人魚と果実

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一話

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 伊坂幹比古がその村へ向かったのは、七月の末のことだった。汽車を降りた先に待っていた村の男が、車に乗せて幹比古を村へと運んだ。到着したのは夜の九時を回った頃で、いくら日の長いと言っても既に辺りは闇に落ちていた。一歩車を降りれば、濃い潮の匂いが鼻腔を擽る。湿度の高い空気が、濡れた女の手のように幹比古の頬を撫でた。
 こちらに来る前に集めた資料によれば、人口は千といくらかの、静かな漁村である。世帯の殆どは漁業に従事し、獲れた魚もその殆どが地消されるような村だ。これといった観光地がある訳でもなく、外部から通じる道は、辛うじて車が通れる砂利道が一本のみ。くねくねと蛇行する荒れた山道で長く車に揺られ、幹比古は些か腰に鈍痛を覚えていた。
 車から降り立った幹比古の眼前には、立派な観音開きの門が聳えていた。左右に伸びる高い塀に遮られ、中の様子は知れない。その門の前に、若い男が一人、立っていた。暖色の門柱灯に照らされ、顔立ちがくっきりと見える。日によく焼けた、純朴そうな青年だった。
「あの、失礼ですが、伊坂、幹比古先生でいらっしゃいますか」
 幹比古が名乗るよりも前に、青年がやや躊躇いがちに尋ねてくる。
「ええ、はい」
「そうですか、あなたが……」
 溜息のような声と共に、青年は幹比古をじっと見つめた。何やら些か茫然としたような青年の様子に、幹比古は眉を顰める。
「あの、何か?」
「えっ、ああ、いえ、これはとんだ失礼を。その、思っていたよりも随分お若い方だと思ってしまいまして。申し訳ありません」
「ああ……」
 慌てた様子で顔を赤くする青年を見て、幹比古は合点のいった顔で頷いた。そういった感想を抱かれるのは、初めてではない。幹比古がこうした仕事に赴く時、往々にしてその若さに驚愕されるものだ。どうやら皆、頭の中に白い髭を生やした仙人めいた老爺を想像しがちなものらしい。幹比古はまだ二十七だ。童顔という訳でもないが、さすがに壮年以上に見られるような顔ではない。ゆるく癖のついた髪から覗く切れ長の瞳は、未だ溌溂とした若さが身に宿ることを物語っている。
「あの、俺……いえ私は、村長より案内役を任されております、垣内といいます。よろしくお願いします」
「伊坂です。よろしくお願いします」
 そうして簡単に挨拶を済ませると、垣内は大きな門扉を開いて、幹比古を中へと案内した。塀の中では、その門の大きさに遜色ない、立派な屋敷が幹比古を迎えた。黒い着流しの裾を揺らしながら、幹比古は垣内に続いて、屋敷の奥へと進む。いくらか歩いたところで、村長の部屋へと辿り着いた。六畳ほどの、整頓された和室だ。
 幹比古を迎えた村長は、先程の垣内と同じように驚いた様子を見せたが、そこは年の功と言うべきか、態度そのものは落ち着き払ったものだった。机を挟んで対面の座椅子に腰を下ろして、挨拶を済ませる。村長は、およそ七十に足を掛ける程度の男だった。彼は白髪交じりの髪をひと撫ですると、真っ直ぐに幹比古を見据えた。
「伊坂先生、遠路はるばるご足労頂きありがとうございます。憑き物払いで名高い伊坂先生にお越しいただけるとは、まさに僥倖でございました」
「そんな買い被るような大物じゃあありませんよ。憑き物払いなんて言いますが、私は祈祷師でも陰陽師でも霊媒師でもない。ただのしがない学者ですから」
「ご謙遜を」
 湯気の立つ茶を啜りながら、幹比古は苦笑を洩らす。それは謙遜でも何でもなく、客観的に自身を評価した上での発言だったが、村長はゆるやかに首を横に振るばかりだった。
「それで――手紙に書いた件のことなのですが」
「ええ。拝読する限り、似たような事例を、私はいくらか見たことがあります」
