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Ⅱ章 ミドガルズの街
18
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王族、貴族。いや、商人で良い。
とりあえずお金持ちが悪漢に襲われて欲しい。
そんな不謹慎な思いを胸に裏路地や薄暗い路地をあえて歩くこと1週間が過ぎた。
日々、組合で仕事を貰いながら裏路地などを帰りにほっつき歩く。
ごろつきっぽい人が居る場所を探すけれどやはりそうそう都合よく襲われているのを見かけることはない。
それどころか僕に襲いかかってくる始末。
当然逃げる。
まともに殴り合ってもまず勝てると思うが、下手に手をだして警戒されても面白くない。
というかもっと出くわす可能性が減りかねない。
ともすれば、逃げるしかないわけで。
「・・・あれ?そもそもこんな場所を通る金持ちがいるのだろうか?」
おっと、気づいていけないことに気づいてしまった。
なんてこったい。
でも大通りで人に絡んで金を分捕ろうとする人はいないし、これってもしかしてかなり不毛な時間だったんじゃないだろうか?
おうまいごっど。
神は僕を見捨てた。
紙を求める僕だけに。
・・・大して上手くないね。
「や、やめてくださいっ!!」
前言撤回。神は我を見放さなかった!
ここで僕はティンときた。
商人ならばまずこんな場所にこない。
しかし、貴族や王族の坊ちゃん譲ちゃんだったらどうだろうか?
『道に迷って』という可能性があるのではないか?
この街の住人ということは無いだろう。
住人ならばこの場所の治安くらい分かってるはず。
いや、僕もさほど知らずに治安悪そう、チンピラいそうという適当な見当をつけてこの辺に居たわけだが。
現実に襲われている以上、そうなのだろう。
「こんなところに君のような女の子がいてはいけないよ。
おじさんたちがいいところへ連れて行ってあげようじゃないか。」
・・・チンピラというより変質者っぽいけど、とにかく恩を売れば良いのだ。
その変質者の前にいるのは身なりの綺麗な女の子。
髪の色はピンクで、縦ロールである。
こ、これは典型的な貴族、では?
身長は僕よりちょっと高いくらい。胸は・・・大きいほうかな。歳は15、6。
もうちょっと上かもしれない。
何にせよ、こいつは良いカモがやってきたぜっ!!
さぁ他のやつに横取り(助け)されないうちに僕が恩を売り飛ばさねばっ!!
君は僕の善意(したごころ)をいくらで買ってくれるのかしら?ふふふふっ!!
「言うことを聞かないとは悪い子だ。
・・・できれば穏便に行きたかったが・・・かかれ。多少の傷はかまわん。」
「了解しましばぁあああっ!?」
エアスラッシュを足裏から発生させる。
それにより僕は加速(ダッシュ)する。
結果1つの弾丸と化した僕が一人の男の背後に体当たりした。
めきめきと音を発てて、男は逆エビぞりになりながら飛んでいった。
・・・し、死んだ?
タコの体ゆえのスピードの無さを補うために、試してみた新技術なのだが・・・予想以上に威力があったようで男はその辺の地面に何度かバウンドしてピクリとも動かなくなった。
おおう・・・こ、こんなはずじゃ・・・
「・・・まぁいいや。多分生きてるでしょ。」
考えないことにした。
タコに手加減をしろというのが無茶なのだ。手が無い生き物なのだけに。
「・・・貴方はここ数日この辺をうろついてる方ですね?
なるほど、私達の組織をつぶしに来た王国騎士あたりですか?
一応、部下に調べさせたのですが・・・まったく、教育がいささか足りなかったようですね。」
親玉らしき変質者が何か意味の分からないことを言う。
良く分からんが、僕はお礼(お金)が欲しいだけだ。
「・・・とはいえ、貴方一人でここに来るのはいささか無謀でしょう。」
「・・・?」
「貴方の装備を見るに、接近戦よりも遊撃、斥候あたりが専門なはずです。この数に勝てますか?」
「は?」
というと?
