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Ⅵ章 ポリプス騎士街
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「ぐず・・・」
「ご、ごめんなさい。」
僕が謝ると彼女はこちらをじとっと見つめて、
「・・・もう無視しない?」
「しません。」
「な、なら許してあげる。」
目を潤ませながら許してくれたティキ少女。
「・・・こほん。
私はティキ、このスラム街の影の支配人さ。」
「え、そこから?」
と、つっこむと。
「・・・。」
目を潤ませながらこちらをにらむティキ。
・・・うん、まぁ聞きましょう。
で、彼女のその後の話をまとめるとこうなる。
このスラム街にポッと出てきた僕が表のボス的な奴、アガータとやらをぶちのめした僕に興味を抱き、彼女は僕に会いに来たという。
ちなみにアガータとやらが誰かと聞くと僕の現在の住処に元々すんでいた禿頭の巨漢である。ちなみに顔は普通の――蛸人にとっての普通なので蛸の顔であるが――顔だったのだが、どうも頭に付いてる触腕の数が少ないということで親に捨てられたアガータ君5歳。
5歳であのふけ具合か。などと今はもうかすれきって思い出せない彼の顔を思い出す努力をしようとして、どうせタコの顔だし見分けができないことに気づいた。思い出す努力を早々に放棄し、とりあえず彼女が何者なのかを詳しく聞いてみる。
すると私は選ばれた人類なのだとかなんとか痛いことを言い出したのでそのへんは適当に流しつつ、とりあえず彼女は今のスラム街区をちゃんとした区にしたいという野望を持っているらしい。
ちゃんとした区。もとい治安の良い、落ちこぼれやワケアリどもの巣窟としてではなく普通の街の人たちが暮らす平和な場所に変えたいということ。
でもってそのためには力が必要だと悟ったらしいのだ。
最初こそ話して回ったがもちろんのことろくな教育を受けずに、産まれてすぐ、ないしはここで性根を廃れさせた彼らにスラム街区をどうにかしようとか、このままじゃ駄目だとかそういう発想も気力も無い。
だったら力でなんとか正して、最初は無理やりでいびつでも一度平和な町並みを理解し、経験すればその平和を守るために尽力するだろうと彼女は考えたのだった。
「なんでそこまでして・・・?」
正直彼女みたいな子供がどうこうするには大きすぎる問題だ。
「・・・それはね。私を育ててくれた人が――」
話が長くなったので割愛。
ハートフルで泣ける話だったとだけ言っておこう。
まとめて一言で言ってしまえば今は居ない育ての親の夢をかなえたいとのことだ。
その夢がスラム街から不幸な人たちをなくすこと。
「だから私に協力してっ!貴方だって住むところがよくなるのは嬉しいでしょ!?」
「だが断る。」
「っなんでっ!?」
ぶっちゃけちょっとしたら出て行くつもりなので、そんな面倒なことをしてる時間はあまりないし、やまいたちのその後をとっととしりたいというのもある。
確かに立派だとは思うが、年単位の時間がかかるであろうことは予想できる。
そもそも―
「ここに望んできた人はどうなるのさ?」
「・・・?そんなひと居るわけ無いじゃない。」
「・・・それすら分かってないのか。なおさら話になりません。」
望んでとはちょっと違うが、この街になじめずスラム街に逃げてきたという人もいるだろう。
犯罪者が逃げ込む先でもあるかもしれない。それに僕のように捨てられた子供はこのスラム街が世界である。
今まで犯罪行為を当たり前のようにしていた人間が平和な町並みに適応するには相当の手間と時間がかかるだろう。
力で押さえつける。というのにも限界はある。
彼女の言葉はただの夢物語でしかないのだ。
不可能とは言うまい。が、非常に困難であることは間違いは無い。
それを分かってでも挑戦するのは構わない。それを踏まえた動きをするだろうし覚悟を持っているからだ。
しかし、それを分かっていない目の前の子供は――
「夢物語はほどほどにね。」
「え、ちょっ、ちょっと・・・」
さすがに付き合えないです。
お詫びがてら話だけでもと思っていたのだが、とてもじゃないけど僕には無理だった。
「ていうか、地図は結局読めないの?」
「へ?」
「・・・とりあえずそれ返してくれないかな。」
あれだな。ここで読んでもらって借りを作ってしまうとちょっとまずいかもしれない。
いや、そんなもん知るかぁ!って感じで無視してしまえばいい話なのだが、さすがに気が咎めるわけで、そもそもスラム街の子供に文字が読めるわけが―――
「地図?
