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Ⅵ章 ポリプス騎士街
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「こーこー」
懐かしい呼吸音がする。
発声魔法が使えるようになってからはあまり注意を向けてこなかった小さな小さな命の息吹。
生きてるって感じのする音。
当たり前に存在する音。
それが今は愛しく感じる。
それが今は尊く感じる。
「こーこー」
ここはどこだろうか?
僕は一体・・・
「こーこー」
そうか。僕は竜と戦って死んで、そして・・・
嗚呼、そう。
死んだのだ。
死んで、今こうして腕を動かしていた。
腕、だな。
そう。
腕。
人間の腕が視界に入る。
ぼんやりとした頭でその腕を見て思う。
今までのことは夢で実は僕は死んでいなかったのだと。
だが、その腕はゆっくりと解けるように消えていき、目の前が真っ暗になった。
やっぱり夢なのだろか?
☆ ☆ ☆
数日が経ったころ。
理解した。
どうやら僕は生まれ変わったらしい。
一度あることは二度ある。別に不思議は無い、といったら嘘になるがそこはいずれ判明するかもしれないし、僕が一人でうんぬんと考えていても理由が分かるはずもない。ので、とりあえずは捨て置く。
二度目ともなると最早驚きは弱い。
ここは?からまたか。という思いに変わる。
これが偶然なのか、なんらかの原因があるのか。
どちらにせよ文字通り命をつないだのだ。
ここはありがたく思っておこう。
そして現状を見るに、僕はどうやら―
「・・・こんなことって・・・」
「先祖がえり・・・か。しょうがない。しょうがないんだ。」
目の前にいる人たちの子供として二度目の―いや、三度目の生を得たらしい。
そして眼前にいる二人、夫婦はなにやら悲壮感漂う雰囲気をかもし出している。
ちなみにどちらが夫で妻なのかは不明。彼らの顔は僕には見分けが付かない。
なぜなら・・・
そんなことを考えるとおなじみの腕、もとい触腕が目の端をよこぎる。
「こーこー」
規則正しい呼吸をしながら、僕は彼らの顔を見て、「まるでタコのマスクをかぶってるコスプレイヤーのようだ」と思い、また眠りに落ちるのだった。
☆ ☆ ☆
そして、産まれた日から早くも2ヶ月が経つ。
3年で大人になるという僕の種族は蛸人(しょうじん)と呼ばれる魔獣よりのいわば魔人である。
子供は一月もすれば歩くようになり、1、2年で大体15、6歳ほどに、3年もすれば成人するという変なところでタコっぽい種族だ。
姿形は人間の頭をタコに変えただけの適当な外見。
僕は先祖がえり、もとい蛸人の先祖であるデビルイーターキングとやらの姿をしてるそうな。一言で言ってしまえば黒い体色の大型の蛸である。
ゆえに僕はこの町のスラム街のような場所にポイ棄てされた。
産まれて間もない子供を棄てるとはなんという鬼畜かっ!
と言いたいところだが、彼らからしたら頭だけしかない子供なんて普通は気味悪がって棄てるだろう。
僕には人間の体は生えてない。
その場で殺さなかっただけ優しいとも考えられる。だからといって感謝する気にはなれないが。
・・・せっかくなんだから体だけでも人間であって・・・いや、まぁいいや。
慣れ親しんだ体の方が良かろう。
幸いなことに身体能力は一緒のようだ。擬態化も可能。頭だけタコの形状を保つなんて複雑なことはさすがに出来ないので(髪の毛のように頭から伸びる触腕が作れない。)この蛸人の町では普段からタコの姿で、周りの壁に擬態して巣食っている。かなり大きな町であり、南は職にあぶれたならず者たちがあつまるホームレス地帯、と頑張ってポップに表現したものの、スラム街というべき治安具合であり、住んでいる人間同士で殴る蹴るはあたりまえ、強盗、殺人なんてのも当たり前。果てには他の蛸人を殺して食う輩までいる始末。
他にも僕のような奇形児にあたる子供も棄てられるようでいびつな形をした小さな子供も時折見かける。
よくもまぁ生きていられたものだ。
二ヶ月に及ぶスニーキングで得た情報はこんなところである。
当然ながら豊饒の森に帰ってやまいがどうなったかとか、動力源であるステラフィアを殺した結果、交易都市はどうなったかとかが気になったものの、現状どこの方角にあるのかすら分かっていない。
どうしたものかと考え、情報収集をしていたところだ。
さまざまな亜人、魔人が集まる大都市がここより東に歩いたところにあるという。
そこに学校なるものがあり、そこで一般常識を学ぶと同時に地形が分かればなんとかなるかもしれない。
ついでに。
全寮制らしいことも分かった。
寮では給食があるらしくそれが一番の楽しみだったりする。
ちなみに僕の日々のご飯はその辺のお店や家庭からちょろまかしてるものである。
これも一つの弱肉強食。
食品を守る力が無いがゆえに食品を盗まれるのだ。
うらむのならば僕ではなく、自信の力の無さをうらむのだなっ!
