人魚と果実

よもぎ

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四話

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「憑き物落としは終わりました。あの子はもう二度と、海に引かれることはないでしょう」
 幹比古のはっきりとした言葉に、村長は、そして脇に控える垣内は、自分こそが憑き物の落ちたような顔をして、大きく、深い息を吐いた。一月に及ぶ憑き物落とし。それが、無事に終わりを迎えたことに、安堵の空気が広がる。よかった、と垣内が小さく口にするのを聞きながら、幹比古は懐から、巾着袋を一つ取り出す。黒い天鵞絨の布地から、中身を透かし見ることは出来ない。机の中心に置いたそれに視線を落として、眼前の二人は胡乱な顔をしてみせた。幹比古はするりと紐を解いて、袋の口を開けてみせる。中には、大粒の真珠が五つ、美しく光沢を放っていた。
「これは……」
「人魚の卵ですよ」
「――え」
 村長と垣内は、示し合わせたように同時に顔を上げた。二人に血の繋がりはない筈だが、唖然とした顔がよく似ている。幹比古は真珠を一粒手に取ると、光にかざしてみせた。
「というのは、半分冗談です。これにはもう、その力はありませんので」
「そ、それは、どういった……?」
「そのままの意味ですよ。石榴の身体に埋め込まれていた人魚の卵を無力化し、体外に排出することが、今回の目的でした。我々の間では、産み直し、と呼ばれる儀式です」
 指先で真珠を転がして、幹比古は真珠を袋の中に投げ入れる。かつり、と硬質な音を立てて、真珠が天鵞絨の中に納まった。
「産み直し、とは言いますが、人魚の卵を殺して無力化しますので、意味合いとしては虫下しに近いですね。あるいは、堕胎、とも呼べるでしょう。いずれにせよ、これはもう人魚の卵と呼べるものではなく、なんの力もない、ただの真珠に過ぎません。まあ、この大きさなら、然るべきところへ持っていけば、然るべき値段にはなるでしょう」
「は、はあ……」
 幹比古の説明にも、村長は困惑した様子で返事をするばかりだった。傍に控える垣内にしても、同じようなものだろう。特段詳しく解説しようと思った訳でもない。幹比古は黒い袋を滑らせ、村長の前に差し出した。
「そういう訳ですので、こちらは差し上げます」
「え、ええ? しかし……」
「警戒せずとも、本当に、これにはもう何の力もありませんよ。保証致します。あるなら私が引き取っておりますので」
「いえ、そういう意味ではなく……それだけ価値があるなら、伊坂先生がお持ちになった方がよろしいのでは? これだけ大きな真珠が、それも五つもあれば、お支払いする報酬を差し引いても、倍以上の釣りが出ます。あるいはもっと――」
「ああ、その件ですが。報酬は結構ですよ」
「はい?」
 躊躇いを滲ませながら袋の中身を見つめていた村長が、猫のように目を丸くして顔を上げた。垣内も、いきなり何を言い出すのかとばかりに、困惑した視線を向けてくる。幹比古はするりと口角を吊り上げると、意識して、人好きのする笑みを浮かべてみせた。
「今回の憑き物落としに関して、私は一切の報酬を頂きません」
「え? いや、そ、そんな、どうして……」
 村を治める立場としては、幹比古の申し出は有難いものだろう。けれども村長は、突然の申し出に、ただ狼狽を隠しきれぬ様子で幹比古を見据えるばかりだった。彼の疑念も、当然のことだ。幹比古は決して、慈善事業で人助けを買って出ている訳ではない。相応の報酬を前提として依頼されたならば、それを固辞することなどありはしなかった。それが、同じような生業で糊口を稼いでいる人間に対するひとつの礼儀でもある。村長もそれを織り込み済みで、幹比古に話を持ち掛けた筈だった。
