魔王クリエイター

百合之花

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Ⅰ章 予兆

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厳密に言えば魔王クリエイターの力は生物を対象としたものではない。
正確には生物使える。
魔王クリエイターの力は本来の用途は1となる。
生物を基に後から弄った方が手早く、面倒が無かったので試作ペットのゼルエルちゃんと試作魔王である魔王ヨトウガは元々存在していた生き物を使うことで産まれた。
ゼルエルちゃんは異世界産ハラビロカマキリ、魔王ヨトウガは異世界産ヨトウガ。
魔王ヨトウガの方はともかく、ペットはカマキリではなくネコや犬、ないしはウサギやネズミのような哺乳類を使いたかったが、この近辺にネコや犬は生息すらしておらず、ウサギは人が多すぎて警戒心が強くい。辺境住まいとは言えども一度も姿を見たことすらない。ネズミも似たようなもの。
ペットにできそうな小動物で手軽に見つけることができたのは昆虫くらいだったのである。結局はヨトウムシという害虫に丁度悩まされていたのも相まって、ペットにする昆虫はヨトウムシ駆除にも役立てるカマキリになった。
しかし、当初、僕はペットに適した動物が捕まらないならば魔王クリエイターの力を使ってペットを一から作ろうとした事がある。
結果はペットがゼルエルちゃんになっていることから察せるだろう。

盛大に失敗しましたとも。

魔王クリエイターの力にも限界がある。
重ねて言っている、生物に対するという限界。
昆虫を人にできないし、人を細菌にしたりなんてことはできない。

一から創造する力の場合に於いても限界があった。
である。
犬派の僕は異世界でペットが欲しいなと考えた時、犬を作ろうと考えた。
とりあえず芝犬にしようと、まずは材料を用意する。
この材料だが、体を構成する物質を用意しろということだ。
幸い、超常の存在から貰った力というのもあって、厳密に用意しなくても大まかに用意すれば足りない部分や余分は適当に補正されるらしい。
とは言え、そうした知識を持っていたわけではない僕がまず考えたのは五大栄養素を用意すれば何とかなるんじゃないかと言うこと。
五大栄養素とは炭水化物、タンパク質、脂質、ミネラル、ビタミンである。

農家の一人息子に用意できる範囲で、五大栄養素を含むものは何だろうと考えた結果、僕は自らの天才的な発想に自画自賛した。
なんて僕は頭が良いのだろうと。
全部野菜で賄えるじゃん?と。

まず炭水化物だが、これは野菜で補えるはず。米なんかは特に炭水化物は糖分だから食べ過ぎはうんぬんと良く聞く。
うちで栽培している適当な穀物を使えば良いだろうと考えた。

次にタンパク質だがこれも野菜で補える。
前世で、トマトの栄養価を調べた時に少ないが含まれていたはずだし、大豆なんかは畑の肉と言う2つ名まであるのだから、特に大量のタンパク質を含んでいるはず。
とりあえず、うちで栽培している豆類を使う。

脂質だがこれも野菜で問題ないことが分かってしまった。菜種油とか、植物由来の油があるくらいだ。種類によっては油分が沢山に違いない。
油分と脂質が同じものなのか少し引っかかったが、まあ油を使った揚げ物は太ると聞くしこれも問題あるまいとうちで栽培している菜種をぶち込むことにした。

そしてミネラル。これは言うまでもなく野菜で大丈夫だろう。畑で撒く肥料なんてミネラルの塊みたいなものだし、それらを根から吸収する野菜にはミネラルが無いなんてことはないだろう。ほうれん草や小松菜なんかはカルシウムが沢山含まれているとかで小動物のカルシウム源になるくらいだ。ほうれん草は人間であれ小動物であれ、あく取りが必要だが…まあ、食べるのではないのだからそのままで良いはず。うちで取れたほうれん草っぽい野菜と、小松菜っぽい野菜のダブルで豪勢にいく。

最後はビタミン。ビタミンといえば野菜、野菜といえばビタミン。ビタミンを取りたければ野菜を食えと言われるくらいだ。もちろんうちで栽培した野菜をいれる。種類は…適当に沢山いれたらいいんじゃないかな?