そう聞くつもりだったのだが、聞くまでも無く回りにぞろぞろと人が出てくる。
一様に物騒なものを持ち、柄が悪そうなのは分かる。
「出来るだけ傷をつけないように。
彼女も商品にすれば下手な貴族よりも高値で売れるでしょうから。少なくとも傷跡が残らないように痛めつけて捕らえなさい。」
『オオオオオオッ!』
変質者の言葉を合図に一斉にかかってくる悪漢どもらしき人々。
ははぁん?
なるほど。
貴族のお嬢さん一人にこれだけの人数をそろえるとは馬鹿なのかと思ったりしたが、まぁ馬鹿なのだろう。
なぜなら悪漢どもは狙うべき人間を間違えて僕のほうにやってきたのだから。
彼らはおそらくピンクの髪の縦ロール―今は便宜上、ロールちゃんとする―ロールちゃんを捕らえろと命令されたのに、狙う相手を間違えてこっちに来ている。
ばかめっ!!
そっちの方がお嬢さんを守る僕にとってやりやすいのだ!!
・・・だったら良かったのにね。
僕も一緒に狙われるとか、どうしたらいいだろ?
想定外の事態である。
どうも変質者は僕にターゲットを移したようだ。
何が目的なのかは分からないが、降りかかる火の粉は振り払わねばなるまい。
自分でかかりにきたんだろって?
・・・こまかいことを気にしてると立派な大人になれないぞっ!
向かってきた人間達総勢40人ほど。
数の力を知っている僕としては真面に相手するにはさすがに怖いので、エアスラッシュでボーリングよろしく人間をピンに見立てて吹き飛ばす。
エアスラッシュは確かに細かい制御が利かないものの、彼らを吹き飛ばす上ではかなり有効な術である。
なぜなら・・・
「ごあっ!?」
「ぎゃあああっ!!」
「ひでぶっ!?」
「なんんだおあっ!?」
10人くらいの人間が不可視の刃で吹き飛ばされた。
不可視。
そう、風なんて目に見えない。
ゲームやアニメではエフェクトの都合上、見えるけれど現実に色が付いてるはずも無く。空気のよどみが見えるというわけでもなく。
風を感じたらすでに当たっている。という魔法だ。
加減しているのと、割と良い防具を使ってるからか、死にこそしないものの、付近の地面や壁に叩きつけられてぐったりしてる人たち。
「・・・詠唱破棄?
全員、武器を構えてゆっくり距離を縮めなさい。
たとえ魔法士でも魔力を使わせればいずれ・・・」
僕はエアスラッシュをひたすら打ちまくる。
風の刃のガトリングである。
「斬り切り舞い」と名づけよう。
ちなみにこの世界における人殺しに関する法が分からないので、一応加減してある。
切れ味を極端に鈍らせたエアスラッシュは、たとえるなら木刀の見えない斬撃のようなもの。
つぎつぎ倒れていく悪漢たち。
5分と経たないうちに、うめく男どもで床が埋まった。
やり過ぎた気がしないでも無い。
「え~っと・・・せいとうぼーえいということで。」
「・・・ふむ。なるほど。なかなかの魔力量を持っているようですね。
ならば彼に任せるとしましょう。
捕らえたかったのですが・・・手持ちの駒では貴方を捕らえることはできなさそうです。
かといってそちらの少女をも諦めるのは惜しいので、切り札を使ってでも貴方を処分させてもらいます。」
「・・・え?がっ!?」
ふと気づくと、左隣に見覚えのない男が立っていた。
そして突き出された光り輝く槍が僕の横っ腹に突き刺さる。
そのまま力の方向に従って、吹き飛ばされる。今度は僕が地面をバウンドした。
「・・・グーングニルの味はどうですか?
