幸せのありか

神室さち

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OVER DAYS

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新しいお話に突入! と言いたいところですが、この章は本編の1から2の途中くらいまで、前半、篠田さん、後半瀬崎君の視点でお届け。

サイトに掲載していたころというか、私、古(いにしえ)のホームページマスターだったんで、最後までカウンタを設置していて、それの三百万記念かなんかでリクエスト貰ってこの話を書いた記憶……


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 篠田が氷川哉と言う名の社長の次男坊に引き合わされたときの第一印象は、後に引き合わせた秘書課の部下たちと同じ、近未来にはいるかもしれない人型のロボットみたいだと言う、おそらく彼を見た人間が持ち得(う)るであろう有り体な表現しか思い浮かばなかった。


 そのくらい、なんと言うか、ぱっと見た存在に温度がない。温かみを感じないし、かといって冷たそうでもない。



 名刺を差し出して名乗り、よろしくお願いしますと差し出した右手を握った彼のきちんと人並みに柔らかくて温かい右手がその印象を若干修正させたものの、社長秘書からの情報では彼なりに平穏に暮らしていたところをかなり強引に連れ戻されたと言うことなのに、理不尽な状況に憤るでもなく、屋台骨から抜かれたような部門の一年以内の立て直しという無理難題を吹っかけられても眉一つ動かない表情筋だとか、フォーカスがどこにも合っていない感情を見せないガラス球のような瞳だとか、それなのにやたらと無駄のない動きだとか、抑揚のあまりない喋り方だとか、とにかく人間のニオイがあまりしない生き物、だった。



 顔合わせ後すぐ、哉に宛がわれた副社長室での篠田や他の担当者の説明に理解しているのかいないのか返事ひとつ──頷くことさえなく、殆ど反応を示さない。

 前任の長男坊は別の者が付いていたので、噂でしか知らないが、あっちは笑顔が標準装備で、いつもニコニコしているのに実は物凄く頑固なところがあって柔和な表面にだまされていると、甘い方向に物事を転がしてしまうので、とても扱いが難しかったと聞く。

 対する次男の哉は、これまで勤務してきた神戸支社での評判も評価もとても高い。幹部候補試験を受けてもいないのにすでに係長まで昇進を果たしていたのは、本人の実力であると大方の人間が、哉の素性を知らない頃から口を揃えていたという。

 だが、目の前にいる哉を見て、もしやこちらのほうが遥かに面倒なのではなかろうかと心の中で思いつつも、篠田は淡々と彼とて引き継いだばかりの業務について手元の分厚い引継書に沿って確認がてら読み上げる。


 とは言え、事前に内容を把握して重要な箇所だけ読んでいるので、A四版両面刷りで三センチ近くある引継書も、一日で説明は終了だ。明日は顔見せを兼ねて本社内を回り、土日を挟んで月曜以降、かなり強行なスケジュールで国内外の主だった支社と取引先を巡る弾丸ツアーに出発である。時差の関係もあるが、機内一泊して三日で五ヵ国を回る、などと言う詰め込み具合だ。


「本日の説明は以上ですが、ご質問は?」

「今のところはない」

 昼食と、一時間ごとに五分程度の休憩を挟んで現在午後七時を少し過ぎた頃。


 引継書に目を落としたまま、哉が短く応えた。彼も幾度か女性秘書が持ってきた飲み物を飲み、トイレに立ったが、他の者のように篠田の少し休みましょうとの声を聞いてほっと伸びをしたりもせずに背骨はおろかそれを支える筋肉さえ鉄筋で出来ているのかと思うほど、きちんと背を伸ばした体勢を崩さなかった。


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