これ、地図なの?そんなわけないじゃない。地図はかなり厳重に保管され――・・・え?うん?
あれ?」
「どうしたのさ?」
「・・・これ、地図?」
「だからそう言ってるじゃないか。」
唐突に冷や汗を流し始めた彼女。
「ぽ、ぽ・・・」
「ぽ?」
「ぽんぽん痛い。ぽんぽん痛いよう。」
お腹を抑え始めた。
わけがわからないよ。
一体地図のひとつふたつで何を大騒ぎしているかまったくもって意味不明である。キリッ!
だったら良かったんだけども。
や、やっぱりまずかったりするのかなぁと思いつつも詳しく聞いてみようとしたところで。
「ここにいたか。」
「た、隊長っ!」
「全隊、警戒態勢。しかしむやみに威圧する必要はない。戦闘行為へスムーズに移行できるように準備だけをしておけ。」
「はっ!!」
「「はっ?」」
唐突にやってきた騎士然とした集団に囲まれた僕たちであった。
☆ ☆ ☆
「あわわわわ、やばい、やばい・・・やばいわ・・・」
「どうかしたのですか?顧問軍師、アンリエッタ殿。」
「え、あ、あら騎士団長っ!
き、奇遇ね!!」
「騎士団長?」
「あ、いえっ!
下賎なる脳筋、スバル畜生。こんなところになんのようなのかしらっ!?」
ここはポリプス騎士街、騎士団本部、東棟3F。
訓練所前である。
そこにいるのは二人のタコ頭の人間。
片方はアンリエッタと呼ばれたスタイル抜群の美女。
妙齢の美女といっていい美貌(タコ頭であるが、タコ的には美人である)を持ちながらも、その中身は完全な選民思想にとらわれており、貴族以外畜生同然という尖った思想を持つポリプス騎士団における軍師の立ち位置にいる、エリートである。
顧問と名がついているのは騎士団全体を顧問する、いわば最高権力者に近い。
性格に難あれど、貴族以外を見下しているということ以外では非常にまとも、どころか、軍師としての力量は世界トップクラスと称えられるほどである。
当然ながら私情と軍務を分けて考えることもできるので、会うたび会うたびの口の悪さにさえ目を瞑れば、良い上司といえよう。
実害といえば悪口を受けるという程度で、見返りは彼女の下で戦っていれば普通は死ぬ戦いでも生きて帰れる可能性が格段にあがるというもの。
その性格の悪さに反比例するかのように彼女の部下でありたがる騎士は多い。
その彼女がたとえ騎士団長といえども自身よりも立場の低いスバル騎士団長を、役職で呼ぶというのは通常ありえないことであった。
しばらく前にあった人間対亜人、もとい隣国パルティオンと帝国ライフィリア帝国との戦争時には10倍の戦力を目の前にした状況であろうともその口の悪さだけはなりを潜めなかったほどなのだ。
どんなことがあろうとも自身よりも下の立場の者を敬称で呼ぶことなどおおよそありえなかった彼女がスバルを役職で、もとい敬称で呼ぶ。
それを聞いて怪訝な表情をするスバル。
「スバル畜生。私はこれから用事があるので、これで失礼するわ。」
さんづけの代わりに名のあとに畜生をつけながら彼女はスバルの前を去っていく。
「はっ!」
敬礼で彼女を見送り、一人の男を呼ぶ出すスバル。
するとどこからともなく現れた黒づくめの男。忍び寄るお仕事をする方である。
「どう思う?」
「・・・怪しいですね。何かあったと思うべきです。それもあの性悪女が動揺するほどの何かが。」
「・・・本気で言っているのか?