彼の十八番であり、最強のスキルです。」
巻き起こった土煙が晴れると、依然変わらない僕が立ち上がる。
とは言え。
「・・・久しぶりに痛い攻撃を受けたよ。」
「っ!?」
「なん・・・だとっ!?」
ここで初めて変質者の余裕が崩れた。
僕を突き刺した男も一緒に驚いている。
ちなみに槍は短く携帯性を高めた物で、僕の横っ腹に刺さったままだが、その傷は浅い。
ううむ。
彼らの話からするともうちょいダメージを食らっといたほうがいいのだろうか?
しかしまぁ、この結果は妥当だろう。
人はどんなに鍛えようと熊に勝てない。
そういう話を聞いたことが無いだろうか?
どんなに筋肉をつけようと熊の筋肉の鎧にはまったく通用しないという。
それくらい人間と野生の動物は身体能力に差があるらしい。
白熊なんかはとんでもない力を持つとテレビで見たことがある。
白熊の腕力は70キロのサンドバッグを3メートル以上の高さに打ち上げるという。そして顎の力は800キロになるとか。
人間が50キロ前後であることを考えるに、その化け物具合が分かるというものである。
ここまで言えば分かると思うが・・・
「脆弱だなぁ・・・」
「ば、ばかなっ・・・」
しかも僕の体は「常に引き締まっている状態」である。
これは人型の姿にタコの質量を押し込む形になっているからだ。
同じ人間同士ならば油断して筋肉が緩んでいる間に骨の無い場所を狙えばまず致命傷だったろう。その点で彼の狙いは適格だった。
だが、僕にそんな隙間は無い。
意識的に油断をしていたのは認めるが、筋肉の緩みなど一片たりとも存在しないのだ。
オクトパスフォームよりも防御力だけならば今の美少女形態(まほうしょうじょ)のほうが高い。
ただでさえ非力な人間が僕を貫けるはずが無かった。
せめて業物の槍を持っていればもう少し違っていたのかもしれない。
だが、向こうもやりなれているのだろう。
ならばと気を取り直して、ナイフを片手に筋肉の無い眼球を狙ってくる。
狙いは良い。
だが。
「っ!?」
黙って受けるほど僕はドMじゃない。
ただ払う。
それだけで男の手がひしゃげてあらぬ方向にひん曲がる。
とはいえ僕のように軟体動物というわけではない彼の体には骨があり、その骨がちょっと突き出ていてグロかった。
痛みにうめく隙に、蹴り飛ばして終了。
気配を感じなかったのは何かの魔法かスキルか。
なんにせよ油断しちゃいけないね。
感覚で格下だと分かっていたとしても度が過ぎてた。要反省。
もしくは弱く見せることで油断を誘う高度な擬態だったのかもしれないし。
「お、お前はなんなのですかっ!?」
またもやエアスラッシュを使った加速、これをエアジェットと名づけよう。
そのエアジェットを使って、彼に肉薄。
彼は尻餅を付いて、ワタワタと後ずさる。
「お、おやめなさいっ!?
私を倒せば貴方は・・・」
「どうなるの?」
「この街に居れなく・・・」
「別にかまわないよ。
そして仮にそうだとしても貴方をこの場で殺せば問題ないよね。」
もともと狙って殺す気など無かったが、そうとなれば別である。
殺さないと逆に面倒だ。
厳しい自然界に慣れたといえど、流石に一年も立たずして日本人としての価値観を捨てられるはずもなし。
当然あまり殺したくないのだけど、まだ準備がすべて整ったというわけでもない。
そうも言ってられないということだ。
ただ濃密な死の気配に囲まれた自然界での日々で生き抜いてきた僕にとって殺すこと事態に対する精神的忌避感はかなり緩く、というと語弊があるか。
殺したく無いが、殺したとしてもさほど気に病まないというのが正しい。
というわけで。
殺さざるを得ないだろう。
しかし自分の手で直接殺すのは目覚めが悪い。
ならば。
「えい!」
彼の首根っこを持って、ジャンプ。
思いっきり投げた。
地面へ。
予想以上に威力が高く、また彼が脆かった様で下手に殺すよりも怖い死に様になってしまった。
ま、まあアレだよ。
見た目はアレだけど楽に死ねただろうし。
グロいのは慣れっこだし。
「さて、それで・・・大丈夫?」
出来るだけの満面の笑みの表情を作って襲われていた少女に話しかけた。
少しクールっぽい?無口っぽい目が特徴的だが、その目を最大限に見開いて彼女は股(もも)から液を垂らす。
・・・え?
