タコのグルメ日記

百合之花

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Ⅵ章 ポリプス騎士街

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というわけで紆余曲折あったものの、牢屋生活は一日のみで、すぐに牢屋から出された。

「すまなかった。結果的に嘘をついてしまったことを詫びる。」
「いえいえ~。」

騎士団長の謝罪を軽く流す。
こっちも怪しいのだ。いろいろと。なぜ牢屋なんだっ!と怒るにはいささか思い当たることが多すぎる。
漆黒を触腕の一つで持ち、彼のあゆみに合わせてついていく。
しばらく歩いて階段を上っていくと重厚な壁に包まれた無骨な廊下に出てくる。
見ず知らない人が団長と歩いているせいだろうか?
やたらとちらちら見てくるすれ違う人たち。
こちらが目を向けると慌てて背ける目。
シャイな騎士が多いようだ。
歩きながらちょっとだけ話すことにした。

「ええとこちらこそ謝らねばならないのでは?」
「・・・怪我のことか?
その点はこちらの落ち度だ。
君の所有物に手を出したのだからな。昔に比べて治癒魔法もレベルが高い以上、俺を含め、直接手を出したあの黒づくめの男も無事だ。」
「・・・。」

所有物に?
冷や汗がだらだらと流れてくる。
住まいには地図を置いてあったはず。
・・・どうしてかは分からないけど地図を盗んだのを僕だと気づいている?
でなければわざわざスラム街にいる、彼らからしたら頭だけの不気味な生物の住処をあさろうとなんてしないはず。

「・・・その顔を見るに分かっているようだ。だが、安心してくれ。先も言ったように悪いようにするつもりはない。いや、できないというべきか。」
「えっとそれはどうして・・・」
「少し話が長くなりそうだし、この話はティキ殿にも聞かせておきたいから、この場ではなく二人に同時に言うさ。それよりも、だ。まずは約束を守らねばな。」
「約束?」
「美味いメシをやるといっただろう?」
「まじでかっ!?」
「うおっ!?」

つい喰い気味に彼にせまる。
今まで食べてきたものといえば素材そのままの生肉だったり、生野菜だったり、生水だったり。
焼こうにも焼くような魔法は使えないし、手作りもできない。
魔道具は盗めなかった。魔道具店の警備は厳重で、なおかつマッチ替わりの魔道具も高価なため、ちょっとした良心と日本人特有の謙虚さから高価なものはちょっと・・・で高価なものは盗めなかった。
いや、仮にあったとしても火を通すだけ。
生肉が焼肉に変わり、生野菜が焼き野菜に変わり、生水がお湯に変わるだけ。
すなわち、料理と呼べるものはなかった。
さすがに外食店に料理を盗みに行くなんてことはできるはずもなく。
久方ぶりの料理。しかも美味しいという。
これでテンションが上がらないわけにはいくまい!

「ティキ殿にも一緒に振舞うつもりだからもう少し待っていてもらうことになるのだが・・・っとそういえば自己紹介がまだだったな。俺はスバルだ。」
「あ、これはご丁寧に。
タコです。」
「タコ・・・?変な響きの名前だが、不思議としっくりくる気がするな。なにはともあれ、よろしく頼む。タコ殿。」

そして案内されたのは殺風景な部屋である。
そこにはすでにティキ少女もいる。
ガチガチに緊張しているようで、少々気の毒だ。こちらを見て少し安心したような表情を見せるのは僕を心配していたからなのか、単純に同じ境遇の人間がいて安心したのか。
尋問とか拷問はまだ受けてないようである。
そもそもする気がないのかもしれない。
彼らは絵に書いたような騎士、もとい名誉や矜持を重んじるようだしその心配はないのかもしれない。
スバルさんは椅子に深々と座り、僕に椅子を勧めたあとに何やらぶつぶつと独り言をいう。
すると扉から足音が聞こえてきて、シェフの様相をした男が料理を乗せた車を引いてきた。
そこにある料理を三人の目の前に置く。

「・・・これは・・・珍味すぎる。これ単体で食べるのは初めてかもしれない。」

目の前にあったのは脳みそであった。
・・・そう、脳みそ。
とはいえどカニのみそ、カニみそということではない。
パッと見、人間の脳みそにしか見えないものがトマトソースの様なものに漬け込まれ、それが卓上の上に乗っているのだ。

「・・・えと、これは人間の脳みそ?」

蛸人は人間を食べる食文化でもあるのだろうか?

