タコのグルメ日記

百合之花

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Ⅵ章 ポリプス騎士街

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「か、カツ丼?」
「そうだよ。カツ丼だよ。・・・え、まさか丼物の文化ってないの?」

カツ丼・・・カツ丼か。
わけがわからない。
困惑したスバルは背後に控えていた忍び寄る人に一応聞いてみた。
彼は諜報活動をする職種がてら様々な知識を内包し、自身の血肉へとしている。
知識や分別がなければ得た情報の良し悪しが分からないし、限られた時間のうちに―という状況では得るべき情報の取捨選択が必要になる。
ゆえに彼は非常に物知りである。

「おそらくは鬼族が好んで食べる料理のことかと。」
「貴族?」
「鬼の族と書いて鬼族です。鬼人と言ったほうがわかりやすいですかな。」

丼。丼物とも良い、もともとは忙しい時にすぐに食べ終えることができるようにとして現れた食事方式で、日本においてその歴史は意外に浅い。
具を変えることにより様々な類の丼があり、カツ丼、親子丼あたりが子供でも知ってるほどに有名なものだろう。
ちなみに日本においては刑務所内で取り調べ中にカツ丼を与えるのは違法であり、取り調べ=カツ丼を出されるというのは一昔前の刑事ドラマ起因の都市伝説である。が、実際に出して逮捕された刑事さんがいる様子。

余談はこれくらいにして。

「・・・そ、そうか。この街にそれを出す店は・・・」
「ないですね。」

スバルの顔は引きつっていた。
どうしてそんなマイナー種族の食文化にしか出ないような食べ物を目の前の先祖返りは知っているのだろうか?
もしや捨てられた彼は何も知らない鬼族に拾われて今まで育てられ、今こうしてスパイとして地図を盗みに来たのか?
いや、しかし蛸人の成長は早い。
拾われたとしてもスパイとして育成するにはかなりの手間暇と時間をかけなくてはいけない。
なのにもかかわらず目の前の先祖返りは亜成体だ。
成長の早い蛸人だが先祖返りはさらに早く育つという。
どんなに長く見積もっても半年も経ってないうちにまっさらな赤ん坊をスパイに仕上げるなんてこと誰ができるのか。
いや、そもそも鬼族は特別排他的というわけでもなく、好戦的というわけでもない。むしろ礼節を知り、軽挙妄動を慎み、思慮深くも義理堅い謙虚な一族だったはず。かといって特別好意的というわけでもないが、わざわざスパイを育成してまで蛸人を調べたがるかと言えば否である。
大きな国ではないが良い国を作っている一族で、かの国は風情に溢れているというし、そんな国風の鬼人が何を目的に蛸人の国にスパイを送るというのか。
そもそも鬼人の国もライフィリア帝国の帰属国である。
身内同士で争う意味がないし、戦争をして、亜人の立場を人間に分からせてからまだそれほどの年月は経っていないのだ。
まだまだ戦争後の備蓄は足りてないはず。
間諜にしては腑に落ちない点が多すぎる。

ここのスラム街にカツ丼とやらを作る鬼人でもいるのか?
スバルはそのことを聞くが当然、そんなのはいないよとタコに否定される。

とにかく話は落ち着ける場所についてからにしようと思い直し、

「とりあえずついてきてくれないか?カツ丼というのは無理だが、美味いメシが食いたいというなら出前を取ろう。
先も言ったように悪いようにはしない。ティキ殿もついてきてもらいたい。」
「それなら・・・別にいいかな。わかったよ。」
「・・・き、騎士団長スバル・・・なんでわざわざ・・・はっ!?
べ、別に地図なんて知らないよ!」

そう言っておとなしくついてくるタコとティキを見て、少し拍子抜けするスバルだった。
ただ、ティキにはちゃんと話を聞かなくちゃならない。
幸い、彼女とはある程度の性格を知る程度には面識がある。
嘘を付けないところとか変わってないようだ。
先祖返りがしゃべるとは思わなかったので、周りの部下は驚いたが事前情報がなければ自分も驚きの声を上げてたなと思いつつ、通信魔具で忍び寄る人と話す。

『どう思う?』
『・・・いささか情報が足りませぬ。意図がいまいち読めないですね。』
『お前でもそうか。・・・たたっ斬って終わりだったら簡単だったものだが、どうも悪人というわけでもないようだし・・・なんか拍子抜けだな。この調子だと地図の価値も分からずに盗んだんじゃないか?』
『・・・たしかにそうかもしれませんね。厳重にしまってあったのを見て、高価なものと見立てて売ろうと考えたのかもしれません。むしろ彼は知恵あるもののようですからほかの高価そうな調度品よりも厳重に保管してあるものを盗むのは当然かと。』
『まさか売ったのかっ!?』
『いえ、所持しているのは確認済みです。現在彼らの住処を検分しています。ただ・・・』
『なんだ?』
『見たことのない魔法剣があります。』
『はっ?
・・・っ魔法剣、と言ったか?』
『はい。』
『・・・それも盗まれたものか?』
『いえ、おそらくそれはないかと。もう一度言います。見たことがありません。話にも聞いたことがないものです。』
「おまえがかっ!?」
「うわっ!?
・・・え、誰が?何、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。失礼した。」

