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OVER DAYS
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しおりを挟むそれから暫くは、ただ平穏に日々が過ぎていった。
ゴタゴタとした三日間ほどを挟んだ後も、静かに。
静か過ぎる事になぜか不穏を感じた。いつもはエサを与えてくれるでも、遊んでくれるでもない篠田のことなど気にも留めない黒猫が、あの三日間以降、毎日毎日じっと物言いた気に見つめている様な気がするせいだろうかと責任転嫁して気を落ち着けようとしたところに、社長である越から呼び出された。
用件を伝えられなくとも、内容などたやすく想像がつく。
呼び出しの電話は、月曜の朝早くに齎された。朝一番で本宅へ顔を出すようにとの指示を受け、すぐに瀬崎に連絡を入れ、すぐに会社の予備の車を使って哉を迎えに行くように指示を出す。
山の手の一等地。長い長い塀に囲まれた日本家屋が連なる本宅の、濡れ縁で続いた離れが、篠田の本来の雇い主の書斎になっている。
真冬の寒さは、日中こそ若干和らいできたが、朝と日暮れはまだまだ寒い。白髪の家令の先導の申し出を断って白い息を吐きながら、一人廊下を渡る。
「篠田です」
「入れ」
縁で一度座って建て付けのよい障子戸を静かに開け、にじり入って両手で閉め、その場で主人に膝を向け、居住まいを正し平伏する。
涼しい音をたてて、膝まで滑り込んできた封の開いた無記名の茶封筒から、大判の写真が幾枚か零れ出ている。
「今朝早くに届いた」
一度深く礼をして、半ば投げ渡された封筒を手に取り、中を改める。まず、どこから写されたのか、マンションの玄関先らしき写真が数枚。他にも通学中らしいが視線が他を向いている少女の写真が無意味なほど大量にあり、小ぶりのダブルクリップで留められた行野樹理についての調査書、それとは別に一枚だけの白い紙。否、真ん中に、アルファベットと数字の羅列。これは、欧州にあるあの有名な銀行名か。
「その様子では、やはり知っていたな……全く……何のために哉にお前を付けていたのか」
さして動揺も見せない篠田に、嘆息交じりの声が届き、続いて今度こそ確実に、投げてよこされたのはカードキーだった。哉が自ら預けたとは考え難いが、このくらいのものなど簡単に入手してしまうのだろう。目の前の男は。
「娘の父親が経営する工場の資料は目を通した。そちらはとりあえず今のままで構わん。だが娘の方はこのままにしておけん」
衣擦れの音がして、立ち上がる気配が届く。更に身を低くした篠田を置いて、その気配は奥の襖の向こうへ消えた。
暫くそのままの体勢で留まり、室内の空気がしんと寒く落ち着いてから封筒と取って面を上げる。
「……潮時か」
苦い笑みを噛みそう呟いて、篠田もゆっくりと立ち上がった。
やけに重く感じる茶封筒を助手席に放って運転席のシートに身を預ける。一度目を閉じて息をつき、気分を切り替えてそのまま自宅に戻った。午前中に連絡もなしに帰ってきた夫を見て、妻もさすがに驚いていたが苦笑いをして見せたら何も聞かずに昼食は篠田の好物を並べてくれたし、孤高を楽しむのが信条な黒猫までも、慰めてくれようとでもするかのように篠田の膝に丸くなって、大人しくその毛並みを撫でさせてくれた。
しばらくそのほど良く熱を持つ毛皮を堪能する。それで人心地ついて、篠田は重い腰を上げた。
「少し遅くなる」
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