どう考えてもそんなこと・・・それこそ国を揺るがすような何かが起こったとしか・・・」
「起こった・・・と考えるべきでしょう。」
「はっはっはっ。馬鹿なことを言うな。戦争も終わって、これからだって時にか?
好きな男ができたとか・・・だったらいいなぁ。」
「希望的観測ですね。」
「全くだ。やむをえんか。彼女の身辺を調べろ。」
「良いのですか?」
「彼女は確かに私情と軍務を分けて考えることのできる女性だが、あの様子からするとばれるとかなりまずい案件だろう。ただの与太話ならばいいが・・・今俺に打ち明けなかったということはよほど大きな案件、ってだけなら普通に俺たちを使ってくるだろうから、その案件は大きくて、なおかつ自身のミスによるものだと予想ができる。さすがの彼女とて私たち下の立場のものに自身のミスによるものを正直に打ち明けることができるかは・・・五分五分だろう。」
「・・・この機会にやめさせてしまうというのはどうでしょう?
悪口に辟易しなくて済みます。」
「本気で言っているのか?」
「ふふふ、冗談です。」
「たとえどんなに不利なことがあったとしても、彼女の下で戦うほどの安全な場所はない。王が自ら『彼女を飾り立てる装飾品は勝利のみ』と評したほどなのだからな。」
「・・・いってまいります。」
「できれば秘密裏に処理をしたい。信頼のできるものも見繕っておいてくれ。」
「了解です。」
黒づくめの男はそういってスバルの目の前から消えた。
「できれば簡単にいってくれよ。」
☆ ☆ ☆
翌日。
「原因が分かりました。」
「なんだ?」
「どうやら地図をなくされたようです。毎日地図を確認する習慣を持っている方なので、おそらくは無くされて1、2日くらいしか経ってないと思われます。」
「地図っ!?スパイかっ!?」
「いえ・・・それが・・・通常ありえない方法で盗み出されていたのです。」
「・・・どういうことだ?」
「はい。当然ながら彼女は軍師ですから地図の重要性は誰よりも理解しています。ゆえに保管していた場所は彼女が住む屋敷の彼女の寝室。それも入っていた場所には鍵をかけ、魔法もかけていたのです。」
「その魔法は?」
「ハイパーロックです。形跡を見るに超一流にしてもらったものですね。」
「・・・何か犯人の手がかりは?」
「それが・・・何も。」
「・・・ばかなっ!?」
「あの屋敷は軍師専用の屋敷であることは存じていますよね?」
「ああ・・・持ち主以外は転送によってでしか中に入れない。いや、入ろうと思えば入れるが子供よりも小さな体でもない限り入れるほどの隙間はないし、壁や窓を壊そうにも壊した場合音を検知する魔法が発動するはず。・・・壊されたあとは・・・」
「ありません。」
「・・・ハイパーロックはどうだったたんだ?」
「無理やりこじ開けられていました。」
「・・・無理やり・・・だと?」
「はい。」
ハイパーロックとは扉や引き出しなど大切なものを保管する際に使う魔法で、使うとまるで接着剤に付けたように動かなくなる。発動する際に決める特定のキーワードのみで解除することが可能であり、力づくであけようとするとなるとかなりの筋力が必要になる。
少なくとも人型の生物でそんな馬鹿力を持つ生物なんてのは聞いたことがない。
「そしてもう一つ気になる点が。」
「・・・はぁ・・・なんだ。」
あまりにも常識破りな盗み具合に危機感を通り越して、呆れてすらいるスバルの耳にひとつの情報が入り込む。
「食材が盗まれていました。」
「・・・高価なものか?」
「いえ、千差万別。視界に入ったそばから、といった感じですね。」
