竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第68話 航路変更

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 空が白み、暁天の星たちが次第に色褪せ始めている。陽が完全に昇り切る前には、銀幕が視界に捉えられるだろう。

 二本目の銀幕接近当日の早朝、ボクらは風竜の右翼を覆う丘陵地帯にいた。

 長さだけでもゆうに100mはあるだろうその翼の前面には、ドラム缶サイズの排出口ダクトが10m位の間隔で10基、進行方向に向かって取り付けられている。本来なら逆向きに取り付けられているこれが、今回の作戦の肝になる風力管なのだ。

 航行部を訪れた時、部員の皆が握っていた鉄のレバーから加護の力を流し込んで、ここから推進力として排出される仕組みになっているらしい。

 今回はその力を利用して、右翼全面に加護の防御壁を作り出す。

 そして銀幕を守るバリアを突き抜けて銀幕の壁を四散させ、その内部へと突貫するのだ。

 正面から吹く風が、航空戦闘部の戦闘服の上から着込んだ赤の救命胴衣カポックのフードを揺らす。

 ヘルメットを小脇に抱え、勝負服に身を包み、ボクの準備は万端だ。

 母竜から貰ったボートも傍で、改造カスタムを終えその出番を今か今かと待ちわびている。

 ボートは白一色に塗り直され、コックピット後方からポールが垂直に延び、ボートと水平に人翼滑空機スカイ・グライダーよりも一回り大きい矢尻にも似た逆V字形の翼が付けられている。ステアリングホイールと連動して翼が傾き舵を切れる仕組みだ。
 

 クラウスが命名したこのボート———竜翼競艇機スカイ・ボートは、加護の力を使えないボクの特別機なのだ。


 推進力はマクリーの力を必要とする。なのでマクリーの搭乗が必須なのだけど、ただでさえ狭いコックピットに翼の支柱が取り付けられたので、マクリーを乗せるスペースがほとんどない。

 そこで新たにボート前方、カウルの前にマクリー専用の座席を作ってもらったのだ。

 船体をくり抜いた形で作られた専用座席は、丁度マクリーの顔だけがぽっこりと出る高さに調整されている。加えて風圧対策として強化ガラスで作られた半球状の開閉式ハッチ付きだ。

 さらにおまけで、船首デッキ部分にはこの世界の文字で「カズキ」と書かれてある。『大切な物には自分の名前を書きなさい』と、これはボクの親愛なるおじいちゃんからの教訓だ。

 もちろんCRF250Rマシンにも小さく名前は書いていたけど、あれはあれで完成されたフォルムなのだ。美観は損ねないほうがいい。

 なので今回はボート改造にあやかって、ででんと名前を書いてもらったのだ。

 通常なら後半月はかかると言っていたボクの竜翼競艇機スカイ・ボートを、テオスは会議から九日後には仕上げてくれた。

 昼夜を問わずかなり無理をして作業をしてくれた事は、ボート完成当日に「俺の生涯最高傑作って言っても言い過ぎじゃねぇ。大事に使ってくんな」と、誇らしげに言ったテオスの目の隈からも伺い知る事ができた。

 本当に感謝の言葉が見つからなかった。


 その後二日間、みっちりとクラウスによって飛行訓練を行った。

 ヴェルナードとの約束には訓練の日数が一日足りなかったけど「嬢ちゃんはスジがいいんで大丈夫です」と、クラウスが太鼓判を押してくれた事により、ボクは今、右翼ここにいる。

 銀幕攻略まで全員が一丸となり、全てが順調に進んでいた様にも見えたけど、実は意外な落とし穴もあった。



『そう言えば吾輩、カズキの竜翼競艇機スカイ・ボートも操作するのですよね。同時に風竜の航路も変える訳ですから、そうなると竜翼競艇機スカイ・ボートを操作できる時間は30分位だと思います』

 通常の風竜の航路で進み、風竜の航行惰性と銀幕までの距離を見計らい、一番ロスが少ないポイントでマクリーに風竜の進路を変えてもらう。

 航行部で算出したその片道の航路時間は二時間だ。マクリーに進路を変えてもらうのは片道だけでいい。

 何故なら風竜は意図して進路を変えられても、その干渉がなくなれば自らの意思で決まった航路に戻っていく。なので復路の心配はない。

 航行部でヴェルナードに「二時間いけるか」と問われた時、マクリーは余裕の発言をしたけれど、これはあくまで銀幕まで風竜を操る事についてのみだ。

 ボクが突撃隊に同行する事が決まったのはその後で、実際に竜翼競艇機スカイ・ボートの訓練中にマクリーが急にそう言い出したのだ。

 ボクが元の世界に帰るにしても、マクリーと竜翼競艇機スカイ・ボートは『モン・フェリヴィント』に帰還さないといけない。皆にとってマクリーは大切な風竜の後継竜なのだから。

 なので30分の時間があると言っても、帰路もしっかり計算に入れれば実際の行動時間はもっと短くなる。


 銀幕接近まで残り二日を切ったタイミングでのこの事実。


 ボクの同行が許可された時点で、マクリーへの負担に関して誰も思い至らなかったのは、迂闊と言えばそれまでだけど、皆それぞれに課された任務を懸命に遂行してきたのだ。仕方のない事なのかもしれない。

 そしてだからこそ『モン・フェリヴィント』一丸となって準備してきたこの作戦ミッションを今更中止にする事などできない。

 そうなると当然、余分な箇所は弾かれるのが自然の流れだ。ボクの同行を見直す声が上がる中、それに反対してくれたのは意外にも思慮深いヴェルナードだった。


『一度交わした約束を反故にするのは信義に背く。カズキの同行について許可をしたのは私だ。全責任は私が取ろう』


 なんてカッコイイ台詞なのだろうか。

 ボクはまだ乙女だし、会社勤めとかした事ないけど、場面が変わりこんな台詞を面と向かって言われたら、間違いなくボクのハートはノックアウトされただろう。


 ……あ、だけどヴェルナードさんに惚れるなんて、やっぱないない。あの人の面倒臭い所、たくさん知ってるからね。




 今日これまでの皆の協力に感謝をしつつ、ボクは空へと視線を戻す。

 陽が少しだけ地平線から顔を出し、眩しい陽射が皆の顔を照らしていた。誰もがただ真っ直ぐに、間もなく視界に入るであろう銀幕に向け、強い決意を固めた顔だ。

 急拵えで設置された右翼と航行部を繋ぐ伝声管から、少々くぐもった声が聞こえてきた。


「……ヴェルナード様……まもなく……航路切替地点に到達します……合図のご確認を……お見逃しなく」


 ナターエルからの知らせを受け、ヴェルナードがボクを呼ぶ。マクリーを胸に抱いたまま、ボクはヴェルナードの側に近づいた。

 左前方———航行部の建物がある方向から、緑色の球体が数発打ち上げられた。

 連絡係として待機している保安部員からの風の飛礫つぶてによる合図だ。


「マクリー殿、航路変更を。右に12度の方角です」


 ヴェルナードの言葉に対し小さく頷いたマクリーは、地上戦の時に見せたやや甲高い咆哮を放つ。


「アオオオオオオオオオンンン!!」


 それに呼応する様に風竜は右に向かってグググと傾き、多少の振動が足元を揺らす。

 航空戦闘部ボクたちは自分の機体が倒れない様手で支えた。

 振動はしばらくすると収まって、航路を変えた風竜が水平飛行に戻った事を知らせてくれる。これで後は銀幕まで一直線だ。


 伝声管から聞こえてきたナターエルの嘔吐えずいた声は、聞かなかった事にしてあげようと思う。
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