「わ、私・・・えと・・・あ、あの人たちの仲間じゃなくて・・・ほ、ほんとですっ!!
本当ですから・・・あの・・・わ、わた・・・私・・・」
「えっと・・・」
幸い会話が通じることから魔力があるのだろう。
・・・いや。通じてるかな?
通じてない気がする。
「もう大丈夫・・・」
「ひっ!?」
近くに寄っただけで身をすくませる。
それだけやつらが怖かったということか。
可愛そうにっ!!
あいつらめぇっ!!
と、思っていたのだがどうも様子がおかしい。
まるで目の前に畏怖の対象があるようなリアクションを取っている。
後ろを振り向く。
はじけたザクロのような死体。
顔を彼女へと向ける。
「ひぅ・・・」
引きつった声を上げる彼女。
その目線は僕に釘付けだ。
・・・あれ?
もしかしてあれだった?
殺し方が凄惨すぎたのかな?
いや、僕も思いつきでやってから後悔したのだが、いやそのね?
さすがにあそこまでぐちゃぐちゃに飛び散るとは神も仏様も知らないわけで・・・
なるほど。
つまり、あれか。
「君は僕にビビッて粗相してしまったと。」
「・・・あう・・・」
恐怖と羞恥の入り混じったような複雑そうな表情をする彼女。
湯気のたつ液体は今も彼女の股からツーっとたれているわけで。
逆の立場になって考えてみた。
あくまでもタコとしての価値観が入り混じったわけではない普通の人間としての価値観の元。
今の光景を見たらどうだろう?
タコになる前の僕がこの光景に出くわしたら?
「・・・ちびって動けなくなるよね。そりゃ。」
こうして人間と触れ合って、改めて価値観がずれ始めてることを自覚する僕だった。
とりあえずお金持ちが悪漢に襲われて欲しい。
そんな不謹慎な思いを胸に裏路地や薄暗い路地をあえて歩くこと1週間が過ぎた。
日々、組合で仕事を貰いながら裏路地などを帰りにほっつき歩く。
ごろつきっぽい人が居る場所を探すけれどやはりそうそう都合よく襲われているのを見かけることはない。
それどころか僕に襲いかかってくる始末。
当然逃げる。
まともに殴り合ってもまず勝てると思うが、下手に手をだして警戒されても面白くない。
というかもっと出くわす可能性が減りかねない。
ともすれば、逃げるしかないわけで。
「・・・あれ?そもそもこんな場所を通る金持ちがいるのだろうか?」
おっと、気づいていけないことに気づいてしまった。
なんてこったい。
でも大通りで人に絡んで金を分捕ろうとする人はいないし、これってもしかしてかなり不毛な時間だったんじゃないだろうか?
おうまいごっど。
神は僕を見捨てた。
紙を求める僕だけに。
・・・大して上手くないね。
「や、やめてくださいっ!!」
前言撤回。神は我を見放さなかった!
ここで僕はティンときた。
商人ならばまずこんな場所にこない。
しかし、貴族や王族の坊ちゃん譲ちゃんだったらどうだろうか?
『道に迷って』という可能性があるのではないか?
この街の住人ということは無いだろう。
住人ならばこの場所の治安くらい分かってるはず。
いや、僕もさほど知らずに治安悪そう、チンピラいそうという適当な見当をつけてこの辺に居たわけだが。
現実に襲われている以上、そうなのだろう。
「こんなところに君のような女の子がいてはいけないよ。
おじさんたちがいいところへ連れて行ってあげようじゃないか。」
・・・チンピラというより変質者っぽいけど、とにかく恩を売れば良いのだ。
その変質者の前にいるのは身なりの綺麗な女の子。
髪の色はピンクで、縦ロールである。
こ、これは典型的な貴族、では?
