竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第54話 月持ち会議 〜その1〜

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 風竜が無事に空へと戻ったその翌日。


「———さあ、一昨日から昨日に至るまで、主たちの対応を説明してもらおうか」


 ヴェルナードの隣に座るアルフォンスが、集まった一同を順番にギロリと睨め付けた。

 場所は保安部の駐屯地にある将校月持ち御用達の一番立派な建物の中。今ここに、主だった将校月持ちが集められている。

 会議の議題は『今回の遺跡調査の報告とその対応について』らしいのだけど、アルフォンスが妙に気負ってる気がしてならない。

 昨日風竜が飛び立ったその直後、緊張の糸がぷつりと切れその場にペタンとへたり込んでいたボクの横で、アルフォンスは事後処理には目もくれず「今から将校月持ち会議を開くのだ」と息巻いた。

 ヴェルナードがその場をなだめ、会議が今日へと持ち越された経緯なのである。

 ヴェルナードたちと向かい合って座っているのは、カトリーヌ、ゲートルード、そしてボクを人翼滑空機スカイ・グライダーで助けてくれた航空戦闘部戦闘班のクラウスという『3つの月章サードムーン』だ。

 さらにボクとジェスターと、何故かマクリーまでもがいる。『3つの月章サードムーン』以上がズラリと揃ってる話し合いになんて、正直ボクは同席したくない。

 それにボクの関心は、こんな会議よりも大事なボートに向かって全力で傾いているのだ。

 ボートは昨日荷台に積まれ、保安部の倉庫へと運ばれた。それを見たボクの頭の中では、ドナドナの曲が切なく鳴り響いた。哀愁漂うボクの背中に向かって事もなげに「アレの検証はすべてが終わってからだ」とヴェルナードから言われれば、渋々従うしかないのだけれど。


 ……早くこの会議が終わって、ボートに頬擦りしたいなぁ。


 そんな場違いなボクの思考とは裏腹に、アルフォンスの強張った形相が、場の空気に緊張感を生み出していた。

 横を向いたまま面白くなさそうに口を尖らせるクラウスを見て、ゲートルードがため息を吐く。そしてボクらの知らない風竜での一部始終を話し出した。


「……ヴェルナード様からの手紙は朝早くに気づきました。前日のうちに気がつかず申し訳ありません。……手紙を読んだ後急いで海岸を確認すると、既にカシャーレ兵が拠点を築いていました。およそ200名はいたでしょうか。上陸は困難だと判断した私は、航空戦闘部……クラウス殿にカシャーレ兵の牽制をお願いし、昇降リフトを海岸とは反対側の海面側、東側の断崖まで移動させ、製造部を総動員して小舟を作らせたのです」

「なるほど……逆側から小舟で海に降り、迂回して上陸したのか。それにしてもよく間に合ったものだ」

「ええまあ……それでも時間を短縮しなければと、保安部の皆さんには小舟を抱いたまま、途中でリフトから飛び降りてもらいましたけどね」

「な、何!?」


 確かに手動のリフトを昇降させるのには、とても時間が掛かる。

 それならば下は海面だし、落ちても死なない高さまでリフトを下げ、そこから飛び降りて昇降を繰り返せば、かなりの時間短縮になるだろう。

 助けに駆けつけたゲートルードたちがずぶ濡れだったのも納得だ。

「流石に馬にまでそんな無茶をさせる訳にはいきませんでしたけどね」と、サラッと笑いながら言うゲートールードが、ちょっと怖い。


「まあ、結果その判断で貴重な時間を作り出したのは分かるのだが……」

「……いい加減、歯に物が挟まった話し方はやめてくれや、アルフォンスのダンナ。どうも風竜に残ってた俺たちが責められている様に聞こえるんだけど、それは俺の耳がおかしくなったからなのかねぇ?」


 クラウスは正面に向き直ると、大袈裟に両腕を上げ肩を竦めてそう言い放つ。


「……ではハッキリ言おう。主たちの対応に憤っている」 

「おいおい正気かよ!? いいかいダンナ、考えてもみてくれよ。俺たちゃ伝言通り動いてた。三日目の朝になっても戻らなかったら、兵を出すつもりだった。不測の事態が起こってヴェルナード様の救援連絡を見つけられなかったのを、全て俺たちの落ち度にするのは、ちと乱暴すぎやしないかい?」

「風竜に残っている以上、不測の事態を想定して行動するのが将校月持ちの役目ではないのか? ……それにクラウス。主ら航空戦闘部は一体何をやっておったのだ!?   俺たちが風竜にたどり着いた時、人翼滑空機スカイ・グライダーは一機も飛んでいなかったのだぞ! 先日の空賊の空襲の時の対応の遅さと言い、少し弛んでるのではないのか!?」

「……ダンナたちが風竜に戻ってきた時は丁度、加護切れで全機風竜に戻ってたんだ。俺たちゃ加護の力を人翼滑空機スカイ・グライダーの推進力と攻撃の両方に使わなきゃいけねぇから、燃費が悪いんでね。……ま、つっても今回、拠点の敵を半分以上倒したのは航空戦闘部なんだけどな。風竜の上から当たりもしない風の飛礫つぶてを飛ばしてた保安部と、一緒にしないでくれや」

「何だと!」


 ガタンと椅子の倒れる音がした。机を境に上からアルフォンス、下からクラウスの両者が睨み合う。

 先日の空賊の件を持ち出した事といい、アルフォンスは前々から航空戦闘部に思うところがあったのかもしれない。ボクが思っていたよりも、『モン・フェリヴィント』は一枚岩ではないのだろうか。

 周りになだめられ、渋々椅子を立て直しアルフォンスが着席すると、ヴェルナードは一つ深いため息を吐いた。


「……二人ともそう熱くなるな。今回の件はこちらの予想以上の事態が重なり過ぎた故の事。同行したアルフォンス、カトリーヌはもちろん、留守を任されたゲートルードとクラウスも、不測の事態に柔軟に対応してくれたと思っている。改めて皆には礼を言う」


 ヴェルナードがそう言って軽く頭を下げれば、異論を唱える者はいない。

 名前を呼ばれた四者はヴェルナードの礼を尽くしたその態度に、拳と掌を重ね合わせ忠の心を姿勢で見せた。


 ……ボクとジェスターは完全に蚊帳の外だね。


 まあ、これでどうにか丸く治まったみたいだし、さすがヴェルナードさん! 

 そして会議よ、早く終われ!
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