あまりの驚きについ声に出してしまったスバル。
それを見て驚くタコ。
そのまま騎士一行とタコ&ティキはスラム街から出て、街にある騎士団本部へと行く。

『お前が見たことがないとは・・・』

諜報員として一見くだらないようなことでも少なくとも触りくらいは見るなり聴いたことのある忍び寄る人が知らない魔法剣。
盗難にあった品であるとは考えづらい。魔法剣は魔剣とも呼ばれる希少品で、手に入れる手段は金で買うか、盗むか、自力で作るか、どこかに打ち捨てられたものを発見するかである。所有者はかなり少なく、所有者だと判明すると色々と噂になるため、その剣の特徴の触りくらいは特に問題なく知ることが出来る。
その程度の情報を諜報専門職の忍び寄る人が知らないはずはない。
つまりかなりの確率で盗難にあったものではないことがわかる。

『さらに気になるのが・・・素材が・・・よくわかりません。』
『はぁ!?』
『つるっとしているのですが・・・手に引っかかるような・・・心地よいがっ!?』
『ど、どうしたっ!?』
『くっ!
これは・・・ぐあっ!?』
『おいっ!?』

一般的に魔法剣は魔剣とも呼ばれるが、専門の人から見ると違うものとして大別している。魔法剣はそのまま魔法が使える剣のことを指し、特にギミックと呼ばれる特殊な効果を持った剣は魔法剣の中でも重要視され、感嘆の意をこめて摩訶不思議な剣という意味をもって魔剣と称されるのである。
ギミック付きの魔法剣、いや、魔剣は現在作る手法が不明とされている。
その効果や造形は様々。
ただ例外なくそれらの剣が持つギミックは一癖も二癖もあるのだ。
例えば、所有者と認めた相手が触れると所有者は死ぬ、とか。
所有者”以外”ではなく、所有者が触れると所有者こそが死ぬという効果である。ちなみにこの魔剣を使った暗殺も行われている。
この例にあげた剣は魔剣カースと呼ばれるもので、周囲の恨みつらみを吸って所有者を決める。
例えばモテモテのハーレムイケメン主人公と周りにはモブキャラ的なフツメン達。
フツメンたちは主人公を恨みつらむ。その恨みを吸った魔剣はイケメン主人公を所有者にする。
その主人公に何かの拍子にこの剣を触らせれば証拠なしで殺せるという剣である。
封印指定されてる魔剣であり、現在は厳重に保管されている。
なお、破壊はできなかったとのこと。

「えと・・・さっきから百面相をつくってるけど、本当に大丈夫?
病院行ったほうがいいんじゃないかな。」

タコが心配そうにスバルを見やる。
さすがに目の前でいきなり百面相をしだした男がいれば多少の声掛けくらいはする。
スバルは顔に出ていたことを悔やみつつも、ごまかす。

「あ、いや、なんでもない。た、ただの・・・思い出し笑いだっ!」
「・・・笑ってなかったけど・・・まぁいいや。」

何か思惑がありそうだけどその時は逃げるだけと考え直して話を切った。下手に藪をつついて蛇を出すこともあるまい。
ついていけば美味い飯までくれるというのだから、下手にご機嫌を損ねるのはやめて、地図のことは知らんぷり。
取り調べを受けるがてら彼らにここの現在位置と豊穣の森への進路を教えてもらえばすべて解決するということに気づいたタコはこのままついていくことにする。

『し、失礼しました。少々右腕を持っていかれました。
うかつでしたね。どうやらギミック付きのようで・・・魔剣です。』
「なんだとっ!?」
「え、何っ!?」
「あ、いや。すまない。」

さっきからこの人、わけのわからないことをいきなり叫びだす。
きっと騎士団長という重圧からのストレスで情緒不安定なんだろうなとねぎらうような視線を向けるタコ。
ティキは通信魔具のことを知ってるため、彼の乱れっぷりに何かまずいことがあったのかとビクついていた。

『所有者以外が触ると自立稼働して触った殺しに来る剣のようです。・・・なっ!?こ、これはまずい・・・し、死ぬっ!?がはっ!?』
『・・・っ!まだお前を死なすわけにはいかんっ!!
すぐさま逃げろっ!!』
『そうしたいのはやまやまですがっ!?』

