竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第33話 知りたい気持ち

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 『モン・フェリヴィント』にとって久しぶりの戦闘は町に大きな傷痕と、同時にボクの心にも爪痕を残した。

 それでも朝を迎えれば、人々は悲しみを押し殺し毎日の暮らしを営み続けなければならない。

 心に沈殿した哀惜を日々の忙しさで、ゆっくりと、少しずつ、薄めていく。
 
 町はこうして日常を取り戻していくのだろう。

 ボクとジェスターはアルフォンスの計らいで、2日間の休暇をもらった。気持ちの整理が覚束なかったボクにとっては、ちょうどよい静養だ。

 
 二日間心と体を休めて三日目の朝、ジェスターと共に出勤した。

 保安部の駐屯所に着くと顔馴染みの班員たちと挨拶を交わし、将校月持ちたちが詰める建物へと向かう。

 ボクは二日間いろいろ考えた結果、ヴェルナードに一言謝ろうと思っていた。

 アルフォンスの言葉通りならヴェルナードの取った行動はボクたちを心配してくれての事だったのだろうし、ボクの常識だけを押し付けて、ひどい態度を取った事に対し後ろめたさは感じている。

 なんだかんだ言ってもヴェルナードは『モン・フェリヴィント』のリーダーだし、しっかりとケジメはつけないといけない。
 ボクは父さんと一緒で、曲がった事が大っ嫌いなのだ。これは若月家に脈々と受け継がれてきた美徳であり、面倒臭くて残念な特徴でもある。

 建物に入るといつもは数人の将校月持ちが話し合いや休憩している部屋に、今日はヴェルナードとアルフォンスしか見当たらない。
 二人は会議用の大きな机に地図を広げて何やら話し合っていた。


「失礼します。二日間の特別休暇、ありがとうございました。今日よりまた任務に就きます」


 ビシっと踵を揃えたジェスターに気づいたアルフォンスが顔を向け小さく頷いた。

 ヴェルナードは、変わらず机の地図と睨めっこしているが、さすがこちらに気づいているだろう。後延ばしするとめんどくさい。このままの流れで謝ってしまおうと思う。


「……ねえヴェルナードさん。ちょっと話しをしていいかい?」

「何か用事だろうか。今はカズキにかまっている暇はないのだが」 

「い、忙しいところ悪いんだけどさ、聞いて欲しいんだ。ボク、いろいろ考えたんだけどね。その……この前は『モン・フェリヴィント』の事をよく分かっていないで、あんな態度を取ってしまってごめんなさい」

「特に気にはしていない」


 終始地図から目を離す事なくヴェルナードがそう答える。取りつく島がないとはこの事を言うのだろうか。


 ……ねえアルフォンスさん、言ってた事が違ってなくない? これのどこがショックを受けてるって!?


 ボクは「この前言っていた事、本当だよね!?」という顔でアルフォンスを見ると、アルフォンスもむむっと顔をひそめて「そ、それは間違いないと思うのだが……」という顔をする。

 ボクとアルフォンスは、どうやら目で会話できる仲まで昇華した様だ。

 謝る事は謝ったので、ボクの胸のつかえは解消され、そして同時にムッとした。

 なんだろうこのモヤモヤはっ! 二日間悩み抜いたボクの殊勝な気持ちを返してくれ!


 ボクは大きく深呼吸をした。

 謝罪を蔑ろにするならそれはそれでいい。だけど今日は謝るだけじゃなく、他にもヴェルナードに用事があるのだ。

 つれない態度をとられても、今日のボクは引き下がらない。


「よしオッケー! そういう態度をとられた方が、ボクとしてもやりやすよ! 今日はいろいろ聞きたい事があるんだけど、今、お時間い・い・で・す・か!?」

「……しおらしく謝ったと思えばがなり立てたりと、カズキは忙しいな」


 机をバンバン叩きながらわめき散らすボクを横目で冷ややかに流した後、ヴェルナードが億劫そうにこちらを向く。


「今日はいろいろ教えて欲しいんだ。ボクの知らない事を。ボク、もっとこの『モン・フェリヴィント』の事を知りたいんだよ」

「ゆくゆくは元の世界に帰るつもりのカズキが、それを知って何になる?」

「いや、もちろん帰るよ。帰りたいよ! だけどさ、まだもう少しはここでお世話になるんだし、守りたいって想う人たちの事を、もっと知りたいって考えるのは普通じゃんか。ジェスターやヘルゲさんやアルフォンスさんやゲートルードさん、それに町の人みんなは、ボクの大切な友人だよ」


 ここはあえてヴェルナードの名前を出さないでおく。ボクの細やかなる抵抗だ。

 ……だけど、たいして効いちゃいないと思う。くそぅ。

 ようやく地図からこちらに関心を向けたヴェルナードが、顎を摩りながらボクの方に向き直った。


「ふむ……分かった。質問の内容によっては答えられない事があるかもしれないが、できる限り答えよう。で、何を知りたいのだろうか」

「そもそもの話なんだけどさ、いくら『モン・フェリヴィント』が綺麗な場所だって言ったって、何で不便な竜の上で暮らしてるんだい? 地上にだって人は暮らしているんでしょ? だったら不便な竜の上より、住みやすい地上で暮らしたらいいじゃないか」


 着席を促されボクは椅子に座るや否や、ずっと根底にあった疑問をぶつけてみた。


「それに答えるには、この世界の歴史を語らずには始まらない。少し長くなるが、よいか?」


 ボクがコクリと頷くのを見て、ヴェルナードは静かに話し出した。
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