身長は僕よりちょっと高いくらい。胸は・・・大きいほうかな。歳は15、6。
もうちょっと上かもしれない。
何にせよ、こいつは良いカモがやってきたぜっ!!
さぁ他のやつに横取り(助け)されないうちに僕が恩を売り飛ばさねばっ!!
君は僕の善意(したごころ)をいくらで買ってくれるのかしら?ふふふふっ!!
「言うことを聞かないとは悪い子だ。
・・・できれば穏便に行きたかったが・・・かかれ。多少の傷はかまわん。」
「了解しましばぁあああっ!?」
エアスラッシュを足裏から発生させる。
それにより僕は加速(ダッシュ)する。
結果1つの弾丸と化した僕が一人の男の背後に体当たりした。
めきめきと音を発てて、男は逆エビぞりになりながら飛んでいった。
・・・し、死んだ?
タコの体ゆえのスピードの無さを補うために、試してみた新技術なのだが・・・予想以上に威力があったようで男はその辺の地面に何度かバウンドしてピクリとも動かなくなった。
おおう・・・こ、こんなはずじゃ・・・
「・・・まぁいいや。多分生きてるでしょ。」
考えないことにした。
タコに手加減をしろというのが無茶なのだ。手が無い生き物なのだけに。
「・・・貴方はここ数日この辺をうろついてる方ですね?
なるほど、私達の組織をつぶしに来た王国騎士あたりですか?
一応、部下に調べさせたのですが・・・まったく、教育がいささか足りなかったようですね。」
親玉らしき変質者が何か意味の分からないことを言う。
良く分からんが、僕はお礼(お金)が欲しいだけだ。
「・・・とはいえ、貴方一人でここに来るのはいささか無謀でしょう。」
「・・・?」
「貴方の装備を見るに、接近戦よりも遊撃、斥候あたりが専門なはずです。この数に勝てますか?」
「は?」
というと?
そう聞くつもりだったのだが、聞くまでも無く回りにぞろぞろと人が出てくる。
一様に物騒なものを持ち、柄が悪そうなのは分かる。
「出来るだけ傷をつけないように。
彼女も商品にすれば下手な貴族よりも高値で売れるでしょうから。少なくとも傷跡が残らないように痛めつけて捕らえなさい。」
『オオオオオオッ!』
変質者の言葉を合図に一斉にかかってくる悪漢どもらしき人々。
ははぁん?
なるほど。
貴族のお嬢さん一人にこれだけの人数をそろえるとは馬鹿なのかと思ったりしたが、まぁ馬鹿なのだろう。
なぜなら悪漢どもは狙うべき人間を間違えて僕のほうにやってきたのだから。
彼らはおそらくピンクの髪の縦ロール―今は便宜上、ロールちゃんとする―ロールちゃんを捕らえろと命令されたのに、狙う相手を間違えてこっちに来ている。
ばかめっ!!
そっちの方がお嬢さんを守る僕にとってやりやすいのだ!!
・・・だったら良かったのにね。
僕も一緒に狙われるとか、どうしたらいいだろ?
想定外の事態である。
どうも変質者は僕にターゲットを移したようだ。
何が目的なのかは分からないが、降りかかる火の粉は振り払わねばなるまい。
自分でかかりにきたんだろって?
・・・こまかいことを気にしてると立派な大人になれないぞっ!
向かってきた人間達総勢40人ほど。
数の力を知っている僕としては真面に相手するにはさすがに怖いので、エアスラッシュでボーリングよろしく人間をピンに見立てて吹き飛ばす。
エアスラッシュは確かに細かい制御が利かないものの、彼らを吹き飛ばす上ではかなり有効な術である。
なぜなら・・・
「ごあっ!?」
「ぎゃあああっ!!」
「ひでぶっ!?」
「なんんだおあっ!?」
10人くらいの人間が不可視の刃で吹き飛ばされた。
不可視。
そう、風なんて目に見えない。
ゲームやアニメではエフェクトの都合上、見えるけれど現実に色が付いてるはずも無く。空気のよどみが見えるというわけでもなく。
風を感じたらすでに当たっている。という魔法だ。
加減しているのと、割と良い防具を使ってるからか、死にこそしないものの、付近の地面や壁に叩きつけられてぐったりしてる人たち。
「・・・詠唱破棄?
