竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第28話 町を守る戦い 〜その1〜

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 呆然と西の空を見上げるボクの視線を追ったジェスターは、雲に投影された黒い影に目を大きく見張ると、弾かれた様な勢いでボクの肩を鷲掴んだ。

「———カズキ! 空賊だ! 急いで避難……いや、保安部まで行こう!」

「く、空賊……?」

「いいから今は急げ!」

 必死の形相で訴えるジェスターに気圧されて、ボクは黒い大きな影に背を向けると、CRF250Rマシンを保安部方向へと走らせた。

 腰に回したジェスターの腕には力が込められ、僅かだけど震えている。その様子だけでこれがただ事でない事態だと、十二分に伝わってくる。

「……ジェスター。空賊って何? ボクが分かる様に説明してよ。ボクらバディでしょ?」

「……ああスマン。そうだよな……空賊は、竜に乗って俺たちを襲ってくるんだ。しばらく姿を見せなかったのに、なんで……!」

 ジェスターの説明を聞いても理解ができない。

 竜ってそんなにたくさんいるものなの? そして……襲ってくるってどういう事?

 町と保安部の中間地点、草原と森の境目辺りに差し掛かると、森の奥で舞い上がる土煙が見て取れた。

 程なくして微弱な振動を伴って蹄音も耳に届いてくると、それが馬群だと分かる。

「保安部の騎馬隊だ! カズキ、向かってくれ!」

 騎馬隊は森を抜け、まっすぐこちら———町の方向へと向かっている。ボクは大きく迂回して進路を反転させると騎馬隊に並走した。

「アルフォンスさん! それにヴェルナードさんもいる!」

 先頭を走る二人を見つけると、さらにマシンを加速させアルフォンスの横にピタリとつける。

「……カズキとジェスターか。主らは保安部の駐屯所に避難するのだ」

「ヴェルナードさん! 空賊って……」

「其方らにはまだ早い。アルフォンスの言う通り、駐屯所に戻るんだ」

 視界の広い兜を被ったヴェルナードがいつもと変わらない冷淡な顔で、前を見据えたまま言い放つ。
 腰には剣も帯びている。ならば白いハーフコートの下には、胸当ても着けているのだろう。

 兜と胸当てと剣は駐屯所に保管していて『3つの月章サードムーン』以上の将校月持ちの使用許可が必要な特別装備だ。それを付けているならば、やっぱりただ事ではない。

「ヴェルナード様! 俺たちはまだ戦えなくても保安部の人間です! 俺たちだけこそこそ隠れているなんてできません!」

 CRF250Rマシンから身を乗り出して懇願するジェスターにチラリと視線を移した後、ヴェルナードは小さく息を吐いた。

「……分かった。では町の住民の避難を手伝ってくれ。誘導する避難場所はわかるな?」

「はい! 東の森ですね!」

 ヴェルナードは小さく頷くと再び前方に意識を移す。その先には町が小さく見える。そして西の空の黒い影は、さっき見た時よりも高度が低い。だんだんと近づいている。

 ボクたちが町まで接近すると、黒い影は覆っていた分厚い雲を割ってその姿をあらわにした。

 ———空を挟んでもう一つ、陸地が浮いている……!

 風竜と同じ速度で移動するもう一つの陸地は、急激な地殻変動で生まれた島の様に唐突に、空を挟んで町の隣に現れた。
 
 ボクらの緑豊かな陸地と違って、火山の火口の様に表面がゴツゴツとした岩で覆われていて、粗末な建物がポツリポツリと建っている。

 さらには砦の様なものまであり、大勢の人影がこちらに向かって雄叫びや奇声を発していた。

 あ、あれが空賊…………なの!?

 並走していたその陸地は再び、ゆっくりと浮上していく。陸地は前方の視界から消え、ボクらは再び見上げる形となる。

 斜め下から見上げるソレが竜の姿なのだろうか。ボクが想像していたファンタジーやアニメに出てくる竜とは、大分違う。

 残念ながら頭部はよく見えなかったけど、長方形の全身に太く短い尾。翼は小さく羽ばたいているというより、まるで滑空している様にも見える。

 背中が平らなので、戦闘機が発着する空母に見えなくもない。

「……あれは無意思竜だ。空賊たちはそれを利用している。今は非常事態だ。詳しい説明は後でする」

 む、無意思……竜?

 ボクらの頭上を飛ぶモノを、ヴェルナードがやっぱり竜だと教えてくれた。

 大きさはボクらが乗っている風竜よりも小さいけれど、町と同じくらいの大きさはあった。100mくらいはあるだろうか。

 もう少しで町の北口に到着する。並走しているアルフォンスが大音声を発した。

「くるぞっ!」

 その声に再び上空を見ると、空賊の竜から鳥の様なものがたくさん飛び立ち始めていた。

 くるくると旋回したり、上昇下降を繰り返したりと、各々が無秩序な動きで飛び回っている。町の上空まで下降すると、それが何なのかようやく分かった。

 人……翼をつけた人間だ!

 パイロットの様にゴーグルをつけた人間が、ハンググライダーに似た翼にしがみつき、縦横無尽に町の上空を飛び回っている。

 先頭を走るヴェルナードが、少し速度を落とした。

 後ろを走るアルフォンスに振り向いて目で合図を送った後、今度はヴェルナードの深みのある声音が響き渡った。

「全員、抜刀!」

 ヴェルナードが腰から剣を抜くと、騎馬隊の全員もそれに合わせて剣を抜く。

 右手に構えた剣を胸の前に構え直し、目を閉じる。

 兜からこぼれるヴェルナードの青くて長い髪が、ふわりと浮き上がった。構えた剣の刀身を中心に、風が逆巻いている。

 まるで、剣が風の衣を纏っている様だ。

「———撃ち落とせ!」

 ヴェルナードの号令で全員が剣を振りかざすと、風の衣は薄緑色の球体となって空高く放たれる。

 無数の球体が、町上空のハンググライダーを数機撃ち落とした。

「アルフォンス。後の迎撃は任せた。航空戦闘部が来るまで敵を引き付けておけ。……10騎私に着いてこい。カズキたちもだ」

 そう言って先頭を走るヴェルナードは町の北口直前で左に逸れる。後続の10騎がそれに続くと、騎馬隊は裂かれる様にして二隊に分かれた。

 統率の取れた騎馬隊の動きに出遅れたボクは、すぐさま進路を変更すると加速して先頭のヴェルナードに追いついた。

「アルフォンスたちが北口から町に入り敵を引きつけ迎撃する。私たちは迂回して東口から町に入り、住人たちを避難させるのだ」

「う、うん! 具体的にはどうすればいいの?」

「住人たちを町の東口に誘導して、そのまま東の森に避難させる。森に入れば人翼滑空機スカイ・グライダーは降下できない」

 ヴェルナードから説明を受けながら町を大きく迂回して東口に差し掛かると、住人を東の森まで護衛する役目の四騎が馬を止めた。

 ボクを含めた残りの騎馬隊はそのままヴェルナードに続いていく。途中、資材調達班の作業小屋の側を通り過ぎ、ボクたちは町の中心部へと急ぐ。

 ……ヘルゲさん、無事に避難してるといいんだけど。

 町の中央広場へ近づくにつれ、逃げ惑う人たちが多くなる。

「そのまま走って東の森に逃げろ」と声をかけながらボクたちは、中央広場に躍り出た。
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