 幹比古は視線を滑らせ、垣内の表情を伺った。黙して控える彼は、しかし話の流れが掴めぬ様子で、幹比古と村長の遣り取りを見守っていた。つい数日前の出来事を思い出す。石榴の身を案じる垣内に対して、幹比古が告げた言葉を。
「その代わり、と言ってはなんですが、ひとつ、ご相談があります」
 これが、あの時の話の続きだと、果たして彼は理解するだろうか。仮に気付いたとしても、結果は変わらないだろうけれども。浮かべた笑みを崩さないまま、幹比古は、予め用意していた言葉を紡ぎ出した。



 探していた人物はすぐに見付かった。開け放たれた格子戸の奥、古びた文机に寄り掛かって、少年が一人、窓から外を眺めていた。もうこの部屋にいる必要はないというのに、長いことここに閉じ込められていたせいか、どうもここに居るのが落ち着くらしい。初めて会った時も、同じような光景を見た気がするなと、幹比古はほんの一月前の記憶を手繰り寄せた。あの時とは違い、その細い脚は、水に浸かってはいなかったけれども。濃紺の髪が、陽光を受けてきらきらと深い輝きを帯びている。少年、石榴は、人魚憑きから解放されてから、その美しさを、一層増したように感じられた。幹比古が部屋に足を踏み入れれば、瑞々しい唇が、そっと動き出す。
「先生、行っちゃうの」
 振り向かないままに、石榴は呟いた。
「ああ、昼には車を回してくれる予定だ」
 格子戸を潜りながら、幹比古は答える。憑き物落としから、明けて一日。特にこれ以上この村に滞在する理由もない幹比古は、一月を過ごしたこの場所を離れて、自宅に帰る予定だった。既に荷物は全て纏めてある。ここに着た時と同じ、黒い着流しに袖を通した幹比古は、ここも見納めとばかりに、毎日目にした部屋を見渡した。
「先生のおうちって、遠い?」
「そうだな、遠いよ。ここから車で山を越えて、さらに汽車でずっと行った先にある」
「……そう、遠いんだね」
 消え入るような声でそう言って、石榴は俯く。視線は、決して幹比古の方を見ようとはしなかった。思い返せば昨日から、幹比古はまともに石榴と眼を合わせた記憶がない。
「先生、僕の脚、もう治った?」
「治ったよ。もう痛くはならないし、鱗が生えてきたりもしない」
「そう、だよね……」
 石榴の小さな手が、己の脚を撫でる。白く美しい肌には、もう一枚の鱗も残ってはいなかった。ゆっくりと目蓋を伏せて、石榴は首を横に振る。何かを、そっと否定しようとするように。肩にでも触れれば、そのまま崩れて消えてしまうのではないかと、冗談めいた想像が幹比古の脳裏に広がった。
「私は、もうここに居る理由がない」
「うん」
「しがない学者ではあるが、年中暇を持て余しているという訳ではないんだ。家に戻れば、溜まった仕事もある」
「……うん」
「妻はないが、一応こんな身でも家族はいてね。私を待っている人間もある。だから、帰るよ」
「……っ」
 細い肩が、小さく震えていた。幼い指が、白くなる程、強く握り込まれる。畳の上に膝を突くと、幹比古はゆっくりと、小さな背に近付いた。
「石榴、お前を連れて」
「――え」
 俯いていた筈の石榴の頭が、瞬間、持ち上がって振り向いた。淡い瞳に溜まった涙が、振り落とされるようにはらりと散る。透明な雫が陽光に照らされて、千々に煌めきながら石榴の膝に落ちた。見開かれた丸い瞳に己の姿が映っているのを見て、幹比古は柔らかに眼を細め、相好を崩す。
「ああ、やっと、こっちを見てくれた」
「せん、せ……?」
 茫然と、石榴が幹比古を見上げる。透き通る水面の眼差しから視線を逸らさずに、幹比古はこの愛らしい子供に語り掛けた。
「村長や垣内さんには、既に話を通してあるよ……少しばかり、骨が折れたけれども」
