらしい。

「ああ、そう考えることも出来るね。」
「話は終わりですか?」
「だが、君の身のこなしは不自然なんだ。
君だけがこの森で物音を『発てていない』。これがどれだけ異常なことか分かるかい?
熟練のスカウトにだって難しい。
それをこともなげに行う君だ。さぞかしすばらしい動きをするのかと思いきや・・・今この時のように、不自然な体勢を取っている。」

不自然な体勢?

「君は君を探る俺を警戒してる。もしかしたらこちらに危害を加えるのではないかと。
それにしては持っている立派な剣に手を伸ばそうともせず、全身の筋肉に力をめぐらせている。
まるで剣よりも拳で直接戦ったほうが強い。そんな感じだ。」
「・・・結局貴方は何が言いたいので?
別に私は貴方に危害を加える気は―」
「ああ、そんなこと夢にも思っていないよ。
俺はね。ミステリアスな女性が大好きなんだ。」
「は?」
「君が気になって気になって仕方がない。
まったく見覚えの無い防具と良い、強い興味を持っている。
その防具を剥ぐのと同時に君のベールも剥いていきたい。
ちょっとした切欠で火傷してしまいそうなほどぶほっ!?」

気持ち悪かったので、とりあえず殴り飛ばして僕はその場を後にした。
どんだけこっちが警戒して、不安になったと思っているのか。
挙句にこんなことを野郎から言われても正直、死ねばいいと思ってる。
だが、確かに彼のいうとおりな部分もある。これから気をつけなくてはいけない。
それに気づかせてくれたのは純粋に他意無く感謝しよう。
そう考えると、やっぱり殴るのはやり過ぎた気がしなくもない。たとえ気持ち悪いからと言ってもこっちが紛らわしい見た目をしてるから悪いわけで・・・お詫びとして彼に、さっき研究者から貰った銀貨を3枚ほど投げつけてやった。

「いててて・・・こ、これは?」
「やりすぎたと思ったから、それの侘び。二度と話しかけないで。」

そういって僕は彼から離れた。
確かに感謝はしているがそっちの気は無いのだ。さすがに彼の後半の話までは付き合ってやろうという気にはならない。
僕は忘れて新たな恋に走ってください。

「・・・照れてるのか?
ふふ、余計に好きにあがぁつ!?」

おぞましいことを言い出したので、さらに銀貨を叩きつけてやった。
額にぶち当たったらしく血を噴出して倒れる軽薄男。
これが美少女だったらうれしかったのに。

「あいてて・・・ああ、最後に一言。ちょ、待ってくれっ!銀貨を構えないで!!
もうそれは言わないからっ!!」
「・・・何?」
「重心の動き方が人間と違う。気をつけたほうが良い。そこそこの奴はすぐ気づくぞ。」
「・・・。」

何も返事せずに僕は自分のテントに帰っていった。
一体何者だろうか?
本当にわけが分からない男である。
なんにせよ敵に回すのはやめたほうが良さそうだ。
まぁ彼の様子を見るにまず敵になる心配は必要ないな。

「タコちゃん、どこ行ってたの?」
「リシュテルさん。
先ほど捕まえたアリを換金してもらっただけです。」
「ほ、ほんと!?
あの状況でよくもまぁ・・・ちゃっかりしてるねぇ。」
「いえ、そんなことは・・・」
「まぁ女はそれくらいじゃないとねっ!」

女性冒険者用のテントに戻るとリシュテルさんが居た。
彼女はやたらと明るく、女性冒険者達のリーダーみたいなものだ。
赤い短髪と、釣り目が特徴の普通の女性である。
歳は秘密らしい。

無表情キャラの僕に唯一話しかけてきた人である。軽薄男を除けば。

あ、一応言っておくと好きで無表情キャラをやっているわけではない。
たんに顔部分の筋肉の表情の動かし方がいまだ難しいので無表情にならざるをえないのだ。
そうなると無表情でべらべら喋るのどうかなぁってなわけで。

「タコちゃんタコちゃん。」
「はい?」
「いくらだったの?」
「そういうこと聞きます?」
「はい、聞いちゃいます。」
「えっと・・・さっき三つ、じゃなかった四つ渡しちゃったから32000ルピーですね。」
「お、おおう・・・マジかよ。」