「そんなわけないだろう。これは豚の脳みそだよ。」

苦笑しながらスバルはいう。
いや、まぁ動物を狩ってばりぼりと食めば、当然ながら脳みそもまるごと食べるので、まずいわけではないことはわかっているのだけれど。
直接綺麗に摘出した状態で見るのは初めてなのでいささか以上に動揺してしまった。
動揺したものの、豚の脳みそ、猿の脳みそなどは地球でも国によっては珍味として食べられていると聞いたことがあるし、そもそも人間は人も含め、石などの噛み砕けないもの以外ならばなんでも食べるとされるほどに貪欲だ。
人が人を食べる民族だって存在すると聞いたことがあるし、日本ではゲテモノとされる昆虫やトカゲ、蛇、カエルなんてものも地域や国によってはご馳走だったり、下手な食べ物よりもはるかに美味しいと言われてる。世界の様々な国を思えば脳みそ程度で、さして驚く程のことでもないなと思い直してスプーンを手に、触腕に取る。
とはいえ、こうして面と向かい合うとこの不規則に見えて規則的に入ったシワの何とも言えない生理的嫌悪感は、僕の食指を滞らせる。
脳だとはっきり理解した上で、顔を付き合わせつつ食べることのなんと難しいことか。
タコになって結構経つのだが、こうした部分でためらうあたりまだまだ人間捨ててないなとちょっと嬉しく思いつつも偏見で物を見るのはよくない。
それにもう一度言うが、獲物を飼ったあとは丸ごとかじるのだ。
血混じり、肉混じり、骨混じりとは言えども食べたことのあるもの。
今更はっきり綺麗な状態の脳みそを見せられた程度でよしやめようと思える程にやわな環境にいたわけではない。
スプーンですくいとって口に含む。
さて、純粋に脳みそだけを食べるのは始めての経験。

なんだろうか。
血抜きをしてなんらかの下処理でもしたのだろうが、今まで食べてきたどの動物の脳髄とも違う濃厚な、コク、というべきか。それが格段に強かった。
言い難くも心地よい独特な味が口に広がる。

口に入れた瞬間は少し生臭く感じても、それをトマトソースで煮込んで気にならないようにしているようで、同時に含んだトマトの酸味と甘みが生臭さをやんわり包み込み、食べるものへの不快感をなくしている。
そして残ったのは濃厚すぎるほどのコクと、まるでプリンとこんにゃくを合わせて2で割ったかのような独特の食感を僕の脳みそは感じ取った。
感じる味は重ねて言うが独特すぎていまいち表現しにくい。肉とは違い、野菜とも違い、魚とも違う。
牛乳にほんのりとした甘味と、肉の旨みのみを加えて丁寧に煮込みながら水分を飛ばして残ったものをプリンとこんにゃくを合わせて2で割ったような物体に押し固めた。というものか。
一般人ならばドン引きするほどの、えぐい見た目に反してなかなかどうして優しくも、柔らかい味と言えるだろう。

ただ、個人的な好みで言えばもっとがっつりとしたものを食べたかった。
トカゲのステーキとか、カエルのステーキとか。
なんなら野菜でもいい。仮とは言えども蛸人として生まれた僕は肉食動物ではなく、肉食よりの雑食となった。
野菜を思う存分食べられるのだ。
キャベツの千切りに醤油をかけたものでも食べたい気分である。

「お口にはあったかな?
一応、かなり高価な料理のうちの一つで、なかなかいいという評判なんだが・・・」

皿がからになったのを見計らって声をかけてきたスバル。

「美味しくないわけじゃないけど、個人的にはもっとがっつりしたのが良かったな。」
「・・・私、苦手なんだよね。これ。」

ティキは苦手そうにしていたが、まずいとは言ってなかった。

「ああ、俺としてもそうだな。
男ならばパンチの効いたものを食わなくちゃな。ってなわけで。」

スバルがシェフに目配せをするとシェフは一例をして、車の棚の二段目の戸を開けた。そこからただよってくるのは・・・コンソメスープの香り?

