竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第34話 語られた歴史

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「……もともとこの世界には、いくつかの国が存在していたと言う。それが二国に集約されると、互いに世界の統一を果たすべく、永きに渡って争い続けた。50年ほど争ったある日の事、突如として世界の至る所で空へと延びる光の柱がいくつも現れた。その光の柱———『銀幕』と呼んでいるのだが、それは地上のエネルギーを吸い取り、地を痩せさせ、森を枯らし、海を汚していった。『銀幕』によって生きる糧を減らされても二国は尚も激しく争い続け、さらに人々が死んでいった。世界は混沌を極め、人々の心にはもはや絶望しか残されず、ただひたすらに目の前の相手を打ち倒していたそんな折、空に四体の神竜が出現した。その四体の内の一体——我らの風竜は、互いに争う片方の国の王族とその従者を背に乗せて、空に飛び立った。そして以後500年、我々はこの竜の背で生きている。……これがこの『モン・フェリヴィント』に古くから伝わる伝承だ」


 あまりの壮大な昔話に、ボクもジェスターもぽかんと口を開けたまま言葉を失った。

 アルフォンスが目を瞑り黙って聞いているところを見ると、ヴェルナードの側近達は知っている話なのだろうか。


「そ、それじゃあヴェルナードさんは……争っていた片方の国の王族の子孫って事?」

「……『モン・フェリヴィントこの地』に代々伝わる文献によると、そうなる。今となっては国名すらも記述がない、過去に葬り去られた国だがな」

「そ、それでもさ、今でも地上で人は暮らしているんでしょ?」

「ああ。四体の神竜に乗れなかった者たちが、痩せた大地で今もなお暮らしている。だが、今の地上は力あるものがすべての世界だ。各地で豪族たちが民を力で統治している。故に、この世界に国というものはもはや存在しないのだ……カズキも見ただろう、空賊たちの竜を」

「うん。この風竜よりは小さかったよね。あと背中は風竜よりもゴツゴツしていて、とても人が暮らせる様な場所じゃなかったよね」

「そうだ。あれを私たちは無意思竜と呼ぶ。出自に確固たる根拠はないのだが、この世界に神竜が誕生した際に生まれた副産物で、意思を持たない竜なのではないか、と先代たちの文献に記されている。意思を持たない竜は、操れるらしい。それを地上の人間が武力として利用しているのだ。地上の人間とほとんど交流を持たない我々が、どうやって無意思竜それを操っているのかは分からないのだがな」


 空賊たちがしたことをボクは許さない。許せる事などあろう筈もない。

 おばさんの仇を取りたいという気持ちは今も心のどこかに燻っている。

 あの時はいきなり聞いて動揺してしまったけど、空賊の捕虜たちがどこか地上に売られるのならそれもある意味敵討ちだと、自分の手を汚す度胸がないボクは、今ではそう考えている。

 そしてヴェルナードの話を聞く限り、生きていく上で必要な資源が枯渇している地上では、奪い奪われ力ある者が横行する無秩序な世界らしい。

 自分の欲や富だけの為に振るう暴力は絶対に許せないけど、守るものの為に他者を虐げる行為を、果たして暴力と呼ぶのだろうか。

 空賊家業もその一環で、自分たちが生きる為に竜を操り近隣の集落を襲ったり竜で暮らす人々を襲ったりしているのだとしたら……それはあまりにも悲しすぎる。

 どうやらこの風竜の背———『モン・フェリヴィント』と地上では、生活様式も考え方も価値観も、大きな隔たりがあるみたいだ。


 ……それに神竜は四体いると言っていた。他の神竜は今、どうなっているのだろう。


「ねえヴェルナードさん……神竜は全部で四体いるんだよね? 後の三体にも助けられた人がいて、ここと同じ様に竜の上で暮らしているのかな?」

「……詳しい事はわからない」


 え? っと驚くボクの視線を逸らす様にヴェルナードは目を閉じる。


「……『モン・フェリヴィント』に伝わる文献にもそれは記されていない。だが、他の三体にも我々と同じ様に、竜の背で暮らす人々が存在するのは周知している。なぜならその三体の内の一体とは、ある一定の周期で飛行中に接近する……進路を自由に操れない風竜が、なぜ他の神竜に接近するのかは今だ謎なのだが」