「助けていただけるのですか、先生のお力で」
「それは、確認してみなければ何とも」
「では、ご案内させていただいてもよろしいですか」
「はい、是非」
 幹比古の言葉に、傍に控えていた垣内が名乗り出た。彼に連れられ、幹比古は廊下に出る。こちらへ、と促され、幹比古は垣内の背を追った。垣内は背は幹比古よりも低いが、肩が広く、逞しい体躯をしている。普段は漁に出ているのだろうか。よく日に焼けた項を見ながら、幹比古はそんなことを漠然と考えた。
「私は、あの子の叔父に当たるんです」
 細い廊下を渡っている時、垣内がぽつりと呟いた。独り言のようにも聞こえたが、口振りからして幹比古に語り掛けているのだろう。
「あの子の母親は、私の年の離れた姉です」
「そうだったんですか。お姉様は、今……」
「産後の肥え立ちが悪く、亡くなりました。父に当たる男は、それより一年ほど前、漁の最中に波に巻かれて」
「……そうでしたか。これは失礼を」
「いえ。どの道、ご説明しなければいけないことでしょうし」
 低い声で会話を交わしながら、幹比古は屋敷の奥へ奥へと導かれている。大きな屋敷には、離れが設けられていた。ここに来るまでいくらかの女中とすれ違ったが、この周辺には人影がない。ただでさえ静かな村の中、人気のない離れは耳にきんと響くほどに静寂が広がっていた。
 垣内は離れへと足を進め、一室の戸を静かに開く。幹比古は少し屈んで鴨居を潜ると、垣内に続いて部屋に足を踏み入れた。さして広くはない部屋だった。幹比古と垣内が入ってきた障子戸以外の四方を壁に囲まれ、正面の壁には丸く切り取られた窓がひとつある。文机や箪笥等の調度品が置かれているが、どれも随分と年期の入ったものだった。しかしそれよりもまず、何よりこの部屋で目立つものがある。それは、ちょうど部屋の中心からこちらと向こうを隔てる、赤い木の格子だった。その一部が扉になっており、鈍色の南京錠が、開閉を妨げている。
「……座敷牢」
「よもや、今になってこんなものを使わなければならない日が来るとは、思っていなかったんですがね」
 垣内は自嘲気味にそう言って、ゆっくりと足を踏み出した。
「私が言うのもなんですが、閉鎖的な村です。異常が現れた者が出れば、隔離をしろと声の大きい者が騒ぎ立てる。それが、決して他者の害になるものでなくともね」
 赤い格子に、垣内の手が掛かる。そうして、彼の唇が、ほんの僅かな緊張を帯びて声を紡いだ。
「石榴」
 瞬間、格子の向こうで、何かがぴくりと動いた。少年だった。窓際に置かれた文机に凭れ掛かって、ゆるやかに眼を伏せた少年。それだけならば、一見して異常はない。けれども幹比古の視線は、この部屋に入った時から、ただ一点、少年の脚へと向けられていた。身動ぎをする少年の足元で、ぱしゃりと水の揺れる音がする。少年は下半身を、大きな木桶に張られた水に浸していた。白なシャツの下に穿いた半ズボンは、当然のことながらぐっしょりと濡れている。
 平たい桶の中で、少年はゆっくりと起き上がる。窓から入る月光と、ぼんやりと立った室内灯が、少年の姿を映し出した。丁寧に切り揃えられた真っ直ぐな髪は、薄明かりの中では漆黒にも見える。しかしよく目を凝らしてみれば、黒ではなく、深い海のような濃紺であることが窺えた。長い睫毛に縁取られた大きな瞳は――透き通るような、美しい淡青。
「兄さん……?」
 垣内をその眼差しに捉えて、少年――石榴は、そう口にした。耳から甘い砂糖菓子を飲み込むような、美しくいとけない声だった。
「石榴、伊坂先生を連れてきたよ」
 垣内は懐に手を入れると、古びた鍵を一本取り出す。重い南京錠が、がちりと金属の擦れる音と共に解放される。ぎいと軋む音を立てて、扉が開いた。背を屈めて戸を潜る垣内に続いて、幹比古も格子の向こうへ足を踏み入れる。
「伊坂、先生……」
「ああ、話していただろう。お前の脚を診てくれる」