 存外に頑なだった彼等のことを思い出し、幹比古は苦笑を浮かべる。しかしながら、幹比古が最後の手段に出るより前には、首を縦に振ってくれた。人によってはそれを、折れたと表現するやも知れないが。
「兄さんたちが……?」
「ああ、さすがに誘拐と洒落込むには、土地勘がなさすぎるからね」
 あれば拐していたのかという点については、幹比古は是とも非とも答えるつもりはない。大手を振って連れ出す根拠が出来た時点で、その仮定は無意味だ。しなやかな石榴の髪を梳くように撫でながら、幹比古は諭すように、一言一言、言葉を繋ぐ。
「お前のことが、欲しいと思った。だから最初から、こうするつもりだったよ。どんな結果になろうと」
 石榴の瞳が揺れていた。静かな水面に、石をひとつ、投げ入れたように。波紋が広がって、奥深くに宿る感情を、ありのままに曝け出す。
「先生……僕、ぼくは」
 震える唇が、何事か紡ぎ出そうとする。けれども言葉が見つからないのか、石榴は戦慄く喉から声もなく、細い息を吐き出すだけだった。長い睫毛に縁取られた眦に、涙の雫が溜まっていく。これが現実か、それともほんの微睡みの間に見た、泡沫の夢なのか。迷いと恐怖と、縋るような期待を帯びた眼差しが、幹比古をじっと見つめていた。幹比古は石榴の手を取ると、己の存在を証明してやるように、一本一本、丁寧に指を絡ませていく。
「愛しているよ、石榴。どうか、私と共に来て欲しい。と言っても、申し訳ないことに、嫌だ、とは言わせてやれないが」
「っ……せんせ、せんせぇ……!」
 石榴の柔い頬に、透明な涙が伝い落ちる。あとからあとから零れるそれは、いくら拭っても、大した意味はなさそうだった。それでも指先で眦を掬って、幹比古は細い腰を腕に抱く。幼い身体は、幹比古の片腕に、容易く収めてしまえるほどに、小さかった。
「つれていって、ぼくのこと……ずっと、ずっと、一緒がいい……」
 震える声が紡ぎ出した言葉が、鈴の音のように心地よく、幹比古の鼓膜を震わせる。この、甘く熱い声の響きを、幹比古はきっとこの先、忘れることはないだろう。石榴を抱く腕の力が、無意識に強くなる。幹比古はするりと鼻先を擦り合わせると、ひどく満足気に、目蓋を閉じた。
「――もう、私のものだ」
 柔く瑞々しい唇を、吐息ごと奪う。この狂おしい幼子に、幹比古は蕩ける程の熱を、ゆっくりと注ぎ込んでやった。絡めた細い指が、強く強く、握り返してくるのを感じながら。



 秋も深まる十月の初頭。伊坂の屋敷の広い庭に、濃紺の髪の少年が一人佇んでいた。薄い色の瞳は一点を熱心に見つめて、縫い留められたかのように動かない。視線の先を辿れば、一匹の蜻蛉が、竜胆の花の中で羽を休めているのだった。捕まえようとするでもなく、蜻蛉をじっと捉えたまま、少年――石榴は微動だにしない。あるいは件の蜻蛉も、あまりに凝視されすぎて身動きが取れないのではないかとすら思われた。
「――坊ちゃん」
 障子戸を開け放ち、石榴の様子を見守りながら煙草をふかしていた幹比古は、背後から聞こえた声に、悠然と首を傾けた。白い煙を吐き出しながら見付けたのは、もう還暦近くになる、伊坂家の古い女中だった。名を鈴子という。幼い頃から幹比古の面倒を見てきたためか、とっくの昔に成人した今でも、幹比古は彼女に子供扱いをされている節があった。
「鈴子。何か用か」
「何か用か、ではありませんよ。先日の桜庭様からのお手紙、お返事を早く書いてくださいと申し上げたではありませんか。使いの方より、催促が来ておりますよ」
「あれは私ではどうにもならんよ。寺か神社にでも駆け込めと言付けたんだがな」
「使いに言っただけじゃあ、あのお方は納得しませんよ。今日明日には返事を書いてくださいませ。でなければあのお方、このお屋敷にまで押し掛けて来ますよ。私にまた、あんな面倒なお方の相手をさせるおつもりですか?」
