竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

文字の大きさ
19 / 80
第一章

第18話 アレがない

しおりを挟む
 ホンダ製CRF250R。

 完全にレース仕様車として設計された公道ではほとんどお目にかかる事がないマニアックなこのマシンは、中学時代にボクが慣れ親しんだ愛車CRF150Rの兄貴分だ。

 猛禽類の鋭いくちばしや爪を連想させる攻撃的なフロントフェンダーとリアフェンダーは割れて破損はしているけど、その荒々しさは今も面影を残している。

 水冷4ストロークエンジンや短い尻尾の様に突き出したツインテールマフラーにも、大きな破損は見当たらない。

 細かい傷や錆は浮いているけど、バイクの骨格とも言える前輪をガッチリと支えるフロントフォークやフレームにも、大きな歪みはないと思う。


 ……まさか、こんな所でCRF150Rあの子のお兄様にお会いできるだなんて。


 墓場と化したあの隠し部屋で元の世界の残骸たちがもの悲しげに散乱する中、このマシンだけがボクの眼にはまだ生の光を纏っていた様に見えたのだ。

 これは断じて目の錯覚でも幻でもないと信じたい。

 ヘルゲとジェスターに手伝ってもらい部屋の中央に運び込まれたCRF250Rを撫でながら、ボクはマシンに自己紹介をした。

 そう、これはボクにとって大切な儀式でもあるのだ。


「初めまして、ボクの名前は若月和希。キミに会えてとっても嬉しいよ。キミの弟にはとってもお世話になったんだ。まさにボクの相棒だったよ。……え? おいおいつれない事言わないでくれよ。まさかボクがボートに乗り換えたからって妬いてるのかい? うふふ。うふふふふふふふふふふふふぅ」

「お、おいカズキ……その……いろいろと大丈夫か?」


 どう扱ったら分からないといった顔のヘルゲとジェスターを遥か彼方へ置き去りにして、ボクはマシンと心ゆくまで語り合う。こればっかりは仕方ない。

 CRF150Rあの子のお兄さんが今、ボクの側にいる。なんと心強く頼もしい事だろうか。

 妄想の世界でマシンと言葉を交わし合うボクに向けられたヘルゲとジェスターの冷ややかな視線を感じ取り、はたと思い直る。

 おっと。ついつい自分の世界に浸りすぎてしまったね。


「ねえ、ヘルゲさん。ジェスター。ボク、CRF250Rこの子を直してあげたいんだよ。……協力してくれないかな?」

「いやその前に! 情報が全然足りなくて付いていけねぇよ! 一体それは何なんだ!?  まずはそこから説明してくれよ!」

「そうじゃな……ジェスターの言う通り、それがどういうモノなのか教えてくれんと、ワシらも快く協力できないのぅ」


 これはごもっともな意見を頂きました。

 人目に触れぬ様隠し部屋に保管していたのは、使用用途が分からない事もさることながら、それが危険なものなのかもしれないと警戒しての意味合いもあるのだろう。

 CRF250Rこの子を直すには二人の協力が絶対に必要だ。

 それにはまず、いかにCRF250Rこの子が危なくなく、便利で、賢く、出来る子なのかを説明してあげなければいけない。

 だけど二人がこれまでの人生で見た事もないものを、果たしてうまく説明できるのだろうか? 

 いや、弱気になるなボク! しっかりとCRF250Rこの子の素晴らしさをプレゼンしなくては!


「これはね、ボクの世界で『バイク』って言う乗り物なんだ。馬よりも優雅に速く走ることができる、それはそれは魅力的で感動的でカワイくて愛おしくて逞しくてカッコいい乗り物なんだ」


 後半はボクの主観がだいぶ混じってしまった様だけど、果たしてうまく伝わっただろうか。

 鳩が豆鉄砲、いや、バズーカ砲でも撃ち込まれた顔をしてるジェスターを、ボクはじっと見つめ続ける。


「の、乗り物……? ウソだろ……? それが動いたり走ったりするってのか……?」


 うん。ボクの想いがぎゅっと詰まった大切な形容詞は残念ながらスルーされてしまったけど、どうやら乗り物って部分だけは伝わった様だね。


「ふむ……見たところ車輪の様なものもついとるし、それは乗り物なんじゃな。それでカズキや。だいぶ壊れている様子じゃが、お前さんはソレを直せるのかの?」

「うん、ちょっと見てみる。エンジンさえ生きていれば何とかなると思うんだけど……ジェスター、ちょっとナイフを貸してくれない?」


 ジェスターがベルトポーチから取り出した小さなナイフを受け取ると、車体を傷つけない様慎重に、エンジンにこびり付いた土や汚れを削り落としていく。

 ぱっと見大丈夫の様だけど、バラして見ないと分からないなぁ。

 エンジンを本気でオーバーホールしようと考えたら、外装をはじめパーツを一つ一つ分解していかないと始まらない。

 だけどここには分解にマストとなるアイテム、レンチやスパナなどの特殊工具なんてある訳ない。車体をバラしてメンテナンスする事は不可能なのだ。

 バラす事が無理でも、せめてエンジンオイルとミッションオイルだけでも交換しないとね。

 …………んん? 

 興奮して頭にドクドクと流れていた血流が一気に冷えた。急激に火照った体の熱も逃げ、顔からサーっと血の気も引き始める。

 ……し、し、しまったぁぁ! そうだよ! 大切な事をすっかり忘れてたよ!

 ボクは倒れる様にしてジェスターにすがりつくと、勢いよく捲し立てた。


「———ね、ねえジェスター! トロッとヌメヌメしていて火が付かない油ってある?」

「な、何だよ急に。意味分かんねえよ。それがどうしたって言うんだよ!?」

「いいから教えて! あるの? ないの? ……どっちなの!?」

「あ、ああ。それなら多分あるぞ。ザクレットの実から搾り取れる油ならトロッとしていて金具なんかの潤滑油として使うんだ」


 よし、第一関門はクリアだ。しかしこれはある意味想定内。問題なのはここからだ。


「……ジェスター。あともう一つさ『ガソリン』って聞いたことないかな? 同じくトロッとしていて火を近づけただけでボワッと燃え上がる液体なんだけど……」

「そんな危ない液体なんて知らねーよ!」


 ……だよねぇ。


 人や家畜が運搬を担い原始的な生活を営む『モン・フェリヴィント』で、電気はおろかガソリンを動力とする物なんて今まで見たことがない。

 ボクとした事がなんたるミステイク。CRF250Rこの子を見た途端嬉しさのあまりこんな大切な事に思いが巡らないだなんて。

 これは完全に詰んでしまったか。

 ジェスターの袖を掴んだままガックリうなだれるそんなボクに、救いの声が掛けられた。


「『がそりん』と言う名に聞き覚えはないが、似た様なものなら知っているぞぃ」

「……え? ……ほ、本当?」

「ああ。それがはたしてカズキの言うモノと同じかは分からんが、確かに特徴は似ておる」

「そ、そんな危ないモノが『モン・フェリヴィント』にあるのかよヘル爺!」

「うむ。危険なので一部の大人たちしか知らされておらんのじゃ」


 マジ? 奇跡が起こるのもしかして? 


「では早速、と言いたいところじゃが、ちと事情があっての、夜にならないと無理なのじゃ。任務が終わって夕食を食べたら、この作業小屋に集合という事でどうじゃろう」


 そう言ったヘルゲはニマっと笑い、年期の入ったその顔に深い皺を刻んで見せた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...