「・・・おい。まさか。」
「はい、最近巷を騒がせている食材泥棒・・・の仕業かもしれません。」
「・・・なんで食材泥棒が地図まで盗む?カモフラージュか?」
「そこまではなんとも。現場から読み取れた情報はこのくらいですね。」
「・・・ご苦労。追跡魔法もあったはずだが・・・さすがにこれも無力化されているとかだったら手に負えんぞ。」
「そちらは大丈夫です。
すぐにでも追えます。」
「・・・そこまでわかっているとなれば・・・」
「はい。すでに犯人のいる場所も、姿も確認済みです。ただ・・・」
「ただ?」
「かなり手ごわいです。探知魔法で常に周りを探っているようですので姿は遠目で見る限りでは先祖返りらしいとしか。」
「先祖返りかっ!?ほ、本当なのか・・・それは?」
「はい。」
「・・・どうして先祖返りが地図なんてものを・・・価値を知らずに適当に盗んだ・・・のか?いや、売るため?しかし、もっと高価そうなものはたくさんあるだろうし、目的無く、というのも考えづらい。」
うんうんと考え込むスバルはやがて結論を出す。
「とにかく犯人の確保をしてからだな。話はそれからだ。準備は出来ているか?」
「滞りなく。いつでもいけます。」
「今回のは相手が悪かったな。アンリエッタ殿はむしろ厳重すぎるくらいだ。さすがだな。普通に打ち明けても問題はないと思うが・・・」
「秘密裏に取り返せるなら取り返せるで越したことはないでしょう。」
「うむ。すぐに行く。」
「了解しました。」
その日、ポリプス騎士団、特別対応臨時急務隊はスラム街へと足を運ぶ。
そこで彼らは目にするのだ。
タコという生物のデタラメ具合を。
「ご、ごめんなさい。」
僕が謝ると彼女はこちらをじとっと見つめて、
「・・・もう無視しない?」
「しません。」
「な、なら許してあげる。」
目を潤ませながら許してくれたティキ少女。
「・・・こほん。
私はティキ、このスラム街の影の支配人さ。」
「え、そこから?」
と、つっこむと。
「・・・。」
目を潤ませながらこちらをにらむティキ。
・・・うん、まぁ聞きましょう。
で、彼女のその後の話をまとめるとこうなる。
このスラム街にポッと出てきた僕が表のボス的な奴、アガータとやらをぶちのめした僕に興味を抱き、彼女は僕に会いに来たという。
ちなみにアガータとやらが誰かと聞くと僕の現在の住処に元々すんでいた禿頭の巨漢である。ちなみに顔は普通の――蛸人にとっての普通なので蛸の顔であるが――顔だったのだが、どうも頭に付いてる触腕の数が少ないということで親に捨てられたアガータ君5歳。
5歳であのふけ具合か。などと今はもうかすれきって思い出せない彼の顔を思い出す努力をしようとして、どうせタコの顔だし見分けができないことに気づいた。思い出す努力を早々に放棄し、とりあえず彼女が何者なのかを詳しく聞いてみる。
すると私は選ばれた人類なのだとかなんとか痛いことを言い出したのでそのへんは適当に流しつつ、とりあえず彼女は今のスラム街区をちゃんとした区にしたいという野望を持っているらしい。
ちゃんとした区。もとい治安の良い、落ちこぼれやワケアリどもの巣窟としてではなく普通の街の人たちが暮らす平和な場所に変えたいということ。
でもってそのためには力が必要だと悟ったらしいのだ。
最初こそ話して回ったがもちろんのことろくな教育を受けずに、産まれてすぐ、ないしはここで性根を廃れさせた彼らにスラム街区をどうにかしようとか、このままじゃ駄目だとかそういう発想も気力も無い。