ふははははは。ははは・・・はは。うん。
・・・まさか僕が商品や一般人を襲う側に回ってしまうとはまったく持って人生とは分からない物である。窃盗に、見つかった際は適当に殴ってひるんだ隙に逃走、もとい強盗なんかも。
良心の呵責に苛まれたのは最初だけ。
あとあとになってくると楽しくナッテキタッ!
ちなみに今もそうしていたりする。
周りの景色に溶け込みながら家の窓に忍び寄る。
商店から盗んだガムテープのようなものを窓に貼り付け、軽く小突く。
パキンと小さな音を発てて割れる窓。
この街では窃盗防止にとあえて音の発つ割れやすいガラスを使っているようだが、(そうでなくとも現代ほどの強度は無かったりするけれど)無駄無駄。
最新鋭の盗人技術、もとい前世の前世でちょいちょいこの手段で盗人が空き家に入る瞬間をサスペンスとか、ドキュメントとかで見たことのある僕に死角は無かった。
小さな窓でも軟体であるタコの体には無意味。ぬるぬると月明かりしかない今時分に部屋に入り込む軟体然とした黒い影。
シュールを通り越してホラーと言っても良い。
蛸人よ。中途半端に骨を獲得した貴様らとは違うのだよ、貴様らとは。
入った部屋は蛸人の女性の寝室だったらしい。
顔さえアレでなければかなり良いプロポーションであることが毛布の上からでも分かる。
が、当然ながら蛸人なんてのは食いたいものではない。
いや、頭を茹でたら美味しいのかな、とちょっと思うけれど一応人型だし、仮にも彼らの一族として生まれた僕である。
共食いはやめようじゃないか。
文明人としてさキリッ
「ほほう、蓄えこんでんじゃないか。さすが貴族様。」
家をがさごそとあさる僕は見るヒトが見れば勇者に見えたかもしれないこともないかもしれない。
すっごいエロ下着なんかも見つけちゃったりして、なんか複雑な気分になりつつも干し肉や野菜などその場で食べれそうなものはすべて食べつくし、調理する必要があったり、お腹いっぱいになったときはあらかじめ蛸墨を乾かして作ったゴム革風呂敷に包んで、ドアから正々堂々と出て、持ち帰る。
今日は実に大量だ。
余談であるが完全肉食のデビルイーター時代と変わり、今は蛸人としての血も入ってるせいか野菜を食べ過ぎてもお腹を下さなくなった。
雑食って良いよね!
食べ過ぎると必ず未消化で排泄されるなんてことがあったのでほとんど食べてこなかった野菜。今度からは野菜もグルメリポートできそうである。
リポートを誰に?という疑問はさておき。
スラム街の特に荒んだ奥道に進んでいく。
あ、ちなみに僕はなんだかんだで身体能力を引き継いでいるのでスラム街のボス的なやつのところをのっとってやった。
生活観あふれる場所でなかなか良いところだ。
「ただいまぁ。」
と言っても誰もいないが。
「おかえりなさい。お風呂にする?ご飯にする?それとも私にする?」
「え?」
ばっと声のした方向を振り向くとそこには―愛剣、いや愛鈍器、ごろが悪いので略して愛器と呼ぶ。少しエロい印象を抱く言葉だがこれまたさておき。
「・・・え゛?」
確かめるようにもう一度見てみるとそこにはドラゴンブレスでなくなったと思っていた木剣とは口が裂けてもいえないほどに荒くけずったソレっぽい木の芯に漆を塗ったくっただけの剣状の愛器、漆黒があった。
え?
まさか今の声はこの子が?
なるほど、これはまさしく剣がしゃべる展開、ないしは剣が擬人化する展開に違いない!
ちょっと人恋しくなっていた僕はさっそく漆黒に話しかけることにした。
「なんだよ、漆黒しゃべれたの?
