竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第59話 只今治療中

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 明朝に召集の鐘が鳴らされて広場に数百人が集まると、ヴェルナードによる丁寧かつ無駄ない、母竜の思念との邂逅とマクリーの存在についての説明が始まった。

 ボクはマクリーを抱っこして、ヴェルナードと一緒にお立ち台の上にいる。

 ヴェルナードの話が『マクリーは風竜の後継竜』部分に差し掛かると、傍聴に集まった『モン・フェリヴィント』の民たちの視線は一斉にボクたちへと集中した。

 マクリー自身はそれに動じる事もなく、集まった人の群れを面白そうにきょときょと眺めているけれど、ボクの心臓にはそんなに毛は生えてはいない。


 早くここから降りたいよ!


「……以上がこれまでの経緯となる。何か質疑があるならできる限り応答しよう。遠慮なく申してくれ」


 ヴェルナードは最後にそう締め括ったけど、よくテレビで見ていた記者会見の様に質問なんて出るだろうか。

 軽く見渡してみても、口をポカンと開けたまま思考が追いついていない人がほとんどだ。

 ……当たり前だよね。いきなりこんな荒唐無稽な話を聞かされても、誰も何を聞いていいのか分かりっこないって!

 ヴェルナードもそれを感じたのか、質疑応答の時間を切り上げて再び言葉を紡ぎ出した。


「……突飛な話なのですぐに理解するのは難しいだろう。だが我々は知ってしまったのだ、この世界の深淵を。これからは各自がそれに相応しい言動を意識し、慎み、愚直に、そして畏敬の念を絶やす事なく母竜の意思を継承していかねばならぬ。……新たな風竜の後継竜、マクリー殿と共に!」


 語尾を強めたその言葉に、半ば夢見心地の群衆の意識が一気覚醒する。

 さざ波に似た小さな騒めきの中から「おお!」とか「やるぞ!」とか「マクリー様万歳!」などの小さな喚起が湧き出すと、次第にそれが伝播して大歓声へと成長した。

 興奮冷めやらぬ中、お立ち台を降りたヴェルナードとボクとマクリーは、押し寄せる人波から保安部員に守られて広場を去る。


 ———なんかボクの名前まで呼ばれてたけど、ボクの立ち位置アップした!?


 まあ、ボクはマクリーの継母だから、皆が一目置くのは分かるけど。なんかマクリーのバーターみたいで釈然としない。

 もちろん『落人おちうど』と白い目で見られていた時に比べれば、もちろん悪い気なんてしないけど、ちょっと複雑な心境だ。



       🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙🌙



 広場からの声援を背に受けながらボクら一行は、町中を東に進んで行く。

 進むにつれ建物が少なくなり段々と草木が増えていくこの道は、ボクにとっては懐かしく心温まる情景だ。

『モン・フェリヴィント』に来てから半年近くの思い出は、全てここから始まったと言っても過言ではない。

 久しぶりの林道を噛み締める様に歩いていると、見慣れたボロボロの小屋が見えてきた。その隣には同じくらいの大きさの真新しい建物が建っている。そしてその周りでは、カーキ色の作業服を着た若者たちが、木材の搬入作業に勤しんでいた。

 ボクはその中に見慣れた顔を見つけ出すと、マクリーを抱いたまま駆け出した。


「……ヘルゲさーん! 久しぶり!」

「おおカズキ! 元気じゃったかの? お前さんの噂はよく聞こえてくるでな。全く久しぶりの感じがしないわい。ふぉっふぉっふぉっ!」


 搬入作業の指示を出していたヘルゲが、深い皺を刻んだ顔をクシャリと崩す。

 作業をしている若者たちは、ボクの後ろからゆっくりと近づいてくるヴェルナードを見て目を見張り、作業の手を止めぴんと背筋を伸ばした。


「任務中邪魔をしてすまない。気にせず続けて欲しい」

 ヴェルナードがそう言うと、若い班員たちは耳をつんざく元気一杯の返答と共に、テキパキと作業を再開する。


「すまないのヴェル坊。広場の召集に行けなくて」

「謝罪の必要はありません叔父上。難解かつ至急の任務を依頼したのは私ですから」

「ヘルゲさんどこなの? どこにあるの?」


 二人の会話に割って入るボクに、ヘルゲが目を細めながら指差し教えてくれる。

 ヴェルナードはちょっとだけムッとしてた様だけど、気にするもんか。
 
 お供の保安部員がヒヤヒヤする中、ボクは示された方向へと駆けて行く。

 目的の場所———新築された作業小屋の扉をそっと開けると、小屋中央に設置された作業台の上で破損したボートの修理が行われていた。


 ———ああよかった! 無事に治療されている様だね……傷だらけのまま一人にしてゴメンよ!


