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愛し君へ
21 side樹理
しおりを挟む香りの高い紅茶と、カロリーの低い菓子。さざめくような会話に慣れれば、立場や年齢の違いに気後れすることもなくなった。
だが、周りからすれば樹理などまだまだ庇護する対象であるらしく、こういった場の料金は、年配の誰かにつけられる。毎回おごられてしまうことをまだ早いうちに哉に相談したら、素直におごられておけと言われた。
それが目上の者の顔を立てることになる。下手に断わるより、かわいらしくありがとうと受け入れるほうが気に入られるのだ。
それでも貰うばかりで恐縮していた樹理に、高見が目ざとく気づき、やんわり問われ、思っていることと、哉にそう言われたことを話すと、本当に樹理ちゃんはかわいいわと笑われた。
「そうよ、ご主人の言うとおり、大人しくおごられておきなさい。私たちにお返しなどいらないのよ? 何か返したいと思うのなら、樹理ちゃんがされてうれしかったことを年下の方にして差し上げるのね。私たちがしていることはまさにそうなの。そうやって、富はめぐるものなのよ」
「そうそう。私はほら、子供がいないでしょう? 樹理ちゃんみたいな娘がいたら、あれもこれもしたかったと思ったら、ついやりすぎてしまうところもあるだろうけど、そこは我慢して下さる?」
一番樹理に、なんだかんだと服やアクセサリーなど、色々見繕ってくれる大橋にそう言われてしまったらもう断れない。
ご年配の婦人がたをターゲットにした船内のブティックの一角には、明らかに若々しい服がずらりとそろうようになった。ちなみに購入者は、目の前のご婦人方と、哉だ。ご婦人方は、樹理を連れてお買い物をするのがとても楽しいらしく、きゃっきゃと服を選んでくれる。おかげで、客室に設えられているクローゼットはもう満員御礼だ。
他のご婦人方からも異口同音で、大意として『気にするな』と言われても気になるのは仕方がない。一緒に買い物をしたとき、かわいらしい小物や、買ってもらった服と合わせた服など、五回に一回くらいしか成功しないが、樹理も贈り返すことにした。ただ、成功の法則は大体わかってきている。キーワードは『お揃い』だ。色違いやデザイン違いなどを、彼女たちは女学生のように喜んでくれるのだ。
閉鎖空間での長旅だ、実際のところ、出さないだけで不満不平はある中で、少しでも楽しいことを見つけることに意義を求める人々に、知らずに癒しを与えていることに樹理自身はあまり気づいていないが、かわいがられていることは実感している。
実際、正直にこの船に乗った経緯を説明したのちは、余計みんな過保護になったように感じる。
この船にご乗船の皆様は、哉の母についても知っている人も多いらしく、大抵の人が『あの人ならやりかねない』との感想を持っているようだ。
特に大橋には、流産の事も包み隠さず明かした。大橋自身も何度も同じことを繰り返し、結局子供ができなくて、とうとうあきらめたと話してくれたから打ち明けることができたのだが。
大橋の妹の息子──甥を、大橋の夫は後継者にと育て上げ、跡を継がせたのだが、些細な行き違いで対立し、大橋の夫は六十代で会社を去り、現在はこうして悠々自適、のんびりと過ごしているのだそうだ。
わが子と思って接していても、やっぱり実の親子ならば修正できるであろう軋轢が、伯父と甥の間にはできてしまったのだと、大橋自身も甥をかわいがっていたのだろう、少し悲しそうに語ってくれた。
そして、樹理に妊娠の可能性があるのならば、諦めずに進みなさいと背中も押してくれた。
流産は、何度経験しても立ち直れないほどつらかったが、一番つらいのは、子供がいないことだったと。
大橋の、きっと大丈夫と、根拠のない励ましが、心にしみて、ちょっと泣いてしまった。
だからその晩、樹理は哉に宣言した。
「私、絶対、子供を産みます。この旅行が終わったらですけど、より可能性のあるうちに、もっと違う治療も試してみたいんです。だから、協力してください」
思い返せば恥ずかしい発言だったけれど、哉はそんな樹理に微笑んで、喜んで協力しようと抱きしめてくれた。
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