しゃべるんならしゃべれるでもっと早くに言ってくれればいいの――」
そう言ってるとそこに笑い声が響く。
「ぷーくすくす。」
「え?
なんでいきなり笑い始めた?なんか面白いことでもあった?
一応言っておくど僕、天然ボケをかましてないよね?」
「ぷくくくっ。」
笑い声は徐々にエスカレートしていく。
なんだこれ?
「あはははははははっ!
お兄さん?お姉さん?まぁどっちかは分からないけど、頭の人。
剣がしゃべるわけないでしょ?
ぷくくくっ!」
「なにやつっ!?」
といいつつもいや、ま、まぁ実は誰かいるのは分かってたんだ。
気配探知があるし。
いや、言い分けさせてもらうならだ。
本当に剣がしゃべるなんて無理だって分かってたさ。
ほ、本当だぞ!
声帯無いのになんで喋れるんだよ!と。分かってたよ?
ちょ、ちょっとアレだよ。あれあれ。
乗ってあげたってだけで、別に気づかなかったわけじゃないんだからねっ!
気配探知が新しく肉体が生まれ変わって使いづらくなったとか、それもあるよ?
あったからちょっと勘違いしても無理は無いっていうかさ。
「私はティキ。このスラム街の影の支配人さ。」
え、じゃあ何か?
てっきり漆黒にはなんかのファンタジー要素があってここにあると思ったのに、なぜかここにある。
・・・え、なにそれ怖い。
喋らない、意思がない―かは分からないけどなんでここにあんの?
ドラゴンブレスで巻き込まれ消し飛んだと思っていた漆黒が・・・というか漆黒、ですよね?
なんか突然語りだした少女は捨て置き、僕が巣食っているビニールシートを組み合わせたような家の片隅にかけられている漆黒を、おそるおそる触れてみる。
そしてじっくり見渡すと、おそらくこれが僕が作った漆黒であることが分かる。
僕が作った漆器における初期作である漆黒ははじめての作品ということもあり、近くで見ればムラの有る無しが良く分かる。
ここのとことか、僕が後半めんどくなって適当にやったらまるで十字傷のようなムラできてしまったのを覚えてるし、ここはグリューネが背後からいきなり現れて驚いた際に手元が狂って出来たムラ。
・・・漆黒だ。漆黒である。
「―であるからして君は私と組むべきだと―」
僕の作ったものであることはわかる。
ただ、ただ。
そう、ただなんで青く光ってるの?
中に青色のライトを仕込んでいるかのように淡く光りつづける漆黒。
なんぞこれ?
確かにこの漆黒は何層にもわたって漆を塗り続けた。
その層のうちのどっかに青い漆を使った覚えはある。が、最後に黒い漆で何十にも塗ったので、内側が透けて見えるなんて事はなく、そもそもこれ光源と化してるのだが。
暗いビニールシートのようなものを組み立てたボロ小屋全体をちょっと明るく照らしている。
わけがわからないよ。
「というわけだ。どうだい?」
「ん?何が?」
「いや、だから・・・私の話聞いてた?」
「え?」
「・・・まぁ良い。君は私を舐めているようだ。
ならば私にも考えがある。
力づくというのは好きではないのだが・・・ふふ。自身の力で大の男(?)を屈服させるというのも乙なもの。
少し痛い目にあってもらうとしよう。何、すぐに済む。」
10分後。
「うわぁああああああああああああああんっ!
覚えてろよぉっ!
ぜったいっ!ぜったいぜったいっ!ぜぇええええったいっ!
許さないんだからなぁっ!」
泣きながら帰るおかっぱ頭の、見た目美少女が泣きながら帰っていった。
なんだったんだろうか、一体。
ちなみになんかパンチとかキックしてきたので、まぁたまには近所の子供と戯れるのも良いだろうってな感じで腹筋(?)というべきかは分からないがタコの胴体部分を筋肉で締めて、それを適当に受けてやってたらなんかおもっきりくじいたらしく、涙目になった。
お腹が満腹がゆえに気分の良かった僕は特に文句を言うまでも無く、少女の気がすむまで相手をしてやっていたら、あまりにも強く殴りすぎたのだろう。ボキっといやな音を発てて、彼女は泣き叫び、そのまま逃げていったというのが現状である。
なんだったんだろうか?
