竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第49話 カシャーレとの戦い 〜その2〜

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 それから数時間は、完全に腹の探り合いだった。

 かなり距離を空け、岩に腰掛け手下をはべらせるギスタがじりじりと焦れて指示を出せば、数人がそろりそろりと近づいてくる。ボクはCRF250Rマシンで威嚇と誘導を繰り返す。加護の力を温存するために、なるべく敵を引きつけて風の飛礫つぶてで打ち倒す為だ。

 そうして手下たちを地に沈めると、戦況はしばらく膠着し、いくばくかの時を稼ぎ出す。

 しばらく経てば、またも焦れたギスタが探りを入れて、同じくそれを撃ち倒す。


 ……ギスタアイツ絶対、我慢が足らない落ち着きないタイプだよ!


 しばらくはその無限ループが続いていたが、それにもそろそろ終わりが差し掛かろうとしていた。


「……くっ! 申し訳ございませんヴェルナード様……加護を使い果たしてしまいました……」

「気にするな。其方は後ろに下がっているがよい。よくやってくれた」


 そう言って加護を完全に枯渇させ、後方に離脱していった部員はこれで12人目だ。

 離脱した部員たちにはカトリーヌとジェスターも手伝って、水や残り少ない携帯食を渡して回る。

 どの部員も、水と携帯食を貪る様に胃に流し込んだ。やはり体力の方も相当消耗している様だ。これでは武器と武器とを打ち合う単純な戦闘でさえ、とてもじゃないけどできそうもない。

 ボクは前方に目を向けた。

 『紙飛行機型救難連絡』で加護を半減させたと言うヴェルナードは、それでも周りの部員たちよりも多くの敵を風の飛礫つぶてで撃ち倒していた。「どれだけ底無しなんだこの人は!?」と思っていたけど、よく見るとその額にはいつも見せた事のない汗を、二筋、三筋としたたらせている。


「アルフォンス……其方、後何発ほど撃てそうか?」

「おそらく……後二発ほどだと思われます」

「そうか。私も後三発と言ったところだろう。残った他の部員たちは、後一発が限界だろうな」


 二人が話している最中にまたギスタの手下が三人、ゆっくりと近づいてきた。ボクはCRF250Rマシンを走らせる。手下たちの前でアクセルターンで砂を巻き上げ、視界を奪う。それを見たヴェルナードが剣を構えると「私たちがいきます!」と言って周りの部員三人がそれぞれ一人ずつ倒し、そして後方へと戦線離脱した。

 ボクも防壁の内側へ戻ると、CRF250Rマシンのタンクを揺らしてみる。液体の振動から、中に入っているガソリンもどきは残り半分くらいだと思う。風竜までの復路を考えれば、CRF250Rマシンでの撹乱作戦はここら辺が限界だろう。


 馬蹄の音もまだ聞こえない。……このままじゃジリ貧だ!


 腕を組み、ねっとりと絡みつく様な眼光で戦況を見つめていたギスタが、ゆっくりと立ち上がった。


「おいヴェルナード! 俺はずっとお前らの戦いを観察していたんだがよ、さっきからやけにその妙な玉っころが小さくなってきてねぇか? ええ?」


 張り上げそう叫ぶ声には、確信と嘲弄ちょうろうがしっかりと混ざっていた。口元をニヤつかせているギスタの顔が、遠くに見える。

 ヤバイ! こっちの攻撃力が限界に近づいてる事、バレたかも!

 近づかれては倒しを繰り返し、向こうの戦力をかなり削ったけれど、それでもまだ70人以上はいると思う。

 それに引き換えこっちは部員5人とヴェルナードとアルフォンス。……残弾数はおそらく後10発程だ!


「……おい野郎ども! 竜の客人たちはどうやらお疲れの様らしい。奴らとは今まで長い事お付き合いしてきた間柄だ。苦しませちゃいけねえやな。早いとこ俺たちの手で楽にしてやろうじゃねぇか!」


 自信を浮かべて放つその言葉に、特攻の順番待ちで多少戦意が萎えていたギスタの手下たちが騒めき出した。

 残虐かつ狡猾で、相手の弱みにつけ込むすべに長けているその点に於いてギスタという男は、手下たちからやっぱり一目置かれているのだろう。

 次第に騒めきは不気味な薄ら笑いへと変化を遂げ、手下たちは失いかけていた闘争心を取り戻していく。

 時間稼ぎもこれまでだろうか。今一斉攻撃されたら、持ち堪えられる訳がない。

 ギスタの手がゆっくりと上がった。総攻撃の合図だろう。あの手が振り下ろされたらお終いだ。


 ……もう、ダメかも。


 弱音を吐かない、諦めないと決めたけど、人生とは儚く儘ならないものだ。今まで懸命に戦ってくれた保安部員仲間の為にも、ボクは帰りの燃料を切り捨てて、最後までCRF250Rマシンで撹乱する事を心に決めた。


 しっかりと最期まで戦おう。みんなと一緒に。


 ボクはCRF250Rマシンから飛び降りると、ボートを守るジェスターの拳にそっと手を乗せた。


「……ボクが保安部に誘わなかったら、ジェスターはこんな事にならなかったのにね。ごめんよ……」

「何言ってるんだ! 俺はこの数ヶ月の間、本当に楽しかった。雑務係で腐りながら生きていくより、ここで意味のある任務に就いて死ぬ方が、よっぽど意味があるってもんだ。後悔なんかしてないぞ。……それに、カズキの事は絶対俺が守る!」

「……ジェスター……」

「———待て!」


 ギスタの手がピクリと動き、まさに振り下ろされるその刹那、深みのある声が両軍に木霊した。

 声がした方に目を向けると、なんとヴェルナードがいつの間にか防壁の向こう側で姿勢を正して立っていた。
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