夢の中の君は、今。

蒼之海

文字の大きさ
27 / 31

第27話 199X年 9月 1/3

しおりを挟む
 本店での勤務は今月末で終了だ。その次に何をするかは、まだ決めてはいない。

 とりあえず最後の1ヶ月、やり残した事がない様に、引き継ぎを少しずつ進めていく。

 木曜定休前日の水曜になると絵未は、早~中通しの勤務を入れた。
 午後9時になり仕事が終わってゆっくりまかないを食べ終わると、2号店から本店まで歩いて来てくれるのだ。
 同じW市内とはいっても、歩けばゆうに20分はかかる距離。本店は平日夜11時になると俺の一人勤務になるので、その時間に合わせて、絵未が訪れる。

 本店は本社ビルの二階にある。階段を上がってすぐのガラスドアから絵未がそっと顔を出した。2号店の社員も本社ビルに立ち寄る事も稀にある。それを配慮しての行動だ。俺は絵未の顔を見つけると、大丈夫だよと手招きをする。

 ガラスドアを開け、絵未が駆け寄ってきた。

「お疲れー! 武志くん!」

「絵未ちゃんもお疲れ様。歩いて来るの、大変だったでしょう?」

「全然平気だよ! 少しは運動をしないと、太っちゃうからね」

「そっか。じゃ、早く厨房の中入って」

「うん!」

 本店は2号店とは違い、こじんまりとした店舗だ。2号店の様にそれぞれ独立した受付やBARカウンターや厨房などない。受付け兼カウンターのすぐ後ろが厨房になっていて、四人も入ればすれ違う事ができないくらいの狭さだ。俺はなるべく奥の死角に丸椅子を置いて、そこに絵未を座らせる。

「飲み物は何がいい?」

「んー、じゃあコーラで!」

「ご注文、承りました」

 ドリンクサーバーからコーラを注ぎ、ちょっとだけアイスを乗せてチェリーも添える。

「はい、絵未ちゃん特別メニュー」

「うわぁ! ありがとう!」


 美味しそうにコーラフロートを飲む絵未だけど、夜の2時頃を過ぎれば流石に船を漕ぎ出してしまう。


「絵未ちゃん、絵未ちゃん。眠いなら、空いてる部屋で横になってていいよ」

「……んん。そうする。ごめんね。武志くんが働いているのに……」

「何言ってるんだよ。昼間絵未ちゃん働いてたじゃん。この時間に眠くなるのは当然だよ」


 空き部屋まで絵未を案内すると、そのままぽてっとソファに横たわった。


「終わったら起こすから。それまでゆっくり休んでいてね」

「……ん。待って。寝る前に『ぎゅー』して」

「仕方ないなぁ」


 俺は部屋に入ると、上半身だけ起こして両手を広げる絵未を『ぎゅっ』っと抱きしめる。最後に軽く唇を重ねると、部屋を出る前に声をかけた。


「じゃあ……電気は消しておくね。おやすみ」

「うん……おやすみ。夢に出てきてね、武志くん……」


 部屋を出ると俺は急ぐ。いつもは閉店後の売上集計などに30分ほど時間を費やすのだが、全てを巻き巻きで処理していく。

 いつもより早い時間から店内の清掃を始め、現金の集計にも早めに取り掛かる。ここで金額が合わない事が多々あるのだ。

 一日の売り上げが記載された集計レシートを出すのは、5時を過ぎてからと決められている。

 五円、十円の誤差は割と出る。数十円単位の誤差なら、店にストックしている小銭で帳尻を合わせるのだけど、大変なのは、レジの打ち間違えだ。

 大抵の客は予想より金額が多ければ、レシートを見直して、店員に問い正す。だけど逆に安ければ「意外と安かったね」で済ませてしまう。申告する客などほとんどいない。

 過ぎてしまった事は仕方がない。あまりにも頻繁に事が起こればレジを打った人間に注意もするが、人間誰しも間違いはある。この場合仕方がないので、顧客の注文内容とレシートを照らし合わせ、どの注文を打ち間違ったのかを洗い出し、差額に近いメニューに打ち直して、小銭で微調整する。

 こうして、レジの入金記録と現金をピッタリ一致させて、お金を社長室の金庫にしまうのだが。

 今日だけは、そのミスがあってはいけない。

 早く絵未を連れて帰りたいからだ。

 なので、レジの集計レシートを出す5時前から、あらかじめ現金を数えておく。そして注文伝票を一つ一つめくっては、電卓で金額を集計する。現在4時半。客はもう誰もいない。


「よし! 売り上げと現金、ピッタリ一致!」


 ここまでやっておけば、5時ジャストに集計レシートを吐き出すだけで、後は現金を金庫に収めれば、5時5分には店を出れる。

 いつもはだらだらと20分くらいかけてやる仕事も、休日前日に絵未がちょこちょこ本店まで来る様になってから、俺の効率は格段にアップした。


 やっぱ絵未効果、すごいな!


 予定通り事が進み、5時ちょうどに絵未を起こす。いきなり電気をつけては可哀想なので、暗闇の部屋に入り、肩を軽く揺すってみる。


「絵未ちゃん、絵未ちゃん。……仕事終わったよ」

 リズムカルに寝息を立てている絵未は、気持ち良さそうに眠っている。

 仕方ない。先に現金を金庫に収めに行こうか。そう思って部屋のドアを開けようとした時だった。


「んん……武志くぅん……」

 俺は振り向いた。だが絵未が起きてくる様子はない。


 ……まさか、寝言?


 絵未はぐっすりと眠るタイプだ。俺は今だ、絵未の寝言を聞いた事がない。

 どんな夢を見ているのだろう? とっても気になる。

 でも夢は覚えていない事の方が断然多いので、聞いても分からないって言うんだろうな……。

 俺は店を閉める最後のギリギリまで、絵未を寝かせてあげる事にした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...