夢の中の君は、今。

蒼之海

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第23話 199X年 8月 1/4

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 2号店での送別会を経て、俺と嵐山店長は本店へと戻った。ちなみにその送別会には支配人は出席しなかった。俺たちを邪魔者扱いする態度を隠そうともしないその行為に、少なからず腹も立ったが、バイトの仲間たちは俺たちとの別れを、本当に惜しんでくれていた。

 本店に戻っても、木曜週一の休みは変わらなかった。変化があった事と言えば、出向前までは割と自由に決められていた出勤時間が、2号店と同じシフト制になっていた事だった。

 本店の従業員は嵐山店長と俺を入れても六人だけ。なので2号店の様な訳にはいかない。嵐山店長は日中の業務もある。なので売り上げ集計などお金の管理をする人間が、閉店時には必要だ。
 嵐山店長と話し合った上、俺は遅番———夜8時から朝5時までの固定シフトになった。


「……悪いな阿藤。遅番固定になっちまって」

「いえ、仕方ないっすよ。本店は人がいないんだから」


 嵐山店長は、俺と絵未の関係を知っている。本店に異動になる前に話したのだ。口は悪いが俺は嵐山店長を慕っていた。サーフィンを教えてくれたのも嵐山店長だし、今でも月一回は、一緒に波乗りに行く仲だ。

 異動になったものは仕方がない。……だけど、俺の胸の中では、ある決意が少しずつ固まりだしていた。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 
「今日は楽しもうね! 武志くん!」

「ああ、目指すはO海岸だ!」


 今日は絵未と初のお泊まり旅行だ。まあ旅行と言っても宿や何かを予約した訳でもない。宿泊先は適当なラブホテルでと考えている。それでも絵未は初の遠出旅行を、とても喜んでくれた。

 ただ一つだけ、俺がわがままを押し通した事があった。




『……ねえ武志くん。その旅行の日、私、多分生理になっちゃうと思うんだ。前の月がそうだったから。そしたら海に入れない。だから、遊園地か水族館か動物園に行きたいな』


 確かにそれだと海水浴の楽しみは半減してしまう。だけど、最近忙しくて一年前までは週二で行っていたサーフィンも、休みの少ない最近では月一回が限界だ。だからどうしても海に行きたかった。それに絵未に、波に乗っているカッコイイ姿を見せたかったってのも、少しだけある。


『……うん、だけどせっかくの8月だし、波打ち際で遊ぶのも楽しいよ。遊園地か水族館は今度絶対連れて行ってあげるからさ、今回は海って事で、お願い!』

『しょーがないなー。そこまで言うなら海でいいよ。でも遊園地か水族館か動物園は絶対約束だよ? 忘れちゃやだよ』


 そう言って両手を合わせた俺を、絵未は笑って許してくれた。





 本当に優しい子だよなぁ……。

 俺は咥えタバコで車を運転しながら、そのやり取りを思い出す。思わず笑みがこぼれ落ちた。


「あー! 何かまたいやらしい事考えてるでしょ!」

「……あのさ絵未ちゃん。俺が笑うとぜーんぶエッチな事を考えているって思ってるわけ?」

「うん」

「即答かよ!? そんなに頭ん中、ピンク色に染まってないって!」

「……本当かな?」

「これでも色々と考えているんだって。これからの事とか」

「……そうなんだ。前から言おうと思ってたんだけどね、武志くん。たまにすごい冷たい目をしている時があるの」

「……え? 俺、そんな目で絵未ちゃんを見た事ないよ!」

「ううん。私にじゃなくて、どこか遠くを見ている時とか、ふとした時にね、そう感じる事があるの。……まあ、そんな顔も私は好きなんだけどね。惚れた女の弱みかな、へへへ」


 最後は笑ったけど、少しだけ絵未の顔が曇り出す。

 せっかくの旅行なんだから、元気付けてあげないと! 俺は話題を変える事に頭をフル回転させた。


「ねえ絵未ちゃん。俺も前から聞きたかった事があるんだけどさ……絵未ちゃんが『したい』って思う時って、どんな時?」

「は……はぁぁ?」


 そんな急に気の利いた話題なんて、すぐ出てくるもんか! でも流石にこの話題は、脈略がなさすぎたか。でも……言ってしまったものは仕方がない。話を続けるまでだ。


「ほら……よく言うじゃん。女性は生理前にムラムラするとかって。絵未ちゃんはどうなのかなーって」

「ば、バカァ! ほっんとエロ魔人……いや、もはやエロ魔王だね。私は囚われのお姫様。……おお勇者よ、このか弱き絵未を、どうかお救いください……!」

「ブアハハハハハ! 勇者などこの世に存在せぬわぁ! さあ麗しき囚われの絵未姫。其方の欲望を曝《さら》け出すがよい!」


 車が少し渋滞している事も手伝って、俺は両手をあげて襲うポーズまで演出した。
 絵未はキョトンとしていたが、一拍置いて大きな声で笑い出した。


「アハハハハハハハハ! お、お腹痛い! ……あ、武志くん、前、前! 車、動きだしたよ! ウフフフフ……」

「お、おお。そうか」


 慌ててハンドルに手を戻し、車を低速で走らせる。


「あーおかしかった! で、なんだっけ? 話の内容って」

「あ、ずるい! そしてひどい! 俺が演技まで付けてした質問なのに……」

「ウソウソ。私が『したい』って思う時はって話だよね。……うーん、難しいなぁ」

「そんなに難問なの!?」

「だって……武志くんといる時は、大体そう思うから」

「いた! ここにもエロ魔女がいた! エロ魔女裁判にかけなければ! 被告人、前へ!」

「ちがーう! 話を最後まで聞けー! ……生理とか、体調の具合とかもあるけどね、武志くんといる時は、『したい』って、そう思う事が強くなるって話。……だけどやっぱり一番そう思う時はね……」

「うんうん。そう思う時は?」

「……武志くんが、私に優しく笑いかけてくれた時、かな」


 真っ直ぐ俺を見つめる絵未が、今までで一番可愛くて思えて、俺は咥えタバコを落としそうになった。すぐさま口元に手を当てると、タバコを灰皿に揉み消した。


「そ、そうなんだ。……じゃあ、これからずっと笑っていようかな」

「そんな事言っても、今日は出来ないからね。……生理なんだから」


 ……最後にはしっかり釘を刺されました。
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