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なつまつり
10 side哉
しおりを挟むEuonymusとは、ネット社会が今ほど発達していなかった、まだウインドウズを起動させるのに『win』と打ち込まなくてはならなかった時代から、つい五年ほど前まで現役で大企業や政府組織はもとより、コンピュータ関連の新興会社にまで、セキュリティホールをついて、ホストコンピュータに入り込んでは足跡を残し放題やらかしていたハッカーのコードネームだ。
ネット上の犯罪の扱いに法律が手を拱いているのをいいことに、その人物が一番派手に動いていたのは哉が大学生くらいの頃だが、ネット社会の黎明期に先見の明とまでは行かずともコンピュータ関連の会社を立ち上げた知り合い達は自信満々で作り上げたソフトの粗探しをEuonymusにされては頭を抱えていた。とにかく、ネット上にさえ繋がっていれば入れないところはないと言われたほどの伝説の人物……の、はずである。
それが今ではネットセキュリティ会社の社長だと言うのだ。それもまだかなり若い。樹理の言うとおりの年齢ならば、マサキはそれこそ小学生の頃からパソコンを操っていたことになる。樹理は相手がその世界でどんな存在かなど全く分かっていないようだが、とんでもないのと知り合いだったのだ。どうして一介の女子高校生に自分の住所が知れたのか疑問に思っても気にかけていなかったが、そう言う理由だったのか。
「………世も末だな」
短くは無い沈黙の後、己の想像に哉が短いコメントをつける。
「やだなぁ 新世紀なんだってば。オレの父親がね、もともとアメリカでマイコン関係の開発してたんだ。日本に帰ってきてこの町に住み始めたのが小学四年のとき。軽乗用車が買える位の値段がしたマシンをポンと子供に与えて合法非合法扱い方伝授しちゃうんだから、ウチの親ってどっかおかしいんだと思うんだけどね。おかげで青春時代、退屈しなくてすんだんだ。このスキルのおかげで高校中退だけどそれなりの職業についてるしね」
「え!? マサキ君高校辞めてたの?」
「やめちゃったよー 高校、五年通ったけど卒業できなかったんだよねー 単位制とかシステムがオレに合ってないのよ。就寝時間午前五時がデフォだったから午前の授業が出られないんだもん」
あっけらかんと笑って言い放ち、先ほど名刺を取り出したのと反対のポケットから携帯電話を取り出して時刻を見ている。
樹理とマサキはそれでも五歳程度は年が離れている。それだけの年齢差があって家が近所だっただけでここまで親しいものなのだろうか。その割に高校を中退したと言うことを知らなかったり、実際のところ、良くわからない。
「樹理んち帰るんならもう一回境内通るよね? んじゃ一緒にレッツゴー!」
携帯を仕舞って自然に軽々しく樹理の肩に回ってきた手を叩(はた)いたのは脊椎反射。叩かれた当人もぺちっと気の抜けた殴打音に気付いた肩を抱かれそうになった当人もぽかんとした顔で哉を見ている。だからどうしてそう無警戒なのかとか、人のものだと分かっていて馴れ馴れしい態度を取るなだとか、勝手に割り込んできてずうずうしいなだとか。口がいくつあっても足りないくらいの文句が体内を駆け巡る。
「えーっと。あれ? 樹理、もしかしてオレ色々誤解されてる?」
「え。でも、名刺渡したし、名前見たら分かると思って……」
「ごめん、あの名刺、全部アルファベットなんだ。カッコ良さ重視で。そっか、そうだよね……特に今日、汚い格好してるし」
なぜか無意味にホールドアップの体勢のマサキと、樹理がひそひそ会話を交わして、しばし無言になり。
「すみません、氷川さん、あのっ マサキ君って……」
「えー なんか誤解されたままでも面白いかもしれないんだけど、今んとこまだ絶対樹理より胸あるよ? ほら」
言うが早いか、マサキが哉の左手と樹理の右手を取ってひっぱり、問答無用で自分の胸に押し当てる。ぎゅむっとした感触は……確かに女性特有の贅肉だ。
「ひやあああああッ!!」
「…………ッ!!」
樹理と哉、同時に手を引っ込めた。
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