 桜庭は伊坂の家とも太い付き合いのある、羽振りの良い大臣なのだが、どうにも小心者のきらいがあり、度々幹比古に相談を持ち掛けてくるのだった。しかし大抵の場合、彼の訴えはただの気の迷いであることが多く、幹比古はすげなく相談を跳ね付けることが多い。だというのに何故か桜庭は、何かあればいつも幹比古に頼ってくるのだ。
「……分かった分かった。鈴子が言うならそうしよう。全く、お前にはいつまで経っても頭が上がらないな」
「何を仰いますか。昔から私の言うことなんてちっとも聞いてくださらないのに。和寿様や秀司様は聞き分けのよい子でしたのに、坊ちゃんの気儘な性格は一体誰に似たんでしょうかねえ」
 幹比古の二人の兄の名を上げて、鈴子は大袈裟に溜息を吐いてみせる。品行方正な兄二人と違い、幹比古は幼少の折より、奔放と言われて育った子供だった。言われてみれば、兄達と幹比古は、顔立ち自体も若干遠い。
「案外、種違いだったりするかもな」
「坊ちゃん!」
「いや、冗談冗談」
 きっと眦を吊り上げる鈴子に、幹比古はへらへらと笑って手を振った。鈴子は呆れ顔で肩を竦めると、幹比古の視線を追うようにして、庭の方へ顔を向けた。そこでは、先程と変わらず、石榴が蜻蛉に夢中になっている。それに気付いた鈴子は、幹比古に対する厳しい眼とは打って変わって、母のように柔らかな表情を覗かせた。
「あの子が来てから、もう一月程になりますね」
「そうだな。早く慣れてくれたようでよかった」
 ひどく閉鎖的な環境で育ってきた石榴だ。いきなり見知らぬ土地に連れて来られて苦労するのではないかと懸念されたが、存外居心地よさそうにしていた。子供の柔軟さの為せる技か、それとも石榴の生来の気性なのかは分からないが、この子に暗い顔をさせる羽目にならずに済んだと、幹比古は内心安堵していた。
「しかし坊ちゃんがあの子を連れてきた時は、本当にびっくりしましたよ。和寿様なんか、椅子からひっくり返って――」
「またその話か」
「それくらい、皆驚いたということですよ。今までどんな美人に何度言い寄られても涼しい顔で躱していた幹比古坊ちゃんが、いきなり男の子を連れて帰ってくるんですから。私も坊ちゃんには度々驚かされてきましたがね、今回ほど仰天したのは初めてですよ」
「そうか? 別に食うに困っている訳でもなし、子供一人拾ってくるくらい……」
「くらい、じゃありません! 犬猫じゃないんですから! 全くもう、またふらっと出て行って、二人目三人目、なんてことはやめてくださいましね」
「はは、それはないよ」
 幹比古は白い煙を空に吐き出すと、踵を返して部屋に戻った。灰皿に煙草を押し付け、机の上に置いてあった上着を手に取る。一目見て幹比古の身体には合わないと分かる、青い子供用のカーディガンだった。
「それだけは、ない」
 鈴子の脇をすり抜けて、幹比古は庭に降り立つ。切れ長の眼差しに、ただ一人だけを映しながら。その横顔を見た鈴子が、眼を丸くして幹比古の背を視線で追ったが、彼女の口から、何かが語られることはなかった。
 石榴の濃紺の髪が、秋風にさらさらと揺れている。ここに来てから、ほんの少しばかり、その髪の色がより深い青を帯びたと見えるのは、果たして錯覚だろうか。幹比古はつい一月程前、石榴を連れ帰った時のことを思い出す。あの時は一騒動あったものだが、今やすっかり、石榴は伊坂の屋敷に馴染んだ。女中たちなど、主人を放っておいて石榴ばかり贔屓している節すらある。
 彼女らには、石榴を取り巻く事情は告げていない。幹比古がこの少年を何故、どうやって連れて来たのかも。今まで何処に住み、どんな暮らしをしていたのかも。知れば、また驚かすことになってしまうだろうか。石榴の身に起こったこと。幹比古が何をしたのか。この子を連れ出す為に、あの村の長に、何を言ったのか。そして今、石榴が抱える最大の秘密は――。