という忍び寄る人の通信を皮切りに、轟音が鳴り響く。

「えっ!?」
「きゃあっ!?」

周りの騎士たちもどよめく。

「お、おいっ!
空からなんか降ってくるぞ!?」
「うおっ!?あぶねぇっ!?」

騎士たちがあわてて立ち退いた場所に空から落ちてきた何かが墜落するかのように着陸した。
地面が陥没し、砕けた破片が飛び散って砂埃が舞う。

「うおおっ!?
なんだこれ・・・」

そこには鈍いながらも青く光を放つ不気味な生き物がたっていた。

剣のような青い核を包むかのように人型を模した黒い骨格が突っ立ていて、周りには青い球体が浮いている。

そしてその手には忍び寄る人を串刺しにして吊るしていた。

「うおぉおおおおおおおおおおおっ!!」

その男を見て奮い立つ団長スバル!!
忍び寄る人はスバルにとって得難き親友。
その男の死にかけの姿を見て、いや、ヘタをすれば死んでいるであろう姿を見て理性がちぎれ飛ぶ。
背中に背負った大剣を目にも止まらぬ速さで抜き去り、切りかかろうとしたところで周りの青い球体が槍の形に変形。弾丸並の速度で射出され、スバルの四肢の関節を一瞬で打ち抜いた。

「がぁつ!?
な、なにっ!?」

一瞬で関節を打ち抜きこちらを行動不能にする。
シルエットだけがかろうじて人間に見える得体の知れない化物は自分をはるかに超越した生き物であることを理解し、そこでスバルの意識は潰えた。


☆ ☆ ☆

「え?」

これが忌憚ない感想である。
正直わけがわからない。
いきなり騎士団長が百面相をし始めたかと思うと、声を出し始め、歩みも遅くなる。
どうしたものかと考えつつも放っておくことを心に決めた瞬間、空からなんか降ってきた。と思ったらそれは人を串刺しにして登場した何かである。

この状況に対応できるやつがいたらここに連れてきてくれ。太陽メダルっぽいものをやろうではないか。

説明しよう。太陽メダルとは真の太陽戦士のみが持っているなんかすごいメダルなのだ。
ちなみに非売品です。そして僕は太陽戦士ではないので太陽メダルは持っていない。
やっぱりやれないことに気づいたのでこられても困ります。
ちなみに太陽戦士とは―閑話休題。キリがない。

しょうもない戯言は横におき、次に考えたのが、・・・こいつ食べれるのかな?である。
新しい生き物を見るたびに考えることなのだが、今はそれよりも気にすべきことが多々ある。
野生動物的思考になってることに気づき、反省しつつも目の前の化物に勝てるかを考える。
いきなり襲ってきた・・・かは微妙なライン(団長が剣を抜いて敵意を見せたからとも取れる)だが、勝てるかどうかをとりあえず考えることにした。

「・・・なんでこいつからあの竜の魔力を感じるのだろうか?」

魔力量自体は大したことないのだが(あの白龍に比べて)、白龍と同じ魔力を持っているというのが気になる。
こんな見た目でも竜なのか?
いや、そもそも竜の定義ってなんだろうか?
なんてことを考えつつも、一番気になることはなぜにこいつから僕と同じような魔力が内包されているのかである。
いや、同じような、というよりまったくもって同じだ。
というよりこちらにも襲いかかってくるだろうか?
だとすれば逃げれるかは微妙である。
あの青い球体を打ち出されたら僕には避けられない。

『・・・ジ・・・ジジジ。』
「ん?
なんだって?」

何か声らしきものを出したかと思えば・・・

『・・・。』

沈黙し、そのままこちらに歩み寄ってくる得体の知れない化物。
なんか骨格に守られるように中心にあるのが最近青白く輝くことを覚えた漆黒に見えないこともない気がして異様に気になる。
敵なのか、味方なのか。
緊張の一瞬だ。
誰もがあっけにとられて動けなかった。
いや、動けばあの球体が変形して槍で貫かれるかもしれないと考えたのである。
僕自身も臨戦態勢でいざとなれば何もかもを放っておいて逃げる準備をする。
何発かは耐えられるといいな。
耐えられなければ逃げようと背を向けた瞬間に打ち抜かれて終わりだ。
ていうかほかの騎士団さんは動かないとだめだろ!
小市民の危機ですよ!?臆してる場合か!
その騎士の剣は何のためにあるんだと我が身可愛さに叫びつけてやりたいものであるが何が目の前の骨格標本の敵意を煽るかが分からない今。
下手に動くのは死を意味するかもしれない。
ドキドキしながら様子を見守っていると、その黒い骨格標本は僕の近くによってきて