 我が子をあやすような柔い声で、垣内が言った。節張った手に頭を撫でられながら、石榴が幹比古を見上げる。幹比古は畳に膝を突き、石榴に視線を合わせた。
「初めまして。伊坂幹比古だ。君が脚のことで困っていると聞いて来た。私なら、力になれるかもしれない」
 石榴の淡い瞳が、幹比古を見つめた。けれどもすぐに視線は逸らされ、長い睫毛が戸惑うように揺れた。俯いてしまった石榴の頬が、その名の如くに赤く染まっている。丸い頬は、まさしく熟れた果実のように瑞々しかった。薄く開いた幹比古の唇から、嘆息のような細い息が零れ落ちる。石榴は美しい少年だった。年は十三と聞いているが、それよりも少し幼く見える。華奢な体躯は子供らしい丸みを帯びて、肌は白く滑らかに濡れ光っていた。月光に照らされた石榴は、繊細な筆致で描かれた一枚の絵画のようにさえ錯覚される。
「申し訳ありません、村の外の方と会うのは久し振りなので、緊張してしまっているようです」
「いえ、気にしておりませんので」
「ぁ……、っ」
 薄く微笑み、幹比古は首を振る。石榴はちらちらと幹比古を見ながら、胸元でぎゅっと手を握り締めた。先程よりもより一層、石榴の頬が色を濃くしたように見える。
「い、伊坂先生は……僕の脚を、治してくれるの」
「初めに断っておくが、絶対とは言えないな。けれど、そのつもりで来た。今の状態を確認するために、君の脚を見せて欲しい」
「痛いこと、しない?」
「少なくとも、今は」
 そう答えて、幹比古は桶の中を覗き込んだ。水を張った桶の中に、少年の細い脚が沈んでいる。ちらと見ただけでは、何ら異常は見られない。しかし月明かりを反射する水面の奥に、幹比古は僅かな違和を見つけた。手紙に書かれていた通りならば、これは。
「触っても?」
「あ、あの、あんまり、水から上げないで……乾くと、痛いから」
「ああ、分かっているよ。濡らしておくようにする」
 幹比古の言葉に、石榴はひとまず安堵したようだ。小さく頷くのを確認してから、幹比古は袖をまくり、桶の中に手を入れる。始めに、水の中に沈めたまま、脚に手を触れた。腿から爪先まで、ゆっくりと掌で、指先でなぞっていく。石榴がむずがるように肩を震わせたが、痛みを感じている様子は見えなかった。幹比古の手に伝わってくるのは、少年の柔い肌の感触。しかし、脛の辺りから下に触れれば、指先が明らかな変化を感じ取った。両脚の膝から下、脛から爪先にかけてを、硬い何かが覆っている。つるりと滑らかで、指に僅か引っかかるような感覚を念入りに確かめてから、幹比古はゆっくりと、石榴の脚を水から上げた。
 石榴の肌が乾かぬうちに、眼を眇めて観察する。光の下に晒された細い脚を、確かに何かが覆っていた。淡い光を反射するそれは、見る角度によって虹色を孕んでいるように見える。触れてみれば、ひどく薄く、脆いもの。それは、透明な鱗だった。薄い鱗が、何枚も重なって、石榴の脚を覆っている。試しに一枚軽く引っ張ってみれば、石榴が微かに痛みを覚えたような顔をした。すまない、と小さく謝って、幹比古は石榴の脚を水中に戻した。水に戻れば、薄い鱗は透明に溶け込んで、注視しなければ殆ど見えなくなる。
「乾くと、どんな風に痛い?」
「はじめは、ひりひりして……そのうち、脚が全部、燃えてるみたいに痛くなるの」
「こうして水に浸けている間は、平気なんだね」
「うん……」
「垣内さん、この症状はいつ頃から」
「――三年程前です。初めは足の甲に、一枚二枚現れる程度でした。けれど次第にそれが広がって、足首までを覆う頃には、石榴は今のように、水の中でしか生きられなくなりました」
 幹比古の隣で石榴の脚を覗き込み、垣内は苦渋の表情でそれを口にする。石榴はどこか不安そうな顔で、二人の会話を見守っていた。
「何人か、医者の先生にも診て貰いました。でも、どの先生も、原因が全く分からないと言うばかりで」
「そうですか」
「あの、伊坂先生。石榴の脚はどうなんですか。治していただけるんですか」