 考えかけて、幹比古は意図的に思考を霧散させる。詮無いことだ。いずれ分かるし、どうとでもなる。首を振って、庭の砂を踏んだ。石榴は未だ、蜻蛉と睨み合いを続けている。その華奢な後ろ姿に歩み寄り、幹比古は唇を開いた。
「石榴」
 ぴくりと肩を震わせた石榴が、ようやく視線を外して、後ろを振り向いた。これ幸いとばかりに、蜻蛉が花から飛び立ち、瞬く間に木々に紛れて見えなくなる。
「先生」
「そんな薄着では冷えるだろう。一枚くらい羽織っておきなさい」
 薄手の上着を肩に掛けてやれば、石榴は素直に袖を通した。ほんの僅かに長い袖から、細い指先が覗いている。幹比古に言われて改めて気温を自覚したのか、石榴はふるりと身体を震わせた。その細い肩を、そっと引き寄せてやる。石榴は嬉しそうにふんわりと微笑むと、幹比古の背に腕を回してぎゅっと抱き着いてきた。子供のぬくもりが、布越しにじわりと伝わってくる。ぐりぐりと胸に頭を擦り寄せて懐く石榴を撫でてやると、不意に、何かを見つけたような顔をして、小さく声を上げた。
「あ……」
「どうした」
「先生、あれ……」
 石榴が指さす先に眼を向ければ、そこには赤い実を付けた、一本の木が生えていた。さらさらと風に揺れる葉の間から、大きく実った果実が覗いている。
「ああ――石榴だな。少し見ない間に、随分実を付けたらしい」
「……ざくろ?」
 己と同じ名を冠する木の名前を聞いて、石榴がひとつ瞬目をする。興味を抱いたらしい。幹比古は石榴の手を取ると、庭に一本だけ植えられた石榴の木の下へ、ゆっくりと歩いていった。掌に乗るような大きさの、赤い石榴が枝をしならせて実っているのが見える。
「食べられるの?」
「ああ、食べられるよ」
 幹比古は頷いて、比較的低い枝に実る石榴を捥ぎ取った。袖口で軽く擦れば、赤い果実が手の中で艶やかに光る。
「昔は上まで登って齧ったものだけれど、今はさすがに出来ないな」
 懐に手を入れると、幹比古は小刀を取り出し、石榴の実を二つに切り分ける。皮の薄い果実の中に、赤い果肉がぎっしりと詰まっていた。爽やかな青い香りが、鼻腔を擽る。久々に感じるその匂いは、何故だか以前と微かに違って感じられるようだった。
「この、中身の赤いところを食べるんだ。齧ってみなさい」
 二つに分けた片割れを、石榴の手に乗せてやる。石榴は眼差しに喜色を輝かせると、小さな唇で赤い果肉に齧り付いた。いくらか咀嚼した後、ふわりと頬が仄赤く染まる。どうやらお気に召したらしかった。幹比古は腰を曲げると、石榴の身体を片腕で抱え上げる。残った片割れの方を口にすれば、どこか懐かしさを感じる酸味と甘味が、舌の上に広がった。
「……一説には、石榴の実は人肉の味がするらしい。残念ながら、私は比較対象を口にしたことはないが」
 赤い実を両手で持った石榴が、果肉を食む。小さな粒が弾けて、石榴の口端から果汁が伝い落ちた。あたかも血が、零れ落ちるかのように。口唇で触れ、舌先に赤い雫を舐め取る。石榴の甘い唇を悪戯に啄むと、白い頬に果実の色が滲んだ。
「お前は、どう感じたかな」
 丸いおとがいの線を、幹比古の指先がゆっくりとなぞる。柔く、肌理の細かい子供の肌。幹比古の片腕に収まる、小さな身体。その秘密を、この世にほんの僅かな人間だけが知っている。この子が人魚に憑かれたこと。そして、その影響は、未だこの子の根幹を、人の子から僅かに一歩、はみ出した場所に置いていること。即ち。
 石榴はもう、この先決して、大人になることは出来ないということ。
「なあ、可愛い、私の石榴」
 丸い瞳が、淡く美しい眼が、幹比古を見つめている。そこに映る男の唇が、ゆるやかに、弧を描くのが見えた。
 甘く、爽やかな、果実の香りがする。


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