竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第47話 紙飛行機

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「なら……ボクがCRF250Rマシンで一走りして、風竜のみんなに知らせに行くよ!」

「いや……馬の足でも優に三時間は掛かる道のりだ。いくらカズキの『ばいく』が優れている乗り物とはいえ、道中確実に陽は落ちるだろう。不測の事態が起きた事も考慮に入れれば、戦闘能力が皆無なカズキが一人で行くのは、あまりにも危険すぎる」


 ヴェルナードがボクを見る。物言いはお堅いけど、ボクの覚悟を無碍にしない語り口調だ。

 ここまで会話を進めて、ボクはようやく事の重大さに気付かされた。皆から呆れ顔で見られて当然だ。

 援軍さえも期待できない状況で、どうやってこの窮地を乗り越えればいいのだろうか。

 考えれば考えるほど頭の中がぐるぐるシェイクされ、何だか目までもが回ってきた。ボクの思考能力は、もはや皆無に等しい。


「……ねえジェスター。ボクが死んだらあのボートとバイクを一緒に埋めて欲しいんだ……これはボクの遺言だ。頼んだよ……」

「バカ! 何諦めてるんだ! カズキも誉高き保安部の一員だろ! 諦めたらそこで部員終了だぞ!」

 何かどこかで聞いた事あるセリフだなと思いつつ正気のない目で周りを見ると、ヴェルナードが一枚の紙とペンの様な物を懐から取り出した。


「ヴェルナード様。ま、まさか……ここからでは距離があり過ぎます」

「仕方あるまい。今はこの手に賭けてみる他はない」


  紙に何やら書き込み終わると、今度は丁寧に畳んでいく。

  出来上がった物はボクも小さい頃におじいちゃんに教えてもらって遊んだことがある、なんて事はない、ごくごく普通の紙飛行機だ。

 ヴェルナードが腰の剣をスラリと抜く。胸の前で構えて目を閉じると、剣を核として風が螺旋を描き出した。


「べ、ヴェルナード様、それ以上は……」

「ま、まだだ……今少し溜めねば……」


 空賊との戦いで見せた時より何倍もの、竜巻の様な風のうねりは次第に凝縮されながら、剣先へと集まっていく。
 それがソフトボールの玉くらいまで小さくなると、紙飛行機をその中に入れ構え直す。そして剣をゆっくり振り下ろした。

 紙飛行機は翠緑すいりょくの細い軌跡を残しながら、大空高く飛んで行き視界から消えた。


「……飛んでっちゃった……ねえ、一体何したの?」

「カズキも知っているであろう? 俺たちが風竜の加護を、風の力に変える事を。本来あれは紙飛行機を使い己が具現化した風に乗せ、狙いや強さを体で覚える、新人保安部員の訓練に用いる練習技なのだ。……だが視認もできないこの距離で、目標まで飛ばせるのはヴェルナード様だけだろうな」

「風竜で留守を預かるゲートルードに宛てた。今夜中に保安部員を上陸させ拠点を確保して、明朝になったら遺跡ここに向かう様したためた」

「えっ!? それなら万事オッケーじゃないか! 拠点を作られる前に上陸できて、援軍が来るって事だよね!」

「喜ぶのはまだ早い。いくら私とて、この距離を寸分違わずゲートルードの元まで届けるのは流石に無理と言うもの。それにもし、ゲートルードが診療小屋にでも籠もっていれば、当然手紙は彼の側にすら届かない」

「そっか……壁を通り抜けて行くって訳じゃないよね。紙飛行機だし」

「だから『賭け』と言ったのだ。紙飛行機は二、三時間で『モン・フェリヴィント』まで届くだろう。……ゲートルードがいち早くそれに気がついてくれればよいのだが」


 その言葉にボクの顔が少しだけひくついた。

 あのうっかり屋さんのゲートルードが、果たして気がついてくれるだろうか。不安で胸が一杯だ。だけど今はゲートルードを信じるしかない。

 そしてまたしてもボクの横で「俺はアルフォンス師匠とあの訓練をもう始めているんだぜ」と言っているジェスターが、やっぱりウザい。

 ボクは加護の力の使い方なんてまだ教わってないし、どれだけ大変なのかも分からない。だけど、それが容易でない事くらいは推測できる。

 その証拠にいつもは表情を崩さないヴェルナードの額には、うっすらと汗が浮かび上がっていた。


「べ、ヴェルナードさん……大丈夫?」

「……これは珍しい。カズキが私の心配をしてくれるとは」

「そ、そりゃね、ボクだって心配の一つくらいするよ。皆の為に大変な事してくれたって事くらい、ボクにだって分かるんだから。……正直、今、何もできない自分が歯痒くて仕方ないよ……!」

「そう自分を卑下しなくてよい。……カズキにもできる事がある」

「え! ほ、本当! どんな事だい? ボク、何でもするよ!」


 ヴェルナードはボクの目をマジマジと見つめると、本当に恐ろしい事を口にした。


「カズキがあの珍妙な方舟の様な物を打ち捨てて、皆で今すぐに海岸まで全力で走れば、あるいは違った可能性が……」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくれよ! ボートを置いていくなんて絶対に無理だよ! アレを見捨てるくらいなら、ボクはボートを棺桶代わりに死んでやる!」

「……心得ている。あれがどの様な物か分からぬが、母竜から授かった大切な物だ。置いて行くわけにはいかない。ちょっとカズキをからかっただけだ」


 ……こんな時にそんな冗談言うなんて、本当にヴェルナードは人が悪い。


 ふいぃと胸を撫で下ろすボクを見て、あまり表情を表に出さないヴェルナードが悪戯っぽく笑う。

 だが次の瞬間にはその表情は引き締まり、振り返ると大音声で号令を発した。

「皆の者! 我々には風竜の加護がその身にある。垂れたこうべの先に見える物など何もない。前を向け。そして決して諦めるな。援軍は必ず来る。まずは数人で地下に降り、あの方舟を地上まで運べ。残りの者は瓦礫を集め防壁を作り、万が一の夜襲と魔獣の襲来に備えるのだ。———ここに砦を築き、母竜の意志を守護するぞ!」


 空賊戦の時でさえ見せた事ないヴェルナードの雄々しい激に、俯き加減だった保安部員たちが剣を天にかざして呼応する。

 まだ誰も諦めちゃいない。ボクもしっかりしないと!


「……ヴェルナード様がたかぶっておられる。あんなお姿を見たのは、いつ振りだろうか」


 アルフォンスが目を見張りながらそう呟いた。

 いつだって冷静沈着なヴェルナードも昂る事があるのかと思ったけど、その度に心臓が止まる様な冗談を言う弊害があるのなら、それだけはやめて欲しいものだとボクは心の中でひっそりと願った。
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