竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第37話 運命の出会い 〜当日〜

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「ゲートルードさん、こんにちは」

「……やあカズキ、いらっしゃい。今日はいい天気ですね」


 ポツンと一人机に向かって薬の調合をしていたゲートルードは振り向きボクを見ると、手を止め歩み寄って来た。

 空賊の空襲で怪我をした人たちも皆すっかりよくなって、診療小屋はガランとしている。

 ボクを室内に促すと、椅子を勧めて自身も向かいに着席した。

 今日のゲートルードはどことなく、いつもよりもテンションが高そうだ。相変わらずの癒しの笑顔が三割増しで輝いて見えるのは、気のせいだろうか。


「……何か作業してたみたいだけど、お邪魔だったかな?」

「いやいや。特に急ぎの作業じゃないので構わないですよ。この前の空襲で傷薬の在庫が減ったのでその補充です。私もちょうど少し退屈していたので、カズキが来てくれて嬉しいですよ。いやね、怪我した皆さんがたくさんいらっしゃった時は、医者冥利に尽きるというか、こう使命感に燃え上がるものがあったのですが、皆が回復して誰もいなくなると、気が抜けてしまうというか……あ、いやこれは失言でしたかね」


 爽やかな笑顔でサラッと不謹慎な事を滑らせるゲートルードを、当然ボクは憎めない。

 この人は一言多いだけでとってもイイ人なのだ。少々引き気味の愛想笑いでボクは応える。


「ところで今日はどうしたのですか? また筋肉痛の塗り薬でも必要になりましたか?」

「……それは後で頂戴するとして、実はちょっと話があってね。最近……というか『モン・フェリヴィント』に来た時から、たまに変な夢を見るんだよ」

「夢……ですか」

「うん……その夢の中でね、姿は見えないけれど決まって同じ声が語りかけてくるんだよ……ボクが記憶を取り戻したのも、その声の主が関係しているからだと思うんだ。ゲートルードさんたちには話せなかったんだけど、ホントはね、最初にこの診療小屋に連れてこられた夜、こっそり外出したんだ。その声の通りにこの診療小屋の近くの小さい山に行ったら、そこで記憶が戻ったんだよ」

「……山?」


 話が掴みきれない様子のゲートルードに、記憶を取り戻した日の出来事を、事細かに説明した。

 夢を見た事や、見張りが何故か眠っていた事や、外に出たら声に導かれ、小山にたどり着いて記憶を取り戻した事などを説明し終わると、ゲートルードの表情は険しいものへと変わっていく。


「……それは妙ですね。私はこの診療小屋にほぼ毎日詰めています。当然この辺りの地形にも詳しいのですが、そんな山、見た事ありませんよ」

「それ……本当に?」

「カズキ。これからその場所に案内してくれませんか?」


 急かされるまま小屋を出るとゲートルードの望み通り、ボクはあの日の小山へと案内した。

 あそこまでは診療小屋から、さして遠くない。

 それにあの時は『モン・フェリヴィント』に来たばかりで右も左も分からなかったから、迷わない様に道はしっかりと覚える様にしていたし、それは今でも記憶している。

 予定通り迷う事なく数分歩くと目印となる木々に辿り着いた。

 ……昼間見るとこの木々は、アーチにも見えるね。


「ほら、ここだよ」

「こ、これは……?」


 短い木々のアーチを抜け、あの夜と変わらない円錐形の小さな小山を前にしてゲートルードに振り返った。

 上部に草が生い茂った二層の小山が、あの夜よりも何だか神々しく見えるのは、囲まれた木々と降り注ぐ陽光が神秘的な演出を醸し出しているからだろうか。


「こ、こんな場所があるなんて……ちょっと待ってください」


 そう言ってゲートルードは来た道を引き返す。

 木々のアーチを抜けた辺りで「ちょっとこちらへ」とゲートルードの上擦った声に呼ばれて、ボクは小走りで来た道を戻る。


「……上を見てください。あの高さの山ならここからでも見える筈なのに、山の影すら見えません。これは一体どう言う事なのでしょう……」


 確かにここからだと山が見えない。言われてみればおかしな話だ。

 木々のアーチは大人の背丈より少し高い程度で木々の高さにしてみても3mくらいだし、その距離だってほんの4、5mといったところだ。

 取り囲む木々の外から中の小山が見えない理由に、ボクの知識や常識だけでは模範解答なんて思いつかない。

 あの日の夜を振り返ってみれば、小山に辿りついたのも、不思議な声に導かれての事だった。

 今はただ覚えてた目印だけを頼りに案内しただけだ。

 ボクがこの摩訶不思議な現象に、気づかなくても仕方のない事だろう。


「理由や方法は全く分かりませんが、意図的にあの山の存在を隠している、としか考えられないですね。……あの山をもう少し調べてみましょう」


 再びアーチを潜ると、眼前には木々に囲まれた小山が現れる。

 不思議な現象を前にすると、小山を取り囲んだ木々たちが、なんだか小山を守っている様にも見えてくる。

 ゲートルードは小山に近づいて、手を触れたり地層に顔を寄せ、何やら調査を開始し出した。


「ん? これは何でしょう。岩……いや、化石の様にも見えますが……」


 ゲートルードが見つけた物は、地層に埋まった丸い物体。

 ……あれは確か、あの夜に触れた謎化石だ。


『さあ、もう一度吾輩に触れてください』


 あの声がまた頭の中に鳴り響いた。ボクの夢に出てたまんまるお月様のあの声だ。


「ちょ、ちょっとカズキ。待ってください」


 ゲートルードの制止を聞かず、ボクは魅入られた様にフラフラと謎化石に近づいた。

 何故だか自分でも分からないけど、そうしないといけないと、ボクの体を突き動かしている。

 強制でもなく、使命感なんてものでもない。だけど、その謎化石に触らなければ、触りたい、と、感情だけが先走る。

 ゲートルードがただ茫然と成り行きを見守る中、ボクは謎化石をそっと撫でた。

 触った箇所がぽわっと光る。
 
 そして次の瞬間、淡い光は閃光となって、ボクとゲートルードを襲った。


「———な!?」


 反射的に目を閉じても、触れた指は動かせない。

 指先から伝わる感触で、謎化石がひび割れるのを確かに感じた。

 割れた謎化石から、今度は突風が吹きすさぶ。ボクたちはいよいよその場に居られず、少し後ろに飛ばされた。

 体制を崩しながらも、ゲートルードがボクを支えてくれる。


「カズキ、大丈夫ですか?」

「う、うん。ありがとゲートルードさん」


 背中を支えられながら見上げる格好でお礼を言うと、前方から「うほん」としわぶきが聞こえてきた。

 ボクらは土煙舞う前方に、ほぼ同時に視線を移す。


「少々待ちくたびれましたよカズキ。初めまして、じゃないですよね」


 まだ土煙が舞い上がる不明瞭な視界の奥で、ちょこんと佇む小さい竜が大きな態度で偉そうに、こちらをじっと見つめていた。
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