この時の僕は農家の一人息子に生まれたことを感謝した。
畑で作った野菜は出荷される分ではないか?という懸念も魔王クリエイターで生産量を増やしていたので、特に問題無かった。

目の前には山盛りの野菜達。
いよいよペットの創造に入る。
自然の摂理以外の手段で命を産み出すなんてちょっと倫理観的にどうなのかと頭によぎるも、今更すぎると気にしないことにして、魔王クリエイターの力を発動する。

さあ、わんちゃんよ。
生まれ出るのだ。
めちゃめちゃ可愛がってあげるぞぅ、創るならメスにした方がより可愛い気がする、餌はどうしようかなあ、母は犬を飼うことを許してくれるかなとこれからのアニマルライフにニンマリしていたのも束の間。
出来上がったのはわんちゃんとはかけ離れた異形の生物であった。

「なぁにこれぇ?」
「ぶぎゅる…ぶぎゅる…」

なんとも言えない鳴き声をあげるそれは犬の形をしていなかった。
一応、芝犬らしき毛はある。
そして頭も芝犬…芝犬?かろうじて芝犬らしいことは窺えるのだが、その形状は色々とグニャッていた。
頭の所々が骨が無いかのように形が崩れていて、そのせいか眼球が魚並みに離れている。
鼻の位置も目から離れすぎて、垂れ下がったネクタイのように顔に付いている。
口は顎の骨が無いのか、柔らかいのか半開きで牙先が四方八方に向いていて、本来の食べ物を咀嚼する機能はとてもじゃないが果たせそうに無い。
体に至っては芝犬の毛皮を適当に丸めて肉詰めしました、みたいな体に、ところどころから変な場所から変な向きに足がダラリと生えている。ホラー映画やゲームに出てくる怪物としての犬の方が俄然、マシに思えるくらいには奇怪な見た目をしている。
総評として物心ついたかついてないかくらいの幼い子供が犬を真似て作った粘土細工のような化け物が生まれてしまった。
これに名付けるとすればどんなに頑張っても、芝犬もどきがせいぜいだ。
幼児が作った粘土細工であれば、それはそれで暖かい気持ちにしてくれそうではあるものの、ソレが血の通ったそれなりに大きな生物であれば話は別である。

なぜこんなことにと魔王クリエイターを確認すると、エラーメッセージが沢山出ていた。
さまざまな材料が羅列され、それぞれがどれだけ足りないかと表示されている。
どうやら足りない材料で創った結果が目の前の異形の生物らしい。
野菜ではまるで量が足らなかったようで、その結果産まれたのはグロテスクな芝犬もどき。
名案だとその時は思ったのだが。
野菜でも、もっと沢山用意すれば大丈夫そうだが、流石にこれ以上となると出荷分に影響する。
とりあえず、と犬の作成は見送ったのだ。

しかし、同じ植物であるトマトならば野菜を材料に作出できるはず。
その考えの元、創り出されたのが今日植えるトマトである。
魔王クリエイターの力をふんだんに使い、前世以上の旨味を持っているはずのトマトの苗を次々に植え込んでいく。
ふふふ、トマトちゃん。
たんと肥料と水を吸って、美味しく育つんですよぉ。
あくまで趣味枠なので出荷するほどに育てるつもりはないが、上手くいったらリアちゃんや母さんにやるくらいなら良いかも。
初見だと真っ赤な色合いのトマトは受け入れづらかろうと緑色のまま熟すタイプも創ってある。さらには出荷する野菜種は成長速度を早くし過ぎると、農家仲間から奇異の目で見られかねないので、多少早くなる程度にしてあるが、自分で消費するトマトならばその必要もない。成長加速のスキルを付けてあるので、日照量にもよるが1週間程度で収穫できるはず。今から凄く楽しみだ。
早く育たないかなぁとワクワクしながら一晩過ごす僕であった。

…ああ、これは余談なのだが。
失敗したホラー犬はどうしたのかと気になった人もいるだろう。
念のため言っておくと死んではいない。
産み出しておいて、失敗したからと殺すのは少々以上に罪悪感を抱いてしまう。
人間を餌にする魔王ヨトウガを放っておいてと思うが、あれは脅されて仕方なくだし、僕がやらなくても別の誰かがやるだけだと思えばそこまで罪悪感はない。魔王ヨトウガに任せて、死に様を直接見ていないために実感が薄いというも大きい。
だから、ホラー犬を殺すのは別だ。
殺したくない僕が取った選択は、魔王クリエイターで魔王化して放つことだった。
どうやらそういう生物だと判断されてしまっているらしく、異形の見た目を弄るにはやたらと容量《キャパシティ》を食うのであまり弄れなかったものの、歩けるようになったし、食べ物も歯を使って食べられる。
割と普通の犬に近づいたはず。
そう、割とね。
歩けるんだ。歯を使えるんだ。
もう実質犬だろう。犬であって欲しい。
ペットとして側に置かなかった理由に関しては察してください。
…だいぶ改善されたが、容量《キャパシティ》的に完全な犬には出来なかっただけのことさ。
人間を間引いていけば魔王クリエイターの力は増す。
いずれはちゃんとした芝犬にしてあげるからね。不甲斐ない僕を許しておくれ。

彼女には南下しながら使命を果たすように言っておきましたとも。
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