だったら力でなんとか正して、最初は無理やりでいびつでも一度平和な町並みを理解し、経験すればその平和を守るために尽力するだろうと彼女は考えたのだった。
「なんでそこまでして・・・?」
正直彼女みたいな子供がどうこうするには大きすぎる問題だ。
「・・・それはね。私を育ててくれた人が――」
話が長くなったので割愛。
ハートフルで泣ける話だったとだけ言っておこう。
まとめて一言で言ってしまえば今は居ない育ての親の夢をかなえたいとのことだ。
その夢がスラム街から不幸な人たちをなくすこと。
「だから私に協力してっ!貴方だって住むところがよくなるのは嬉しいでしょ!?」
「だが断る。」
「っなんでっ!?」
ぶっちゃけちょっとしたら出て行くつもりなので、そんな面倒なことをしてる時間はあまりないし、やまいたちのその後をとっととしりたいというのもある。
確かに立派だとは思うが、年単位の時間がかかるであろうことは予想できる。
そもそも―
「ここに望んできた人はどうなるのさ?」
「・・・?そんなひと居るわけ無いじゃない。」
「・・・それすら分かってないのか。なおさら話になりません。」
望んでとはちょっと違うが、この街になじめずスラム街に逃げてきたという人もいるだろう。
犯罪者が逃げ込む先でもあるかもしれない。それに僕のように捨てられた子供はこのスラム街が世界である。
今まで犯罪行為を当たり前のようにしていた人間が平和な町並みに適応するには相当の手間と時間がかかるだろう。
力で押さえつける。というのにも限界はある。
彼女の言葉はただの夢物語でしかないのだ。
不可能とは言うまい。が、非常に困難であることは間違いは無い。
それを分かってでも挑戦するのは構わない。それを踏まえた動きをするだろうし覚悟を持っているからだ。
しかし、それを分かっていない目の前の子供は――
「夢物語はほどほどにね。」
「え、ちょっ、ちょっと・・・」
さすがに付き合えないです。
お詫びがてら話だけでもと思っていたのだが、とてもじゃないけど僕には無理だった。
「ていうか、地図は結局読めないの?」
「へ?」
「・・・とりあえずそれ返してくれないかな。」
あれだな。ここで読んでもらって借りを作ってしまうとちょっとまずいかもしれない。
いや、そんなもん知るかぁ!って感じで無視してしまえばいい話なのだが、さすがに気が咎めるわけで、そもそもスラム街の子供に文字が読めるわけが―――
「地図?
これ、地図なの?そんなわけないじゃない。地図はかなり厳重に保管され――・・・え?うん?
あれ?」
「どうしたのさ?」
「・・・これ、地図?」
「だからそう言ってるじゃないか。」
唐突に冷や汗を流し始めた彼女。
「ぽ、ぽ・・・」
「ぽ?」
「ぽんぽん痛い。ぽんぽん痛いよう。」
お腹を抑え始めた。
わけがわからないよ。
一体地図のひとつふたつで何を大騒ぎしているかまったくもって意味不明である。キリッ!
だったら良かったんだけども。
や、やっぱりまずかったりするのかなぁと思いつつも詳しく聞いてみようとしたところで。
「ここにいたか。」
「た、隊長っ!」
「全隊、警戒態勢。しかしむやみに威圧する必要はない。戦闘行為へスムーズに移行できるように準備だけをしておけ。」
「はっ!!」
「「はっ?」」
唐突にやってきた騎士然とした集団に囲まれた僕たちであった。
☆ ☆ ☆
「あわわわわ、やばい、やばい・・・やばいわ・・・」
「どうかしたのですか?顧問軍師、アンリエッタ殿。」
「え、あ、あら騎士団長っ!
き、奇遇ね!!」
「騎士団長?」
「あ、いえっ!