全員、武器を構えてゆっくり距離を縮めなさい。
たとえ魔法士でも魔力を使わせればいずれ・・・」
僕はエアスラッシュをひたすら打ちまくる。
風の刃のガトリングである。
「斬り切り舞い」と名づけよう。
ちなみにこの世界における人殺しに関する法が分からないので、一応加減してある。
切れ味を極端に鈍らせたエアスラッシュは、たとえるなら木刀の見えない斬撃のようなもの。
つぎつぎ倒れていく悪漢たち。
5分と経たないうちに、うめく男どもで床が埋まった。
やり過ぎた気がしないでも無い。
「え~っと・・・せいとうぼーえいということで。」
「・・・ふむ。なるほど。なかなかの魔力量を持っているようですね。
ならば彼に任せるとしましょう。
捕らえたかったのですが・・・手持ちの駒では貴方を捕らえることはできなさそうです。
かといってそちらの少女をも諦めるのは惜しいので、切り札を使ってでも貴方を処分させてもらいます。」
「・・・え?がっ!?」
ふと気づくと、左隣に見覚えのない男が立っていた。
そして突き出された光り輝く槍が僕の横っ腹に突き刺さる。
そのまま力の方向に従って、吹き飛ばされる。今度は僕が地面をバウンドした。
「・・・グーングニルの味はどうですか?
彼の十八番であり、最強のスキルです。」
巻き起こった土煙が晴れると、依然変わらない僕が立ち上がる。
とは言え。
「・・・久しぶりに痛い攻撃を受けたよ。」
「っ!?」
「なん・・・だとっ!?」
ここで初めて変質者の余裕が崩れた。
僕を突き刺した男も一緒に驚いている。
ちなみに槍は短く携帯性を高めた物で、僕の横っ腹に刺さったままだが、その傷は浅い。
ううむ。
彼らの話からするともうちょいダメージを食らっといたほうがいいのだろうか?
しかしまぁ、この結果は妥当だろう。
人はどんなに鍛えようと熊に勝てない。
そういう話を聞いたことが無いだろうか?
どんなに筋肉をつけようと熊の筋肉の鎧にはまったく通用しないという。
それくらい人間と野生の動物は身体能力に差があるらしい。
白熊なんかはとんでもない力を持つとテレビで見たことがある。
白熊の腕力は70キロのサンドバッグを3メートル以上の高さに打ち上げるという。そして顎の力は800キロになるとか。
人間が50キロ前後であることを考えるに、その化け物具合が分かるというものである。
ここまで言えば分かると思うが・・・
「脆弱だなぁ・・・」
「ば、ばかなっ・・・」
しかも僕の体は「常に引き締まっている状態」である。
これは人型の姿にタコの質量を押し込む形になっているからだ。
同じ人間同士ならば油断して筋肉が緩んでいる間に骨の無い場所を狙えばまず致命傷だったろう。その点で彼の狙いは適格だった。
だが、僕にそんな隙間は無い。
意識的に油断をしていたのは認めるが、筋肉の緩みなど一片たりとも存在しないのだ。
オクトパスフォームよりも防御力だけならば今の美少女形態(まほうしょうじょ)のほうが高い。
ただでさえ非力な人間が僕を貫けるはずが無かった。
せめて業物の槍を持っていればもう少し違っていたのかもしれない。
だが、向こうもやりなれているのだろう。
ならばと気を取り直して、ナイフを片手に筋肉の無い眼球を狙ってくる。
狙いは良い。
だが。
「っ!?」
黙って受けるほど僕はドMじゃない。
ただ払う。
それだけで男の手がひしゃげてあらぬ方向にひん曲がる。
とはいえ僕のように軟体動物というわけではない彼の体には骨があり、その骨がちょっと突き出ていてグロかった。
痛みにうめく隙に、蹴り飛ばして終了。
気配を感じなかったのは何かの魔法かスキルか。
なんにせよ油断しちゃいけないね。
感覚で格下だと分かっていたとしても度が過ぎてた。要反省。
もしくは弱く見せることで油断を誘う高度な擬態だったのかもしれないし。
「お、お前はなんなのですかっ!?」
またもやエアスラッシュを使った加速、これをエアジェットと名づけよう。
そのエアジェットを使って、彼に肉薄。
彼は尻餅を付いて、ワタワタと後ずさる。
「お、おやめなさいっ!?
