竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第32話 死者の弔い

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「……やっぱりここにいたのか」


 倒木に膝を折り畳んで座っていると、呆気なくジェスターに見つかってしまった。

 町の中でボクの行く先なんて限られている。自分の部屋か、この資材調達班の作業小屋くらいだ。

 ボクだってもちろん本気で姿を眩まそうなんて思っちゃいない。

 ヴェルナードたちの常識とボクの倫理が奏でる不協和音があまりにも大きすぎて、気持ちを整理する時間が欲しかったのだ。


「ほら、みんなが心配しているぞ。早く戻ろう」

「……うん。でもジェスター、ここにもヘルゲさんがいないんだ……」


 ヘルゲならボクの気持ちを理解してくれるのでは。根拠はないけどそう思い誰かにすがりつきたくなって、気づいたら、自然とこの作業小屋に足が向いていた。
 
 だけど誰もいなかった。

 孤島にぽつんと取り残された様な心細さは、いや増すばかりだ。


「大丈夫、ヘル爺ならきっと無事だって。『ワシャ後20年は生きるぞぃ』が口癖だったからな。だから心配するな。……なあカズキ、これから死者を埋葬するんだ。カズキの顔見知りが死んだんだろ? なら、弔ってやらないと」


 真っ直ぐにボクの目を見て、ジェスターが手を差し出た。ボクに手を差し伸べてくれる人もいるんだと、それだけで心の霞がスッと晴れた様な気持ちになる。

 その手を取りジェスターに付いていくと、案内された先は東の森だった。

 森の入り口には既に、ヴェルナードやアルフォンスをはじめ大勢の人が集まっていて、十数人が一斉にスコップで地面を掘っていた。

 すべての穴が腰が隠れるくらいまで掘り終わると、ヴェルナードが一歩前に歩み出た。

 目を閉じ右手を左胸に添える。


「母なる大地の風竜よ。尊い使命に終焉を迎えた五体を、御身にお返し致します。その肉は御身の血と交わり淀む事なく脈々と流れ続け、その魂は日ならずして誇り高き思考を悟り御身の礎を支え、願わくば、末長く我ら御子に幾ばくかの恩恵と安らぎを与えられん事を」


 凛とした声が響き終わるとしんと静まり、葉擦れ音だけが余韻を残す。

 気がつけばジェスターや周りの人たちも目を閉じていた。

 そろそろ薄闇が垂れ込め始めた薄暮に、ぽっかりと口を開けた地面の穴は何とも不気味だ。これがお墓がわりになるのかと思えば、死者が不憫で仕方ない。

 その穴に吸い込まれる様に視線を離さずにいると、底の方から赤黒い液状のものがトロッと染み出すのが見えた。


「ねえジェスター……あの液体は何? あれもガソリンなの?」

「……いいや。あれは竜の血だ。あの血が死者の肉体を溶かしてくれる。そして風竜と一つになって、永遠にこの地で生き続けるんだ」


 シーツに包んだ町の人と空賊の遺体を、穴に葬り土を覆いかぶせていく。集まった人たちは鼻をすすり、嗚咽を漏らし、祈りや手向の言葉を口にし出した。


「……カズキ。気分は落ち着いたか」


 故人との別れを惜しみ周りが少し騒つく中、背後からアルフォンスが声をかけてきた。


「うん……取り乱してごめんなさい。もう大丈夫だよ」

「そうか。……なあカズキ。主の世界と『モン・フェリヴィント』では、違う事だらけだと思う。全く異なる文化や習慣、倫理、価値観、道徳……その中で、カズキがどうしても受け止められないものもあるだろう。だけどな、身近な人を想う優しさは変わらないのではないだろうか」


 ボクは前を向いたまま、アルフォンスの話を黙って聞いている。


「……本来なら今日の様な場合、外敵から町を守るのは地上保安班の任務。その長であるヴェルナード様が先陣を切って戦う筈だったのだ。だが、ヴェルナード様は自らカズキたちと一緒に町の避難に向かわれた。それは本来の役割ではない。……よっぽどカズキたちが心配だったのだろう」

「……それ、本当?」

「ああ。俺も長い間ヴェルナード様の下で働いているが、初めての事だ。だからな、その、ヴェルナード様にあまり冷たくしないで欲しい。あの方はあまり感情を表には出さず心持ちを推し量る事が難しいのだが、カズキにあの様な態度を取られて、殊の外ショックを受けていた様子だった」


 ……あのヴェルナードが? にわかには信じ難いのだけど。

 埋葬がすべて終わるとヴェルナードが桶に入った水を柄杓の様なもので掬い、埋葬した場所に少しずつ垂らし始めた。

 しばらくすると埋葬された土から、小さな芽がぽこっと顔を出した。見るとすべての土から若葉が芽吹いている。


「あの水は、例の『施しの雨』だ。ああして死んだ人間はこの森の一部となって、『モン・フェリヴィント』で生き続けるんだ。俺の親父もこの森で生きてるんだぜ。もっとも、もうとっくに成長しちまってるからどれだか分からないし、素材として切り倒されたかもしれないけどな。……それでもこの森で、生きているんだ」


 ジェスターの言葉で、新たに芽吹いた若葉が育ち墓標代わりになるのだと、一瞬でも思った自分の考えは甘い。

 この東の森は木々たちは実を結び食材として恵みをもたらし、その幹は時に資源として活用され人々の暮らしを支えている。人の体を養分として育った木々でさえ、生活の糧として再生利用されるのだ。

 死者を悼み弔うが、供養の仕方がボクの根本とは大きく違う。だけどぞんざいだとは感じなかった。

 それは、死に対して現実的だからだ。

 もちろんボクだって『死』と言うものを分かっているつもりではいた。身近の親戚や知人が亡くなった話だって、少なからず聞いた事はある。

 だけど医学や文明が発達し、年々出来ないことが少しずつできる様になっていくボクの世界で、どこかで『死』を絵空事の様に考えていたのではないだろうか。まだ若い自分には関係のない事だ、と。


「なあカズキ……人って呆気なく死ぬんだよな。俺、死ぬのが怖くないって言ったらウソになるけど、忘れられることは怖いと思う。俺は、俺って言う存在が『モン・フェリヴィント』で生きた証を作りたい。だから後に残された人たちに忘れられない様に、頑張りたいって思うんだ。……もし俺がカズキより先に死んだら、カズキだけは俺の事、ずっと忘れないでくれよな」


 そしてボクよりも死を身近に知って、しっかりと向き合っているジェスターは強い。

 ボクはジェスターに抱きつき泣きじゃくった。

 この涙は、孤独だったボクに安心感を与えてくれたおばさんを、忘れない為の涙だ。

 ジェスターは何も言わないで、ただボクの肩に顔を預けてくれていた。涙がジェスターの柔らかなブラウン色の髪に、ポロポロと落ちる。

 そろそろ涙も枯れ始めた頃、抱き抱えられた格好のまま、ジェスターは精一杯手を伸ばし、ボクの頭をぽんぽんと優しく叩いてくれた。


 ……今はボクの方が背が高いけど、あと一、二年もしたらきっとボクよりも大きくなるんだろうな。


 元の世界に帰る事を信じて疑わないボクにとって、それを見る事ができないのは本当に残念だなと、胸の奥から名残惜しさが込み上げてきた。
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