「……今の段階では、断言しかねます。垣内さんにも、いくつかお尋ねしたいことがあるのですが」
「何でも聞いてください! 俺に答えられることなら!」
 一人称を取り繕うことすら忘れた垣内が、部屋に響き渡るような声で返事をした。石榴がそれに驚いて、大きな眼を丸くする。
「では、それは後程。この子の前では、少々尋ねにくい内容も含みますので」
 興奮気味に身を乗り出す垣内を制し、幹比古は濡れた手を袖で拭った。それから、ゆっくりと石榴の頭に触れる。石榴は一瞬、ぴくりと肩を反応させたが、決して嫌がる素振りは見せなかった。
「ありがとう。今日はもう、これで終わりだ。休んでいたところ、邪魔をして悪かった」
「先生、もういいの……?」
「ああ。これから君の脚をどうやって治すか――治せるか、考えるよ。また来る。君はもう休みなさい」
「……はい」
 こくりと石榴がひとつ頷くのを確認して、幹比古は垣内に目配せをする。連れ立って格子の外に出た後、垣内が再び扉に錠を下ろした。その時には、石榴は最初に幹比古たちが来た時のように、文机に顔を伏せて、静かに眼を閉じていた。なるべく音を立てないようにしながら、幹比古は垣内と共に部屋の外へ出る。蒼い月明かりが、静寂に満ちた廊下を淡く照らしていた。
「素直な、いい子ですね」
「はい……はい、本当に、そうなんです。俺たちは、石榴に小さい頃から不自由ばかりさせてきたのに、あの子はそれに、一度も文句を言ったことがなくて」
「幼少期から、あの部屋で?」
「いえ、あれは、脚があんなことになってからです。といっても、その前から、石榴はこの屋敷の敷地内で、殆ど軟禁状態だったんですが」
「それは、あの容姿が原因ですか」
「その通りです。石榴の髪の色は、普通の人間じゃ有り得ないですからね。眼の色も。だから、こんな村で普通に暮らしていくことなんか出来なくて……それでも村長は、石榴をこの屋敷に引き取って、可愛がってくれました。あの人にはどれだけ感謝をしても足りない。俺だけじゃあ、きっとあの子を守ってはやれなかったから」
 けれど、と区切って、垣内は項垂れた。苦痛に耐えるように眉を寄せて、白くなるほど強く拳を握り締める。それを視界に捉えながら、幹比古は足取りの重い垣内の後を追った。
「石榴の脚があんなことになってしまって、村長の家族や、使用人達や……外の住人達も、気味悪がって石榴を遠ざけようとしたんです。中には石榴に乱暴しようとした奴もいたくらいで……それで、やむを得ず、あんな風に」
「成程。あれは、あの子を守るためでもあるということですか」
「はい。俺は石榴が不憫でならないんです。あの子は何一つ悪いことをしていないのに、やれ人魚憑きだ、化け物の子なんだって蔑まれて」
 それでも、村の人間に悪意を向けるようなことを言わないのは、垣内の生来の善良さなのだろう。あるいは、彼自身がこの村の空気にそれだけ染まっているということか。
「垣内さん、先程お尋ねしたいと申し上げたことですが」
「はい」
「石榴……あの子の出生について、いくつかお聞きしてよろしいですか」
「出生、ですか。それなら、村長も同席して貰った方がいいかもしれません。あの頃俺はまだ子供だったんで、村長の方が、きっと詳しいことを知っていますから」
 幹比古は頷いて、垣内と共に村長の部屋へ向かった。村長は幹比古が退出した時と何ら変わらぬまま、部屋に座して戻りを待っていた。軽く会釈をして、幹比古は村長の正面に座る。垣内は村長のやや後ろに腰を下ろした。
「伊坂先生、石榴は……」
「人魚憑きですね。間違いない」
「やはり……」
 重苦しい表情で、村長が肩を落とす。彼が伊坂に宛てた手紙には、人魚憑きと呼ばれる子供がいる旨がしたためられていた。人魚憑きとされる事例は、全国に散見される。ある日狂ったように水を求めるようになる。魚に偏執的な執着を見せる。夢遊病のように海へと向かう。症例は様々あるが、その殆どは、人魚憑きではなく、別の要因が存在するものだ。真に人魚憑きと呼ばれる者は、今の石榴のように、肉体の明らかな変化が伴う。