『ジジ・・・』

黒い骨格はジュクジュクと音を立てて消え、カランと軽い音を立てて漆黒が落ちる。
・・・やっぱり漆黒だったんだな。

さて、問題はここからである。

うん。そのあと、騎士団長が目を覚ますまで針の筵に立たされていた気分でした。
ほかの騎士団の視線が痛いこと痛いこと。
その後のごまかし方が大変だった。
忍っぽい人が先に手を出したからに違いない、とか騎士団長が剣を抜いたから目の前の彼?剣?はそれを迎撃しただけだとか。
僕が抑えるからもう問題ないとか。
なんとか渋々、目の前の黒い骨格への対応は保留というとこまで持って行けた。
僕の背後にいる黒い骨格標本が敵に回った場合、自分たちでは止められないと判断したせいもあるだろう。

その後、彼らは重症の二人を回収、その場での応急処置をして本部へと連れ帰り、その日はそのままほかのメンバーに案内されて僕は―――


「なぜに牢屋なのだろうか?」

いえ妥当ですとセルフツッコミをしつつ、漆黒を枕に寝たのだった。
ちなみに僕たちに暴れまわって欲しくなかったのだろう。
食事だけはちゃんと出ました。コッペパンとスープ、牛乳、ちょっとしたサラダにただの魚の丸焼きだけだったけど。美味しくもなく不味くもないというもの。めちゃくちゃ薄いが布団もあった。
ただパンだけはふんわりと柔らかく、スープをよく吸い込み、もっちりとした食感だった。
特別、美味しいというわけではないがこの世界で食べたパンの中では一番美味しい出来である。是非ともレシピをと考えたところで結局、竈(かまど)を買ってないことに気づく。というか僕の家あるのだろうか?
さらなる異世界であれば当然ないし、あったとしても時間が開きすぎていればもうやまいも僕のことを忘れて森を出てるかもしれない。100年とか1000年とか経っていれば森が存在してるのかも分からない。
なんというか最近、どんどんグリューネたちに会いたいという気持ちが強くなってきている。
どんどん実感が湧いてきたということだろう。
もしも、二度と会えないことがわかったら泣くかもしれない。
ちょっと泣きべそをかきながらも向かいの牢屋の人を見てみた。
ついでにちょっと会話もしてみた。

向かいの牢屋に住んでいるのはバーゴンさん(34)という方で、強盗殺人で捕まったとのこと。
彼の部屋には何も無く、ご飯はただの栄養剤を煮詰めてゼラチンで固めただけの味に配慮しないもの。バーゴンさんはかなり優遇されてる僕が気に食わないようで話しながらもちょいちょい嘲りの言葉を混ぜてきた。
まったくせっかく暇であろう牢屋生活の相手をしてやろうと気遣ってやったのに可愛くない人である。34のおっさんが可愛かったら可愛かったでシュールなのだけれども。

それにしても牢屋生活は暇である。おそらく普通の部屋に置いておくのは怖いからせめてここに押し込めれば気休め程度にはなるだろうみたいな考えだとは思うのだが、逆にこの扱いに僕がキレていたらどうしたというのか。
脳筋どもめ。
当然不当だっ!と言ってやりたいものの、騎士団長の時はともかく忍の人がどういう経緯であの怪我を負ったのかまでは知らない。ので、僕が、正確には僕の漆黒が暴れた際の被害者であるという可能性もあって、あまり強く出られず。
とりあえず今日のところはこれで我慢してやろうと思った僕であった。
いやいやそもそもあんた窃盗犯では?
という声が聞こえてきそうだ。
なにそれ?
食えんの?
真面目な話。
やむを得なかったのである。
良くも考えてみて欲しい。
僕はこの辺の地理を全くといっていいほど知らない。
そんあ状態で狩場を探すべく変に街を出て歩いて狩場を見つけられず餓死しました!じゃシャレにならないのだ。
盗みで食料を手に入れる際のリスクと、狩場を探せなかった際のリスクを天秤にかけてどちらのリスクの方がましであるかという問題なのだ。
街ならば盗みができなくなるほど警備が厳重になれば、いざとなれば人を食べ―げふんげふん。人をお召し上がりになればいい。・・・内容的に変わってないね。

しかし後者の場合はもしそうなった場合の回避策が存在しないのだ。
どちらを選ぶべきかは明白である。



「・・・むにゃむゃ・・・・明日もこれだったら脱獄してやる・・・ぐーぐー」

まぁ人を食べる云々はさておき、いざとなれば適当な騎士団を捕まえて森に案内してもらえばいいのだ。
案内しなければオマエマルカジリとでも言えばこわごわながらも教えてくれるだろう。
そして次の日。
騎士団長のスバルが訪ねてきたのである。
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