 東の森に船首から不時着したボートは奇跡的にもエンジンは無事だったけど、木製の外装の破損は酷く、ステアリングホイールからエンジン部分までコックピットを囲む様に延び、プロペラの向きを変える為のワイヤーも切れていた。

 小高い木の上から降ろされた後、ボートはそのまま製造部へ直行となった。だけど、先日のカシャーレとの戦闘で武具の消耗が著しく、武具生産班と建築班が共同で現在、武具の生産を急いでいる。

 武具の補充は急務なので、とてもじゃないがボートの修理にまで手が回らないらしい。

 そこでボクとの縁も深い資材調達班が、ボートの修理を請け負ってくれたのだ。

 小屋を覗き込むボクを見て、体の大きな中年男性が歩み寄ってきた。


「ようカズキ。ボートこれを見つけて嬉しいけど、本当に直せるか心配だって、顔に書いてあるぜ。何とも微妙なツラしてやがらぁ」


 製造部に所属してた時、エドゥアとの騒動でボクを庇ってくれた武具生産班の『1つの月章ファーストムーン』の班長補佐だ。

 流石に資材調達班だけでは手が余るだろうと、ボート修理を志願してくれたらしい。


「そ、そんな事ないって。ただ、初めてみるボートモノだと思うから、構造とか分からない所はボクが説明しようかなーってね」

「……俺たちを見くびってもらっちゃ困るぜ。この『エンジン』ってヤツの仕組みはからっきしだけどよ、それ以外の構造は大概理解したぞ」


 何と言ってもスピードだけが求められるレースの世界の船体だ。

 ごてごてと余計な部品はついていないし、舵を操るステアリングホイールと加減速を調整するスロットルレバーはワイヤーで後方のエンジンに直結している至ってシンプルなものなのだ。

 自信満々に自身の拳で胸を叩くその姿に、ボクは職人魂を大いに感じた。


 ……物作りに一家言持つ班長補佐この人になら、ボートの修理を任せても安心だね。


 期待と安堵が混じり合うボクの表情に、班長補佐は満足そうな笑みを浮かべたが、すぐに職人の妥協を許さない顔に戻る。そして、手に丸めていた設計図を開くと細かい部分の擦り合わせを求めてきた。

 ボクはできる限り丁寧に、設計図の説明をする。


「……それにしてもよ、修理以外の追加注文が多すぎやしねえか? この部分はまだ分かるとして、なんでこんなギミック仕掛けをつけなきゃいけねえんだよ」

「ま、ちょっと特殊で面倒臭いのはこの嬢ちゃんと一緒だと思って諦めてくれや」


 いつの間にやら背後にいたクラウスが、設計図を覗き込むボクの後ろから顔を突き出してきた。


「ちょっとクラウスさん! 面倒臭いは余計だよっ! せめて『妥協しないプロ根性』とでも言ってくれよ!」

「わかったわかった、そうがなるなって。嬢ちゃんは興奮すると何言ってるか聞き取れない単語がたまに出てくるな。ま、明日からは正式に航空戦闘部に配属となるんだ。仲良くやろうや、嬢ちゃん」

「ちょっと待ってよ。大体ボクね、保安部から航空戦闘部に転属なんて納得してないんだから!」

「お、言ってくれるねぇ。命の恩人に向かって」

「……っ!!」


 それを言われるとぐうの音も出ない。

 確かに風竜上陸時に、クレーンの荷台から落下したボクを助けたのは、紛れもないクラウスなのだ。

 耳あたりまである茶色い髪を一度後ろに撫でつけると、漆黒の瞳を戯ける様に見開き向けてきた。


 ボクはクラウスというこの人を、闘牛士の様だと思っている。

 飄々とした佇まいでこちらの言葉をひらりひらりと上手く交わし、相手の急所を突いてくる。

 理論武装でがっちり固め全てにおいて事細かいヴェルナードや、男気溢れる猪突猛進のアルフォンス、うっかり癒し系ゲートルードたちとはまた一味違ったクセがある。


 ……『モン・フェリヴィント』じゃクセが強くないと、偉くなれないのかなっ!?


「それに、その『カズキ仕様』の設計図は一体誰が設計つくったんだっけな? ん?」


 クラウスがまたも急所を突いてきた。これは致命的な一撃だ。

 マクリーとボートで雲の海原を疾走した後、ボクなりにこのボートの活用方法を考えてみた。

 結果その案が採用された訳なのだけど、ボクに図面なんて引けやしない。

 身振り手振りで説明するボクの意匠を設計図に起こしてくれたのは、クラウスその人なのだ。


「……そんな顔するなって。嬢ちゃんがこの『ボート』に乗りたいってんなら、保安部じゃ畑違いってもんだろうが。俺は期待してるんだぜ。嬢ちゃんが航空戦闘部ウチを変えてくれる事にな」
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