「先生、石榴の脚を治すことは出来るのでしょうか」
「その件で、お聞きしたいことがあります。あの子が産まれた時のことを、詳しく教えてくれませんか」
「石榴の産まれた時、ですか」
「私の見立てが正しければ……あの子の母親は、あの子が産まれる前の一年以内に、海で溺れた経験がある筈だ」
「っ、それは」
 村長の顔色が変わる。それは手紙にも書いていなかった事実だ。村長は垣内に視線をやるが、垣内は黙って首を横に振るだけだった。
「……仰る通りです。それが、今起こっていることに関係があるのですね」
「はい。恐らくは、あまり他人に軽々しく話す内容ではないかとお察ししますが、それを聞かせて貰えない限り、私はあの子をどうすることも出来ません」
 村長は暫し逡巡するように沈黙していた。しかし覚悟を決めたように深く溜息を吐くと、重い唇をゆっくりと動かし始める。
 石榴の母、撫子と、父である朔之介は、石榴の産まれる三年前に結婚した。村でも評判の鴛鴦夫婦であったらしい。しかし、それから二年後、朔之介が漁に出た折り、波が彼の身体を浚い、二度と戻ってくることはなかった。撫子はひどく悲しみ、毎日を泣き暮らした。そうして、朔之介の死から一月程の後、崖から身を投げて自殺を図ったのである。
 そう語る村長の言葉に、垣内は少なからず動揺を見せた。当時まだ子供だった彼には、撫子は海で誤って溺れかけたものとして伝えられていたのだ。
 ともあれ、撫子は奇跡的に助かった。気を失って波に打ち上げられているところを、村の人間に発見されたのだ。最愛の夫を亡くした彼女を村の人々は哀れみ、手厚く介抱した。それでも撫子の悲しみは癒えなかったが、ある日転機が訪れる。撫子が朔之介の子を身籠もっていることが判明したのだ。亡き夫の忘れ形見が己の腹に宿っている事実は、撫子にとって大きな希望となった。
「失礼ですが……撫子さんが自殺を図ったのは、あの子が産まれる、何ヶ月前のことになりますか。出来るだけ正確に教えていただきたい」
 続く村長の話を遮って、幹比古はそう尋ねた。村長は眉を寄せて、記憶の糸を辿るように天井を見上げる。白熱灯が、じりり、と焦げ付くような音を立てた。
「ええと……半年、いや、七ヶ月前になりますね。完全に正確な日付は、申し訳ないのですが……」
「石榴が産まれた時、早産であったり、未熟児ではあったりといったことは」
「いえ、特にそんなことはありませんでした。彼女が出産したのは私の屋敷ですので、間違いはありません」
「そうですか。それが分かれば結構です。つまり、石榴は間違いなく、撫子さんと朔之介さんの子である訳だ」
「え? ええ……それは、その通りですが。彼女に限って、不義を働くようなことはないでしょうし」
「ああ、いえ、そういう意味ではなく……ともかく、知るべき情報を得ることは出来ました。ありがとうございます」
「い、いえ……」
 頭を下げる幹比古に、村長は要領を得ない様子で、曖昧に頷いた。撫子が自殺を図った時期と、石榴の生まれた時期。それが今の石榴の状態に、何の関連性があるのか、彼は今ひとつ理解が及んでいないようだった。それは、背後に控える垣内も同じく。
「早速ですが、準備に取り掛かりたい。お預けした私の荷物は、今どこに」
 机に手を突き、幹比古は腰を上げた。村長が、そして垣内の視線がそれを追って、驚いた顔をする。
「それなら、伊坂先生がお泊まりになる予定の部屋に運び入れてある筈ですが……準備というと、先生、つまり」
 希望を孕んだ村長の眼差しが、幹比古を見上げる。幹比古は表情を動かすことなく、しかしはっきりと、ひとつ頷いてみせた。
「憑き物落としを行います」

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