幸せのありか

神室さち

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愛し君へ

31 side樹理

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「ほんとに君は大人しい患者だね」

 院長回診は、出産のタイミングが人それぞれなため、時間は決まっていない。この日は午前十時ごろにやってきて、朝食後に記録した子宮の張りなどのグラフを見ながら、両国崎が独り言のように言う。


「だって、絶対安静、ですよね?」

「ですけどね。君のように大人しくちんまりベッドの上で満足できる人間ばかりじゃないってこと。大人しくしてくれてるところ悪いけど、状態はあまりよくないね。点滴の薬、割合を増やすよ」


 入院して半年、もうすぐ三十週になる。最初こそ錠剤だった張り止めの薬は、すぐに二十四時間の点滴に変わった。


「まだ胎児の体重がなぁ……やっと千を超えたくらいだから。うん。まだまだ腹の中に持っといて。出すのはせめて三十五週は過ぎてからにしたい」

 先日のエコーの画像を見ながら、両国崎がブツブツつぶやく。

「君みたいにイイコにしてたら十分可能だとおもうけどね。そう言えばご主人は?」

「あ、日本から知り合いが来るみたいで」

「ふーん。あの人も静かな人だよね。ウチとしては妙なclaimもなくて楽って言えば楽なんだけど、なんかあったらちゃんと言ってよ?」

「はい。大丈夫です」

「日本人のダイジョウブデスは当てにならんからなぁ」


 両国崎がカルテに薬の処方を増やすよう指示を入れながら独り言のように言うのにはもはや慣れた。


「だって別に、文句をつけるところがないです」

「さいですか。じゃあ今入れてる点滴が無くなったら薬増やすってことで。手の震えが治まらんようならちゃんと言ってよ?」


 子宮の張りを抑える薬は、副作用が主に二つある。

 一つは、末端の震え。実際、何もしてなくても震えてしまうのだが、四六時中指先を見ているわけでもないので、気にしないようにしている。


 もう一つは、動悸。子宮と心臓は同じ種類の筋組織でできているため、子宮の筋肉の緊張を和らげる効果のある薬は、心臓の筋肉にも作用し、動きを緩やかにしてしまうのだ。これについても、運動を制限されてベッドの上でじっとしているので、さほど苦痛は感じない。


「今のところ、怖いほど震えません」

「心臓も負担かかってるから、ゴロゴロしといてよ?」

「してます。これ以上ないくらいに」

「ですよねー で、話は変わって色々確認しておきたいんだけど」


 そう言って、両国崎は哉がいつも座っているイスを引き摺って、更にベッドに近づけて座る。


「前にも言った通り、樹理さんの体は出産には向いてない。今も、かなり、無理してる状態だ。これだけ管理した状態で、血圧も高くなりつつある。その他もろもろの数値も限界ギリギリだ。体の負担は普通の妊婦の五倍くらいだから、じっとしててもかなりヤバイ。そんな状態で、限りなく高い確率で起こりうるもしもの話なんだけど」


 そう前置きして、言葉をいったん切る。


「帝王切開で開いた時、子宮がもう使えないくらい傷んでたら、取っていい? もちろん、大丈夫だと判断できたら残す。もともとある臓器って言うのは、そう簡単に取らない方がいいってのが私の方針だから。でもその方針をもってしてもダメって場合は、諦めてほしい」


「はい」

 じっと両国崎の言葉を聞いていた樹理は、そのままを受け入れて、頷いた。




「うん。それとね、こっちが本題なんだけど、もし、もしも、子供と自分、どっちかしか助けられなくなった場合は、どうしてほしい?」




 しばらくの沈黙の間、両国崎は何も言わずに樹理の返事を待った。そして、たっぷり一分ほどの時間を置いた後、ようやく樹理が、唇を動かす。




「そうなる可能性も、何度も考えました。その時は──」




 意を決しながらも、少し微笑んで、樹理は己の選択を詳らかにし、両国崎はわかったと了解した。





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