「これはとある魔獣の肉をあらびきにしたものを使ったハンバーグステーキだ。肉には沢山のさしが入っていて生食には向かないんだが、ひとたび火を入れればそれらが簡単に溶け出して残るのは赤みだけになる。
溶け出したさしは肉を焼く際に天然の油やスープとなってまんべんなく味付けされる。ちなみに何の肉かわかるか?」

いたずらっ子のような笑みを浮かべて尋ねるスバル。
もといドヤ顔である。

「・・・いえ、まったく。」

当然、肉を見ただけでなにかわかるほど僕は肉に精通してるはずもない。

「・・・脂身が”一つとしてない”綺麗な赤み・・・もしかして・・・」
「ティキ殿は気づいたようだな。お察しの通り。フルアーマースネークの肉だよ。」
「はぁっ!?」
「ど、どうした!?」
「あ、いえ・・・別に。」

フルアーマースネークだとっ!?
あの全身鎧のバカみたいに硬いガン盾蛇をどうやって殺したというのか。
僕の攻撃ですらウロコが一枚二枚剥がれるかどうかってレベルなのに。
しかもダイグンタイアリを日々丸呑みしているという生態のためか、口の中にエアスラッシュを叩き込んでも柔軟な筋肉と潤沢な粘膜に保護された口内はカスリ傷すらつかず、口内炎すら起こさないのである。
外側がダメなら内側から!なんて作戦も通用しない。

「あの・・・つかぬことをお伺いしますが、どうやってフルアーマースネークを殺したのです?」
「・・・?
毒殺だが。」
「・・・。」

その発想はなかった。
いや、そら言われてみればわかるけどさ。
ダイグンタイアリを飲み込む際に投げ込むのもいいし、戦ってる最中に投げ込むのだっていい。
・・・でもなんか納得いかない。
僕が挑んできた日々はなんだったのだろうか。

「なにはともあれ、この二つはこの国でも最高峰とされる高級料理だ。遠慮せず食べてくれ。」

はっはっはっ。
何をおっしゃるうさぎさん。
言われなくとも遠慮などしませんとも。

「い、いただきます。」

ごくりと生唾を飲み込みつつ、手元にあったナイフでハンバーグにすっと切れ目を入れる。
入れた瞬間、ぴゅっと飛び出す肉汁。
そして香るコンソメのような匂い。
思わずカタカタと触腕が震えるほどだ。
深呼吸をして、気持ちを落ち着けたあと、火が通ってるのにもかかわらず赤く染まるハンバーグをひと切れフォークに突き刺し、口へと運んだ。

「っ!?」

こ、これはっ!!
まず初めに感じたのは、吹き出てきた尋常じゃない量の肉汁である。
効果音を付けるならば『むしゅあっ!』。
むしゅあと吹き出る、いや、拡散し、散布するように口のすみずみまで染み渡る肉汁が舌に、味のカーテンを作り出す。
純粋な肉味が口に広がり、唾液の分泌を加速させ、肉汁と混じりあった唾液は本体の肉と交じり合う。
この肉。ミンチにされているはずなのにもかかわらず、歯ごたえが凄まじい!
ムチムチした肉は柔らかすぎず、かといって噛み切りにくくもなく、唾液を吸って適度に口の中でバラける。
そして、バラけた肉は僕の舌の各所にぶち当たり、僕の脳髄へと味を伝える。

純粋。
そう純粋な肉の味。
何の工夫もない。
何の劣化もなく、特別なことも無い。
綺麗な綺麗な肉の味。ただそれだけが口の中をいっぱいにするのだ。
その肉の味につられて唾液が吹き出て、噛みちぎった肉をより細かく、より繊細にバラけやすく、そして味あわせてくれる。
飾り立てる言葉はいらない。
ただただ綺麗な肉。微塵も灰塵も臭みや癖を何も感じさせない肉の旨味だけを抽出したような・・・本来ならば味わえるはずのないであろうもの。

そして最後に残る肉汁の余韻。だがそれもすぐに流れ落ちてしまう。

あまりの美味しさに僕は少しの間、ぼーっとしていたほどだ。
そして続く魔力の充足感。
調理されて、死んでかなりの時間が経っているのにも関わらず、フルアーマースネークの肉にはまだ魔力が残っていたようである。

ハンバーグの容器の周りに溜まっているスープ、いや、脂が溶け出したものもスプーンですくって飲みとる。
うむ、デリシャス。

鳥肉の味をしたジュースとでも呼ぼうか。
あまりの綺麗で後腐れの無い味にジュースとしてがぶ飲み出来てしまうほど。

がっつりしたものが食べたいと言ったけれど、ここまでガッツリ肉の味を感じさせてくれるとは実にエクセレント。
生きてて良かったと思える程の一品である。
それなりの量があったのだがすぐに平らげてしまった。


「・・・満足してもらえたようだな。」

僕の顔を見てそう答えるスバルさん。
いつもならば毎度のごとく、タコの顔なのによくもまぁ喜怒哀楽が読み取れるものであると胸中でツッコんでいたところであるが、いまやそれも無粋。
ただこれだけを言おう。

「ごちそうさまでした。」
「おそまつさまでした。」


粗末?
とんでもない。
大変豪華でございました。
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