私を倒せば貴方は・・・」
「どうなるの?」
「この街に居れなく・・・」
「別にかまわないよ。
そして仮にそうだとしても貴方をこの場で殺せば問題ないよね。」
もともと狙って殺す気など無かったが、そうとなれば別である。
殺さないと逆に面倒だ。
厳しい自然界に慣れたといえど、流石に一年も立たずして日本人としての価値観を捨てられるはずもなし。
当然あまり殺したくないのだけど、まだ準備がすべて整ったというわけでもない。
そうも言ってられないということだ。
ただ濃密な死の気配に囲まれた自然界での日々で生き抜いてきた僕にとって殺すこと事態に対する精神的忌避感はかなり緩く、というと語弊があるか。
殺したく無いが、殺したとしてもさほど気に病まないというのが正しい。
というわけで。
殺さざるを得ないだろう。
しかし自分の手で直接殺すのは目覚めが悪い。
ならば。
「えい!」
彼の首根っこを持って、ジャンプ。
思いっきり投げた。
地面へ。
予想以上に威力が高く、また彼が脆かった様で下手に殺すよりも怖い死に様になってしまった。
ま、まあアレだよ。
見た目はアレだけど楽に死ねただろうし。
グロいのは慣れっこだし。
「さて、それで・・・大丈夫?」
出来るだけの満面の笑みの表情を作って襲われていた少女に話しかけた。
少しクールっぽい?無口っぽい目が特徴的だが、その目を最大限に見開いて彼女は股(もも)から液を垂らす。
・・・え?
「わ、私・・・えと・・・あ、あの人たちの仲間じゃなくて・・・ほ、ほんとですっ!!
本当ですから・・・あの・・・わ、わた・・・私・・・」
「えっと・・・」
幸い会話が通じることから魔力があるのだろう。
・・・いや。通じてるかな?
通じてない気がする。
「もう大丈夫・・・」
「ひっ!?」
近くに寄っただけで身をすくませる。
それだけやつらが怖かったということか。
可愛そうにっ!!
あいつらめぇっ!!
と、思っていたのだがどうも様子がおかしい。
まるで目の前に畏怖の対象があるようなリアクションを取っている。
後ろを振り向く。
はじけたザクロのような死体。
顔を彼女へと向ける。
「ひぅ・・・」
引きつった声を上げる彼女。
その目線は僕に釘付けだ。
・・・あれ?
もしかしてあれだった?
殺し方が凄惨すぎたのかな?
いや、僕も思いつきでやってから後悔したのだが、いやそのね?
さすがにあそこまでぐちゃぐちゃに飛び散るとは神も仏様も知らないわけで・・・
なるほど。
つまり、あれか。
「君は僕にビビッて粗相してしまったと。」
「・・・あう・・・」
恐怖と羞恥の入り混じったような複雑そうな表情をする彼女。
湯気のたつ液体は今も彼女の股からツーっとたれているわけで。
逆の立場になって考えてみた。
あくまでもタコとしての価値観が入り混じったわけではない普通の人間としての価値観の元。
今の光景を見たらどうだろう?
タコになる前の僕がこの光景に出くわしたら?
「・・・ちびって動けなくなるよね。そりゃ。」
こうして人間と触れ合って、改めて価値観がずれ始めてることを自覚する僕だった。
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この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
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裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
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冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
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父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
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そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
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