「・・・近所の子供・・・ってこんな場所にあんな子供いたっけ?」
スラム街。言わずもがな治安が悪い。
少し心配になったが、たまたまあった程度の人間(タコ)が気にすることでもないと考え、その日はゆっくり安らかに眠ったのだった。
懐かしい呼吸音がする。
発声魔法が使えるようになってからはあまり注意を向けてこなかった小さな小さな命の息吹。
生きてるって感じのする音。
当たり前に存在する音。
それが今は愛しく感じる。
それが今は尊く感じる。
「こーこー」
ここはどこだろうか?
僕は一体・・・
「こーこー」
そうか。僕は竜と戦って死んで、そして・・・
嗚呼、そう。
死んだのだ。
死んで、今こうして腕を動かしていた。
腕、だな。
そう。
腕。
人間の腕が視界に入る。
ぼんやりとした頭でその腕を見て思う。
今までのことは夢で実は僕は死んでいなかったのだと。
だが、その腕はゆっくりと解けるように消えていき、目の前が真っ暗になった。
やっぱり夢なのだろか?
☆ ☆ ☆
数日が経ったころ。
理解した。
どうやら僕は生まれ変わったらしい。
一度あることは二度ある。別に不思議は無い、といったら嘘になるがそこはいずれ判明するかもしれないし、僕が一人でうんぬんと考えていても理由が分かるはずもない。ので、とりあえずは捨て置く。
二度目ともなると最早驚きは弱い。
ここは?からまたか。という思いに変わる。
これが偶然なのか、なんらかの原因があるのか。
どちらにせよ文字通り命をつないだのだ。
ここはありがたく思っておこう。
そして現状を見るに、僕はどうやら―
「・・・こんなことって・・・」
「先祖がえり・・・か。しょうがない。しょうがないんだ。」
目の前にいる人たちの子供として二度目の―いや、三度目の生を得たらしい。
そして眼前にいる二人、夫婦はなにやら悲壮感漂う雰囲気をかもし出している。
ちなみにどちらが夫で妻なのかは不明。彼らの顔は僕には見分けが付かない。
なぜなら・・・
そんなことを考えるとおなじみの腕、もとい触腕が目の端をよこぎる。
「こーこー」
規則正しい呼吸をしながら、僕は彼らの顔を見て、「まるでタコのマスクをかぶってるコスプレイヤーのようだ」と思い、また眠りに落ちるのだった。
☆ ☆ ☆
そして、産まれた日から早くも2ヶ月が経つ。
3年で大人になるという僕の種族は蛸人(しょうじん)と呼ばれる魔獣よりのいわば魔人である。
子供は一月もすれば歩くようになり、1、2年で大体15、6歳ほどに、3年もすれば成人するという変なところでタコっぽい種族だ。
姿形は人間の頭をタコに変えただけの適当な外見。
僕は先祖がえり、もとい蛸人の先祖であるデビルイーターキングとやらの姿をしてるそうな。一言で言ってしまえば黒い体色の大型の蛸である。
ゆえに僕はこの町のスラム街のような場所にポイ棄てされた。
産まれて間もない子供を棄てるとはなんという鬼畜かっ!
と言いたいところだが、彼らからしたら頭だけしかない子供なんて普通は気味悪がって棄てるだろう。
僕には人間の体は生えてない。
その場で殺さなかっただけ優しいとも考えられる。だからといって感謝する気にはなれないが。
・・・せっかくなんだから体だけでも人間であって・・・いや、まぁいいや。
慣れ親しんだ体の方が良かろう。
幸いなことに身体能力は一緒のようだ。擬態化も可能。頭だけタコの形状を保つなんて複雑なことはさすがに出来ないので(髪の毛のように頭から伸びる触腕が作れない。)この蛸人の町では普段からタコの姿で、周りの壁に擬態して巣食っている。かなり大きな町であり、南は職にあぶれたならず者たちがあつまるホームレス地帯、と頑張ってポップに表現したものの、スラム街というべき治安具合であり、住んでいる人間同士で殴る蹴るはあたりまえ、強盗、殺人なんてのも当たり前。果てには他の蛸人を殺して食う輩までいる始末。
他にも僕のような奇形児にあたる子供も棄てられるようでいびつな形をした小さな子供も時折見かける。
よくもまぁ生きていられたものだ。
二ヶ月に及ぶスニーキングで得た情報はこんなところである。
当然ながら豊饒の森に帰ってやまいがどうなったかとか、動力源であるステラフィアを殺した結果、交易都市はどうなったかとかが気になったものの、現状どこの方角にあるのかすら分かっていない。
どうしたものかと考え、情報収集をしていたところだ。
さまざまな亜人、魔人が集まる大都市がここより東に歩いたところにあるという。
そこに学校なるものがあり、そこで一般常識を学ぶと同時に地形が分かればなんとかなるかもしれない。
ついでに。
全寮制らしいことも分かった。
寮では給食があるらしくそれが一番の楽しみだったりする。
ちなみに僕の日々のご飯はその辺のお店や家庭からちょろまかしてるものである。
これも一つの弱肉強食。
食品を守る力が無いがゆえに食品を盗まれるのだ。
うらむのならば僕ではなく、自信の力の無さをうらむのだなっ!