下賎なる脳筋、スバル畜生。こんなところになんのようなのかしらっ!?」
ここはポリプス騎士街、騎士団本部、東棟3F。
訓練所前である。
そこにいるのは二人のタコ頭の人間。
片方はアンリエッタと呼ばれたスタイル抜群の美女。
妙齢の美女といっていい美貌(タコ頭であるが、タコ的には美人である)を持ちながらも、その中身は完全な選民思想にとらわれており、貴族以外畜生同然という尖った思想を持つポリプス騎士団における軍師の立ち位置にいる、エリートである。
顧問と名がついているのは騎士団全体を顧問する、いわば最高権力者に近い。
性格に難あれど、貴族以外を見下しているということ以外では非常にまとも、どころか、軍師としての力量は世界トップクラスと称えられるほどである。
当然ながら私情と軍務を分けて考えることもできるので、会うたび会うたびの口の悪さにさえ目を瞑れば、良い上司といえよう。
実害といえば悪口を受けるという程度で、見返りは彼女の下で戦っていれば普通は死ぬ戦いでも生きて帰れる可能性が格段にあがるというもの。
その性格の悪さに反比例するかのように彼女の部下でありたがる騎士は多い。
その彼女がたとえ騎士団長といえども自身よりも立場の低いスバル騎士団長を、役職で呼ぶというのは通常ありえないことであった。
しばらく前にあった人間対亜人、もとい隣国パルティオンと帝国ライフィリア帝国との戦争時には10倍の戦力を目の前にした状況であろうともその口の悪さだけはなりを潜めなかったほどなのだ。
どんなことがあろうとも自身よりも下の立場の者を敬称で呼ぶことなどおおよそありえなかった彼女がスバルを役職で、もとい敬称で呼ぶ。
それを聞いて怪訝な表情をするスバル。
「スバル畜生。私はこれから用事があるので、これで失礼するわ。」
さんづけの代わりに名のあとに畜生をつけながら彼女はスバルの前を去っていく。
「はっ!」
敬礼で彼女を見送り、一人の男を呼ぶ出すスバル。
するとどこからともなく現れた黒づくめの男。忍び寄るお仕事をする方である。
「どう思う?」
「・・・怪しいですね。何かあったと思うべきです。それもあの性悪女が動揺するほどの何かが。」
「・・・本気で言っているのか?
どう考えてもそんなこと・・・それこそ国を揺るがすような何かが起こったとしか・・・」
「起こった・・・と考えるべきでしょう。」
「はっはっはっ。馬鹿なことを言うな。戦争も終わって、これからだって時にか?
好きな男ができたとか・・・だったらいいなぁ。」
「希望的観測ですね。」
「全くだ。やむをえんか。彼女の身辺を調べろ。」
「良いのですか?」
「彼女は確かに私情と軍務を分けて考えることのできる女性だが、あの様子からするとばれるとかなりまずい案件だろう。ただの与太話ならばいいが・・・今俺に打ち明けなかったということはよほど大きな案件、ってだけなら普通に俺たちを使ってくるだろうから、その案件は大きくて、なおかつ自身のミスによるものだと予想ができる。さすがの彼女とて私たち下の立場のものに自身のミスによるものを正直に打ち明けることができるかは・・・五分五分だろう。」
「・・・この機会にやめさせてしまうというのはどうでしょう?