「……操れないって、この風竜ってずっと勝手に飛んでいるの?」

「そうだ。多少の進路変更は航行部によって可能だが、意思を持っているかの様に同じ進路を航行するのだ。滅亡寸前の国から飛び立つ事500年。風竜は180日ごとに、決まった海辺に着陸して三日ほど翼を休める。そして300日に一度、他の神竜と短い時間だが並走する。これは昔から変わらない周期らしい」


 目蓋を開き、ボクの眼を凍て付く視線で真っ直ぐに見据え、言葉を続ける。


「……最初のカズキの質問に戻ろう。地上は『銀幕』によって荒廃し、もはや人が住めるところではない。少ない資源を力ある者が独占する世界なのだ。その様な場所に我らが移住したところで利は少ない。それに、地上には地上の視点からの伝承がある。彼らからすれば神竜の背で暮らす人間は、地上を捨てた裏切り者になるらしい。仲良く暮らしていける筈もない。……もっとも、代々受け継がれ先祖が眠る『モン・フェリヴィントこの地』を捨てる道理がまるでない。故に我々はこの地で暮らし続けている。おそらくこれから先も変わらずに、だ」


 竜の背で暮らす人たちと、枯れた大地でかろうじて暮らす人たちの住み分けは、長きに渡って続いた戦争の末路だとヴェルナードは言う。

 戦争の勃発、地上を枯らす『銀幕』の出現、そして神竜の降臨。

 500年前に起こった変革が、今の世界の基盤であり、これからもそれは変わらない不変の常識だと力の籠もった目が語る。


「……そんなに地上の人間と仲が悪いのに、いくら風竜のルーティーンでも地上に降りて大丈夫なの? それとボク、地上で元の世界に帰れる手掛かりがあるかもって期待してるんだけどさ」

「ああ。それに関しては問題ない。この風竜が着陸する場所は、毎回同じなのだ。近隣の豪族の集落とは毎回物資の交換で交流がある。なので、いきなり襲われる事はないだろう。そしてその豪族の集落の周辺には二国戦争時代の遺跡があると聞いている。そこを調べれば少なくとも、小勢で500年の歴史しかない『モン・フェリヴィント』よりは、『落人おちうど』について何かしら分かるかもしれない」


 その言葉を聞いてとりあえずボクは安心した。この世界の歴史も大切だけど、ボクが元の世界に帰る道が閉ざされてしまうのは困る。

 そろそろ話も長くなり、ヴェルナードがちらりちらりと地図に目を移すのを見て、会談の終わりをつぶさに感じ取ったボクは最後の疑問をねじ込んでみた。


「あ、あとさもう一つだけ。ヴェルナードさんたちが空賊を攻撃した時に、何か風の弾丸みたいなのを剣から撃ち出していたよね? あれは一体なんなの?」

「あれは、この風竜の加護を受け得る力だ。保安部は加護の力を剣に宿し敵を撃ち、航空戦闘部は加護の力を推力として人翼滑空機スカイ・グライダーを操るのだ」


 ヴェルナードの話によると『モン・フェリヴィント』で暮らす人には風竜から加護が与えられ、それを弛まぬ訓練によって剣で遠隔攻撃ができたり、ハンググライダーの様な乗り物———人翼滑空機スカイ・グライダーを自在に乗りこなす事ができるらしい。ただ、個人差はある様だ。


「加護を具現化する事は、訓練次第でおおよそ皆ができる事なのだが、その効果の大小は個人によって違うのだ。故に我らは風竜への畏敬の念を絶やさない」

「カズキもジェスターも体力作りの基礎訓練が終わったら、加護を具現化する訓練に移行する。頑張る様にな」


 アルフォンスがそう言って強面顔を向けてくると、嫌でも背筋がピンと伸びてしまう。

 ジェスターが期待と不安が入り混じった表情で「はい!」と威勢よく返事した。

 他に聞きたい事がないかと問われ「ない」と答えれば、ヴェルナードの関心は完全に机の地図に奪われる。

 ボクとジェスターはそそくさと立ち上がり、お礼を言って建物から退出した。
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