ふははははは。ははは・・・はは。うん。
・・・まさか僕が商品や一般人を襲う側に回ってしまうとはまったく持って人生とは分からない物である。窃盗に、見つかった際は適当に殴ってひるんだ隙に逃走、もとい強盗なんかも。
良心の呵責に苛まれたのは最初だけ。
あとあとになってくると楽しくナッテキタッ!
ちなみに今もそうしていたりする。
周りの景色に溶け込みながら家の窓に忍び寄る。
商店から盗んだガムテープのようなものを窓に貼り付け、軽く小突く。
パキンと小さな音を発てて割れる窓。
この街では窃盗防止にとあえて音の発つ割れやすいガラスを使っているようだが、(そうでなくとも現代ほどの強度は無かったりするけれど)無駄無駄。
最新鋭の盗人技術、もとい前世の前世でちょいちょいこの手段で盗人が空き家に入る瞬間をサスペンスとか、ドキュメントとかで見たことのある僕に死角は無かった。
小さな窓でも軟体であるタコの体には無意味。ぬるぬると月明かりしかない今時分に部屋に入り込む軟体然とした黒い影。
シュールを通り越してホラーと言っても良い。
蛸人よ。中途半端に骨を獲得した貴様らとは違うのだよ、貴様らとは。
入った部屋は蛸人の女性の寝室だったらしい。
顔さえアレでなければかなり良いプロポーションであることが毛布の上からでも分かる。
が、当然ながら蛸人なんてのは食いたいものではない。
いや、頭を茹でたら美味しいのかな、とちょっと思うけれど一応人型だし、仮にも彼らの一族として生まれた僕である。
共食いはやめようじゃないか。
文明人としてさキリッ
「ほほう、蓄えこんでんじゃないか。さすが貴族様。」
家をがさごそとあさる僕は見るヒトが見れば勇者に見えたかもしれないこともないかもしれない。
すっごいエロ下着なんかも見つけちゃったりして、なんか複雑な気分になりつつも干し肉や野菜などその場で食べれそうなものはすべて食べつくし、調理する必要があったり、お腹いっぱいになったときはあらかじめ蛸墨を乾かして作ったゴム革風呂敷に包んで、ドアから正々堂々と出て、持ち帰る。
今日は実に大量だ。
余談であるが完全肉食のデビルイーター時代と変わり、今は蛸人としての血も入ってるせいか野菜を食べ過ぎてもお腹を下さなくなった。
雑食って良いよね!
食べ過ぎると必ず未消化で排泄されるなんてことがあったのでほとんど食べてこなかった野菜。今度からは野菜もグルメリポートできそうである。
リポートを誰に?という疑問はさておき。
スラム街の特に荒んだ奥道に進んでいく。
あ、ちなみに僕はなんだかんだで身体能力を引き継いでいるのでスラム街のボス的なやつのところをのっとってやった。
生活観あふれる場所でなかなか良いところだ。
「ただいまぁ。」
と言っても誰もいないが。
「おかえりなさい。お風呂にする?ご飯にする?それとも私にする?」
「え?」
ばっと声のした方向を振り向くとそこには―愛剣、いや愛鈍器、ごろが悪いので略して愛器と呼ぶ。少しエロい印象を抱く言葉だがこれまたさておき。
「・・・え゛?」
確かめるようにもう一度見てみるとそこにはドラゴンブレスでなくなったと思っていた木剣とは口が裂けてもいえないほどに荒くけずったソレっぽい木の芯に漆を塗ったくっただけの剣状の愛器、漆黒があった。
え?
まさか今の声はこの子が?
なるほど、これはまさしく剣がしゃべる展開、ないしは剣が擬人化する展開に違いない!
ちょっと人恋しくなっていた僕はさっそく漆黒に話しかけることにした。
「なんだよ、漆黒しゃべれたの?
しゃべるんならしゃべれるでもっと早くに言ってくれればいいの――」
そう言ってるとそこに笑い声が響く。
「ぷーくすくす。」
「え?
