竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

文字の大きさ
32 / 80
第一章

第31話 戦いの後

しおりを挟む
 味方の人翼滑空機スカイ・グライダーが上空の残党を追い払うと、接舷していた空賊の竜もゆっくりと距離を取り、しばらくすると再び雲の中へと消えていった。

 守備体制を整えたボクたちに再度攻撃を仕掛けてくる事はまずないだろうとアルフォンスは言ったけど、まだまだ予断は許さない。

「航空戦闘部に連絡を。現在航空中の人翼滑空機スカイ・グライダーはそのまま哨戒行動に移行。我々も警戒体制を維持しながら、負傷者の救護に当たる様に」

 ヴェルナード号令の元、即座に一騎が伝令に走る。

 残されたボクたちは、緊張感を保ちつつ怪我人の救護へとまわった。

 町の女性陣達が大量の包帯や傷薬を抱えて広場へと集まると、手分けをし軽傷者には応急処置を施して、重傷者は荷台で町郊外の診療小屋へと連れていく。

 幸い怪我人は軽傷者の方が多いけど、それでも軽傷者だけでざっと見渡しても30人はいる。町の憩いの場所でもある広場が今や、野戦病院の様になっていた。

 ボクとジェスターも慣れない手付きで応急処置のお手伝いだ。傷薬を塗り包帯を巻き「もう大丈夫」と声をかけると、町の人から感謝の声を掛けられた。

 目の前にいた数人の処置が終わり額に浮かぶ汗を拭って周りを見渡すと、広場の隅にシーツが掛けられた膨らみがいくつか、視界に入った。

 ボクは魅入られたようにフラフラと歩み寄る。

 人の形をした膨らみ。シーツの端から覗き出るだらりと力ない手足。

 まさかこれって……。

 人の形をしたピクリとも動かないその膨らみは、15体程並んでいた。シーツからはみ出る衣服を見ると、空賊の遺体も混じっている。

 その内の一つ、他より少し大きめなシーツの膨らみの下に見え隠れする服に見覚えがあった。

 ボクはそうっと手を延ばすと少しだけシーツをめくりあげる。

 割腹のよい女性の胸には矢が深々と刺さり、服が真っ赤に染まっていた。


 ……そ、そんな……広場で夕食を売っていた、あのおばさんが……どうして……?


 足の力がカクンと抜け、よろけながら後退る。

 体が酸素を欲しがって呼吸が荒くなり、直視出来ない現実から逃避する様に眼球が忙しなく動き回った。

 その眼球が今度は隣の膨らみに違和感を感じとる。

 シーツから白髪が覗いていた。

 ボクの鼓動は一気に回転限界領域レッドゾーンまで跳ね上がった。

 夢ならば早く覚めて欲しい。シーツに延ばした掌から、一気に油汗が吹き出してくる。ボクは祈る思いで恐る恐るシーツをめくった。


 ……ち、違う……ヘルゲさんじゃない……!


 亡くなった見知らぬ老人には悪いけど、安堵感が全身の力を奪い去り、ボクはその場に腰を落とした。同時に激しい怒りが体中を駆け巡る。

 怒りを燃料とした行動は実に俊敏だ。ボクは跳ねる様に立ち上がると、アルフォンスの元へと駆け寄った。

 アルフォンスの足元には生き残った空賊が二人、縄で縛られている。一人はボクが捕まえたヤツだ。

 血相を変えて駆け寄るボクにおおよその事情を察した顔馴染みの班員二人が捕虜の前に立ちはだかり、ボクの気持ちと体を受け止めた。


「気持ちは分かるが……やめるんだカズキ」

「で、でも! コイツらのせいでおばさんが死んで……! ボクと同じくらいの子供がいるって言ってたのに……!」


 揉み合うボクらにアルフォンスが近寄ってきた。


「今回の空襲で八人が死亡した。今調査中だが拐われた子供も我々が確認しただけで二、三人はいただろう。……助けられなかったのが残念でならない」

「……一体コイツらの目的はなんなの?」

「最大の目的は幼い子を拐う事だ。子供はどこでも高く売れるし、自分たちの労働力や慰みものにするのだろう」


 平和ボケしているボクにはおおよそ聞き慣れない単語か飛び交ってか、頭がパニック状態になる。

 目的は子供の誘拐で、その襲撃でおばさんも死んだ。

 この世界に来てから、人間関係に苦労する事はあったけど、それなりに平和な日々は過ごせてきた。その毎日が実のところ紙細工の様に脆く、儚いものだったなんて、誰も詳しく教えてくれなかったし、ボクだって疑いもしなかった。

 顔見知りの突然の死への怒り。自分の蒙昧さに対する恥ずかしさ。そして悔しさ。

 そんな気持ちが混ざり合って、自分でも想像できないくらい感情を剥き出して、縛られた男達を睨みつけた。


「……で、コイツらはどうするの?」


 怯えながらも不敵な笑みを浮かべる男たちに、懺悔の気持ちが一切ない事は誰の目から見ても分かる。
 
 殺されたおばさんたちの為にも、せめて仇は取ってあげたい。あげたいけど……怒りに任せて殺してしまったら、この男たちと同じだ。

 それに第一、ボクに人を殺す事なんてできる訳がない。

 敵討ちという大義名分を前にして、それでも理性が衝動を押さえつけてるボクの側にヴェルナードが近付いてきた。

 縛られた男たちを感情が欠落した目つきで睥睨へいげいしながら言い放つ。


「次に地上に降りた時に、売り払う」


 背中に張り付いていた汗が一気に温度を下げ、背筋がピシっと凍りついた。


 空賊たちの虫唾が走る行いを、ヴェルナードもするなんて。


 ボクがぬくぬくと育った平和な元の世界と、この世界では考え方の根底が違う。それは分かっていた筈だ。

 だけど、一番暗鬱あんたんな部分をこうも違うと突きつけられると辛すぎる。

 ボクは表面上だけしか『モン・フェリヴィント』を理解していなかったのだろうか。

 冷徹だけど時折見せるヴェルナードの力が抜けた微笑を、勝手に優しさだと勘違いして、愚かにも自分の理想を重ね合わせていただけなのかもしれない。


「カズキ、これからの事だがな」

「ぼ、ボクに触るなぁ!」


 肩に添えられたヴェルナードの手をとても汚らわしく感じ、同時に体が反射的に拒絶した。

 皆の怪訝な視線が集まる中で、ボクはこの場所に自分の居場所がない気がして、無性に自分が惨めに思えて、そんなボクにできる事と言ったらこの場から走り去る事だけだった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

処理中です...