驚愕に顔をゆがめるリシュテル。
そこまでの金額なのか。いや、まぁ確かにこの仕事の報酬の約三倍がたかだか10センチあまりの虫3匹に支払われてるわけだから一般人からすれば凶器の沙汰に思えるかも。

「わ、私も捕まえてこようかな・・・」
「やめておいたほうがいいです。下手にちょっかいをしかけるとアレらの行軍に引かれてそのまま即座に解体されますよ。生きながらに。
はっきり言うとこの森、最強クラスの生物です。」
「うえ・・・ていうか何でそんなこと知ってるの?」

あ、まずい。
つい余計なことを言ってしまった。

「み、見れば分かるじゃないですか。ほ、ほら、強そうでしたし。」
「う~ん・・・たかが虫が集まってるとしか思ってなかったけど・・・まぁ言われてみればあの数は脅威ね。強そうってのとはちょっと違うけど。」
「そ、そうです。それが言いたかったんです。」
「何をキョドってるの?」
「別にキョドってません。」
「キョドってじゃない。」
「キョドってません。」
「キョドってた。」
「しつこいですよ。」
「・・・はいはい。まぁどうでもいいわね。」
「リシュテル、タコちゃん。ご飯出来たよ!」

いまさらだけど僕の名前はそのままタコである。
このタコというのは日本語でのタコであり、この世界におけるタコを示す言葉とは違うので、人の名前としてなりたっている。
タコという言葉自体は結構良い響きだと思うんだよね、僕は。

「ありがとうございます。でも僕は先ほど食べてしまったので・・・」
「あら?そうなの。」
「すいません、シンシアさん。」

シンシアはリシュテルと同じパーティーを組んで長い、おっとりした女性である。
水色の長い髪が特徴的だ。
彼女の武器は弓と魔法。
リシュテルさんは剣と盾、ちょっとした補助魔法。典型的な前衛と後衛のパーティで、さらにもう一人魔法と短剣による全距離形のマリーさんがいる。
彼女達は一人ぽつんとしてる僕に対して話しかけてくれたリシュテルさんに続いて友達?となった人たちだ。

「別にいいわよ。それならそれで他の子におすそ分けしてくるから。こっちこそごめんね。」
「いえ。」

こちとら人間の顔についてる口は飾りである。
つながってる穴はタコ墨をためておく臓器につながっており、物を食べれるようには出来ていない。
申し訳ないけれど、断る。

「明日は私もなんとかして魔獣を捕まえたいな。」
「魔獣というより、新しい生物群の研究が彼らの目的ですから見慣れない草花でも買い取ってもらえるかもしれませんよ?」
「へぇ・・・なるほど。試してみようかしらね。」

そのあと、とりとめも無い会話をしてこの日は終わった。


☆ ☆ ☆

それからさらに数日をかけて僕達はどんどん森の奥へ行く。
途中でグリューネに会うためにこっそり抜けたり、自分の住処を見に行ったりしたが問題は無いようだ。

グリューネに甘味はどうしたの!?と割とまじめに怒られた。
お金が無いからしかたないだろうに。
僕だって食べたいよ。

そして気になっていた森食みのことだが、あれはあくまで森が死にそうだから行ったのであって、人間が来ることは拒まないという。やりすぎなけば弱肉強食の範囲内と言うことだろう。

「あれからほとんど会わないわねぇ。」

リシュテルさんが言うのは魔獣のことである。
そらそうだ。
彼らだって死にたくは無い。
わざわざ集団でいる人間に襲い掛かるほど野生の生物は無謀ではない。
どんな生き物にせよ他の生き物に襲い掛かるのは何かしらの理由があるのである。
それは大体が生存のため。
良いメスを奪うために同じオス同士で争ったり、自身の住処を荒らすばか者を追っ払うためだったり、日々の糧を手に入れるためだったりと。
そこにちょっとした感情が入り込むことはあってもその大筋からはほとんど外れることは無い。
ゆえに彼らは僕達を襲おうとしないのだ。
それこそ大軍隊アリなどの例外を除いて。

魔獣を捕まえたいのなら音を発てずに慎重に行かなくてはいけないのだが、冒険者達はともかく研究者達は無理である。

もう臨時収入は見込めないなぁと、少しがっかりしながら今日も終えるのだった。


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