なんでいきなり笑い始めた?なんか面白いことでもあった?
一応言っておくど僕、天然ボケをかましてないよね?」
「ぷくくくっ。」
笑い声は徐々にエスカレートしていく。
なんだこれ?
「あはははははははっ!
お兄さん?お姉さん?まぁどっちかは分からないけど、頭の人。
剣がしゃべるわけないでしょ?
ぷくくくっ!」
「なにやつっ!?」
といいつつもいや、ま、まぁ実は誰かいるのは分かってたんだ。
気配探知があるし。
いや、言い分けさせてもらうならだ。
本当に剣がしゃべるなんて無理だって分かってたさ。
ほ、本当だぞ!
声帯無いのになんで喋れるんだよ!と。分かってたよ?
ちょ、ちょっとアレだよ。あれあれ。
乗ってあげたってだけで、別に気づかなかったわけじゃないんだからねっ!
気配探知が新しく肉体が生まれ変わって使いづらくなったとか、それもあるよ?
あったからちょっと勘違いしても無理は無いっていうかさ。
「私はティキ。このスラム街の影の支配人さ。」
え、じゃあ何か?
てっきり漆黒にはなんかのファンタジー要素があってここにあると思ったのに、なぜかここにある。
・・・え、なにそれ怖い。
喋らない、意思がない―かは分からないけどなんでここにあんの?
ドラゴンブレスで巻き込まれ消し飛んだと思っていた漆黒が・・・というか漆黒、ですよね?
なんか突然語りだした少女は捨て置き、僕が巣食っているビニールシートを組み合わせたような家の片隅にかけられている漆黒を、おそるおそる触れてみる。
そしてじっくり見渡すと、おそらくこれが僕が作った漆黒であることが分かる。
僕が作った漆器における初期作である漆黒ははじめての作品ということもあり、近くで見ればムラの有る無しが良く分かる。
ここのとことか、僕が後半めんどくなって適当にやったらまるで十字傷のようなムラできてしまったのを覚えてるし、ここはグリューネが背後からいきなり現れて驚いた際に手元が狂って出来たムラ。
・・・漆黒だ。漆黒である。
「―であるからして君は私と組むべきだと―」
僕の作ったものであることはわかる。
ただ、ただ。
そう、ただなんで青く光ってるの?
中に青色のライトを仕込んでいるかのように淡く光りつづける漆黒。
なんぞこれ?
確かにこの漆黒は何層にもわたって漆を塗り続けた。
その層のうちのどっかに青い漆を使った覚えはある。が、最後に黒い漆で何十にも塗ったので、内側が透けて見えるなんて事はなく、そもそもこれ光源と化してるのだが。
暗いビニールシートのようなものを組み立てたボロ小屋全体をちょっと明るく照らしている。
わけがわからないよ。
「というわけだ。どうだい?」
「ん?何が?」
「いや、だから・・・私の話聞いてた?」
「え?」
「・・・まぁ良い。君は私を舐めているようだ。
ならば私にも考えがある。
力づくというのは好きではないのだが・・・ふふ。自身の力で大の男(?)を屈服させるというのも乙なもの。
少し痛い目にあってもらうとしよう。何、すぐに済む。」
10分後。
「うわぁああああああああああああああんっ!
覚えてろよぉっ!
ぜったいっ!ぜったいぜったいっ!ぜぇええええったいっ!
許さないんだからなぁっ!」
泣きながら帰るおかっぱ頭の、見た目美少女が泣きながら帰っていった。
なんだったんだろうか、一体。
ちなみになんかパンチとかキックしてきたので、まぁたまには近所の子供と戯れるのも良いだろうってな感じで腹筋(?)というべきかは分からないがタコの胴体部分を筋肉で締めて、それを適当に受けてやってたらなんかおもっきりくじいたらしく、涙目になった。
お腹が満腹がゆえに気分の良かった僕は特に文句を言うまでも無く、少女の気がすむまで相手をしてやっていたら、あまりにも強く殴りすぎたのだろう。ボキっといやな音を発てて、彼女は泣き叫び、そのまま逃げていったというのが現状である。
なんだったんだろうか?
「・・・近所の子供・・・ってこんな場所にあんな子供いたっけ?」
スラム街。言わずもがな治安が悪い。
少し心配になったが、たまたまあった程度の人間(タコ)が気にすることでもないと考え、その日はゆっくり安らかに眠ったのだった。
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自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
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