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第二章 恋におちたら
26 side篠田
しおりを挟む哉が部屋を出ると、篠田が役員専用のエレベータの中で扉を開けて待っていた。
「ばれていたのか」
「この会社の中では五本に入る有能な秘書だと自負しているので」
ドアが閉まり、小さな箱が降下を始める。
「連休中入れないというのは嘘だっただろう?」
「ばれていましたか」
哉の問いかけに、悪びれる様子もなく篠田が言う。考える暇を与えずに急き立てて家に帰したのも、問われてうまく嘘をつき続けることができないと踏んだからだ。
どんなに大きなビルでも……いや大きなビルだからこそ、全ての階を一度に点検することなどできないのだ。いくつかの階層に分けて立ち入りが制限される日があっただろうが、終日出入り禁止と言うのは、少し考えればおかしい事に気づく。
哉は自分より少し背の高い篠田を横目で見上げ、少しだけ口元を緩める。
「公用車は使えませんが、どうされますか? 今日ならハイヤーが何台か地下にあるはずですが」
今朝方大勢の役員を運んできた黒塗りの高級車が役員専用駐車場にずらりと並んでいた。遠方からの役員のために借り上げられたハイヤーもその中にあるのを思い出しながら、哉は地上一階ロビーのボタンを押す。
「久しぶりに歩いて電車に乗る。お前は?」
「途中までお供しますよ」
高速で降下していた箱に緩やかな制動がかかり、一階でドアが開く。ホールには大勢の社員がいたが、今日天上会議が行われていることはほぼ全員の社員が知っている。本社でも赤丸急上昇株で会議に出席しているはずの副社長が秘書を連れてこれまた普段は地下の役員専用駐車場と四十五階以上の役員専用フロア以外にいること事態がめずらしいのに玄関ホールを歩いているのを受付嬢がぽかんと口を開けたまま、見送っていた。
「付いてきても何もでないぞ」
「残るよりはましでしょうからね」
前を行く哉を追いながら、篠田が本社を見上げる。
「瀬崎には荷が重いだろう」
「なに、あれで結構やれますよ」
篠田は少し意地悪そうに笑って、きっともうすぐ瀬崎からの泣き言がくるだろう携帯電話の電源を切った。
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