竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第38話 チビ竜の正体 〜その1〜

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 謎の生き物と二言三言言葉を交わし危険な存在ではない事が分かると、ボクたちはその生き物を小脇に抱え、急いで診療小屋へと戻った。

 ゲートルードが保安部の詰所まで火急の使者を向かわせると、ヴェルナードとアルフォンス、そして何故だかジェスターまでもがやって来た。ジェスターは非番にもかかわらずアルフォンスの熱血指導を受けに保安部詰所にいたらしい。
 
 緊急事態の報を受け、それに関わっているのがボクだと分かったヴェルナードたちが、ジェスターも連れて来たらしいのだけど。

 どうも二人にとってジェスターは、ボクの保護者的扱いになっている様だ。……くそぅ、年下のくせに。


「……さて、何から話してよいものやら……」


 招集した全員が揃うと、ゲートルードがチラリとベッドの上に視線を移す。

 視線の先には謎の生き物———チビ竜が、ベッドの上にちょこんと腰を下ろし木の実をポリポリと頬張っていた。

 体長はボクの膝くらいで、小型犬より少し大きいくらいだろうか。身長から考えると大きめな頭には二本の短い角が生え、くりくりの黒い瞳がどこか愛嬌を感じさせる。
 
 全身は黄色い鱗で覆われている。背中には小さな羽も生えていて、ボクが知っているステレオタイプの「これぞドラゴン」ってビジュアルを、ぎゅっと小さくした風貌だ。

 つい先ほどまで閑散としていた診療小屋が、今では異様な空気に包まれていた。

 ゲートルードからの手紙である程度事情を把握しいるだろうにも関わらず、あの泰然自若たいぜんじじゃくのヴェルナードでさえ、この未知の生物に驚きを隠せないでいる。……その気持ち、とってもよく分かるよ。

 診療小屋の主であるゲートルードが手始めに、皆の疑問を代弁した。


「えっとまず始めに……君は一体何者なのかな?」

「もぐむぐ……あ、我輩の事ですか? ちょっと待ってください。すぐに食べ終えてしまいますので」

「しゃ、しゃべった!?」


 驚きの声を上げるジェスターを粒らな瞳で見つめると、チビ竜は口に含んだ木の実をゴクリと燕下した。


「……どうもお持たせしました。我輩が何者かという問いでしたね。何を隠そう我輩は、四神竜が一体、風竜の後継者……いえ、後継竜なのです。以後お見知り置きを願います」


 は、はいぃぃぃ!? 風竜の……後継竜ぅぅぅ!? 

 意思の疎通ができると分かればこの人が黙ってはいない。ヴェルナードが一歩前に出て、自称風竜の後継者に異を唱え出す。


「少し質問をいいだろうか。貴殿は風竜の後継竜だと言うが、それはにわかには信じ難い。信じられない理由は数多にあるのだが、一番は貴殿の風貌だ。我々の大地となっているこの風竜の姿と、似ても似つかないのだが」


 確かにそうだ。風竜の全貌を見た事ないけど、こんな丸っこい竜じゃない事くらいはボクにだって分かる。空賊の乗っていた竜だって、全く違う姿をしていた。竜と言うよりは戦艦とか空母みたいな姿だった筈だ。


「ああ、それはですね。我輩の姿はカズキの記憶を元にしているのです。カズキの中で竜とは、この姿が一般的なのでしょうね」

「何故、姿形をカズキの記憶に寄せるのだ? 理由を知りたい」

「だってそうでしょう。カズキは我輩の親代わりですからね」

「お、親代わりぃぃぃぃぃ!?」


 このチビ竜は、一体何を言っているのだろう。何でボクが君を育てなきゃいけないんだよ!?


「親に愛されるのには、その人の好みの姿になるのが一番なのです。カズキの記憶にある竜はこれが一般的な様なので、この姿になったと言う訳なのです。我輩としては親に愛される事が最優先なので、見た目はどうでもいいのです」


 竜の存在自体、ボクの世界じゃ一般的じゃないんだけど。


「ちょ、ちょっと待ってください。一旦話を戻してもいいでしょうか。……ええと……」

「ん? もしかして名前、ですか? 我輩、名前はまだないのです。後でカズキにつけてもらうのです」


 有名小説のセリフよろしく名前のないチビ竜は、ボクを見てニマっと笑った。

 おっきいトカゲの様な姿のクセに意外と表情豊かだななんて思うボクとは対照的に、ゲートルードが食い下がる。


「……分かりました。ではアナタが風竜の後継竜だとします。親代わりが必要なのも、細かい理由は分かりませんが一旦納得するとしましょう。でも、どうしてカズキなのですか? カズキはつい数ヶ月前にこの地に来た人間ですよ?」

「うーん。どうしてカズキなのと言われても……たまたま波長が合ったからですかね?」

「何それ! 軽っ!」


 ボクの咄嗟のツッコミに、チビ竜は黒い瞳をこちらに向けて、小さい指をチッチと左右に振った。

「波長が合う、合わないは重要なファクター要素ですよ。我輩は今の風竜が生み出した言わば分身です。とても長い時を経て我輩の体は生成され、あの守られた聖なる場所で静かに眠っていたのです。ところが最近眠りも浅く短くなってきて、そろそろ目覚めの時かなと思っていたあの日、カズキが空から降ってきました。……それはもうビビッときましたね、ええ。この人だと。運命の出会いってヤツです。我輩は落下するカズキを助け、記憶を一時拝借しました。親代わりと認めた者の記憶を借り、我輩の魂と共鳴させる事が後継竜としての目覚めの条件なのです。だけど見知らぬ土地で記憶をなくしたカズキは、とても悲しそうでした。なので我輩、記憶をすぐに返す事にしたのです。共鳴が不十分だった我輩は、ゆっくりと時間を欠けてお互いの魂を重ねる事にしたのです。我輩の目覚めが今日まで遅れたしまったのはそのためです」


 ボクの記憶をすぐに返してくれたこのチビ竜は、意外といいヤツなのかもしれない。

 そういえばヘルゲから、最近カモーナがよく採れると聞いている。ゲートルードは風竜の代謝が活発になっているかもしれないとも言っていた。それはもしかしたら、このチビ竜が完全に目覚める為の前兆だったのだろうか。

 ボクが妙に納得していると、同じくヴェルナードも「なるほど」と呟いた。


「おおよそ受け入れ難い事例も随所にあるが、あえてそれを飲み込んだ上で聞こう。貴殿は風竜の後継竜だと言う。カズキを親代わりにして、その目的とは一体何なのだ?」

「我輩、こう見えてまだ生まれたばかりなのです。なので分からない事の方が多いですけど、一つだけはっきりと分かってる事があります。……今の風竜の寿命は間もなく尽きます」
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