悪口に辟易しなくて済みます。」
「本気で言っているのか?」
「ふふふ、冗談です。」
「たとえどんなに不利なことがあったとしても、彼女の下で戦うほどの安全な場所はない。王が自ら『彼女を飾り立てる装飾品は勝利のみ』と評したほどなのだからな。」
「・・・いってまいります。」
「できれば秘密裏に処理をしたい。信頼のできるものも見繕っておいてくれ。」
「了解です。」
黒づくめの男はそういってスバルの目の前から消えた。
「できれば簡単にいってくれよ。」
☆ ☆ ☆
翌日。
「原因が分かりました。」
「なんだ?」
「どうやら地図をなくされたようです。毎日地図を確認する習慣を持っている方なので、おそらくは無くされて1、2日くらいしか経ってないと思われます。」
「地図っ!?スパイかっ!?」
「いえ・・・それが・・・通常ありえない方法で盗み出されていたのです。」
「・・・どういうことだ?」
「はい。当然ながら彼女は軍師ですから地図の重要性は誰よりも理解しています。ゆえに保管していた場所は彼女が住む屋敷の彼女の寝室。それも入っていた場所には鍵をかけ、魔法もかけていたのです。」
「その魔法は?」
「ハイパーロックです。形跡を見るに超一流にしてもらったものですね。」
「・・・何か犯人の手がかりは?」
「それが・・・何も。」
「・・・ばかなっ!?」
「あの屋敷は軍師専用の屋敷であることは存じていますよね?」
「ああ・・・持ち主以外は転送によってでしか中に入れない。いや、入ろうと思えば入れるが子供よりも小さな体でもない限り入れるほどの隙間はないし、壁や窓を壊そうにも壊した場合音を検知する魔法が発動するはず。・・・壊されたあとは・・・」
「ありません。」
「・・・ハイパーロックはどうだったたんだ?」
「無理やりこじ開けられていました。」
「・・・無理やり・・・だと?」
「はい。」
ハイパーロックとは扉や引き出しなど大切なものを保管する際に使う魔法で、使うとまるで接着剤に付けたように動かなくなる。発動する際に決める特定のキーワードのみで解除することが可能であり、力づくであけようとするとなるとかなりの筋力が必要になる。
少なくとも人型の生物でそんな馬鹿力を持つ生物なんてのは聞いたことがない。
「そしてもう一つ気になる点が。」
「・・・はぁ・・・なんだ。」
あまりにも常識破りな盗み具合に危機感を通り越して、呆れてすらいるスバルの耳にひとつの情報が入り込む。
「食材が盗まれていました。」
「・・・高価なものか?」
「いえ、千差万別。視界に入ったそばから、といった感じですね。」
「・・・おい。まさか。」
「はい、最近巷を騒がせている食材泥棒・・・の仕業かもしれません。」
「・・・なんで食材泥棒が地図まで盗む?カモフラージュか?」
「そこまではなんとも。現場から読み取れた情報はこのくらいですね。」
「・・・ご苦労。追跡魔法もあったはずだが・・・さすがにこれも無力化されているとかだったら手に負えんぞ。」
「そちらは大丈夫です。
すぐにでも追えます。」
「・・・そこまでわかっているとなれば・・・」
「はい。すでに犯人のいる場所も、姿も確認済みです。ただ・・・」
「ただ?」
「かなり手ごわいです。探知魔法で常に周りを探っているようですので姿は遠目で見る限りでは先祖返りらしいとしか。」
「先祖返りかっ!?ほ、本当なのか・・・それは?」
「はい。」
「・・・どうして先祖返りが地図なんてものを・・・価値を知らずに適当に盗んだ・・・のか?いや、売るため?しかし、もっと高価そうなものはたくさんあるだろうし、目的無く、というのも考えづらい。」
うんうんと考え込むスバルはやがて結論を出す。
「とにかく犯人の確保をしてからだな。話はそれからだ。準備は出来ているか?」
「滞りなく。いつでもいけます。」
「今回のは相手が悪かったな。アンリエッタ殿はむしろ厳重すぎるくらいだ。さすがだな。普通に打ち明けても問題はないと思うが・・・」
「秘密裏に取り返せるなら取り返せるで越したことはないでしょう。」
「うむ。すぐに行く。」
「了解しました。」
その日、ポリプス騎士団、特別対応臨時急務隊はスラム街へと足を運ぶ。
そこで彼らは目にするのだ。
タコという生物のデタラメ具合を。
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※修正要請のコメントは対処後に削除します。
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